二章三話 『荒ぶる砂蜥蜴』
時は僅かに遡り、二人が隠れ場所を求め駆け出してから間もなくの事である。
あれよあれよと巻き込まれ、かくれんぼの行く末を見届ける事となってしまったストルドフは、手中にある砂時計に視線をやったまま口を開く。
「ねぇ、ジルヴェルトさん」
「ぁあ? んだよ」
顎を引き、目を閉じたまま腕を組んでいたジルヴェルトだったが、ストルドフの呼び掛けに薄く瞳を覗かせて応じた。
「前から聞こうと思ってたんですけど、この修行に一体なんの意味があるんですか? 魔力を遮蔽したければ、それ用の装備を用意すれば済む話でしょう?」
「俺ぁよお、あいつの中にいる鬼の旦那と約束してんだよ。あいつを強くすりゃ、もう一度闘ってくれるってな。んなもん使ったんじゃ、いつまで経っても弱ぇままだろ」
「はあ…………。随分熱心だなぁなんて感心してたら、自分の為ですか……彼等、知ったら怒りますよ?」
「けっ。奴等だって強くなれてんだから、文句なんかねぇだろ」
「あなたって人は……」
さも当然のように言い放つジルヴェルトに、ストルドフは呆れて物も言えないようで。続く言葉を飲み物込んだ彼は大きく嘆息すると、無言のまま黄色くなった空を仰ぐのだった。
先程ストルドフが話した通り、魔力を遮蔽する事が可能な装備が存在するのは紛れもない事実だ。正確には、魔力を通さない特殊な繊維で編まれた布をローブに仕立て上げた物だ。
本来それは、遠征で討伐した魔物を運搬する際に他の魔物を引き寄せない為に使用されるものなのだ。
しかし、魔物によっては微量な魔力にも敏感に反応する種もいる為、無駄な戦闘を避ける目的で開発されたのが前週のローブである。ちなみに見習い用ローブとは異なり、防御力は皆無に等しい。
ジルヴェルトの発言は私欲にまみれたものであったが、やっている事自体はあながち間違っていない。
武術も剣術も、日頃の鍛錬がものを言うのだ。魔力制御も然り、使い込んでこそ磨きが掛かる。便利な道具に頼ってしまっては成長を期待することは出来ず、結果として有事の際に自らの首を絞める事となるのだから。
色々と問題点の見受けられる師匠ではあるが、鬼との戦闘という餌さえぶら下げておけば決して裏切る事もなく、極めて熱心だ。
実際の所、ジードもエレナも飛躍的成長を遂げている事からも、憑依者としての戦い方を学ぶという点においては、非常に優れた師なのではないだろうか。
***
その後は特に会話もなく時間は流れ、暫くが経った頃。
ジルヴェルトは唐突に眉を顰め、短く舌を鳴らした。
「――っ野郎……小生意気な真似しやがって……」
「……? どうしたんですか?」
前触れも無く苛立った素振りを見せ始めたジルヴェルトに、ストルドフが不思議そうに尋ねる。
魔力を感知出来るジルヴェルトにはジードの偽装工作は筒抜けだが、魔力を持たないストルドフには何が起きたのかさっぱりなのだから仕方ない。
「あ? つまんねぇ小細工しようが無意味だって、教えてやんねぇとなって事だ」
「だから何の話なんですか? わかるように説明して下さいよ……」
「まぁ良いから見とけってんだ。速攻で終わらせてやっからよ」
「はあ……もう良いですよ……」
まるで答えになっていない回答に、ストルドフが非難の眼差しを向けるも全く持って効果なし。ジルヴェルトは不敵に鼻を鳴らすだけだ。
ジードの偽装工作を無意味な行いだと蔑みつつも、気持ち触発されたのだろう。砂蜥蜴の青年は縦瞳孔の瞳をギラギラと輝かせ、口角も僅かながら上がっている。
そんな彼の様子から察するに、今回も恐らく狙うのはジードだろう。開始早々、全力で鬼の少年を見つけに行く様子が目に浮かぶ。
そしてそれから程なく――。
丘陵地帯にて、ジードがとっておきを成功させたその瞬間の事。
「――っ!? ――面白ぇ、上等じゃねぇか、おいぃ……!!」
「――――っ!!」
ぱたりと鬼の魔力の大元が途絶えた事に刹那の間、驚きを見せたジルヴェルト。
