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クズはクズらしく  作者: 夕町 迅夜
第三章
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岐路と変遷

 アキレス腱を切ってしまったわたしは毎日のように外を走っていた日々から一変、病院のベッドで寝て過ごす日々を送り始めた。

 特に毎日何をするわけでもなく、ただベッドの上で過ごして一日を終えていく。

 足のことももうどうでも良くなってリハビリにも行かなかった。

 お母さんやお父さん、妹もお見舞いに来てくれていた。

 けれど、お母さん達も死んだような様子のわたしに気を使ってくれていたのか、責め立てるようなことはなにも言わなかった。

 世間話や最近の近況報告なんかを一方的に話して、ずっと見守ってくれていた。

 わたしがこの病院に入院してから一ヶ月が経った。

 夏が終わり、窓から見える木々の葉が少しずつ茶色くなって来ている。

 秋になった。

 最後に人と話したのはいつだったっけ……。

 一ヶ月近く誰とも話していないわたしはそんなことを考えてもおかしくないはずなのにそんなことはどうでもよかった。

 今でもずっと意識が内側に向いていて、自分の中でずっと後悔し続けている。

 そのせいで夜になっても眠れなくて、お医者さんから飲むように言われた睡眠薬を飲んで無理やり眠っていた。

 けれど、夢でもあの陸上大会のことを見るのはよくあった。

 必死にもがいて走ろうとしても足が思うように動かない。

 一歩、また一歩とゆっくり踏み出す度に今まで積み上げてきたものが崩れて、壊れていくような夢をよく見た。

 その夢を見る時には決まって冷や汗をかき、心臓が跳ねて、飛び起きる。

 まともに眠ることすら出来なかった。

 わたしは次第に寝るのが怖くなっていった。

 いつからか睡眠薬も飲まなくなった。

 眠らないようにしていたけれど、体の方が悲鳴をあげているのか、三日に一度は気絶するように眠った。

 唯一、夢を見なかった時だけは眠っている時間が一番心地よかったかもしれない。

 何も考えなくていいのは幸せだった。

 次第に目の下にクマができ、日差しでうっすらと小麦色に焼けていた肌は白くなっていった。

 食欲なんてものも湧くはずがなく、体重もどんどん減って痩せていった。

 わたしはかなりの重症だった。

 今思うと、そこまで引っ張るような事ではなかったのかもしれないけど、当時のわたしにとっては陸上がすべてだった。

 わたし自身の手で中学三年間で築いてきたものをチームメイトの分も含めてすべて台無しにしてしまった。

 自分の努力がすべて無意味なものになってしまった気がして、もうどうでもよくなっていた。


 一度だけ担任の先生と陸上部のコーチが病室にやってきたことがあった。

 激励の言葉の一つでもかけるつもりだったのかもしれないけれど、わたしの変わりきった姿を見るなり、何も言えなくなっていた。

 先生とコーチはクラスメイトや陸上部員の気持ちの全く籠っていない上辺だけの寄せ書きだけを置いて帰って行った。

 クラスメイトは一人もお見舞いに来ることはなくて、唯一やって来た生徒は南谷くんだけだった。

 わたしと南谷くんは小学生の頃からの幼馴染で小学生の頃はそこまで話した記憶はないけれど、わたしが中学に入って陸上に打ち込み始めてからは同じ陸上部の部員としてよく話す仲のいい間柄だった。

 記憶が少し曖昧だけど、南谷くんはよくお見舞いにきていたと思う。

 南谷くんも家族と一緒で話すことはいつも近況報告ばかりだった。

 学校あったことなんかを独り言のようにわたしに話していた気がする。

 親も妹も先生もコーチも南谷くんも……。

 明らかにみんな、わたしに対して気を使っていた。

 正直、わたしはもう話しかけられること自体が嫌になっていた。

 気を使うくらいなら、もう放っておいて欲しかった。

 ずっと、一人になりたかった。


 そして、九月の中頃。

 わたしが病院に入院してから一ヶ月ほど経った頃だった。

 わたしを担当してくれていた看護士さんが病室にこもりきりになっていたわたしを見兼ねたのか、わたしを車椅子に乗せて病院にある小さな裏庭に連れていった。

 裏庭はそこまで広くはなかったけれど、梅や桜など色んな種類の木々が植えてあって、所々に座れるようにいくつもベンチが設置されていた。

 わたしと同じように車椅子に乗った患者さんや松葉杖をついているような患者さんが何人もいた。

 この場所は病院側が患者さんたちが入院中の間でも外の空気を吸えるように配慮して作られた(いこ)いの場所だった。

 わたしの車椅子を押していた看護士さんはわたしが庭を見られるようにゆっくりと歩いて、ある人の前で車椅子を止めた。


「三秋さん、おはようございます」


 看護士さんが三秋さんと呼んで話しかけたのは車椅子に乗った白髪頭のおじいさんだった。


「ああ、看護師さんおはよう」


 空を眺めていた目をこちらに向けて、挨拶を返してきた。

 どうやら看護士さんとは仲がいいらしい。


「また病室をぬけてきたんですか?」


「暇でね」


 このおじいさんは病気で入院しているというのに誰も連れずに一人で裏庭にやって来ていた。


「その子は?」


 おじいさんは視線を看護士さんから落として車椅子に乗っているわたしの方に向けてくる。


「夏から入院してる子なんです。ちょっと色々ありまして……」


「色々?」


 そうして、看護士さんは聞かれたからとわたしの個人的な情報をペラペラとおじいさんに説明し始めた。

 いま思い返すと、患者のプライベート情報を勝手に他の患者さんに話す看護士さんはどうかと思うけれど、当時のわたしからすればそれもどうでもいいことだったから説明し終わるまで黙って聞いていた。


「真冬ちゃん、このおじいさん昔は学校の先生をやってて、生徒のお悩み相談とかいろいろ受けてた人だからよかったらなにか話してみてくれないかな?」


 おじいさんの方を見ると、シワだらけの顔で優しそうに笑い返してきた。

 それが健一くんのおじいさん、三秋さんとわたしの出会いだった。


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