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鬼の開拓者 ~最強の鬼を宿す少年~  作者: 大三元
一章 夢の始まり
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修行の相手


「小僧の修行をつけろ……?」


 ジルヴェルトはヴォルフの言葉の意味を図りかねているようで、ゆっくりと上半身を起こすと訝しげな顔で聞き返す。


「そうだ。こう事ある毎に呼び出されては敵わんからな。少しは自力で戦えるようになってほしいと、常々思っていたのだが、憑依者でないガンズでは役不足でな。砂蜥蜴(サンドリザード)の力をそこまで引き出せている貴様は、正にうってつけと言う訳だ」


 ヴォルフは如何にも面倒臭げに、露骨に深い溜め息を吐く。


「断る。俺は誰かに教えるなんて柄じゃねぇ」


 対するジルヴェルトは、考える素振りもなく即答だった。


「そうか。ならば死ね」


 それを受けたヴォルフはやけにあっさりとした返事をし、指先に魔力を籠め始める。ジルヴェルトを見据えるその瞳は、まるで物でも相手にしているかのように冷めていた。


 先程の発言は脅しでもはったりでも無く、紛れもない本心で、もし意に背くのならば、一切の躊躇いもなく葬り去るであろう。それをジルヴェルトも容易に想像出来たようで、諦めたように両手を軽く上に上げると、降参の意を示す。


