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クズはクズらしく  作者: 夕町 迅夜
第二章
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自覚と運命

 祖父が亡くなった次の日にはお通夜が開かれた。

 僧侶が入場し、親族の前で読経を始める。

 俺はなんと言っているのか分からないお経を聞き流しながら、出席している親戚の人たちを順番に目線だけを動かして見ていった。

 知っている伯父さんや叔母さんからどこかでは会っているのだろうが、記憶にない親戚の人達も中にはいる。

 何人かの人は泣いていて、俺の隣に座っている母さんもハンカチを片手に目を赤くして泣いていた。

 祖母も泣いているのだろうと思い、祖母の方を見ると、祖母は泣かずに優しい目をしてただ見送っていた。

 その姿を見て、改めてあの人は強い人だと思った。

 そして、母さんの隣の席。

 本来なら父さんが座るはずのその席には誰も座っておらず、空席になっている。

 やはり、父さんは出席しなかった。

 時間は午後六時。

 僧侶による読経も終わり、日が暮れていくにつれて次第に人が増えていく。

 俺は特にやることもなかったので焼香をしていく参列者の人達をただボーッと眺めていた。

 一人ずつ数えていくと、少なくとも五十人以上もの人がこのお通夜にやって来ていた。

 昨日の今日でこれだけの人が集まるのも凄いと思ったが、祖父は亡くなるまでの数年、入院生活を送っていた。

 それなのにこれだけ大勢の人がお通夜にやってくるのは少し意外だった。

 参列者にはやはり年配の人が多く、若い人はほとんどいないが、祖父は昔、教師をやっていたらしく、その教え子らしき若い人も参列者の中には何人かいた。


『人の生まれてきた価値というのは死んだあとに分かる。だから、人は死ぬその瞬間のために生きるんだ』


 いつだったか、祖父が言っていた言葉だ。

 言われたのはかなり昔のことだと思うが、なぜか今でもその言葉は俺の頭に鮮明に残っている。

 この言葉が祖父のオリジナルなのか、誰かからの受け売りなのかは知らないが、当時の俺はこの言葉の意味がよく分からなかった。

 けれど、今なら少しだけ分かる気がする。

 今、この場には祖父にお世話になった人、知り合い、友人など、祖父のこれまでの人生で出会い、関わってきた人達がいる。

 ある人は泣き、ある人は思い出話を口にし、ある人は何を想っているのか祖父の遺影をじっと見つめている。

 きっと、この人たち一人一人の中には祖父との思い出があって、この場にいる全員が揃ってその時の思い出を呼び起こしている。

 いま俺が見ているこの光景こそが祖父の生きてきた証であり、生まれてきた価値そのものなのだと思った。

 そんな柄でもないことを俺は参列者の人達を見ながら考えていた。

 俺はこの光景を見てただ羨ましいと思った。

 俺は参列者の人達や親族、隣にいる母さんのように泣くことが出来ない。

 俺の中にも祖父との思い出は数多くあるのに、こうして祖父が亡くなっても悲しさがまったく込み上げてこない。

 改めて自分は本当にクズなんだと実感した。

 俺は実の祖父が死んでも悲しいと感じられない。

 たとえ血縁関係のある実の祖父であっても結局は自分とは違う他人だ。

 結局、自分以外のことなんてどうでもいいと俺は心の底では思っているんだろう。

 本当に最低の人間だ……。

 だから、おそらく心の底から祖父の死を悲しんでいるであろうこの場にいる人達のことが羨ましく思えた。


「ッ!?」


 自分の内側に向けていた意識を焼香をしている参列者の方に向け直すと、ありえないものが視界に入った。

 こんな所にいるはずのない人が焼香をして、参列者たちの人混みの中に消えていったのだ。


「ちょっとトイレ行ってくる」


 本来なら良くないことなのだろうが、俺は席を立ち、焼香を終えて人混みに消えたその人を追った。

 俺のただの見間違いかもしれないけれど、確かめずにはいられなかった。

 参列者の人混みをかき分けて、会場の外に出ると、その人はまるで待っていたかのようにこちらを見つめて立っていた。


「……」


「……」


 お互いに言葉を発さずに向かい合う。


「……こんな所でなにをしてる……」


 先に口を開いたのは俺だった。


「……やっと、話してくれたね」


 こんなところにいるはずのない人。

 それは制服姿の如月だった。


「見た通り、お通夜だよ」


 腕を少し広げて学校の制服を着ていることをアピールしてくる。


「なんで、お前がここにいるんだ……」


「なんでって、わたしも健一くんのおじいさんにお世話になったからだよ」


「お世話……?いつ?どこで?」


「今から二年前、あの病院でね」


「どういうことだ。意味がわからない」


「まあ、そうなるよね」


 如月はうっすらと苦笑いを浮かべた。


「ちょっと長くなっちゃうけど、聞いてくれる?」


 俺は黙って頷いた。


「じゃあ、少し場所、変えよっか」


 そう言って如月は歩き出したので、俺はそのあとをついて行く。

 俺と如月はそのまま祖父のお通夜を抜けた。

 それがあまり良くないことなのは分かっていたけれど、俺は明日の告別式もあるし、如月も焼香は終えている。

 そこまで問題はないだろう。

 俺達は会場から一言も話さず歩き、近くにあった小さな公園にやってきた。

 時間も時間なので公園には子供どころか大人すら一人もいない。

 今、この場所にいるのは俺と如月の二人だけだ。

 如月がベンチのひとつに腰かける。


「健一くんも座ったら?」


 そう言いながら自分の隣の空いている席を手でポンポンと叩く。

 隣に座れと言っているのは分かったので俺は大人しく彼女の隣に座った。


「話すの久しぶりだね。二ヶ月ぶりくらいかな」


「前振りはいい。なんでお前が俺の爺さんと関係があるんだ」


「……」


 如月は不満があるとでも言いたげな目でこちらをじっと見てきた。

 この感じは久しぶりだ。


「なんだ……?」


「ちょっと冷たくない?」


「当たり前だろ……」


 二ヶ月前にあんな酷い別れ方をして、今日まで俺達は全く話してこなかった。

 前と同じようにいられるわけがない。

 そのはずなのに……。


「逆になんでそんなにいつも通りなんだよ……」


「気にして気まずい空気なってもしょうがないでしょ?だからそんなにツンケンしないでよ、ね?」


「……分かった。今だけそうする」


 如月を見ていると、なんだか馬鹿らしくなってしまった。


「それで?なんで俺の爺さんのこと知ってる?お世話になったって言ってたけど、どういうことだ?」


「さっきも言ったけど、少し長くなるよ?」


「べつにいい。話してくれ」


「分かった」


 そう言うと、彼女は自分の膝の上で手を組んで、ベンチの背もたれに体を預けた。

 彼女は星が点々と輝いている夜空を眺めていたけれど、その目はどこか虚ろで過去を懐かしむような優しい目をしていて、星空を見てはいなかった。

 公園内の外灯にうっすらと照らされた彼女のその横顔は俺の目にはどこか寂しげに見えた。

 少し間を開けて、彼女は口を開く。


「健一くんのおじいさんに会ったのは今から二年前、わたしが中学三年生の頃だよ」


 如月は語り始めた。

 俺と彼女が出会う前に何があったのかを――。

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