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クズはクズらしく  作者: 夕町 迅夜
第二章
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密会と障礙

 次の日の朝。

 いつものように学校に眠い身体を引きずりながら登校していると、いつもと少しだけ様子が違う違和感に気がついた。

 周囲を見渡すと、俺と同様に学校に登校中の生徒達の何人かがこちらに視線を向けているのだ。

 チラチラと視線だけをこちらに向けているだけの生徒もいれば、あからさまにこちらに指をさしてヒソヒソと何かを話している生徒もいる。

 なんだ……?

 一応、自分の身なりを確認する。

 制服は着ている。

 カバンも間違ってはいない。

 髪もいつも通りのボサボサ具合で、背中にもバカと書かれた紙が張り付けられているなんてこともない。

 少なくともこの視線の原因は俺の身なりではなさそうだ。

 だったら、なんだ?

 周囲から注目される原因を頭で考えては見るもののまったく思いつくこともなく、俺は周囲の奇妙(きみょう)な視線に(さら)されながら学校に到着した。

 いつまでも原因の分からない視線に頭を傾げていても仕方がないので、一旦忘れることにして教室に入ると、俺は思わず息を()んだ。

 教室にいるクラスメイトの大半が一斉にこちらに視線を向けてきたのだ。

 いつもはいるかどうかすら分からない、このクラスの空気でしかない俺にこんなに注目が集まるのはなにかあったとしか思えなかった。

 なんなんだコイツら……。

 その視線を気持ち悪いと思ったが、原因を誰かに尋ねられるわけでもないので、俺はその視線に気がついていないふりをして自分の席にいつも通り向かう。

 カバンを机の横にかけて、席に座ると、俺はもうひとつの違和感に気がついた。

 如月が絡んでこないのだ。

 ここ最近、俺が登校して席に着く時に必ずと言っていいほどいつも絡んでくる彼女が一向になにもしてこない。

 そのことにクラスメイトたちからの視線以上に違和感を感じた。

 教室中を視線だけ動かして見渡すが、どこにも彼女の姿が見当たらない。

 もしかして、休んだのか……?

