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鬼の開拓者 ~最強の鬼を宿す少年~  作者: 大三元
一章 夢の始まり
39/73

外へ


 ガンズが夜も明けきらない内から、イーヴォ宅の補償の件で奮闘した甲斐もあって、三人は予定通り村を発つことが出来た。


 現在、開拓者見習いの二人は結界の前に立ち、疲れの抜けきらない顔をしたガンズから、領外での心構えを説かれている真っ最中だ。

 ここから後二メートルも進めば念願の領外と言うことで、二人は緊張と興奮を抑えきれないまま、ガンズの話に臨んでいた。


「良いか? 目的地の泉自体はここから見えないが、あの山を目指して進んで行けば間違う事はない。順当に進んで三時間ってところだな」


 ガンズは南西に位置する山々を視線で示すと、二人もそれを目で追う。


 結界は内側から見る場合と、外側から見る場合では見え方が異なるのだ。

 外側から見る結界は、まるで濃霧でも掛かっているかのように著しく視認性が悪い。その為、中の様子は殆ど窺えないが、遥か彼方からでも結界があると言うことだけは認識出来るようになっている。

 一方、内側から見る結界はそれと異なり、至近距離で目を凝らさなければ、その存在にも気付かないほどだ。透明度の高い膜に被われているような状況に近く、結界手前に張られた注意喚起のロープが無ければ、誤って結界外に踏み出してしまう者も少なくないだろう。

 ちなみに、許可を得た者以外が結界外に出ることは固く禁じられている。


 人々が、限られた自由の中である事に気付かず、自分達が籠の中の鳥なのだという認識が薄いのもこの為である。これが太陽も満足に拝めない薄暗い結界であったなら、自由を得るべく開拓者の数は倍増していたかも知れない。


「何度も言うようだが、結界の外に出ればいつどこで魔物と遭遇するかわからない。この辺りは比較的弱い魔物しか現れないが、心して掛かるように」


「おうっ!」


「はいっ」


 必然的に二人の返事にも力が入る。

 

「よしっ、じゃあそろそろ行くとするか」


 子供達の威勢の良い返事を受けて、ガンズは満足気に頷くと身体をくるりと反転した。

 いよいよ出発かと、二人の身体に力が入ったところで、ガンズが何かを発見したようで――――


「――おっ! あれは子鬼(ゴブリン)だな」


「えっ? どこだ?」


「ほらっ、あそこじゃない? あの小さいの……」


 ガンズの視線の先、結界の向こう側の少し離れた位置には紺青色の体を持つゴブリンが二匹彷徨(うろつ)いていた。食料でも探しているのかも知れない。


「丁度良い。結界の効力を実践で教える良い機会だな」


 ガンズはそう言って結界手前に張られたロープを跨ぎ越え、辺りを見渡し安全を確認した後、上半身だけを結界外に露出させる。そして、前方のゴブリンを見据えると勢い良く手を打ち鳴らす。

 乾いた音が周囲に響くと、それまで結界へは見向きもしなかったゴブリン達が、音の発生源を探すべく結界の方へ首を忙しなく動かし始める。間もなくしてガンズの姿を捉えると、一目散に駆け始めた。


「あいつらには今、結界からはみ出ている俺の上半身だけが見えている筈だ。だが、相手がしっかりとこちらを捉えている状態でも、結界内に入ってさえしまえば一切感知出来なくなる」


 着々と迫り来るゴブリンを見据えたままガンズは語る。彼にも結界内の様子が見えていない為、そこにジードとエレナがいると断定して話をしている状況だ。


「…………。そろそろだな」


 ガンズは牙をみせるゴブリンを寸前まで引き付けて、結界の中に身を戻す。すると彼の言った通り、突然標的を見失ったゴブリン達は困惑した様子できょろきょろと周囲を見回しており、遠くからでははっきりとわからなかった容姿が結界越しに明らかとなる。


 一言で言えば醜悪。これ以上に的を得ている言葉は無いだろう。

 雌雄の判別は付かず、つり上がった瞳に 剣先のように尖った耳、潰れた大きな鼻は上唇に付くほど低く、突き出た下顎からは鋭い牙が顔を覗かせる。

 ジードよりも更に小さい、紺青色の小柄な体躯は全体的に薄汚れていた。

 そして、前頭部に申し訳程度にちょこんと存する双角が、鬼の名を冠する所以だろうか。

 

「これが、ゴブリンか……」


「可愛く、ないわね……」


 従って、初めての領外の魔物だと言うのに、二人の反応も芳しいものではない。


「肝心なのはゴブリンじゃない、結界が実際にどんなものなのかだ。まぁ、結果はこの通り、外から中の様子を窺うことは出来ない。だからこんな事も可能なわけ、だっ!」


 ガンズは背に備えた大剣をおもむろに引き抜くと、それをゴブリンの喉元目掛けて突き出した。


 突如として結界から伸びてきた剣先にゴブリンは気付く事もなく、首から上を跳ね飛ばされる。分かたれた頭部は勢いそののままに宙を舞い、やがて地に落ちると紫紺色の血溜まりを作る。

