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二章十一話 『黒雲の主』


 猛烈な勢いで疾走する魔鳥車。その頭上に立ち込める、不気味なまでの黒い雲。


 先程までは眼前に指先を(かざ)せば隠れる程であったにも関わらず、今は辺り一帯が陰ってしまっていた。

 そのあまりにも異様な発達ぶりからして、自然現象でない事は誰の目にも明らかだ。いくらゲタング達が力強く駆けようとも、青空の下に出ることは叶わない。


「おい、今の内に金属製の(もん)は外しとけよ?」


 お世辞にも安全とは言い難い逃走劇を繰り広げる魔鳥車の屋根の上。重心を低く身構え、緊張と不安の入り混じった面持ちで黒雲を睨んでいる二人へ、一瞥をくれたジルヴェルトが口を開いた。


「えっ? ああ、うん――」


 脈絡の無い忠告を受け、戸惑いを見せている二人を余所に、ジルヴェルトは我先に魔物化を始め戦闘準備を整えていく。


「――――」


 彼にとっての魔物化とは、身体能力の向上の他、砂蜥蜴(サンドリザード)の能力を最大限に引き出す事にある。

 つまり、これから相見(あいま)みえようとしている相手は、魔物状態でもって相手をするに相応しい強敵だと言う事だ。


 そして間もなく気を取り直した二人は、言われた通りに身に着けている金属製の物を手早く外していく。

 彼等も、ジルヴェルト程では無いにしろ、事の異常さ、不穏な気配をその身で感じているのである。


 ジードは腰に差してあった直剣とダガーを。エレナは両腕にはめていた篭手を。


「ねぇ、これどうしよう……?」


「あっ……」


 二人して言われるがままに装備を外したのは良いものの、いざそれを手にしてから問題点に気付く。


「そんじゃさ、飛んで客室まで持って行けたりしないか?」


「ううん、それは無理。これだけ早く動いてると、飛び上がった途端に置いていかれちゃうわ」


 両手に武具を抱えたまま、それの置き場所に困ってしまう二人。妙案とばかりに挙げられたジードの提案にも、エレナは小さく首を横に振った。

 ストルドフの元へ飛んでいったレミンが戻ってこないのも同様の理由だろう。

 

 まさか両手に荷物を抱えたまま戦える筈もなく、かと言って戦闘の邪魔になるからといって大切な武具を放り投げる訳にもいかない。

 仮に平たい屋根の上に置こうものなら、ものの数秒ともたずに地面へと転げ落ちてしまうだろう。


「オイオメェラ、モタクサシテンジャネェヨ。ァア?」


 結局良案も挙がらず、置き場を決めあぐねて困り果てている所へ、魔物化を終えたジルヴェルトが舌を鳴らす。


「あ、いや、これを置いとく場所が――」

 

「ッタク。ンナモン、サッキミテェニ穴アケチマエバ良イダロウガヨ」


 苛立ちを募らせる砂蜥蜴の憑依者(デミ・リザード)は、魔物化する事によって生えてきた尻尾を屋根に突き立てる。


 鉄板敷の屋根は貫通こそしなかったが、尻尾の先端が触れている部分から砂と化していく。その後砂化は円状に広がっていき、直径にして三十センチ程侵食した段階でジルヴェルトは尻尾を引き抜いた。


 すると間もなく。砂は重力に耐えきれず下へと崩れ落ち、客室内に砂塵を舞わせる。


「オラ、トットトシヤガレ。グズグズシテット、ドウナッテモ知ラネェゾ」


「お、おう……」


 新たに作り出した穴を顎で指し示し、苛立たしげに催促するジルヴェルト。その一刻の猶予も許されないかのような口振りに、二人は手にした武具を慌てて砂まみれの室内へと落としていく。

 

