通話と緩徐
例の噂が広がり始めてから五日が経った。
今日は学校も何も無い日曜日、休日だ。
学校で噂のことを話したあの日から如月とは一度も会っていない。
のだが……
「あー!もう!うるっさい!」
俺は自分の部屋のベッドの上でそう叫びながら低反発の素材で作られている椅子の上にスマートフォンを投げつけた。
椅子の上に乗ったスマートフォンはチャットアプリの通話の呼び出し音を一定のペースで繰り返し発しながらバイブレーションを繰り返している。
スマートフォンの画面には如月 真冬という文字が表示されている。
如月からの電話だ。
本当にいい加減にして欲しい……。
この五日間、例の噂を落ち着かせるために如月からの接触が完全に途絶えたのはよかったのだが、その代わりに俺のスマートフォンがかなりの頻度で鳴ることになってしまった。
如月からの無数のチャットと電話でスマートフォンを開く度にアプリの通知数がエグいことになっている。
スマートフォンの電源を切るという手もあるにはあるけれど、電源をつけた瞬間にスマートフォンがおかしくなりそうな勢いで通知してくるので故障するのが怖くて出来ないでいた。
直接会えないからって、電話やチャットでわざわざ間接的に会おうとするなよ……。
スタンプを連打してくるとか俺のスマートフォンを完全に壊しにかかってるだろ……。
椅子の上のスマートフォンがようやく鳴り止んだと思ったら、また直ぐに鳴り出す。
このまま無視し続けることも出来るには出来るが、それで如月の機嫌を悪くして直接会いに来てしまったりしたら元も子もない。
なによりも通知が鬱陶し過ぎて、このままだと俺のストレス量がキャパオーバーする。
俺は仕方なくベッドから起きあがり、先程自分で投げた椅子の上のスマートフォンを手に取って電話に出た。
『ふっふふ、ふ〜ん♪』
電話の向こうから如月の声が聞こえてくる。
何の曲かは知らないが、なぜか気分良さそうに鼻歌を歌っていた。
『あっ、やっと出た』
おそらく俺が出たことで送信音が止まったので気がついたのだろう。
『健一くん、出るの遅いよぉ』
「睡眠妨害だぞ……」
『睡眠妨害って……もう、お昼の一時なんだけど……』
ベッドに座りながら、部屋の掛け時計を見てると、確かに短針が一の文字を僅かに通り過ぎている。
「俺は休日は三時まで寝るんだよ」
『体に良くないよ?寝過ぎも体に毒だからほどほどにね』
「そうだな、気をつける。……じゃなくて!」
なぜか普通に心配されてしまった。
正論だったので、つい受け入れそうになってしまったが、俺の睡眠事情なんて今はどうでもいい。
「いい加減にして欲しいんだけど」
『なにを?』
「この電話とチャットの嵐に決まってるだろ。うるさすぎてノイローゼになりそうだ」
『それはキミが無視するからでしょ?もっと早くでてくれればそんなことにはならないよ』
「そもそも、かけてこなければいいだけなんだがな」
わざとやっているのか、全く悪気がなさそうなその態度と口調に少しだけイラっとした。
その苛立ちを収めるためにスマートフォンを耳から離して、深呼吸をひとつしてから会話に戻る。
「なあ、本当にやめてくれないか?」
深呼吸でしっかり気分が切り替えられたこともあり、真面目な声で言う。
『えー、だって何かしら接点を持っておかないと疎遠になっちゃうでしょ?どうせ、健一くんのことだからこのままフェードアウトしようとか考えてそうだし』
「……」
自分の思考が完全に見透かされていて、恥ずかしさを感じたが、それ以上になんだか自分が情けなく思えてくる。
『もしかして、図星?』
「……黙秘で」
『それは自白したのと同じだと思うよ?』
「そう思うならそれでいい。とにかく、頼むからやめてくれ」
『んー……』
如月が少し唸って考え出したので俺はベッドから立ち上がって、自室を出ることにした。
