二章七話 『儘ならぬ思い』
太陽が本日の役目を終え、主役が月へと移り変わろうと言う頃。
ジード、エレナ、ジルヴェルト、ストルドフの四人を乗せた魔鳥車は炭鉱町メイニスフィルに到着した。
結局、同所に着くまでの間にエレナとジードは代わる代わる御者を務め、三巡したのちにストルドフへと戻った。
そしてつい先程、馬宿に魔鳥車諸共ゲタング達を預けて来たばかりと言った具合である。
彼の情報によれば丁度今時分は、本日の職務を終えた炭鉱夫達で町は大いに賑わっているという。
「あれ……?」
だが実際に町へと足を踏み入れた一行の目に映るのは、事前情報とは一致しない、やけに閑散とした町並みだった。
まだ日も落ちて間もないと言うのに人影は疎らで、道行く人は皆どことなく活気が無いように見受けられる。
「何か可笑しいですね……こんな筈ではないんですけど。――そう言えば、馬宿の方もどことなく元気が無かったような……」
自身の記憶とは違う町の雰囲気にストルドフは首を傾げ、訝しげに周囲を見回している。
そんな先輩の様子に影響され、ジードとエレナの二人もやや不安げな表情を浮かべている。
そこへもう一人の先輩、ジルヴェルトよりダメ出しが飛ぶ。退屈そうに三人の後ろを付いて歩いていた彼は、先頭を行く男のじれったさに堪えきれず、一人歩き出した。
「ったく、まどろっこしい野郎だなてめぇは。んなもん、そこら辺の奴とっ捕まえて聞きゃ良いだろうがよ」
「――あっ、ちょっとジルヴェルトさんっ!」
ジルヴェルトはストルドフの呼び掛けを無視してぐんぐんと前へ出る。
そんな彼が声を掛けたのは、ストルドフでは絶対に声を掛ける事はない、仏頂面を浮かべた坊主頭の大男だった。
「なぁ、聞きてぇ事があんだけどよ」
「……なんだお前は。どけ、邪魔だ」
進路を塞ぐように現れたジルヴェルトを見下ろしながら睨み付け、道を譲るよう顎と目線で指図する大男。
しかしそんな事で怯むジルヴェルトではない。男の要求などまるで無視して話を続けていく。
「この町のシケた様子は一体なん――『どけっつってんのがわからねぇのか!」』
その態度に腹を立てた男は声を荒げ、無理矢理に払い退けようと大きく腕を振るう。
男とジルヴェルトの体格差は歴然。ガンズにも引けを取らない屈強な肉体を持つ男に比べれば、ジルヴェルトなど一回り以上小さく感じられる。
「――――っな、なんだと……?」
――にも関わらず、男の腕はジルヴェルトの肩を触れたまま一向に動く気配はない。
「良いか、もう一度だけ聞いてやんよ。この町のシケた様子は一体なんだ?」
ジルヴェルトは男の腕を手首から掴み取ると、ギリギリと締め上げていく。その際、縦長の瞳孔をすっと狭め、威圧するのも忘れない。
「――わわ、わかった! 話すっ、話すからその手を離してくれっ!」
「けっ。初めからそうしとけっつうの」
堪らず降参した男は、解放された腕を不安げにさすると、正しく機能するか動かしていく。やがて、一歩二歩と後退り距離を取ると、畏縮した様子で語り出した。
「じ、実は一昨日、炭鉱内で崩落事故があってよ――――」
***
ジルヴェルトの顔色を窺いながら語られた、男の話を要約するとこうだ――。
昨日の昼、炭鉱内深部で大規模な崩落事故が起こり、作業に出ていた炭鉱夫の四分の一が閉じ込められてしまった。
すぐさま救援部隊を派遣されたが、坑内には有毒ガスが充満しており生存の見込みは皆無。現時点での捜索は不可能と決定付けられた。
結果、ガス突出が治まるまでの当面の間、鉱山は閉鎖となり、この町の多くの者が職を失ってしまったと言う――。
それを語った男もまた、職と唯一の肉親を失い、途方に暮れたまま宛もなく歩いていたところだったそうだ。
問題はその手の話題に免疫の無いジードとエレナは激しく憤慨し、今にも救助に乗り出しそうな勢いでジルヴェルトへと詰め寄った事だ。
しかし、当然の事ながらジルヴェルトが良い顔をする筈もなく、往来で言い争いを始めてしまった三人。
それをストルドフがあの手この手でどうにか宥めすかし、ようやく宿屋までやってきたと言った次第である。
そうしてやって来た宿屋の客室。
本来六人用の大部屋を四人で借りた為、険悪な雰囲気を室内まで引き摺ってきた四人だ。