 二周りほど歪に転がった生首は、希しくもガンズ達の方を向いた状態で動きを止める。

 意識の外から放たれた一撃により、一瞬にして絶命したゴブリンの表情は、自らが死んだことすら気付いていないようであった。


 一方、突如として司令塔を失い、残された胴体は血の噴水を吹き上げながら、力無く地面に倒れ込む。


「――――!!」


 剰りにも唐突な、同胞の最期を目の当たりにしたもう一匹のゴブリンは、憎々しそうに声を上げ襲撃者を(しき)りに探すも既に結界の向こうだ。


 もし、ゴブリンに満足な知能が備わっていれば、(すか)さずこの場を避難しただろうが、残念ながらそこまで頭の回る魔物ではなかった。


「あまり誉められた戦法ではないが、一応な。飽くまでも伝えたい事は、結界の安全性だ」


 ガンズは苦笑いを浮かべながら、如何に結界が有能かを語る。


 余談ではあるが随分と昔、まだ結界外への進出が禁止されていなかった時代。

 武力を持たない村人が今のガンズと同じ戦法で魔物を相手取り、そこで得た素材を回収する事で生計を立てる者が現れた。安全かつ高収入な生業は瞬く間に村中に広がり、更に人伝に情報は拡散され領内全域へと広がる事となった。


 情報を得た結界近辺に住む人々は畑の手入れ等、自らの仕事をそっちのけで結界付近に入り浸るようになってしまう。

 するとどうなるか。当然田畑は荒れ、収穫量が激減したのは言うまでもない。

 それに加え、欲の張った村人が更なる魔物を求めて結界外を彷徨(うろつ)き回り、結界内への避難が間に合わずに襲われるという事態が頻発したことで、一般人の結界外への進出を禁止されたという経緯がある。


「あと、もう一つ。魔力を持つ者が結界に入れないとはどう言うことか」


 ガンズはそう言うと突然、構えたままだった大剣を地面に突き立て、その傍に転がる拳大の石を拾い上げると、空高く放り投げた。

 放たれた石はゴブリンの遥か上空を飛び越え、後方に落下し、僅かな砂煙を上げる。


 突如として耳に飛び込んできた鈍い着地音に、神経質になっているゴブリンは慌てて振り返った。

 そして、その瞬間を見逃すガンズではない。無防備に晒された背中に屈んだ状態で静かに詰め寄り、羽交い締めにすると一気に立ち上がる。


「――――!!」


 体は宙に浮き、上半身を完璧に拘束されたゴブリンはじたばたと暴れるが、とても脱出できる気配は無い。


「よく見ておけよ?」


 ゴブリンを拘束したままガンズは声を張り上げ二人に合図をすると、後退りする形で結界内に足を踏み入れる。

 足、背中、頭と、やはり何の抵抗も無くガンズの身体は結界をすり抜けていく。しかし、ゴブリンの後頭部が結界に触れた瞬間、その存在を拒絶するかのように接触面が白く光りゴブリンを押し返す。

 ガンズがそれでも構わず結界内へ踏み込もうとすると、肉の焼けるような音と共にゴブリンが今まで以上に抵抗を見せる。


「――――――っ!!」


 くぐもった悲鳴をあげるゴブリンに構うことなく、ガンズは振り向き二人に話し掛ける。


「このように、魔力そのものを拒絶し弾く性質がある事から、魔物が無闇に結界に触れることは無い。リングを着けなければお前達も領内に入れなくなるから、くれぐれも無くさないようにな」


「お、おう……」


「良くわかったわ……」


 もがき苦しむゴブリンを見て二人は思うことがあるようだったが、それを口にする事はなかった。

 ついこの間、開拓者としての覚悟を説かれたばかりで、ゴブリンの生殺与奪に口出しなど出来る訳も無いからだ。

  

 ジードとエレナが自分の心に折り合いを付けている中、ガンズは羽交い締めしている腕に力を込め、必死の抵抗を見せるゴブリンの首を一気にへし折った。

 嫌な音を立て、曲がってはいけない角度まで首を曲げ、吊られたままで手足をぶらつかせるゴブリンを見て、


「俺だって魔物だからと苦しめるのは好きじゃないさ。今回は説明の必要があったからこうしただけで、どうせ殺すのなら、一思いに殺してやりたいのが本音だ」


 口にしなかっただけで、顔には充分に出ていたのだろう。

 ガンズは神妙な面持ちでそう告げると、事切れたゴブリンを先程のゴブリンと並べるように地面に下ろす。すると、地面に置かれたことで露になった背中は、結界の拒絶によるものなのか痛々しく焼けただれていた。


