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クズはクズらしく  作者: 夕町 迅夜
第三章
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栄光と絶望

 あれはわたしが中学三年生の頃――。

 中学最後の夏の出来事だった。

 中学生の頃のわたしは部活で入っていた陸上にすべての時間を注いでいた。

 わたしが通っていた中学校は陸上が少し有名な学校で全国大会にも何度も行っていて、親も全面的に協力している、いわゆる陸上の強豪校。

 そんな学校の陸上部に入部したわたしは中学一年生の頃から友達と遊びに行くこともほとんどせずに陸上の練習にひたすら打ち込む日々を送っていた。

 毎日汗だらけになって、息を切らしながら日が暮れるまで走る日々。

 練習は確かに辛かったけど、少しずつ体力がついて、走り方が良くなって、タイムが短くなっていくのは嬉しかったし、なによりも楽しかった。

 わたしは陸上が心から好きで、どんどん夢中になっていった。

 いろんな大会に出場して、短距離走がメインだったわたしは個人でメダルなんかもいくつも取った。

 わたしはいつの間にかその陸上部でエース的な立ち位置になっていて、中学三年生になった頃には部長に選ばれた。

 なんだか自分の努力が人に認められた気がしてメダルを取るよりも嬉しかったのを今でも覚えている。


 そして、中学三年生にとって最後の大きな夏の大会がやってきた。

 わたしは個人の短距離走も出ていたけれど、もう一つ。

『四百メートルリレー走』という競技にも出ていた。

『四百メートルリレー走』というのは四人で百メートルずつ走って、バトンを繋いでタイムを競うというもので、個人戦の多い陸上競技の中では数少ない団体の陸上競技のひとつだった。

 団体競技なのでもちろんチームメイトがいて、その三人とは一年生の頃からチームメイトとして特に一緒に頑張ってきた仲のいい仲間だった。

 わたしは四人で力を合わせなきゃいけないこの団体感が好きだった。


 わたしは一番手で、スタートラインに足を出す。

 横を向くと真剣な顔をしている選手たちがいて、それを見ると自分の気も引き締まる。

 深呼吸をひとつして胸のドキドキを落ち着け、正面を見る。

 審判員の声が聞こえ、スタートを告げる火薬の破裂音が会場全体に鳴り響いた。

 足に力を入れて飛び出す。

 わたしはいいスタートをきることができた。

 前には誰も走っていない。

 一位だった。

 十メートル、二十メートル、三十メートル……。

 次々と足を踏み出し、足の裏で確かにトラックの地面を感じながら一歩一歩と駆けていく。

 四十メートル、五十メートル、六十メートル……。

 全力で走り、息を切らしながらも、風を切る感覚が心地いいとすら感じていた。

 なぜか体が軽く感じて、間違いなくあの瞬間の走りは私のこれまでの人生の中で過去最高のものだった。

 あと四十メートルこのまま一位で走りきって、次の子にバトンを渡す。

 最高の形で繋げられると思った。

 でも、人生はそんなに甘くなかった。

 七十メートル地点に足を踏み出した。

 その時だった……。

 右足のふくらはぎにまるで何かをぶつけられたかのような衝撃が走った。

 右足にいきなり力が入らなくなり、地面を蹴ろうとしても足に力が入らなくなる。

 バランスを崩して転びそうになるのをなんとか立て直す。

 いきなり減速したわたしの横を次々と人が追い抜いていく。

 ……一メートル……二メートル……三メートル……。

 あっという間に差ができて、どんどん突き放されていく。

 じんわりと次第に痛みが染み出してきて、右足を激痛が襲う。

 わたしは右足を引きずりながらも走った。

 動かす度に激痛が走る。

 今すぐにでも足を抑えて泣き叫びたいほど痛かった。

 たった三十メートルの距離がその時のわたしには果てしなく長く感じた。

 わたしは足が壊れてもいいと思いながら激痛に耐えながら走って次の子になんとかバトンを渡した。

 わたしがバトンを渡した時にはわたしのチームは最下位になっていて、前の人との差は五メートル近くも開いていた。

 逆転するには絶望的な差で、多少は差が縮まったものの、逆転なんてできる訳もなく結果は最悪なことに最下位のまま終わってしまった。

 あの時の光景は今でも目に焼き付いている。

 チームメイトの三人がそれぞれ目に涙を浮かべていた。

 わたしのせいで起こってしまった悲劇だった。


 わたしは競技が終わるとすぐに陸上競技場から見に来ていた親御さんの車に乗せられて病院に運ばれた。

 病院で診察をしてもらった結果、わたしは右足のアキレス腱を断裂。

 原因は過度の疲労、つまり練習のしすぎだった。

 皮肉なことにわたしは練習のしすぎで肝心な本番にアキレス腱を切ってしまった。

 わたしは病院に入院することになり、その日、病院の病室のベッドの上で枕に顔をうずめて声を殺し、一晩中泣いた。

 頭に浮かぶいろんな人に謝って、謝って、謝りまくった。

 わたしはわたし自身で中学三年間の努力をすべて無駄にした。

 けれど、そんなことは些細な問題でしかない。

 それだけならどれだけよかったことか。

 わたしは最低のことをした。

 わたしはチームメイトの三人に迷惑をかけて、三人のこれまでの努力も水の泡にした。

 わたしはわたしなんかに期待してくれていたコーチを裏切った。

 わたしは精一杯応援して、支えてくれていた親御さん達に何も返すことが出来なかった。

 わたしは多くの人を裏切った。

 自分のことなんて正直どうでもよかった。

 わたしはその日、絶望した。

 人生で一番自分のことを責めた。

 心から初めて死にたいと思った。

 そしてわたしは右足のアキレス腱を切ったのと同時に心も一緒に病んでしまった。

 わたしは手術をした五日後には松葉杖をついてなら歩けるようになり、肉体的には退院出来るようにはなったけれど、精神的にはボロボロで、お医者さんに勧められてそのまま入院を続けることになった。

 わたしはアキレス腱のリハビリをしながらカウンセリングも受けることになった。

 けれど、カウンセラーの人が何を話していたのか、正直あまり覚えていない。

 入院中のわたしは死人のようだったと思う。

 頭の中ではアキレス腱を切ったあの時のことが何度も何度もループしていて、自分の内側にしか意識が向いていなかった。

 頭の中で自分をずっと責め立てていて、当時のわたしには周囲の人の話は何一つ入ってこなかった。

 わたしはたった一日で絶望に叩き落とされ、心身共にボロボロになり、それから卒業するまでの約半年、学校に行くことは一度もなかった。



 こうしてわたしの中学三年間をかけた最後の夏は病院のベッドの上で終わった。

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