何故かと言えば、個室を四部屋用立てるよりも格安だったからである。いつ如何なる時であろうとも経費削減は怠らないその姿勢は、流石は開拓団の雑務担当といったところか。
それぞれが荷物を置いたところで、ジードが待ってましたとばかりに口を開く。
「で――? 何で駄目なんだよ?」
「ぁあ? そもそもおめぇらは何しに来たんだよ? 目的を見失ってんじゃねぇぞ、おい」
不貞腐れ気味に放たれたその言葉に、ジルヴェルトもまた苛立たしげに答え、火花を散らし合う両名。
するとそこへ、意外にもストルドフが割って入った。
「その件ですが、僕も現地へ向かうのは賛成出来ません」
「なんでだよ! 何か出来る事があるかも知れないだろ!?」
ジードは信じられないとばかりに語気を荒げ、ストルドフへと食ってかかる。事実、彼とて崩落事故の話を聞いている時は、酷く心痛な面持ちを浮かべていたのだ。
ジードからすれば裏切りとも言えるその発言に、納得がいかないのも仕方の無い事だ。
そんな、憤りを隠せていないジードとは対照的に、ストルドフは酷く落ち着いた様子で核心に切り込んでいく。
「それですよ。『何か出来るかも知れない』、と言うのは裏を返せば『何を出来るのかは自分でもわかっていない』、という事ですよね?」
「――っ。でも……!」
痛いところを突かれ、言い淀んでしまうジードを前に、ストルドフは更に追い討ちを掛けていく。
「専門の方達が苦悩の末に出した決断を、僕達素人が横から掻き乱すのは良くありません。何より、自分達の理想を押し付けた結果、遺族の方達へ悪戯に期待を抱かせ、いざ上手くいかなかった場合『やっぱり駄目でした』、と目を見て言えますか?」
「「…………」」
ストルドフの質問に、ジードどころかエレナまでが俯き、押し黙ってしまう。
ジルヴェルトが相手をしたのではそうはいかないが、彼のように冷静に言って聞かせれば、理解出来るだけの分別が二人にはあるのだ。
気持ちの整理を付けさせる為、ストルドフはこれ以上言葉を重ねるのを控え、二人の出方を見守っている。
そして、暫くの沈黙ののち、二人は伏し目がちに謝罪を口にした。
「その……考えが足りなかったと思う。ごめん」
「ごめんなさい……」
「いいえ。あなた達のその気持ちは本当に素晴らしいものです。ですが、気持ちだけではどうしようもない事もあるんだと、わかってください……」
そう語るストルドフの表情は、二人に負けない程に痛ましいものであった。
先輩として厳しい事を言えども、気持ちは二人と同じと言う事だ。
そうして無事、この話し合いも纏まりを見せて来たかと言う頃。
「けっ。手間ばっか取らせやがって。良いか、もう面倒な事言い出すんじゃねぇぞ」
ジルヴェルトはおもむろにベットへと寝転び、うんざりと言った様子で吐き捨てた。
「…………。せっかく良い感じで終わろうとしてたのに、まったくあなたって人は。大体、話を纏めたのは僕でしょうに……」
まるで自分が苦労したかのような素振りを見せるジルヴェルトに、ストルドフは呆れた視線を向けて嘆息する。
そして、苦笑いを浮かべたまま二人に視線を戻すと、こう締めくくった。
思い通りにならない事もありますが、僕達は僕達にしか出来ない事を一つずつやっていきましょう――と。
そして明くる日。一行は予定通り、朝早くにメイニスフィルを発つのだった。
出発の際、背後に聳えるツォルヴェラ鉱山を見据え神妙な面もちを浮かべる二人だったが、終ぞその思いを口にする事はなかった。
***
ジード達が旅立ってから、暫くが経過したツォルヴェラ鉱山の坑道内。
落盤に巻き込まれ多くの命が散り、辛うじて難を逃れた者達も、噴き出したガスの充満する坑道内に閉じ込められた事により、間もなく命を散らしていった。
そんな中、奇跡的に生き延びていた男が一人。だが、その命も燃え尽きようとしている。
「死にたくねぇ…………死にたくねぇ…………」
彼もまた、鉱山内に閉じ込められてはいるのだが、幸いガスの充満している区域からは外れていた。
しかし、崩落の際に両足を負傷し、満足に立ち上がる事も出来ず、移動手段はずり這いのみとなっていた。