 確かに、ジルヴェルトの発言は至極真っ当なものであった。

 ジードとエレナが浪費した僅かな間にも、黒雲は着々と勢力を伸ばしていたからだ。


 そして遂に、発達が頭打ちとなった所で、分厚い雲の周りを駆け巡るように放電が始まったのである。

 まるで、その内包する膨大なエネルギーを主張するかのように、雲の内側からは頻繁に閃光が漏れ出ており、最早いつ落雷を伴っても可笑しくない状態となっていた。


 するとそれを察してか、ジルヴェルトが片腕を上げ掌を天に(かざ)し始めた。


「――――ッ」


 静かに魔力を錬ること数瞬。

 翳した掌からは勢い良く砂が吹き出し、それはやがて半球体状となって魔鳥車を覆ったのだった。

 これは演習場で見せた『砂の結界』を縮小させたもので、以前の物と比べると視認性は幾ばくか良くなっている。


「良イカ? 野郎ガ上ニイル以上、何モ始マラネェ。マズハ引キ摺リ降ロスノガ先決ダ」


「引き摺り降ろすって?」


「流石ニアノ位置ジャ、コッチノ攻撃ハ届カネェ。ダガ向コウ二モ、チマチマ上カラヤッテモ意味ネェッテ事、ワカラセネェトイケネェ」


 バチバチと不吉な音を奏でている雷雲を睨み付けながら語るジルヴェルト。蜥蜴顔となっている為表情こそ窺えないが、憎々しげに紡がれた語り口からして、納得のいく戦法ではないようである。


「って言うか、あの雲の中には何がいるん――――っ!?」


 ジードの言葉は遮られ、最後まで続けられる事はなかった。何故なら、黒雲が一際強く光った刹那、彼の眼前で砂が爆ぜたからだ。


「なっ……」


 文字通り光速で降り注いだ攻撃にジードが気付いたのは、ジルヴェルトの施した砂の結界に着弾してから。轟音を伴って砂の壁が消し飛ぶまで、彼は反応すら出来なかった。

 仮にジルヴェルトが結界を張っていなければ

、今頃は黒こげか、或いは鬼が危機を察して身体の主導権を奪っていたやも知れない。


 実際の所、落雷を視認してから対処するなど人類では到底成し得る筈もなく、再び張られていく結界を見つめたままジードは唖然としている。


 するとそんな彼の元へ、目一杯張り上げられたストルドフの声が届く。

 

「――皆さんっ! これからかなり揺れます! 振り落とされないで下さいねっ!!


 落雷による攻撃が始まったと見るや、ストルドフは巧みに手綱を操り、相手に照準を絞らせないよう不規則に蛇行運転を始めたのだ。


 

「おわっ!?」


「きゃあ!?」

 

 雷撃を回避する為に生まれた強烈な遠心力に、たまらず片足を浮かせるジードとエレナ。あわや転落かと思いきや、どこからともなく現れた砂に身体を支えられ、最悪の事態は免れた。


「わ、悪い……」


「ありがとう」


「良イカラシャガンドケ。次ハ()ェゾ」

 