 ガンズはその後、自身が装着している指輪をゴブリンにあてがう。

 指輪に備え付けられた魔石は、いつぞやの魔封石と同じように、死骸から魔力を吸い取ると僅かに白い光を放ち、やがて光が収まると同時にゴブリンの亡骸は塵となり消えていく。


 二人はその光景に複雑な表情を浮かべつつも目を逸らさない。見続ける事が彼等なりの覚悟の証なのだろう。


「慣れろとは言わない……出来ればどうか、割り切ってくれ……」


 結界内へと戻ってきたガンズが、眉尻を下げ困った顔で告げる。

 

「うん、わかってるから、大丈夫よ!」


「そうそう、大丈夫だって! それよりほら、早く行こうぜ?」


 敢えて気丈に振る舞う二人の気持ちを汲んだガンズも、明るく努めると決めたようで、


「そう、だな! それじゃあ出発するが、忘れ物は無いか? 特にジード、お前だ。もう一度、いや三度は確認しておけよ?」


「なんだよそれ! アルノーさんち出る前に何度も確認したっての!」


 冗談めかしたガンズの物言いに、反抗しつつも確認を始めるジードだ。


「そうか、じゃあ行くぞ? 結界を出る時は必ず、周囲に魔物がいないか確認してからな」


「おう!」


「ええ、行きましょう!」


 ガンズに続きゆっくりとロープを跨ぎ越える。すると結界はもう目の前、手を伸ばせば届く位置だ。

 二人は返事だけ威勢が良かったものの、先程のゴブリンの件もあっておっかなびっくりと言った風に、指先だけを結界にちょんと触れてみる。

 


「――あっ、通れた!」


「――本当だっ!」


 通れると分かれば後は早い。

 見守るような笑顔を浮かべているガンズには目もくれず、二人は一気に結界外へと踏み出した。


「凄ぇ……」


「これが、結界の外なのね……」


 少年少女は結界外に踏み出した途端、息を呑み思わず感嘆を零す。

 見える景色が違うわけではない。景色自体は結界越しから見えるものと何ら変わりない。


 違うのは空気中を漂う魔力濃度だ。

 

 魔力を宿す者にとって魔力濃度とは極めて重要なもので、単純に濃ければ良いと言う訳でもない。

 魂の核に応じた魔力濃度があり、大抵の魔物は自身に合った濃度の地域に生息している。

 それ以上でも以下でも、万全の力を発揮出来なくなるのではないか、と言うのが開拓者の中では通説だ。


 ジード達の現在地、結界近辺は決まって濃度が低い為、生息している魔物は弱い種類が大多数を占めている。

 と言っても、分け隔てられた結界内とは段違いの魔力の濃さで、憑依者である二人の身体は自ずと軽くなる。


「やっぱりお前達もか。憑依者はこれが過ごしやすいと言うんだから不思議だよな……」


 遅れて出てきたガンズが、目を輝かせる二人を見てぽつりと呟く。


「えっ? 普通の人はどう感じるんだ?」


「わかりやすく言えば空気が重いし、少し身体も重くなる。だから普段以上に疲れが早く感じる。まぁその分、魔法の発動までの時間は短くなるけどな」


「へぇ、そうなのか……」


 実感のないジードはどこか他人事だ。


「ちなみにほら、結界を見てみろ」


「――おぉっ!」


「本当に真っ白なのね……」


 促された二人は振り返ると、またもや感嘆を漏らした。

 視界一杯に広がるのは、気が遠くなるような濃密な白――――

 これでは結界の向こうで剣を構えようが、分かる筈もない。


「遠くからでも目立つからな。目印に丁度良いだろう?」


「あぁ、うん……」


 眼前の白に意識を奪われているジードは返事もそこそこに、再び結界内に足を踏み入れる。すると、途端に視界は晴れ、先程と同じのどかな状景が戻ってくる。


「やっぱり、結界って凄ぇな……!」


 その凄い結界を、その気になれば壊せる鬼が体内にいる事を、宿主はどうも失念しているようだ。

 その後ジードは子供のように、内へ外へと行ったり来たりを数度繰り返しその度に喜びの声を上げている。


「ほら、いつまでも遊んでないで早く行くよ?」


 どうしても子供っぽさの抜けないジードにエレナが呆れ顔で苦言を呈するが、どうやら浮かれているのは彼だけでは無かったようで、


「わーいっ! 初めての外だぁー!! ――おおおぉっ? 身体がかっるーいっ!」


 エレナの体内で眠っていたレミンが魔力の濃さを感じ取り、喜び勇んで飛び出してきた。

 興奮を隠せない顔で、普段より速くエレナの頭上を飛び回っている。


 何やら騒がしい旅になりそうである。



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