如月と通話をしたままリビングへと向かう。
『分かったよ。本当に迷惑そうだし、やめてあげる』
「本当か?」
『嘘はつかないよ』
リビングに行くと、もう時間的にはお昼なので当たり前だが、母さんが起きていて、ソファに座ってテレビでワイドショーを見ていた。
俺が何か話しているのが気になったのか、こちらに目を向けてくるが、今は如月との通話の方を優先する。
『でも、その代わり噂が収まってから話しかけても無視したりしないでよ?』
「分かった」
『じゃあ、またね』
「ちょっと、待て」
如月がいきなり通話を切ろうとしたので、慌てて止める。
「なにか用があったんじゃないのか?」
『え?べつに用はないよ?』
「だったら、なんで電話かけてきたんだよ……」
理由もないのに電話してくるとか普通に迷惑だろ……。
「ただ話したかっただけなんだけど、ダメ……だった?」
「もういいよ」
これ以上話すのは疲れると思ったので、半分諦めの気持ちで会話を終わらせる。
「それじゃあな」
「うん、じゃあね」
お互いに別れの挨拶を言うと、こちらから通話を切る前に通話が切れた。
「はぁ……」
起きたばかりのだるい体で如月の相手をするのが純粋に疲れたので、思わずため息が出る。
「もしかして、今の電話って真冬ちゃん?」
先程から俺が通話している様子を見ていた母さんはソファに膝を立てて、背もたれ越しにこちらを見て、話しかけてきた。
「そうだけど」
返事をすると、母さんはニヤリと笑う。
「仲が良さそうでいいわね〜」
「なにもよくないから」
母さんは何がそんなに嬉しいのかニコニコと笑顔を浮かべていたが、俺からしたらいいことなんて何もない。
むしろ、迷惑なくらいだ。
「今度、また真冬ちゃん連れて来なさいよ。私もゆっくりお話ししたいし」
「やだよ、めんどくさい……」
「ダーメ、連れてきなさい」
母さんは相変わらずニコニコした顔でこちらを見てくる。
どうせ俺が断らないのを知っているからだろう。
「……分かったよ。今は無理そうだからそのうちね」
「今はなんで無理なの?」
「テストが近いから」
「あぁ〜、なるほど」
後期中間テストまであとひと月もない。
そろそろ如月も勉強し始める頃だろうから家に誘うのは迷惑だろう。
この話をするのはテストが終わってからでいい。
「ケンちゃんは勉強してるの?」
「してるよ。赤点は多分ないから大丈夫」
「そう」
高校での大きなテストは前期中間テストと期末テストの二回ほどしかまだしていないが赤点は一度もとっていない。
俺は頭がいい方ではないが、今回も事前に勉強はしているのでおそらく大丈夫だろう。
これで特に話すことがなくなったようだったので、俺は寝起きで渇いていた喉を潤そうとキッチンにある冷蔵庫から麦茶を取り出して飲んだ。
渇いていた喉を通り、胃の中に流れていくのを感じる。
「あのさ……ケンちゃん」
麦茶を飲んでいると、また母さんが話しかけてきた。
今、母さんは俺の名前を呼ぶ前に少しだけ間を開けた。
こういう時、母さんは決まって話しづらいことを話す。
「なに?」
重い話になることを覚悟して聞いた。
「今度、お父さんのところに行ってこようと思うんだけど……ケンちゃんも、くる?」
「……」
俺は少し答えるのに間を開けたが、このことを聞かれた時の俺の返答はいつも決まっている。
「……俺はいいや。また今度にするよ」
「そう……」
母さんは僅かに俯いて残念そうな顔をした。
このやり取りをする時にはいつも見ている表情のはずなのに胸が痛む。
「父さんによろしく伝えといてよ」
断った代わりにそう言うと、母さんの俯いていた顔が上がり、元の笑顔に戻った。
「ケンちゃんも真冬ちゃんによろしくね」
「はいはい」
そう答えて、俺は自室に戻った。
自分でもなぜだか分からなかったが、俺は確かにその時、数年ぶりに笑っていた。