「わぁーったよ。やりゃいいんだろ、やりゃあ……」


「ふんっ。そうだ、それでいい」


 理不尽な鬼は満足気に口元を歪める。


「でもよぉ、俺自身が誰に教わるでもなく、実戦で学んできてんだよ。だからあーしろこーしろと、ご丁寧に一から十まで教えるなんて事ぁきっと出来ねぇぜ?」


「構わん。貴様のやりたいようにやれ。それで此奴が成長し、オレの手間が省けたならば、その時は貴様の相手をしてやろう」


「――っ。なぁ、その言葉本当かよ……?」


 途端、ジルヴェルトの瞳はぎらぎらと輝き始める。


「当たり前だ。嘘を吐く必要が何処にある」


「――おっしゃぁああああ! 俄然燃えてきたぜぇ! 小僧の教育は俺に任せてくれっ! 必ず納得のいく漢に仕上げてやんよぉ!!」


 ジルヴェルトは興奮の余り、がばっと飛び上がり、雄叫びまで上げる始末。ヴォルフとの再戦の目処が立った事が、余程嬉しいと見える。


 既に彼の頭の中は鬼との再戦一色のようで、精神は丸ごと別の世界に飛び去りそうだ。


「うへへへ……わかってるねぇ、鬼の旦那ぁ……」


 滾る妄想はジルヴェルトの頬をだらしなく弛ませ、いつ涎が垂れてもおかしく無いほどだ。


 しかし、そんな最高潮に盛り上がる気分に水を差そうとする輩が、背後から接近していた。


「ちょっと待て。ジードをそんな奴に師事させるなんて、俺は決して認めないからな」


 そう、ガンズである。どうやら、先程のジルヴェルトの叫びが届いていたようで、可愛い教え子(ジード)を渡してなるものかと息巻いている。


 その横にいるエレナは、魔力が枯渇しているのかガンズに肩を支えられ、どうにか歩いているような状態で、まだ会話をする余裕は無いようである。


「んだてめぇ……そのうるせぇ口、また塞いでやろうか? あぁん?」


 思わぬ邪魔が入り、計画が頓挫する可能性すら出てきた事に、偉く腹を立てたジルヴェルトはいつも以上に凄む。

 彼にとって強者との戦いとは、何事にも代え難い至高の一時(ひととき)なのだ。故に視線だけで殺せるほど睨みつけてしまうのも、無理も無いだろう。


 一触即発状態の二人を前にして、発案者である鬼が口を開く。


「おい、許す許さないなど誰が決めた。砂に捕らわれたまま、黙って呆けていただけの貴様がオレに指図するのか?」


「ぐっ……」


 痛いところを抉るように突かれて、ガンズは反論の余地を見出せない。


「第一、貴様が生かしてほしいと頼んだのだろうが。役に立たぬなら殺すが、それで良いのか?」


「…………」


 黙り込んでしまうガンズに、ヴォルフは畳み掛けるように言葉を続ける。


「それに、だ。魔力を持たぬ貴様では、憑依者としての戦い方を満足に教える事も出来ぬだろうよ。貴様の気持ちもわからんでもないが、諦めて潔く受け入れろ」


「…………。わ、わかった……」


 完膚無きまでに言い負かされ、ジルヴェルトを受け入れざるを得なくなってしまったガンズだったが、満場一致でないと話は進まない。


「ねぇ、ヴォルちゃん。ちょっと待ってよ……その人変態だよ……? もし毒されて、ジードまでおかしくなったらどうするの……? 魔力の使い方なら、あたしが教えるからさ……? ね……?」


「ふんっ。ジードと差して変わらぬ実力しか持たぬお前が、何を教えられると言うのだ。変態で結構。へたれた奴より百倍宜しいわ。ついでだ、お前も鍛えてもらえ。おい、文句は無いな?」


「あぁ。俺ぁ良いぜぇ? その嬢ちゃんなら、見所あっから大歓迎だ」


 ヴォルフは本人の意思などお構いなしに、ジルヴェルトへ確認を取りだすが、堪まったもんじゃないと、エレナが猛烈に抗議する。


「なんでそうなるのよ! あたしは絶対に嫌だからねっ!!」


「ほう……ならばお前は、妖精共の住処に己より強力な魔物が攻め込んで来たら、諦めてその地を明け渡すのか? 力を得られる機会をみすみす逃すのは、愚者の行いと知れ」


「――っ。わ、わかったわよ! いいわ、やってやろうじゃないのっ……!」


 妖精の話を出されると途端に弱くなるエレナも見事言いくるめられ、ジルヴェルトの仲間への加入が決定した。


 流石最強の鬼――。

 実戦だけでなく、言い争いでも負ける事はないようである。


「そうだ、それでいい。では、オレは戻るとするが、後の説明は頼んだぞ」


 ヴォルフはお得意の不敵な笑みを披露すると、静かに瞼を閉じる――。

 

「旦那ぁ。約束、忘れないでくれよ?」


「…………。言っておくが、オレはしつこい奴が嫌いだ」


「へいへい、わぁーったよっ」


 ヴォルフは片目だけを開き、ぎろりと睨みを利かせると、今度こそ身体の主導権を手放した。


 それからほんの少しして、ジードが目を覚ます。灰色の瞳は徐々に光が宿り、朧気ながらも視界を取り戻していく。


「ん……あっ、エレナっ、ガンズさんっ、無事で良かっ――――げぇっ!」

 