 依然として直立不動を保ったまま、素気(すげ)ない態度で返すジルヴェルト。

 彼の足元をよく見てみれば、魔鳥車の屋根が一部砂と化しておりジルヴェルトの足首より下と結合していた。これでは、どれだけ車体が揺れようとビクともしないのも頷ける。


 ジードとエレナは顔が屋根につきそうな程姿勢を低く保ち、次は振り落とされないよう必死にへばり付くしか無いのだった。


 ***


 それから二十分ばかり。

 逃走中も関係なしに現れる魔物の群をジルヴェルトは漏れなく貫き殺し、結界生成の為の糧としていった。


 次から次へと雷の雨が降り注ぐ中、ストルドフとゲタングのタッグが魅せる果敢な走りにより、被弾率は凡そ三割程度。

 加えて被弾箇所もまちまちの為、ジルヴェルトの砂の結界は一度足りとも雷撃の侵入を許していない。


 そうして駆け続けた魔鳥車はいつしか荒野を抜け、間もなく山岳地帯へ立ち入ろうかと言う頃。


「ケッ、ヨウヤクオ出マシカヨ。手間取ラセヤガッテ」


 執拗に雷撃を落とし続けていた黒雲は突然ぴたりと収まり、それを確認したジルヴェルトが忌々しげに舌を鳴らすと全身に魔力を巡らせ始めた。


「覚悟シトケヨ、コラ。次ハコッチノ番ダカラヨォ……!」


 それから間もなく。

 立ち込める黒雲の中から雷光を纏った何かが飛び出して来たのだ。


「――で、でかっ……」


「えっ、何よあれ……」


 一直線にひた走る魔鳥車よりも遥かに早い速度で飛来するそれの、近付くに連れて明らかになる容貌に、ジードとエレナの二人は揃って驚愕の声を漏らす。


 一目姿を覗かせれば嫌でもわかってしまう程に巨大なその姿は、形だけで言うならば鷲に酷似しており、されどその大きさがその比ではない。


雷鷲(サンダーバード)ダ。聞イタ事アンダロ?」


 藍色と黄金色(こがねいろ)で彩られたその体は、(くちばし)から尾羽まで余すこと無く帯電して蒼白い光を帯びており、視認出来る程に電気が迸っていた。


 大きく広げられた翼は、翼長五メートルを優に越え、ほぼ垂直に急降下し迫るその威圧感は下位の(ドラゴン)にも引けを取っていない。


「――――!!」


 猛禽類特有の甲高い鳴き声を響かせながら迫るそれを、ジルヴェルトは砂の槍を乱射し迎え撃つ。


「ドイツモコイツモ、ピャーピャーピャーピャー、ウッセェンダヨ!」


 様々な位置、様々な角度から射出される数多の砂槍を雷撃を放つ事で相殺し、また、時には身を(ひるがえ)しながら躱していく雷鷲(サンダーバード)


 やがて、高度を限界まで下げきった雷鷲は地面すれすれを滑空し、今もなおひた走る魔鳥車へと追い迫る。


「ヘッ、ヤルジャネェノ。――コンナラドウダ、オラァッ!!」


 ジルヴェルトは興が乗ってきたとばかりに薄ら笑いを浮かべると、魔鳥車の後方から大量の砂を噴出させ砂嵐を発生させる。

 そして視界を妨げた所で、お次はお得意の砂の津波を繰り出す。


 手数で及ばぬなら質量攻めと言う訳だ。平坦な地表から突然せり上がった砂の津波は、高さ二十メートルにも及び、いくら巨大な雷鷲と言えど呑み込むのは容易である。


 そして砂の津波には、視界の遮蔽と言うもう一つの役割がある。

 と言うのも、ジルヴェルトは砂の津波のすぐ後方に特大の砂の腕を忍ばせていた。


 視界の妨害だけでなく遮蔽をする事で、対象を自身の思い通りに誘導しようと言う訳だ。

 津波で飲み込めればそれで良し。仮に、逃れるべく急上昇して来ようものなら、カウンターで叩き落としてやろうと言う二段構えの戦法である。


 口元を僅かに吊り上げ、今か今かと待ち構えるジルヴェルト。しかし、雷鷲は彼の予想を大きく裏切った――。


「――!」


 己を飲み込まんとする砂の津波を前にして、雷鷲に退くような素振りは見受けられない。それどころか、力強く一鳴きすると自身の体を巡る電圧を増幅させていく。

 そして、蛇がうねるかのような凄まじい放電を伴いながら砂の津波へと飛び込み、分厚い砂の掴みを見事貫いたのだった。


「――ッンダト!?」


 雷鷲(サンダーバード)は依然として地面すれすれの低空飛行を続けたまま。これでは砂の腕を振り下ろしたところで到底追い付かない。


 予想外の行動に目を剥くジルヴェルトを嘲笑うかのように、雷鷲は結界越しの魔鳥車へ向け一息に加速していく。


「野郎ッ――」


 ジルヴェルトが慌てて追撃を仕掛けるもやはり間に合わず、砂の腕が届く前に接近を許してしまう。


 そんな中、少年少女の二人は目まぐるしく動く展開についていく事が出来ず、ただ息を呑み身を堅くするばかり。


「――――!」


 遂に、雷鷲は魔鳥車のすぐ後方にまで迫り、そのまま激突かと思われた所で唐突に進路を逸らし始めた。やがて弧を描くように勢い良く旋回し、魔鳥車の側方へ大きく回り込むと、鉤爪を突き立た状態で横っ腹に突撃。


 津波もを貫いてみせた雷電を纏った一撃を、視界確保に重きをおいた砂の結界などでは当然防げる筈もない。鉤爪は易々と内側へめり込み、鈍い衝突音を響かせた。


 揺れる魔鳥車、砂塵舞う結界内。

 しかしそれは、雷鷲と魔鳥車が激突した結果ではなく、ジルヴェルトが突撃を受け止めた事による衝撃だった。


「…………オイ、コラ……ヤット捕マエタゾ、オメェ……」


 地面からではなく自身の腕を砂の腕へと変質させたジルヴェルトは、感電することも厭わず雷鷲を掴み込む。そして砂の結界を消し去り、獲物を圧殺する事だけに全力を注ぎ始めたのだ。


