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クズはクズらしく  作者: 夕町 迅夜
第一章
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追憶と懇請

 ――学校の教室。

 学校に通っている者なら誰もが利用するその場所は普段多くの生徒で(にぎ)わっている。

 彼ら彼女らの話し声や物音で教室という空間はおそらく学校一騒がしい場所だろう。

 けれど、そんな教室も放課後になると姿を変える。

 誰もいなくなるからだ。

 放課後の教室は話し声はもちろん物音もしない。

 聞こえてくる音といえば外に植えてあるすっかり茶色くなった木々の葉擦れと鳥のさえずり程度のもので、昼間の騒がしさと比べると物寂しい場所だとすら感じられる。

 そして、同時に穏やかで心地よく、落ち着ける場所だとも感じた。

 同じ場所なのに少し時間が違うだけで真逆の印象になる。

 それがなんだか不思議に感じられた。

 そして、俺はそんな放課後のこの場所を気に入っている。

 だから、今日も俺は放課後に一人、教室に残って窓のすぐ横に位置している自分の席で腕に顔を(うず)めて眠っていた。

 開いた窓から吹き込んでくる緩い風が俺の黒髪を僅かに揺らす。

 季節が秋ということもあってか、少し前まで涼しく感じていた風が今では少し冷たく感じる。

 そのおかげで目が覚めた。

 寝ぼけて半開きの目を擦りながら顔を上げると、室内が秋の眩しい夕日で(あざ)やかな橙色(とうしょく)に染められていた。

 もう、この風景を見たのは何度目か覚えてはいないけれど、何度見ても綺麗で美しいと感じた。

 俺は教室に誰もいないのを見て確かめたあと、学校に持ってきていた教科書やノート、本などの荷物を次々とカバンに詰めていく。

 片付け終えたカバンを肩にかけ、教室から廊下に出ると、ふと、窓の方に意識が向いた。

 近づいて外の景色を眺めると遠くのグラウンドや手前の玄関、向かいの校舎などに数多くの生徒の姿が見える。

 一生懸命、真剣な顔で部活の練習に打ち込んでいる人。

 楽しそうに友人と話している人。

 恋人同士なのか男女で並んで歩いている人。

 などなど、窓ガラス越しに見えたのはそんな多種多様な人達が様々な表情を浮かべながら学校生活を送っている光景だった。

 俺は足を止めて、その光景をただ呆然(ぼうぜん)と眺める。


「これでいいんだ……」


 無意識に出たその言葉と共に窓から視線を外し、そのまま帰宅した。







「ただいま」


 俺は学校から二十分ほどかけてマンションの四階にある我が家に帰ってきた。

 家に上がり、リビングに行くとそこには珍しい人の姿があった。


「おかえりなさ~い」


 うちの母だ。

 仕事着であるスーツも脱がずにソファに腰掛けて、テレビのニュース報道を見ている。


「学校はどうだった?」


「まぁ、いつも通りだよ。仕事は?」


「お休み。お前は働き過ぎだから、たまには休めって上から言われちゃってね。今日は早めに帰れって言われたの」


「へー」


 俺はそんな母さんの返答を聞き流しながら、カバンを床に置いて、キッチンへと向かう。

 冷蔵庫からお茶を取り出し、プラスチック製の透明なコップに注いで飲み、喉を潤す。

 うちの母は基本的にいつも働いている仕事人間で帰ってくるのはいつも夜遅い。

 働き過ぎだから早く帰れと言うあたりブラック企業というわけではおそらくないのだろうが、こんな時間帯に母さんが家にいるというのはうちの家庭では珍しいことで、こんなふうに母さんと話すのも久しぶりだった。