 正面に並ぶ二人を視界に捉え、安堵の息を漏らしかけたジードは、自身の隣に並び立っていたジルヴェルトに気付き、驚きの悲鳴を上げた。


「おいおい、んだよ。これから仲良くしてこうってのによぉ。人の(つら)見て、んな顔すんじゃねぇよ」


「えっ、あ、わ、わりぃ……なぁ、一体なにがあったんだ……?」


 ジードはジルヴェルトへの謝罪もそこそこに、エレナとガンズの二人へ、助けを乞うような眼差しを向ける。


 それもその筈。意識が戻ってみれば、見渡す限りの草腹だった辺り一面が、丸々砂地へと姿を変えており、更には巨大なクレーターや底の見えない穴まで出来ている始末。

 極めつけは今も横に並び立つジルヴェルトだろう。ヴォルフと入れ替わるまでは敵対していた筈の人物が、さも友好的であるかのように振る舞っているのだ。

 ジードが困惑するのも無理もない。


「それがね……ヴォルちゃんが、この人をあたし達の師匠にって……」


「――はあっ? ちょ、ちょっと待ってくれ……意味がわかんねぇよ……」


 聞いたら聞いたで、尚更訳がわからなくなってしまったジードは、真相を確かめるべく本人に念話を送ることに。


『なぁヴォルフ! この人を師匠にするって、どういう事だよ!』


『そのままの意味だろうが。こいつに修行をつけてもらえという事だ。感謝しろよ?話はつけておいたからな』


『いや、そう言うことじゃなくて! なんでそうなったのかってのを教えてくれよ』


 満足のいく回答が得られなかったジードは食い下がるが、その程度でヴォルフが話してくれる筈もなく、


『ええい、煩いっ! 少しは自力で戦えるように、力をつけてこいという事だ。もうこの話は終わりだ、ではなっ!』


『あっ、おいっ!』


『…………』


 一方的に会話を終わらされ慌てて呼び掛けるも、いくら待っても返答は無く、諦めざるを得なくなったジードは両手を頭に当てて大きく嘆息する。


「駄目だ、返事が返ってこない……あーもうっ! 勝手過ぎんだろ……」


「どうしたの……?」


 今にも頭を掻き毟りそうな雰囲気を醸し出しているジードに、エレナが不安気な眼差しを向けている。


「よくわかんねぇ……修行しろってのはわかるんだけど、なんでこの人なんだ? ガンズさんじゃ駄目なのかよ」


「いや、まぁ……色々あったんだ。同じ憑依者だから、ジルヴェルトが適任だろうって話し合いで決まったんだ」


「そ、そうなのか……」


 ガンズはばつが悪そうに、あらぬ方向に視線を向け、頬を掻きながら経緯を簡潔に説明をする。

 ここでいう話し合いとは、自らの不甲斐ない部分を言及され、ぐうの音も出ないほどに言い負かされた事であるが、知らなくて良い真実もあるという事だろう。


 ガンズは話の流れを変えるように顔を引き締め直すと、ジルヴェルトへと向き直った。

 

「良いか、ジルヴェルト。ヴォルフとの約束がどのような物かは知らないが、ひとまず、仕方がないからお前の元へ二人を付けるだけだ。やはり相応しく無いと判断した時点で、無理矢理にでも引き離すぞ。この子達はお前と違って、戦いに飢えている訳ではないからな。それとだ、仮にも人の上に立つことになるのだから、少しはそれ相応の振る舞いを心掛けるように。だいたい、いつもお前は『あー! うるせぇ、うるせぇっ! おめぇの長ったらしい話聞いてっと、頭痛がしてくんだよ』」


 放っておけば延々と続きそうなガンズの話を、ジルヴェルトは苛立ちを隠さずにばっさりと切り捨てる。


「た、確かに……それは一理あるかもな……」


「――おいっ! ジード、お前までっ……」


 これに苦笑を浮かべながら同調したのはジードだ。彼はガンズの話の長さを、幼い頃から嫌という程経験している。

 心配性のガンズ故に、話がくどくなってしまうのだが、その有り難みをジードはまだいまいちわかっていないようである。

 

「だろぉ? へっ、俺達気が合いそうだなぁ、おいっ! んじゃあ、改めて。俺ぁジルヴェルト。鬼の旦那に頼まれて、お前に力の使い方を教える事になったからよぉ。知っての通り開拓者で、砂蜥蜴の憑依者(デミ・リザード)なんて呼ばれてる。好きなもんは、強ぇ奴。嫌いなもんは、弱ぇ奴、戦わない奴、ガンズ(口うるせぇ奴)だ。まぁよろしくな」


 少年の思い掛けない裏切りに目を剥き、言葉を失ったガンズがツボに入ったようで、ジルヴェルトはさも愉快そうに自己紹介を済ますと、ジードの肩に腕を回す。


「よ、よろしく……」


 対するジードはまだ、ジルヴェルトに心を許していないようで、ぎこちない笑顔を返す。

 やはり、再開した当初のインパクトが強すぎたのだろう。苦手意識を克服できるまで暫くかかりそうである。


「おいおい、んなしけた面ばっかしんてじゃねぇよ。どうせなら楽しくやってこうぜ、おい」


 欲求不満が解消された事でジルヴェルトの、戦闘狂とは違った一面が露見する。とっつきにくさは変わらないものの、案外友好的な面も持ち合わせているようだ。


「う、うん……そう言えばさっき、ヴォルフとの約束がどうのって言ってたけど……」


「おう。お前等を強くすりゃあ、鬼の旦那が再戦してくれるって約束をしてくれてよぉ。その事を思えば憑依者の一人や二人……いや、いくらだって鍛えてやんよ。うへ、へへへへ……」


