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二章一話 『かくれんぼ』

二章スタートです!

よろしくお願いします。


 ヴォルフのカリバ散策が、不安を拭いきれないままに終了してから早くも十日ばかりが過ぎた頃。二人が修業を始めてからで言えば、既に三十日が経過していた。

 怒り心頭のヴォルフより、例の男への厳重警戒を言い渡されていたジードはここ暫く、酷く神経を尖らせていた。しかし遭遇する事も、目撃談を耳にする事もなく、まさに平穏そのものであった。


 肝心の二人の実力だが、修業の甲斐もあり、着実に強くなってきている。しかしながら、未だジルヴェルトより修了のお達しが貰らえていないでいるのが現状だ。


 最近のジードの口癖は専ら、『いつになった外界にいけんだよ』であり、恐らくこれを言わない日はないだろう。

 ちなみに外界とは、結界外の世界を示す開拓者間での通称であり、二人もこれに倣って使い始めた次第である。



 今現在ジードは、外界進出に伴い、魔力の安定した制御を課せられていた。これが叶わない事には、演習場から出られない事となっている。

 その一番の理由としては、『鬼の魔力を完全に遮蔽出来ていない事』だ。今のままでは、自らの存在を周囲に宣伝しながら歩いているようなもので。

 言うならば強烈な『魔物ホイホイ』であり、改善されなければ、遠征に参加する事など到底ままならないからだ。


 どれほど強烈かと言えば、バルネ村に向かう際に現れたエレナ然り――。外界まで追い掛けて来たジルヴェルト然り――。

 効果は折り紙付きである。ガンズがこっそり置き土産として、この条件を掲げていったのも頷ける。


 兎にも角にも、ジードは鬼の魔力を物にする為、文句を垂れつつも修業に励むのだった。


 ***


 そして本日。

 三十一日目となる早朝。見上げれば雲一つ無い青空が視界一杯に広がり、絶好の修業日和と言えるだろう。


 ジードとエレナの二人は、人より少し早めの朝食を終え、日が昇り始めて間もないカリバの街を歩く。向かう先は勿論、演習場。今日も変わらず、修業漬けとなる予定だ。


 そんな彼らが寝泊まりをしているのは、開拓者用に設けられた、領が運営する施設だそうで、ストルドフに促されるがままに入居の運びとなった。

 彼曰わく、「ここなら支部へも近いですし、代金も稼げるようになってからで構いませんから」との事。


 立地的にも塩梅が良く、支部から西へ程なく進んだ所に構えられており、丁度、支部と演習場とで中間辺りと言った具合だ。


 三階建てからなる、総石造りのこの施設は、簡素ながら各階に居室が六部屋設けられており、時間制ではあるものの食堂も併設されている。

 通常であれば、日毎に代金を支払う必要があるのだが、見習い期間等、収入が安定しない時期に関してはツケが効くそうで。稼ぎに出れないジード達にとって、まさにうってつけと言えるだろう。



 雑談を交えながら歩く二人は、程なくして目的地である演習場まで辿り着いた。すると、慣れたような仕草で、念入りに身体をほぐし始める。どうやら、師であるジルヴェルトの到着に備えるのが、日々の習慣となっているようだ。