 アイツ、昨日は学校行けって念押ししてきたくせに自分は休むのかよ……。

 そんなことを思っていると、ズボンのポケットに入れていたスマートフォンが振動した。

 取り出して画面を確認すると、ほとんど使用していないチャットアプリに通知が一件届いている。

 アプリを起動すると、そのチャットは如月からのものだった。

 そういえば、昨日家にいた時に無理やり登録させられたな……。

 彼女が俺からスマートフォンを奪って勝手にやっていたのですっかり忘れていた。

 内容を確認するために如月とのチャット画面を開くと、


 《何も持たなくていいから、今すぐ特別棟の三階に来て》


 という絵文字も何も付いていない淡白な一文だけが送られてきていた。

 いきなりなんなんだとは思ったが、とにかく面倒だし、行きたくないと思ったので、《嫌だ》とだけ送り返す。

 すると、直ぐに既読(きどく)がつき、『なんで〜!?』と叫んでいるパンダのスタンプを送ってきた。

 続けて文章で《急用なの!本当に来て!》とメッセージが送られてきて、怒っているパンダのスタンプも同時に送られてくる。

 本当に急用の人間がスタンプなんて送らないだろ、と思いつつ、行かないとあとからうるさそうなので仕方なく俺は特別棟の三階に向かうことにした。

 俺は席を立ち、クラスメイトの視線に晒されながらトイレにでも行くように教室をあとにした。





 特別棟は理科室や家庭科室、多目的室などの特別教室がある校舎だ。

 主に授業でしか使わないような教室ばかりなので、こんな早朝の登校時間に立ち入る生徒はほとんどいない。

 廊下や階段は自分の足音がうるさく聞こえるほどに静まり返っていた。

 三階に到着すると、廊下に如月の姿があった。

 近づいていくと、如月もこちらに気がつく。


「あっ!健一くん!」


 右手を上げて、人混みでもないのになぜか自分の存在をアピールをしてくる。


「おはよう!」


「で、なんだ?」


「……」


 俺は如月の数歩手前で立ち止まり、要件を聞くが、如月は俺の目を無言で見てくるだけで一向に答えようとしない。


「……なんだ」


「挨拶くらいは返した方がいいと思うよ?」


「……はよ」


「よろしい」


「……」


 この挨拶のやりとりもこれで何度目だろう……。

 いい加減、鬱陶しくなってきたし、なんだか小学生みたいで馬鹿にされている気がする。


「で、用件は?」


「これ見て」


 そう言って、如月が見せてきたスマートフォンの画面には一枚の画像が映っていた。

 少し薄暗くて見にくいが、その画像に写っているのは如月宅の前で向かい合って話している俺と如月だった。


「昨日、誰かに撮られてたらしくて、この画像がクラスのグループチャットとかで拡散して、変な噂になっちゃってるの」


 俺はクラスのグループチャットに入ってすらいないのでそんなことになっているとはまったく知らなかった。

 おそらく登校中に周囲の視線を感じていたのは、如月のせいだろう。

 如月はどうやらこの学校ではそこそこ名前の知られている有名人らしいので、他クラスの生徒にもその噂が伝播していてもおかしくはない。


「変な噂って?」


「例えば、その……わたし達が付き合ってるとか……わたしの家で……学校サボって二人で遊んでたとか……」


 如月は顔を赤くしながらうつむき加減で途切れ途切れもごもごと話していたが、なんとなくは分かった。

 つまりは思春期の高校生に起こりがちのただの肥大妄想だ。

 恋愛ごとになんでもすぐに結びつけたくなる、まだ病名がついていないだけの一種の病気。

 確かにこの画像だけ見ると、俺が如月の家から出てきて、これから帰るところのようにも見えなくはない。

 実際に昨日、俺は学校を早退すると言ってサボったし、如月も俺についてきて一緒にサボった。

 客観的に見て、付き合っていると勘違いされてもおかしくないだけの要素は確かに揃っているのかもしれない。


「俺を呼び出したのはこの説明のためか?」


「うん。そうだけど……」


「そうか」


 俺は振り返って如月に背を向け、先程歩いてきた廊下を引き返して行く。


「え、どこ行くの?」


「教室に戻る」


「解決策とか考えないの?」


 一度立ち止まって、如月の方に振り返る。


「解決策って噂の?」


「うん」


「解決したいのか?」


「それは……付き合ってるとか誤解だし、健一くんも迷惑でしょ?」


「確かに迷惑ではあるけど、放っておけばいいだろ、べつに」


「え?」


「実害は今のところ何もないし、噂なんて止めようと思って止まるものでもない。止めようとするだけ時間の無駄だろ」


 噂による悪影響を強いて挙げるとするのなら、周囲から見られることが少し増えるのと噂を聞いた知らない奴が話しかけてくるかもしれないことくらいだ。

 億劫(おっくう)ではあるが、それも噂が沈静化するまでの僅かな間だけ適当にあしらっていればいい。

 ほんの少しだけ我慢していれば大したことはない。


「まあ、噂を早くなくしたいなら、俺にはもう関わらないでくれよ」


「それは嫌だ」


 まあ、分かりきっていた答えだ。

 これであっさり関係を断てるなら、こんなに苦労はしていない。


「でも、俺との接触はなるべく減らしてくれよ。そうしないと、噂がいつまでたっても消えない。むしろ悪化する」


「……分かった……控えるよ……」


 如月は嫌々そうではあったが了承した。


「とりあえず、そろそろ朝のホームルームも始まる時間だから教室に戻る」


「わたしも一緒に行くよ。同じ教室なんだし」


 俺が教室に向かって歩き出すと、如月も後ろからついてこようとした。


「キミはバカなのか……?」


「あ、そっか」


 如月はそうだったと言わんばかりに恥ずかしそうに後ろ髪を撫でるが、その姿には俺もさすがに呆れた。


「もういい。俺はあとでいいから先に戻れ」


「いいの?」


「トイレに寄りたいだけだ」


「そっか。それじゃあ、またね」


 如月はそう言ってこちらに笑顔で手を振りながら駆け足で教室へと向かっていった。

『またね』って……


「アイツ、本当に分かってるのか?」


 人の噂も七十五日という言葉があるのだから、噂が完全に落ち着いたといえるのは二ヶ月以上先だ。

 それまで会わないし、会話もしないということを彼女は本当に理解しているのだろうか……。

 俺はとぼとぼと廊下を歩きながら、あわよくば、このまま如月からフェードアウトして、また一人に戻れることを願った。

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