すると今度は、新しい玩具を見つけたかのように、恍惚と目を細め、にやりと口元を吊り上げた。
強者と対峙した時、もしくは強者へ思いを馳せている時にのみ見せるその表情に、横にいたストルドフは思わず息を呑み身震いする。
魔力を感じられない彼は、やはり何が起きたのかまではわかっていない様子だが、目の前の変態が興奮すると碌な事が起こらないのを、身を持って知っているからだ。
「――――」
「――っちょっとジルヴェルトさんっ!? それは不味いですって!」
案の定、いきなり魔力を捻出し始めた変態にストルドフは慌てて釘を刺すが、そんな事で止まる訳もない。
ジルヴェルトの身体は肥大していくと、皮膚は渇いたいた地表のようにボロボロと崩れ落ち、次第に砂色の鱗が露出していく。
風貌にも大きな変化が見え始め、頭部は骨格を無視してぐにゃりと歪み、鼻先がつんと伸びた蜥蜴のそれへと変わる。
他にも固く鋭い爪、逞しい尻尾まで備わっていくその様は蜥蜴そのもので、もはや人の面影は残していない。
――そう。砂蜥蜴の憑依者ジルヴェルトは、あろう事か魔物化したのだ。
「向コウガ全力デ来ルンダ。コッチモ全力デイクノガ筋ダロ? ナァ……!」
「だからって領内での魔物化は禁止されてるでしょうが!」
「ケッ。ギャースカギャースカ、ウルセェゾ。女カ、テメェハ」
ストルドフの言葉通り、領内での魔物化は固く禁じられている。破った場合の措置も個人個人で決まっているのだが、今の彼にはそんな事関係ないようで。
吐き捨てるように禁断の言葉を口にしてしまったのだ。
「――っ。い、言いましたね……? もう知りませんからねっ! 好きにすれば良いじゃないですかっ!!」
基本的に物腰穏やかな青年ストルドフだが、自身の気にしている事を言われた時は別だ。真っ赤に顔を染め、敵意を滲ませた眼差しで不届きな輩を睨み付ける。
「オウ。言ワレナクテモ、ソウスルッツーノ!」
「なら、自分で持っててくださいよっ!」
悪びれる素振りを見せないジルヴェルトに業を煮やしたのか、ストルドフは預かっていた砂時計を投げつけて返す。
「ケッ。小セェ野郎ダナ」
「うるさい! あなたには関係ないでしょうがっ!!」
難なく砂時計を受け取ったジルヴェルトは、なおも平然と禁句を言ってのける始末。
怒れるストルドフを尻目に、砂時計を置く台座を砂で作り出すと、自身の足元には射出台を作り始めた。
その後間もなく。
「――サァテ、待ッテロヨ小僧。今行クカラヨォ……!」
砂時計の砂が落ちきるのを待ち構えていた砂蜥蜴の憑依者は、下層分の最後の一粒が落ちるや否や、先程作り上げた射出台で自身を撃ち出し弾丸の如く飛んでいってしまう。
「――げほっ、げほっげほっ……ったく、どいつもこいつも、一体なんだってんですか……」
貶すだけ貶され、射出の衝撃で全身砂まみれにされ、挙げ句の果てに何も教えてもらえず一人取り残される。
とんでもない目に合わされたストルドフは、赤く色を変えた空を見上げ不満をぶつけるのだった。
***
砂蜥蜴の憑依者は、物凄い速度で移動していた。それこそ、ゲタングが全力で走っても追い付かない程に。
砂で作りあげた足場を、まるで槍でも突くかのように斜め上方に撃ち出し、障害物の空中を進んで行くのだから、遅いわけが無い。
そんな、脚では到達し得ない速度で風を切っているにも関わらず、身動ぎ一つしないのは恐らく、魔物化の恩恵によるものだろう。
高度が下がり始めれば再び射出台を作り出し、着地前に撃ち上げる。
役目を終えた砂は地上に降り注ぐ、極めて迷惑な砂蜥蜴の憑依者ならではの移動法だろう。
そして空跳ぶジルヴェルトが真っ先に訪れたのは丘陵地帯。それも、ほぼ狂いなくジードが小石を投げた辺りに着地したのだ。
ちなみに、つい先程少年の隠れる岩の上を通過したのだが、まるで気付いていないようであった。
「――――」
