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クズはクズらしく  作者: 夕町 迅夜
第二章
22/41

再来と追悼

 ――土曜日の午後二時頃。

 俺は母さんに連れられて、約四ヶ月ぶりに祖父の入院している大学病院に来ていた。

 この場所は俺が如月を初めて認識した場所でもある。

 彼女が話しかけてきた時に缶コーヒー片手に座っていた待合席をつい見てしまう。

 俺と母さんはロビーを抜け、エレベーターで病室のある六階まで上がり、祖父の病室前へとやってきた。

 母さんがノックをすると、前に俺が来た時と同様に扉の向こうから「どうぞ」という女の人の声が聞こえてくる。

 母さんに続いて中に入ると、四ヶ月前と全く同じように祖母が祖父の寝ているベッドの横で椅子に座っていた。

 もちろん、先程の声の主も祖母だろう。

 もしかして、祖母は毎日この病室に足を運んでいるのだろうか。


「久しぶり、おかあさん」


 母さんが片手を上げて、友達にでも会うかのようにフリフリと少しだけ手を振る。


「久しぶりって、アンタ。二日前にも来たばかりじゃない」


「あれ?そうだっけ?」


 二日前にも来たばかりということは母さんは俺が知らないだけでお見舞いに何度もこの病院に来ているのだろうか。

 やはり、自分の父親だから病状が気になるのだろう。


「あらっ、今日は健一くんも一緒なの?」


「……どうも」


 四ヶ月前に来た時と同じように会釈をする。

 祖母は嬉しそうにしてくれているけれど、俺なんかが来て何が嬉しいのだろうか。


「おとうさん、お見舞いに来たよ〜」


「……んぁ?あぁ……」


 祖父は母さんの陽気な声に反応はしたが、体を起き上がらせるのが辛いのか、体を動かすことはしなかった。

 母さんは祖父がそんな状態なのを分かっていたのか、ベッドのリモコンで頭部の方を曲げて体を少しだけ起こさせる。

 様子を見る感じ、祖父は母さんのことは覚えているようで娘が来て嬉しそうにしていた。


「今日は孫も連れて来たからね〜」


「まご……」


「ほら、健一くんですよ」


 俺の方に母さんと祖父母の視線がこちらに向く。


「おじいちゃん、調子はどう?」


 前に祖父のお見舞いに来た時、俺は孫じゃないと祖父に言ってしまっていたが、四ヶ月も前のことだ。

 どうせ覚えていないだろうと思い、おじいちゃん想いの孫として接することにした。

 調子はどうかと一応聞いたが、祖父の調子がよくないことは目に見えて明らかだった。

 前に見た時よりも明らかに顔が青くなっていて、痩せこけている。

 母さんの言っていた通り、そう長くはなさそうだというのは見ただけで分かった。

 祖父は呂律が上手く回っておらず、何を話しているのか、正直よく分からなかったがなんとなく相槌を打って適当に話をした。

 こんなことをしたところで無駄でしかないと祖父と笑顔で話しながら思った。

 少しだけ祖父と話したところで、母さんと交代し、母さんに聞こえないくらいの声で祖母に話しかける。


「おばあちゃん、ちょっといい?」


「ん?なぁに?」


「話があるんだけど」


 少しこの病室では話しずらいことだったので俺と祖母は適当に理由をつけて、それぞれ病室から出た。

 病室のすぐ近くにある休憩所の方に場所を移す。


「はい、おばあちゃん」


「ありがとうね」


 休憩所に設置されている自動販売機で小さいペットボトルのお茶を買って椅子に座った祖母に渡す。

 俺はブラックの缶コーヒーを買って、窓際にあるバリアフリーの手すりにもたれかかった。


「で、はなしって?こうして健一くんと話すなんて久しぶりねえ」


 渡したペットボトルのお茶を両手で握って、懐かしむような目をしながら、祖母は微笑んでいた。


「おじいちゃんってさ。あとどれくらいなの?」


 俺は飲み物を買ってくると言って病室を抜けてきた。

 そこまで長い間、病室を抜け出してはいられないので率直に聞く。


「おかあさんからはなにか聞いた?」


「もう長くないってことだけは聞いたよ」


 気まずい暗い話だからか、祖母の視線が下を向き、机の一点をぼーっと見つめる。


「おじいちゃんね……。実はお医者さまから言われた余命はもう過ぎてて、本当はもう、いつ亡くなってもおかしくないの」


「そう……」


 祖父がもう長くないのは母さんから聞いていたから、べつにショックを受けているわけじゃない。

 ただ純粋にこういうときになんと言っていいのか分からなかったから黙っていることにした。


「今日は来てくれてありがとうね」


「俺は母さんについてきただけだよ」


「それでも来てくれてありがとう。おじいちゃんも喜んでるから」


「だといいけど……」


 祖父はもう俺の事を覚えていない。

 俺が来たところで嬉しがることなんてないだろう。

 さっき話している時にも思った。

 忘れた人と忘れられた人が会ってこの子が孫なんだと言われても、忘れられた側の俺も気まずいし、忘れた側である祖父も孫のことすら忘れてしまった自分を嫌に思うだけだろう。

 あの会話は社交辞令でしかなく、嘘だらけのものだ。

 本来なら俺がここに来る意味なんて微塵もない。


「健一くん、学校はどう?楽しくやってる?」


「まあ、ぼちぼちだよ」


「引きずってない?」


「……大丈夫。おばあちゃんはもう心配しなくていいよ。今はおじいちゃんを心配してあげて」


「ありがとう。健一くんはやさしいね」


「……」


 祖母のその言葉がいつだったか前に如月が言った言葉と重なって聞こえた。

 俺がやさしい……そんなわけないだろ……。

 今のだってただの社交辞令として言っただけ。

 ここにまたお見舞いに来たのは来ないと母さんが悲しむから来ただけ。

 祖父なんて正直もうどうでもいい。

 あんなによくしてくれた如月とも縁を切って、自分のためにいろんな人の優しさを踏みにじってきた。

 こんなのは……ただのクズだ……。

 やさしい人間のはずがない……。


「もう、そろそろ戻りましょうか。お母さんとおじいちゃんの二人にしとくのも悪いから、ね?」


「……そうだね」


 祖母の後に続いて病室に戻ると、母さんは俺と祖母が病室から出る前と同じで祖父に最近あった話を身振り手振りを使って大袈裟に話していた。

 祖父は母さんの方に顔を向けて、笑顔で話を聞いている。


「あっ、ケンちゃん遅かったわね。飲み物ならそこの自販機で買えたでしょ?」


「飲みたかった飲み物が売ってなかったから、下のコンビニまで買いに行ってたんだよ」


 嘘をついて適当に誤魔化したが、祖母はそのことについては何も言わなかった。

 それから三十分ほど母さんは祖父と話して、俺と祖母はその様子をずっと見つめていた。

 検診の時間になったタイミングで俺と母さんは祖父と祖母に別れの挨拶をして、病室を後にした。

 祖父は病室から出ていく俺と母さんに全身が痛いはずなのに頑張って布団から点滴の針が刺さっている細々とした腕を挙げ、出ていくまで手を振ってくれていた。


 それが俺が見た生きている祖父の最後の姿になった。

 それから半月後、祖父は病状が悪化してこの世を去った――。

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