「……ほんとさ、一体いつになったら外界にいけんだよな。今日で何日目か、そろそろわかんなくなってきたぞ……」


 ジードは上半身を右へ左へと捻りながら、不満げに呟いた。


「もう、またそれ……?」


 聞き飽きたと言わんばかりの渋い顔でエレナが応じる。ここ最近、幾度となく見られた光景だ。


「だってさ、せっかく開拓者になったってのに、全然それらしい事出来てないじゃんか。毎日毎日修業修業って、大切なのはわかるけど、これじゃあんまりだろ……」


「でも昨日だって、ジードがすぐに見つかったのが原因じゃない。とっておき(・・・・・)なんて言って、結局意味がなかったし?」


「――きっ、昨日は少し制御を誤ったんだ……あの後ずっと練習したし、今日こそ絶対に大丈夫だっ!」


 冷ややかな視線を向けるエレナに若干気圧されながらも、ジードは拳を握り締め豪語する。


 そもそも、二人が語る内容とは、つい先日から新たに始まった修業――――と言うよりは、試験に近いものだ。

 具体的に言えば、修業の成果を見せるべく魔力の制御を駆使し、広大な演習場の中、ジルヴェルトに見つらないよう一定時間隠れ通すと言うものだ。


 要するに、『かくれんぼ』である。


 前述の通りジードは、鬼の魔力を扱いきれていない。であれば当然の如く、全戦全敗は避けられない。この試験は彼にとって、まさに鬼門とも言えるのではないだろうか。


 そして昨日(さくじつ)

 一体何があったのかと言うと、得意気な顔で隠れに行ったジードが早々に鬼の魔力を暴発させたのだ。お陰で、淡い期待すら抱く間もなく、試験は終了となってしまった。


「ふぅん、そう……それなら、今少し試してみない? あたしだって、始まる前から終わっちゃうのは嫌だもの。ね?」


「……そうだよな。わかった、ちょっと待っててくれよ……」


 エレナの言い分に納得したのか、ジードは快諾すると、おもむろに瞼を閉じ意識を集中していく。


 途端、ジードの身体は膨大な量の鬼の魔力が溢れ始めた。遠目から見てもわかるほどに具現化したそれは、紅い魔力の色も相俟って、揺らぐ炎のようでもある。


「ねぇ……それじゃあ、昨日と変わらないじゃないの……」


 宣言とはまるで真逆の、肌に突き刺さるような魔力を目の当たりにしたエレナは、眉を顰めると苦言を呈するべく口を開いた。

 たが、対するジードは黙ったまま。良いから見てろと言わんばかりの、不敵な眼差しで彼女を見返している。どうやら、現状が失敗という訳ではないようだ。


 しかしジードのとっておきは、またもやお披露目の機会を得ることなく、終わりを迎える事となってしまう。

 

「おい……朝っぱらからなにやってんだ」


「「――っ!?」」


 ――何故なら、背後の地面から、音もなく唐突に現れたジルヴェルトに驚き、その拍子にせっかくの魔力を散らしてしまったからだ。


「ジ、ジルヴェルトさん……」

 

「何やってんだって聞いてんだよ……! ぁあ?」


「――大したこと事じゃないからっ! そ、それより、変な登場の仕方は止めてくれよ。心臓に悪いだろ……」


 ジルヴェルトの訝しげな視線を受けたジードは、なんでもないとばかりに早口に否定する。

 どうやら、とっておきは知られたくないようである。話を逸らすべく大袈裟に胸を押さえると、登場の仕方を改善するように要求を始めた。


「けっ。気づかねぇおめぇらが悪ぃ。んな事より、とっとと始めんぞ、おい」


 当然ながら、ジルヴェルトに要求が通る筈もない。悪びれもなく鼻を鳴らすと、歯牙にも掛けずに一蹴し、一人先に歩き出してしまった。

 だがしかし、話を逸らすという意味では、敢えて論み通りと言うべきか。


「――あっ、ちょっと待って! 誰か来るわっ」


「ぁあ?」


 唐突に発せられたエレナの言葉により、ジルヴェルトはぴたりと足を止めると、気怠そうに振り返った。その額には深く皺が刻まれているが、エレナもジードもまるで気にする素振りは無い。この修行期間で、彼への対応も随分と慣れたものである。


「あ、本当だ。でも、こんな朝早くから誰だろうな……」


 エレナの視線の先を辿り、人影を捉えたジードが不思議そうに呟いた。


 今はまだ距離が離れている為、人物の特定こそ叶わないが、早朝から演習場に近付いてくる人間など通常、開拓者以外には考えられない。自ずと三人の視線は、一点に向けられる事となる。


「ねぇ、あれって……ドフさんじゃない?」


 間もなくして、エレナから再び声が上がった。同意を求めるような語り口ではあるが、彼女の中では答えが既に確定しているようで、返事を聞くまでもなく大きく手を降り始めた。


