帰路と変化
母さんを寝室のベッドに寝かせたあと、俺と如月はテレビを見たり、勉強をしたりして夕方になるまで暇を潰した。
ようやく日が暮れてきた夕方の五時。
俺は玄関で家に帰る如月を見送っていた。
「お邪魔しました」
「真冬ちゃん、またおいでね」
「はい、ありがとうございます」
俺の横には寝巻き姿で額に冷却ジェルシートを貼っている母さんがいる。
如月を見送るためにわざわざベッドから気だるいはずの体を起こしてきたのだ。
「お母さんこそ、お大事にしてください」
「ありがとね」
母さんは僅かに息を荒くして、少し辛そうにしながらも笑顔で如月と話している。
昼頃に帰ってきた頃に比べて、先程、体温を測ったら上がっていたので風邪が悪化してきているのだろう。
「ケンちゃん、真冬ちゃんを家まで送ってあげなさい」
「え……」
「そんな嫌そうな顔しない」
わざわざ送り届けるなんて純粋に面倒くさいと思ったので、それがつい顔に出てしまった。
「女の子が暗闇の中、一人で帰るのは危ないでしょ?」
「まだ、夕方なんですけど……」
「すぐ暗くなるから送りなさい」
少し力のこもった声で命令される。
目もじっと見られて少し怖い。
「……分かったよ」
このまま反対していてもどうせ無駄に終わるのが目に見えたので俺は渋々ながら了解した。
一段の僅かな段差を下り、靴下を履いていなかったので、コンビニに行く時などに履いているスリッパを履いた。
「行ってくるからしっかり寝ててよ?」
「分かってるわよ」
やれやれといった感情がこもっていそうな母さんの返事を聞いて、俺と如月は外に出た。
「いってらっしゃーい」
母さんは手をひらひらと振って、俺たち二人を見送った。
「健一くん、ありがとね」
マンションから少し離れたところまで来たところで俺の隣を歩く如月がお礼の言葉を口にしてきた。
俺たちは立ち止まることはせず、歩きながら会話を続ける。
「それはこの時間までキミを家に置いてあげたことに対してか?それとも今こうしてキミを家まで送っていることに対して?」
「どっちもだよ。ありがと」
「どういたしまして」
如月は顔をこちらに向けて話していたが、俺は彼女に目を向けることなく目の前に広がっている夕焼けの景色を見ながら返事をした。
ここで会話が途切れたが、まだまだ遠いであろう彼女の家までずっと無言でいるのは気まずいと思ったのか、彼女は話題を探してなぜか俺の母さんの話になった。
「健一くんのお母さんって優しくていい人だよね。明るいし、美人だし」
「……そうだな」
「意外とあっさり肯定するんだね……」
「事実を肯定したらおかしいのか?」
如月の言う通り、たしかに母さんは明るくて優しい性格をしている人だ。
俺があの人から生まれたとは思えないほど、顔立ちも整っている。
あれで子供のようにうるさくなければ、いわゆる美魔女と呼ばれるレベルだろう。
否定する要素は何もない。
「健一くんってさ。もしかして、マザコン?」
「誰がマザコンだ……」
いきなり突拍子もないことを言い出したので、少し呆れながらもツッコミのような返事を返す。
「だって、高校生だと反抗期で親と仲が悪い人が多いけど、健一くんはお母さんと仲良さそうだし」
「親と仲がいいっていうのはいいことだろ。それでマザコン扱いってどうなんだよ……」
べつに俺は母さんに甘えたいなんて感情があるわけじゃない。
普通に親に感謝して、気軽に話せる関係性でいることをマザコンと言われるのは少しだけ癪をだった。
「キミは親と仲が悪いのか?」
「ううん。そんなことないよ?お母さんとは仲良いし……。あっ、でも、お父さんとはちょっとだけ仲悪いかも」
「もしかして、あれか?よくある、洗濯物を分けるとか風呂のお湯を入れ直すとかやってるのか?」
「……やってる」
「やめてやれよ……お父さん、可哀想だろ……」
「あはは……」
そんなどうでもいい話をしながら俺は如月を家まで送り届けた。
如月宅に着いた頃には母さんの言った通り、日もほとんど沈んでいて、街灯の明かりが灯り始めている。
如月の家は二階建ての一軒家で全体的に白い印象の少し大きめの洋風の家だった。
「送ってくれてありがとね」
「そのお礼はさっき聞いた。もう言わなくていい」
もう、今日一日で何度聞いたかわからない「ありがとう」を言われた。
いい加減、それだけ言われるとありがたみも無くなる。
「うち、寄ってく?」
「もちろん、遠慮しておく」
「だと思った」
そんな答えが分かり切っている冗談を言いつつ、敷地の境にあるオシャレな洋風の門扉を如月は開けて入っていった。
門扉を挟む形で向き合う。
「じゃあ、また明日ね。明日は学校しっかり行くんだよ?」
「分かってるよ」
「じゃあね」
「ああ」
別れの挨拶をすると、如月は数段の階段を上がって玄関へと入っていった。
俺は今さっきまで如月と二人で歩いてきた道を引きかえす。
「……またな……」
そう心の中で思った言葉を俺は無意識にボソリと呟いていた。