ジルヴェルトは瞼を下ろすと神経を研ぎ澄ませていく。恐らく、途絶えた魔力の軌跡を辿るつもりなのだろう。
しかし――、
「チクショウッ、ドコニ、隠レテヤガル……」
魔物化状態のジルヴェルトを以てしても、比較的近くにいるジードの存在を感知出来ないようで。不服そうに舌を鳴らすとそこから暫し考え込み――、
「マァ良イイ。コウナリャ、片ッ端カラ潰シテ、炙リ出シテヤンヨ……!!」
どうやらジルヴェルトは、辺りに散らばる小石が自身の魔力探知を阻害していると思い至ったようで、ちろりと舌なめずりするとその場で地を踏みつけた。
すると、近辺数ヶ所から小さな砂柱が上がりる。
その先端には鬼の魔力を籠められた小石が掲げられており、やがてその砂柱は小石を飲み込み握り潰し、魔力を霧散させていく。
時間稼ぎと言うジードの策に、まんまと乗せられたジルヴェルトは、再び射出台にて自身を撃ち出しその場を後にした。
単独では無意味だと嗤われた偽装工作が、見事花開いた瞬間である。
***
総数五十六個――。
演習場内に散らばっていた、魔力の籠められた小石の全てを破壊したジルヴェルトではあったが、成果は乏しかった。
いくら彼とて、同所のほぼ全てを回るとなればそう容易い事ではない。時間だけを浪費してしまい、結果として今の彼は一刻の猶予も許されない状況にまで陥っていた。
「クソッ! ドコニ居ヤガンダ、アノ野郎……」
再び丘陵地帯にて、珍しく焦りを見せているジルヴェルト。
いくらかくれんぼとは言え、勝負は勝負。加えて賭けまでしているのだから、その気持ちも当然だろう。
と、その時。ジルヴェルトは何事か思い至ったようで――、
「――ソウカ。テメェノ隠レル場所ダケハ、安全ニシテオコウッテ腹カ」
これだ、と言わんばかりに自信満々に呟くと、本日何度目ともわからない撃ち上げを実行し、空高く飛び上がるのだった。
***
そうしてやって来たのは湿地帯。
どうやらジルヴェルトは、小石のばらまかれていなかった同所にジードがいると当たりを付けたようである。
ここは人工的に作られた溜め池や、沼、湿原が広がり、濡れる事さえ厭わなければ隠れる場所には事欠かないだろう。
魔力探知が引っ掛からない以上、この地帯を足と直感で以て捜すしかないとあっては、仮に制限時間一杯あったとしても厳しいものがある。
まして、現状は最悪だ。時間が無いのだから四の五の言ってる暇はない。故にジルヴェルトは強行手段に打って出る――。
「オウ、今度コソ炙リ出シテヤッカラヨォ……!」
魔物状態の砂蜥蜴の憑依者はそう吼えると片膝を折り、片手を地面へと叩き付けた。
途端、地面に置かれたその手を中心に水分が失われていく。見る見るうちに水は干上がり、草木は枯れ、地面は渇いていく。
「ハァァア――――!!」
ぐんぐんと広がっていく渇きは、ジルヴェルトが魔力を更に込めた事で深刻化の一途を辿っていく。石も、岩も、草も、木も、そして地面の全てが砂と化し、辺りはたちどころに砂地へと姿を変えてしまった。
「ヨオ、サッサト出テ来イヨ……! 干カラビチマッテモ、知ラネェゾ、オイ!!」
脅迫のような警告を発し、ジードに投降を促すジルヴェルトではあるが、そもそもジードはこの場にいないのだから出てきようが無い。
目標がこの地に隠れていると信じてやまないジルヴェルトは、込める魔力を益々増していく。まさか目的の人物が実は逃げ遅れ、捜索拠点のすぐ傍にいるとは露にも思うまい。
そして――、
やはりと言うか、湿地帯を丸々砂地へと変える事になってしまっても、遂にジードは現れる事はなかった。
「――クソガッ! ドコニイヤガルンダ、チクショウ!!」
そんな荒ぶるジルヴェルトへ、無情にも刻限が押し寄せる。
空を覆い尽くす砂の膜は晴れていき、彼の頭上には青空が広がっていくのだ。
これにより、憑依者同士のかくれんぼは決着を迎え、ジードとエレナは初の白星を手にすると共に、調査同行への権利をも掴み取ったのだった。




