血涙と別離
如月がパフェを食べ終わったあと、俺達は色んなアトラクションを乗って回った。
ゴーカート、コーヒーカップ、メリーゴーランド、迷路、お化け屋敷などなど……本当に色んなのに乗せられた。
もちろん定番のジェットコースターにも乗せられて俺の気分がまた悪くなったのは言うまでもないだろう。
小腹がすいたら、この遊園地のマスコットキャラクターの形をしている肉まんやチュロスなどの食べ歩きができるものを食べて、ところどころ休憩を挟みながら文字通り日が暮れるまで俺達は遊園地で遊んだ。
つけてきていた腕時計を見ると、もう午後四時を回っている。
冬なので日が落ちるのも早く、西日が遊園地内を橙色に照らし始めていた。
「もうそろそろ帰るか」
「えー!」
如月はまるで子供が愚図るかのように嫌そうな声をあげた。
「夜までいてもしょうがないだろ」
この遊園地は夜にパレードがあるわけじゃないし、花火が上がるなんてこともない。
日が暮れてからのイベントなんて特にないので、長々とこのままいても昼間と何も変わらない。
それなら帰りの安全面も考慮して、日が暮れる前に帰った方がいいだろう。
「んー、じゃあ、最後にあれだけ!あれだけ乗ろうよ」
そう言って如月が指をさしたのは大きな観覧車だった。
この大観覧車は国内でもトップクラスに大きなもので景色がいいことで有名だった。
この遊園地のもうひとつの名物らしい。
観覧車の前には時間的に夕暮れのいい景色が見られるからか、少しだけ長い列が出来上がっていたが、俺達はなんとか夕日が完全に沈む前には観覧車に乗ることが出来た。
「ギリギリセーフ!暗くなる前に乗れてよかった〜」
俺と如月はお互いに向かい合うようにして椅子に腰を下ろした。
俺達が乗り込んだ赤色のゴンドラは一定のペースでゆっくりと上へ上がっていく。
「……」
「……」
先程までの遊園地の騒がしい雰囲気から一転、いきなり物静かな個室に場所が変わったので、そのギャップでお互いになんだか話しずらくて無言になってしまう。
如月を見ると、お互いに向き合っている形で座っているので如月と目が合った。
「ふふっ」
如月はその無言で見つめ合う状態が面白かったのか吹き出すようにして口を抑えて笑った。
「観覧車に乗ったのはいいけど、こういう時ってなに話したらいいんだろうね……?」
「さあ。俺に聞かれても知らない」
確かこの観覧車は一周約十五分ほどかかると並んでいた時にほかの客が言っていたのを聞いた。
こんな孤立した密室で十五分もお互い無言でいるのはさすがに気まずいか。
「んー、今日はどうだった?」
「疲れたな。早く帰りたい」
「そういうことじゃないでしょ……」
如月が聞いていることがそういうことじゃないのは分かったが、実際に久しぶりに人にあてられて疲れてはいたのでそう答えた。
「そっちこそどうだった?」
「わたし?わたしは楽しかったよ。遊園地なんてきたの久しぶりだったし」
「意外だな」
如月には友達が多い。
如月くらいの人間なら遊園地や水族館なんかのリア充が行きそうなところに頻繁に誘われるだろうに。
「健一くんがわたしにどんなイメージを持ってるのかは知らないけど、わたしこういう所に友達と来たの初めてだよ?」
「本当に意外だ……。友達から誘われたりはしただろ?」
「ううん。中学は部活ばっかりだったからね。そもそも友達とはあんまり遊ばなかったよ」
「高校に入ってからは?」
「南谷くんとかから誘われたことはあるけど、予定が合わなくて断ったかな。わたし実は友達と遊んだことって全然ないんだよね」
如月は少し恥ずかしながらそう言った。
やはり、南谷などの仲のいい人達からは誘われてはいるらしいが、如月が友達と遊びに出かけたことがほとんどないというのは本当に意外だった。
「わぁー!」
そんなことを考えていると、対面に座っている如月が声を上げた。
如月を見ると、横を向いて窓の外をワクワクとした顔で見ている。
俺もそれにつられて如月と同じ方向を向き、外の景色に目を向けると、そこには一面の都市風景が広がっていた。
下を覗くと、遊園地に遊びに来ている人達がゴミのように小さく見える。
話している間にいつの間にかかなりの高さまで上がっていたらしい。
遠くにそびえ立つビル群に西日が反射して、街全体が夕日の色にキラキラと輝いていた。
それを見ていると、人工物の作り出す絶景という言葉が真っ先に頭に浮かんだ。
その景色を少し見たあと、首を回して反対側の景色に目を向けると、先程までの輝く夕日の景色とは対照的にこちらにはうっすらと赤紫色に染まった空が広がっていた。
遠くに見える山々が黒く染まり、空には月がうっすらと浮かんで、いくつか星も見え始めている。
まさに自然の作り出す絶景だと思った。
同じ世界なのに左右で見事に真逆の景色が広がっている。
窓から見えたそれらの景色はどこか儚さを感じるものの俺の目にはとても綺麗なものに見えた。
「きれいだね」
「だな……」
如月も同じことを思っていたのか、お互いに無駄なことは言わず、ただそれだけを呟く。
先程までの楽しげな雰囲気からは打って変わって、綺麗な景色に包まれながら静かにゴンドラのゆっくりと動く音だけがただ響く。