「今日はバイトで少し遅くなるから夜飯作って置いとく」


「いつもありがとうね~。今日は何にするの?」


 うちでは母さんがそこまで料理が得意ではないこともあり、基本的に俺が食事を作っている。

 俺は冷蔵庫にお茶を戻すついでに冷蔵庫の中身を確認する。


「何が食べたい?」


 見たところ、食材は結構揃っていたので母さんに希望を聞いてみることにした。


「チャーハンがいいな〜。ケンちゃんのチャーハン美味しいんだよね〜」


「わかった」


 バイトの時間までそこまで余裕があるわけではないので、チャーハンに使う食材を冷蔵庫から取り出し、早速調理に取り掛かる。

 母さんが呼んだケンちゃんというのは俺の名前である『健一』の略称だ。

 昔からそう呼ばれていて子供っぽいのでいい加減やめて欲しいとは思っているのだが、何度言っても直してもらえないので、今ではもう諦めてきている。


「最近、学校はどう?楽しい?」


「だからいつも通り普通だって」


「普通、ね……。まぁ、悪いことが何も起きてないならいいんだけど」


 キッチンとリビングを(また)いでの親子の会話が始まった。

 久々に話すからか、学校のことについてやけに聞いてくる。

 母として子供の心配でもしてくれているのだろうか。


「高校生になってからしばらく経つけど好きな女の子とかできた?彼女できたらちゃんと紹介しなさいよ?」


「残念だけど、彼女も好きな人もいないよ。彼女なんか作るよりバイトしてた方がいい」


 実際の話、俺が中学の頃に学校で出来ていたカップルは大半が一年も経たずに別れていた。

 高校でも似たようなもので、大半の学生カップルというのは基本的にその程度のものだ。

 やりたいやつはやればいいが、無理にするものではないと個人的には思う。

 感覚的には学校の部活動と同じようなものだ。


「なら、……友達はできた?」


「……」


 母は先程までのふざけている声とは明らかに違った落ち着いた声でそう聞いてきた。

 声色から母さんが優しく、気を使ってくれているのが嫌でも分かる。


「……察して」


 俺は母さんに目を向けることなく、調理しながらただそれだけ答えた。


「……わかった。……無理はしなくていいからね」


「……」


「……」


 お互いにそれから無言になってしまい、気まずい空気が流れる。

 あまりいい話じゃない。

 こうなるのも仕方のないことだった。

 数秒ほどだろうか。

 テレビのニュースキャスターの淡々とした声と包丁の音だけが部屋に鳴り響く。

 どうしようと調理をしながら考え始めた頃、まるでこの気まずい空気を(さえぎ)るようかのように母さんが「あっ!」と言いながら何かを思い出したかのように手を叩いた。

 パンッという音が部屋に響く。


「そうだ。ケンちゃん、一つお願い聞いてくれない?」


 先程までの優しい落ち着いた声ではなく、いつも通りの明るい声でそう言ってくる。


「内容による」


 俺もいつまでも暗い空気でいるのは嫌なので気持ちを切り替えて会話を再開した。


「おじいちゃんのお見舞いに行ってきてよ。病院の場所は前に行ったことあるから分かるでしょ?」


「嫌だ。遠いし、めんどくさい」


 確か、家からじいさんが入院している病院までは三十分くらいかかったはずだ。

 お見舞いのためだけに行くのは少し面倒だと思った。


「えー、行ってよー!おじいちゃんだって孫の顔が見れたら嬉しいと思うしさ」


「母さんが行けばいいだろ。娘が来ても喜ぶと思うよ」


「私はこの前、仕事帰りに行ったのよ。ね?この通りお願い!」


 母さんは顔の前で手のひらを合わせ、俺に拝むような体勢になっていた。

 俺はその姿を見てしばらく考えてから、


「……分かった。明日にでも行くよ」


「ありがとう、ケンちゃん!」


 結局、母さんに押し通されてしまった。

 母さんの嬉しそうな笑顔を見て、自分の親ながら相変わらず子供っぽくて無邪気な人だと思った。

 そして、同時に俺は母さんのこの笑顔と性格に心底助けられているのだろうとも思った。




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