「え、そうなのか? あんな遠いのによく見えるな……」


 そんなエレナの行動を受け、ジードはより一層目を凝らし、人影へと意識を傾けていく。だが一向に視認する事は出来ないようで、しかめっ面は晴れないままだ。


 すると向こうも、エレナの合図に気付いたのか、徒歩から小走りに変えて近付いてきている。


 やがて、充分に視認出来る距離まで接近した人影は、エレナの言う通りストルドフ当人であった。

 

「おお、本当にドフさんだ……すげーな」


「ふふっ、でしょ? 昔から、目は良いいのよ」


 迫るストルドフに視線を向けたまま、ジードは感嘆の声を漏らす。するとエレナが誇らしげな顔で、小さく胸を張った。


 それから程なく――。

 三人の元へと到着したストルドフが、早々に口を開いた。


「おはようございます、皆さんっ。朝早くからすみません――」


「「おはようございます」」


 流れるような会釈に釣られるように、ジードとエレナも思わず頭を下げ返す。

 しかしジルヴェルトは、迷惑そうに顔をしかめているだけだ。予期せぬ来訪により、出鼻を挫かれた事が不服なのだろう。


「ったくよぉ……これから忙しいってのに、一体何の用だってんだ、おい」


「ええ、ですからすみませんと言ったでしょう? 僕だって何も無しに、わざわざジルヴェルトさんを訪ねるような事しませんよ」


 ジルヴェルトの詰めるような非難の視線を浴びても、ストルドフはまるで怯む素振りもなく、平然と言ってのける。身体こそ小さいが、肝っ玉は人一倍大きいのだ。


「――てめぇっ! ……まぁ良い。続けろ」


「はい。実はこの後、調査に出なくてはならないのですが、同行をお願いできないかと」


「はぁ? 何言ってんだおめぇ? 元々予定してた奴らがいるだろうがよ」


 ジルヴェルトは縦瞳孔の瞳をこれでもかと見開き、限界まで顔をしかめている。対するストルドフだが、先程とは打って変わって眉尻を下げると、やや言いにくそうに口を開いた。


「いや、それが……昨晩、魔物との戦闘で負傷してしまったようで……」


「あのぉ――調査って……?」


 するとここで、蚊帳の外になりつつあったジードが、様子を窺うように話に割って入った。その顔には『気になって気になって仕方がない』と言った感情が、ありありと見えている。


「……ああ、すみません。そう言えば話していませんでしたっけ……実は先日、領主様より、新たな『結果柱(けっかいちゅう)』の設置を決めた旨の通達が届いたんです」


「結界柱……って事は、近々遠征があるって事かっ!?」


 ストルドフの説明に、ジードがやや鼻息を荒くして質問を重ねる。今の彼は、この手の話題に飢えていた。もし仮に、ガンズがストルドフの立場であれば、このタイミングでは決して振る事の無い話題だろう。


 ちなみに『結果柱』とは、長さ約八メートル、直径約一メートルにも及ぶ円柱型の特殊な魔道具で、結界を形成するのに必要な装置である。

 なお、稼働には一定の条件があり、領主城を中心として八本からなる『結界柱』を正しい位置に設置し、『正八角形』になるようにした上で、全て同時に魔力を循環させるといったものだ。

 その際、位置が少しでもずれていたり、魔力を流すタイミングが合わなかったりすれば、その結界柱は二度と使い物にならない。ここまで面倒な手順を踏まえる事で初めて、結界が形成されるのだ。


 この結界柱の設置の為に死力を尽くすのが遠征であり、開拓者に課せられた最大の使命なのである。


「ええ、まずは順に下調べをこなしてからですけどね。そこで本日、我々調査部隊の人間と、戦闘職の人間とで、小隊を組んで現地に赴く予定だったんですが、負傷者が出てしまったので大慌てで代わりの方を当たっている。と言った訳なんです」