俺はこの落ち着いた空間がどこか心地いいと感じた。
このへんが潮時だな……。
ちょうど頂上あたりを過ぎ、ゴンドラが下り始めた頃だった。
「あのさ……」
俺は昨日、ここに来ることが決まってからずっと考えていたことを覚悟して言い出しずらい言葉を無理やり口から出す。
「ん?なに?」
景色を見ていた如月はこちらに視線を向けてくれた。
楽しそうな純粋な笑顔をしている。
そんな顔を見せられると、これから俺がしようとしていることに僅かながら抵抗を感じてしまう。
「今日は楽しかった。ありがとう」
そんな抵抗感を押し殺して、感謝の言葉を口にする。
「!?ど、どうしたの?急に」
「本当に感謝してる」
「え?ど、どう……いたしまして?」
予想していた通り、如月は俺の急変ぶりに明らかに戸惑っていた。
けれど、これは紛れもない俺の本心だ。
如月には心から感謝している。
「ねえ、本当にいきなりどうしたの?なんでそんな急に……」
「それでいきなりで悪いんだが……」
戸惑っている如月の言葉を遮って、本当に言わなければいけないことを口にしようとしたその時、俺はその言葉をすんなりと口に出すことが出来ず、言い淀んでしまった。
右手に力が入り、自分の膝を痛くなるまで掴む。
「もう……終わりにしてくれないか?」
「え……」
如月は顔から戸惑いが消え、絶望という言葉が真っ先に浮かぶような顔をしていた。
「こうしてお前と遊んだり、学校で話すのを本当にもう終わりにしよう」
それは今までも何度も何度も言ってきた拒絶の言葉だった。
けれど、今回はその重みが違う。
俺は本気で如月との関係をここで終わらせようとしている。
「分かってると思うけど、わたしは今まで通り話しかけるよ?」
如月のその声は僅かに震えていた。
俺はもう如月の姿を見ていられなかったので、自分の手元だけを見つめて、話を続ける。
「今後は無視する。前みたいに反応しないし、もう俺はお前とは一切話さない。無駄なだけだから俺に話しかけるのはやめた方がいい」
何を言われても反応しない。
まるで子供のようだと思うかもしれないが、人と縁を切る時にこれほど有効な手は他にない。
反応しなければ、何をしても意味がなくなってしまう。
俺は如月に対して完全に無視を貫くつもりでいた。
「ねえ、どうしてそんなに人を避けようとするの?」
いつか彼女から聞いた問をまたしてきた。
その問を初めて聞かれてから、まだひと月程度しか経っていないのになぜか懐かしく感じる。
「じゃあ、なんで俺にそこまでして関わろうとするのかを教えてくれ。そうしたら、答えてやる」
如月がなんでここまで俺にしてくれるのか本当に分からない。
なんで俺なんかにそこまで話しかけてくれる。
なんで俺なんかにそこまで優しくしてくれる。
なんで俺なんかにそこまでして関わろうとしてくれる。
俺と如月はたったひと月、少し話した程度の関係だろ。
なんでお前はそんな辛そうな顔をするんだよ……。
「……」
「答えられないか……」
「……ごめん。……まだ……言えない」
「そこまでなにを隠してるのか知らないけど、もう俺はお前とは話さない。今日で終わりにしよう……」
そこまで如月が隠そうとするものがなんなのか俺には分からない。
だけど、もうこれで俺達の関係は終わる。
そんな理由にはもうなんの意味もない。
もう、この観覧車も終わりに近づいている。
夕日は完全に沈み、空は完全に真っ黒に塗り潰され、先程までの綺麗な景色はもうどこにもなかった。
観覧車から降りた俺と如月は一言も話さなかった。
遊園地を出て、バスに乗り、電車に乗る。
もう、完全に夜になっていたので如月を家に送るために俺が前を歩いて、その後ろを弱々しい足取りでとぼとぼと如月がついてきていた。
これが最後……。
そう思いながら如月の家に向かった。
「じゃあな」
「……」
結局、如月は家に着くまで何も言わなかった。
俺が帰ろうとしたその時、如月が俺の腕を両手で掴んできた。
「なに?」
俺はただそれだけ聞く。
これで終わりだ。
振りほどいたりすることはしなかった。
「……今日は……楽しかった……?」
首だけ回して後ろを振り返ると、如月は俯いたまま顔を上げることなく、俺の腕を力強く掴んで聞いてきていた。
俯いているので今どんな顔をしているのかは分からないけれど、俺の腕を掴んでいる如月の手に力が入っていて、小刻みに震えているのが分かった。
「……あぁ、楽しかったよ」
そう言うと、如月は力強く握られていた手を緩めて離してくれた。
最後くらい本心で言おう。
俺は如月との関係が楽しかった。
バカみたいに明るくて、元気で、優しくて、どこまで拒絶しても話しかけてくれる。
そんな如月の存在に助けられていた。
本当に感謝している。
でも、だからこそ、俺は彼女との縁を切らなければいけない……。
「……ありがとう……ごめん」
俺はそれだけ言って、歩き出す。
これで如月と話すことはもうない。
いったい俺が切ってきた縁はこれでいくつめなんだろう。
もう、とうに人と縁を切る事に抵抗なんて感じなくなくなったと思っていたのに、何故か堪らなく胸が苦しかった。
「これでいいんだ……」
そう自分自身に言い聞かせて、俺は如月に背を向けたまま一人で家に帰った。