「…………。話をつけたって、そう言うことだったのか……」


 ジードは二人の約束の内容を知り、ようやく胸の支えが取れたような顔をする。

 この蕩けた顔をしている狂人が、気紛れで人に物を教えるなど到底有り得ない。彼にとってなんの利益も無しに、修業を付けると言われた方が恐ろしいくらいだ。

 いつ取って食われるかわからない。ひとまずそんな心配は必要無くなった事に、深い安堵の息を漏らすのだった。


「なぁガンズさん、心配してくれてありがとな。でも俺、強くなりたい……だから修業を受けるよ」


 妄想に(うつつ)を抜かしているジルヴェルトを余所に、ジードは決意を露にする。


「…………。そうか。お前が良いなら否定はしないが、俺もいつまでも一緒に居られる訳じゃ無いから気掛かりでな。増してやジルヴェルトが一緒となると尚更だ……」


「そっか、そうだよな……いつまでもセノア村をほっとく訳にはいかないもんな」


 ガンズは本来、村長という立場がある為、見通しの付かない長期的な不在など、まず有り得ないのだ。幸か不幸か、ジードが狂化の呪いを受けてしまったからこそ、今回のような特例が生じたと言える。


「あぁ……まぁ、エレナちゃんも一緒だから大丈夫だとは思うが、くれぐれ(・・・・)も馬鹿な真似はしないようにな」


「なんだよそれ……本当俺、とことん信用ないのな……」


 釘を刺すような物言いにジードが膨れて答えると、エレナが悪乗りを始める。


「そこは大丈夫よ、任せてちょうだい! あたしが見張っておくわ」


「――おいっ!」


「ふふっ」


 少しだけ場の空気が和んだところで、ガンズが改まって出発の音頭を取る。


「よし。まぁ色々とあったが、無事魔石も回収

し、どうにかここまで来ることが出来た。後少しで今回の旅も終わりだ。最後まで気を抜かずに行こう」


「おう!」


「うん!」


 体よく纏まり、いざ出発といったところで、丁度妄想から帰ってきたジルヴェルトが声を上げる。


「おぉそうだ、俺にも魔石を分けてくれよ。こないだ呪いをもらっちってな。実害がある訳じゃねぇし、俺的には呪われたままでも構わねぇんだが、ガタガタうるせぇ奴等がいっからよぉ」


「呪われたままなんて、こっちが構うわよ! 魔石は多めにあるから早く治してちょうだい!」 


「おう、なんだか悪ぃな! ……おぅし。当ても出来た事だし、とっとと婆さんのとこ戻って解呪すんぞ! んで、速攻で修行だ……!」


 ジルヴェルトは意気揚々と先頭を切って歩き出す。彼にとっては解呪などおまけでしかなく、重要なのは後に控える修行なのだ。

 そんなジルヴェルトを追うように歩き出したエレナは、ガンズに耳打ちをする。


「もしかしてあの人、呪いのせいで性格に影響が出てるとか……?」


「いいや、残念ながらあれは素だ……」


「そ、そうなんだ……あれで素なんだ……」


 エレナ早くも先行きが不安になり、頬を引き吊らせる。

 ご褒美がある以上、ジルヴェルトが無粋な真似をする事は限り無くゼロに近いのだが、そんなことをエレナは知る由もなく、今回の旅で一番重い足取りのまま砂地を一歩一歩踏みしめて行く。

 それは果たして物理的なのか、気持ちの問題なのか。はたまた両方か。


 こうして、ジルヴェルトを加えた一行は領内へ戻る為、北へと足を進めるのだった。


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