「――はいっっっ!! 行く、行きますっ! 行かせて下さいっ!!」


 先程までの探るような素振りはどこへやら。ジードは食らいつかんばかりの勢いで、調査同行に名乗りを上げた。


「――えっ、ええ。元々、そのつもりで伺ったんです。ただ、一応君達はジルヴェルトさんの管理下にあるので、それも含めてお願いに来たんですよ。――どうでしょう?」


 ジードのあまりの勢いに少々面食らった様子のストルドフだったが、ジルヴェルトの意志を仰ぐべく、視線を投げかけた。


「――けっ。馬鹿かおめぇらはっ。んな事する暇があんならとっとと修業して、一秒でも早く強くなりやがれってぇの! つーか、大体よぉ。一体いつになったら、俺ぁ旦那とやり合えんだよ、おい……!」


 しかし、肝心のジルヴェルトの返答は芳しくないもので――。

 どうやら、こちらはこちらで、欲求やら鬱憤やらを随分と溜め込んでいるようである。


 だが、ジードもジードで、そう簡単に諦めるようなタマではない。まずは人助けを名目に交渉へと臨む。


「なんでだよっ!? ドフさん困ってるんだし、協力したって良いだろ? なっ? 頼むよ、ジルヴェルトさん……!」


「けっ、アホかおめぇは? 何でもかんでも、頼みゃあ通ると思ってんじゃねぇぞ、ぁあ……? 修業だっつってんだろ。調子に乗ってねぇでとっとと始めんぞ」


 勿論ジルヴェルトが、そんな簡単に頷く筈もない。嘲笑混じりに切り捨てると、その場を後にしようと動き出す。取り付く島もない。


「――じゃ、じゃあさっ! 今から始めて、時間いっぱい隠れきれたら認めてくれよ。駄目だった時は、ちゃんと諦めるからさ。なっ? それなら良いだろっ?」


 ジードはまだまだ諦めない。それならとばかりにジルヴェルトを引き留めると、交換条件を持ち出した。


「なぁ……言ってわかんねぇのか? 生意気言うのはよぉ、一端に魔力を扱えるようになってからにしとけよ? おい……!」


 ジルヴェルトは露骨に嘆息すると、ジードの眼前まですっと近寄り、声に怒気を孕ませ凄んでみせた。


 普段のジードであれば、ここらで怯み、引き下がっていただろう。

 だが、今は違う。外界への切符という、最強の動力を得たジードの勢いと執念は凄まじいものであった。頼み込んで駄目とあらば、今度は煽ってみせたのだ。


「わかってるさ! だから、勝てたらで良いんだってば。――あっ、もしかして、負けるかも知れないって思ってたりするから、認めてくれないのか?」


「てめぇ……! っ面白れぇ、やれるもんならやってみろ。てめぇで言い出したんだ、後でぴーぴー喚くんじゃねぇぞ、ぁあ?」


「よっしゃあっ!!」


 正に売り言葉に買い言葉。見事約束を取り付けたジードは、両拳を天に突き立てて雄叫びを上げた。


 それから間もなく――。

 

「ドフさん。悪いんだけど、少し待ってて貰えるかな? そんなに時間は掛からないからさっ」


 ジードは満足気な顔を崩さぬままストルドフの方へ向き直ると、まるで既に勝ちが決まっているかのような口振りでそう告げた。

 これには流石のストルドフも、苦笑を禁じ得ない。エレナに至っては、やれやれと言わんばかりに肩をすくめている程である。


「ええ、それは構いませんよ。ですが、あんな約束をして大丈夫なんですか? 彼、見るからに荒ぶってますよ……?」


「大丈夫っ。とっておきがあるんだ。絶対勝ってみせるさっ!」


 ストルドフの心配をよそに、ジードは自信満々に(うそぶ)いてみせる。


 かくして、外界進出を賭けたかくれんぼ(真剣勝負)の幕が切って落とされるのだった――。



最後までご覧頂きありがとうございました。

今後ともよろしくお願い致します。

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