談話と半券
ピーンポーン!
土曜日のお昼を少しすぎた頃、家の中に空気の読めない軽快な音が鳴り響いた。
家のチャイムなんて久しぶりに聞いたな、と思いながら玄関に向かい、ドアを開ける。
「おはよう、健一くん!」
「おはよう」
俺は外の冷気に身震いしながら外に立っていた人物と挨拶を交わす。
外には白いニットワンピースを身にまとって、ファーのマフラーを首に巻いている如月が立っていた。
そういえば、如月の私服を見るのは初めてだな、なんてことを思っていると、如月が驚いたような顔をしていた。
「どうした?」
「健一くんの方こそ急にどうしたの?」
質問に質問で返してきた。
「どうしたってなにが?」
毎回、如月は主語の部分が足りていないので、質問されても意味がよくわからない。
だから、俺もさらに質問を重ねることになる。
「そんなに素直に挨拶返してくれたことって今まで一度もないでしょ。病気?」
「……違う。母さんがいるから仲良さげにしてるだけだ」
リビングにいる母さんに聞こえないように声のボリュームを下げて否定した。
日頃の俺の行いが悪いと言われれば、その通りなのだろうが、真っ先に病気を疑うとか失礼過ぎるだろ……。
そんなことを思いながら「早く入れ」と如月を促す。
「お邪魔しまーす」と言って、家に上がった如月と共にリビングに行くと、「真冬ちゃん、久しぶりー!」という声と共に母さんが如月に向かっていった。
「お久しぶりです、お母さん!」
如月も何故か嬉しそうにして、お互いに両手を握りあっている。
同級生かよ……。
歳で言えば、母さんは四十七歳で如月は十五・六歳だ。
三十歳も年の離れたもの同士でどうしてこんなにも仲良くできるのかと呆れてしまった。
「で、家に呼んだのはいいけど、母さんは如月に何か用でもあったの?」
「え?用っていうほどのものはないわよ?」
「じゃあ、なんでわざわざ呼んだの……」
「頼んだ時に言わなかった?ただ、お話したいだけって」
「本当にただそれだけのために呼びつけるなんて如月にも迷惑だろ……」
「真冬ちゃん、もしかして迷惑だった?」
「いえ、そんなことないですよ」
「ほらー」
「今の聞き方だと本当は迷惑でも言えないだろ。脅すなよ」
「脅してなんてないわよー」
「ほ、本当に迷惑なんかじゃないんで大丈夫ですよ。わたしもお母さんとお話したかったですから」
如月はなぜか俺の方を見て敬語でそう言ってくる。
「なら、いいけど……」
これ以上こんなどうでもいいことを言い合っても仕方がないと思ったので、俺から引くことにした。
それから母さんと如月は同級生の友達同士のように恋バナや俳優の誰々がカッコイイなどの女子トークに話を咲かせていた。
俺はその横でソファに座ってテレビを見ながら、時々飛んでくる「ケンちゃんもそう思うよね?」という同意を求める声に適当に返事を返していたり、この前の後期中間テストの結果を聞かれたので、点数を報告したりしていた。
ついでに俺はいつも通り赤点なしの平均七十点程の点数で、如月は英語が赤点だったらしく今度追試があると言っていた。
如月はそこまで頭は良くないらしい。
俺はテレビを見て、如月と母さんの会話が終わるのを待った。
「おはよう」
その声に反応して目を開けると、目の前に逆さまになった如月の顔があった。
いつだったか、病院で彼女と出会った時のことを思い出す。
たったのひと月と少ししかまだ経っていないのに、あの時のことがなぜか懐かしく感じた。
あの頃と変わらない甘い香りが鼻腔をくすぐる。
「……おはよう」
頭がボーッとしていたこともあり、あまり動く気にはなれず、今回は前のように驚いて飛び退くこともなく、普通に返事を返した。
俺はテレビを見ているうちにいつの間にか寝落ちしてしまっていたようだ。
「そんなに暇だった?」
「当たり前だろ……。女子トークに男の俺を巻き込むな」
そう言いながら首をすえて体を起こす。
前にテレビ番組で女は答えのない会話を楽しみ、男は結論付ける会話を楽しむものだと言っていた。
会話に求めているものが男女で根本的に違うのだから男の俺が二人の女子トークを聞かされて眠くなるのは当然のことだろう。
今の時間を確認しようと壁にかかっている時計を見ると、俺は思わず自分の目を疑った。
如月が来た時間から約三時間も経過していたのだ。
窓の外を見ると日が沈みかけているのか、西日がカーテンの隙間から差し込んでいた。
「まさか、今まで母さんと話してたのか?」
「ん?そうだけど?」
おしゃべりだけでここまで時間を潰せるとは……。
女子トークというのは恐ろしいものなんだと初めて思った。
「あれ?母さんは?」
部屋の中を見渡すと、先程まで如月と話していたであろう母さんの姿がないことに気がついた。
「何か取りに行ったみたい。健一くんを起こして、待っててって言われた」
「おまたせー」
母さんの話をしていると、リビングにちょうどその本人が戻ってきた。
「ケンちゃん、おはよ。よく寝てたわね〜」
「ん?なにそれ」
母さんの手にはカラフルに色付けされている長方形の紙が二枚握られていた。
「じゃーん!」
そう言いながら、母さんは二枚の紙をリビングの机に並べる。
机の上の紙を見ると、それはどうやらチケットのようでここから少し行ったところにあるそこそこ大きめな遊園地の名前が丸文字のフォントで書かれていた。
「遊園地?」
「そっ、遊園地」
「どうしたの、これ」
「会社の人がくれたのよ。使わないからよかったらどうぞって」
母さんは今さっき机の上に広げたチケットを手に取り、そのチケットを如月に差し出した。
「はい。真冬ちゃんにプレゼント」
「え、わたしにですか?」
「私は仕事で忙しくて使うこともないから、よかったら二人で行ってきて」
「いいんですか?」
「いいのいいの。今日、来てくれたお礼だと思って受け取って?」
如月なら友達も大勢いるから遊園地に一緒に行ける友達も何人もいるだろう。
俺と母さんが親子で遊園地なんかに行くわけがないし、俺には一緒に行けるような間柄の友達もいない。
チケットが無駄にならなくてよかった。
「はい、ケンちゃんにも」
そんなことを思っていると、母さんがチケットのもう片方を俺に向かって差し出してきた。
「え?俺?」
「そうよ?他に誰がいるの?」
母さんはチケットを受け取ろうとしなかった俺の手に無理やりチケットを握らせてくる。
母さんは二枚のチケットを如月と俺に渡した。
これは……
「まさか、俺と如月で……?」
「仲良く行ってらっしゃい」
母さんは何故か満足げに笑顔になっていた。
「いやいや、ちょっと待って。如月にも迷惑でしょ、こんなの」
「わたしは、べつにいいよ?」
「なら、オーケーね」
「いや、ちょっと……」
「そのチケット、そこまで期限が長いわけじゃないから近いうちに行ってね」
「じゃあ、明日行こうよ。健一くん」
「は……?」
俺は急な展開に理解が追いつけず、母さんと如月に言われるがまま勝手に次々と決められてしまった。