「死にたくねぇ…………死にたくねぇ…………」
暗闇の中、彷徨い続ける事約二日。
肉体的にも精神的にも疲弊しきっている男には、自力で助かる術など残されてはいない。
繰り返し呟いているそれも、もはや譫言のようなもので、本人に明確な意思があるかすら怪しいところだ。
動き回る事はおろか、首の向きすら変えられなくなった男はそれでもなお、生への執着を口にする。
「死にたくねぇ…………死にたくねぇよ…………」
――と、その時。どこからともなく声が響いた。
『ああ、死に行く者の嘆きトは、何ト心地の良いものデしょう――』
「―――っ。だ、誰かいるのか……?」
唐突に聞こえてきたその声に、男は残された力を全て使い、どうにか仰向けとなった。
自身の姿すら確認出来ない真っ暗闇の中、男の顔に浮かぶのは期待ではなく警戒。
声質こそ穏やかな男のものだったが、届いた言葉は悪趣味そのものだったからだ。
『はい。濃密な死の匂いに釣られテしまいましタ』
嬉しそうに語り掛けてくるその声は、直接男の頭へ響いており、一体どこから話し掛けられているのか検討も付かない為、彼は天井を見上げたままから笑いを漏らす。
「なんだ、死ぬ時には迎えが来るなんてのは、本当だったんだな……」
『迎えに来タ、デは些か語弊がありますね。正しくは貰いに来タ、デしょうか』
「貰いに、来た……? 何を言ってる。大体あんた、何者だ……?」
『私デすか? 私は名はアハト。崇高なる魔王様の忠実な下僕が一人デす。そして本日は、貴方の肉体を頂戴しに参りましタ』
魔王の下僕――――、それはつまり、そう名乗ったアハトなる声の主もまた、魔族だと言うことだ。
魔族であればこの世界において肉体を持たない為、男がいくら目を懲らそうが見える筈もない。
仮に見えたところで、色付きの靄のようなものなので、どちらにしても薄気味悪いのは変わらないのだが。
そして今回、何故魔族が同所に現れたかと言えば、鉱山崩落による急激な魔力溜まりが原因である。
行き処を失った大気中の魔力が一カ所に集まり、更にそこへ大量の死者の念が混じる事で、魔族が現界し得るだけの環境が整ってしまったのだ。
「マオウサマ? だか何だか知らないがな、この身体は俺と家族のものだ。余所様にくれてやるつもりはない」
男からすれば、どこの誰であろうとも、どの道死に行く身なのだから恐るるに足らず。
そもそも彼は、魔王なる存在を知り得てすらいない状況だ。おいそれと頷く筈もない。
『――デは、その家族に一目会わせテやると言っテも?』
そんな取り付く島もない男へ、アハトは自信たっぷりな声色で極上の餌をぶら下げる。
「でっ、出来るのか……?」
『はい、勿論デすトも。但し、対価トしテ貴方の身体を頂きますが、必ずや家族に会わせテ差し上げましょう」
「それは…………」
「――デは、何もせぬまま、ここデ一人朽ちていくのデすね? 貴方はそれデ良くとも、永遠に別れの言葉も言えぬままデは、貴方の家族が悲しむのデは?』
踏ん切りの付かない男の態度に、アハトは言葉巧みに揺さぶり、誑かしていく。
「…………。わかった、この身体はあんたにくれてやる。だから家族に会わせてくれ……!」
『ふふ、賢明な判断デす。デは契約成立、ト言うことデ――』
欲しい言葉を引き出した事で、アハトは満足気に笑いを零す。そして、その靄のような身体は吸い込まれるように男の口から体内へ。
「――っ! ぐっ……あ゛……あ゛……」
唐突に自身を襲う痛みに、男は喉元を押さえながら悶えて苦しむ。
「ぐあ゛あ゛ああああ…………!」
どこにそんな力が残っていたのかと言うほど、男は力強くのた打ち回っていたがやがて、ぴくりとも動かなくなってしまった。
「――――」
そして間もなく。男は何事もなかったかのようにむくりと起き上がり、身体の感触を確かめるように順繰りに動かしていく。
「――さて、随分と遅れを取ってしまいましたからね。私も早急に準備を整えなければ――――」
一頻り動きを確認した男は、短く息を吐いたのちにそう呟くと、闇に溶けるようにその場から居なくなった。
この日、新たな魔族が肉体を持って地上へと降り立った事を、この世界の住人は誰一人として知ることはなかった。