「――! ――!」


「ケッ、根性比ベデ負ケラレッカテノ!」


 苦し紛れの雷撃を直接浴びせられてもまるで怯むことなく、むしろ嬉々として雷鷲を締め上げていくジルヴェルト。


 対する雷鷲は翼ごと掴まれている為、羽ばたく事も出来ず、ジタバタともがき苦しんでいる。

 どうにか逃れようと、巨躯がなりふり構わず暴れるお陰で、ジルヴェルトと繋がっている魔鳥車はひっくり返りそうな勢いで揺れる始末だ。


「クタバリヤガレ、オラァ……!!」


「――――――!」


 外に音が漏れる程に骨を軋ませ、絶叫じみた悲鳴を上げる雷鷲。


 このまま決着――かと思いきや、いつの間にやら上空には雷雲が再び生成されており、小規模ながら黒々と不吉な色をしたそれに、いち早く気付いたのはジードが声を上げる。


「――っ。ジルヴェルトさんっ、上――!」


「ァア? 俺ァ今、忙シインダヨ。雑魚クライテメェデトカシロッテ――――ッ!?」


 流石のジルヴェルトも、感電真っ最中の状態では他の事にまで気が回らないようで、ジードの言葉を受けて初めて空へと目線を上に。

 そして充分に発達した黒雲を視界に収めると、縦瞳孔の瞳を丸く見開き即座に怒号を飛ばす。


「オイッ! 今スグコッカラ飛ベッ!!」


「えっ、飛べって……」


「ここから……?」


 突拍子のない命令に、困惑した様子で顔を見合わせる二人。

 しかしジルヴェルトからすれば、そんな時間すら惜しかったようで舌打ちを一つ。二人の足元に射出台を作り出すと、問答無用で打ち出した。


「おぁっ――!?」


「きゃっ――」


 無造作に宙へと放り出されたエレナとジード。

 悲鳴こそあげたものの、浮遊感に慣れている少女は即座に魔力の羽を展開し、空中での移動の術を持たない少年に近づき抱き抱えた。


 丁度この時、御者台に居座っていたレミンとの距離が離れてしまった為、魔力の繋がりが絶たれ彼女の分体はその場で消えてしまった。


 残されたストルドフは、突如としてレミンが鋳なくなった事に驚き後方へ振り返る。するとそこで二人が居なくなったことに気付いたようで、魔鳥車を止めるべく慌てて手綱を引いたのだった。


「わり、助かった……」


 そして、女性にお姫様抱っこされると言う、なんとも情けない状態のジードが苦笑混じりに礼を述べたその時――。


「――――!!」


 雷鷲は全身の毛を逆立たせ、有らん限りの力で鳴いてみせた。


 その刹那――。

 まるで天の怒りの如き落雷が雷鷲(サンダーバード)を貫いたのだった。


 大気を割るような轟音を響かせたその一撃は、雷気を自在に操る雷鷲を以ってしても身を滅ぼしかねない大技だったようだ。

 その証拠に鮮やかであった体毛は黒く焦げ見る影もなく、息も絶え絶えな様子が見て取れる。

 

 すると当然、雷鷲と接触していたジルヴェルトが無事な筈も無い。雷鷲と同じく全身が焦げているのは勿論、砂へと変質させていた両肘から先は跡形も無くなっていた。

 更には魔力が切れたのか、魔鳥車と彼を繋ぐ砂の連結は解かれ、そのまま屋根へと体を預けてしまう。


 そして、被害は彼だけに留まらなかった。


「あ……く……うぅ……」


 魔鳥車の鉄部分を伝って感電は車体全体にまで及び、ストルドフは手綱を握ったまま硬直。ゲタング達も動きが鈍くなり、魔鳥車はやがて止まってしまう。


「――、――」


 捨て身の一撃を放ち、どうにか窮地を脱した雷鷲は力無く上空へと飛び上がると、ほうほうの体で逃げ出していく。

 その姿からは威圧感など欠片も感じられず、まるで見る影もないほどだ。


 しかし流石のジルヴェルトも、脳が痺れる程の電撃を浴びせられては動く事も出来ないようで、山向こうに消えていく獲物の背を、屋根に突っ伏したまま悔しげに睨み続けるのであった。


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