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鬼の開拓者 ~最強の鬼を宿す少年~  作者: 大三元
一章 夢の始まり
35/73

奪う覚悟

 

 変異後間もないコカトリスは、体の制御がままならないのか、蛇の尾だけがゆらゆらと揺れ、本体はじっと動かないまま、黄色い瞳を忙しなく動かし三人を執拗に捉えていた。


「くそっ、なぜコカトリスが結界内にいるんだっ!」


 予想だにしなかった成体の登場に、ガンズは苛立ちを隠せず一人、怒号を上げる。


「なんであの犬が魔物になったんだっ!? 犬に化けてたってことかよっ!」


「よくわからないけれど、かなり良くない状況だって事だけは物凄くは伝わってくるわ……」


 ガンズと同様――否、それ以上に状況がてんで見えていない二人ではあるが、コカトリスから感じる雰囲気、魔力を警戒し、揃って魔力で身体強化を施す。その後、ジードは買ったばかりの短剣を抜刀し諸手で構え、エレナは篭手を具合を確かめるように、手の開閉を繰り返す。


「俺にも訳がわからないが、こうなってしまった以上、この場で討伐するより他ない。良いか? 奴の尾にいる蛇には絶対に噛まれてはいけない。あっという間に石像に早変わりだ……蛇に狙いを定められたら、最大限の警戒をするように」


 ガンズは二人にコカトリスと対峙する際の注意点を説明をしながら、自らも状況を整理すべく必死に心を落ち着け、どうにか平静を取り戻す。


「りょ、了解っ!」


「だったら動いてない今が、チャンスじゃないの? ほら、先手必勝って言うじゃないっ」


「いいや、不用意に接近しては駄目だ。鳥型の本体と、蛇型の尾はそれぞれべつの生き物と思った方が良い。よく見ていろよ?」


 ガンズはコカトリスの危険性を示して見せる為に、その場で右足をやや引いて半身の構えを取り、左手に握ったままだった『氷結のダガー』を掬い上げるかのような(さか)投げで投擲する。

 手元を離れたダガーは、コカトリスの胸元目掛けて一直線に飛んでいく。広いと言っても所詮室内だ、直撃までほんの一瞬だろう。


「「――っ!」」


「…………。やはり、そう甘くはないよな……」


 直撃の寸前、絶妙なタイミングで飛来するそれを横から()(さら)い本体を守ったのは、言うまでもなく尾の蛇だ。その口元には、見事『氷結のダガー』の柄が咥えられている。そして、知性があるかのようにガンズの手の届かぬ部屋の隅に投げ捨てると、それは鈍い音を上げて床を転がった。

 その後蛇は、コカトリスの前に立ちはだかるかのように前へ出ると、人一人丸呑み出来るほど大きく口を開き、威嚇の姿勢を取る。


「うげっ……」


「嘘……」


「見ての通りだ。常に二体の魔物を相手取るつもりで立ち向かわなければならない。ちなみに成体のコカトリスに噛み付かれた場合、全身が石化まで十分ともたない。こいつを倒しさえすれば自ずと石化は解けるが、その間に欠けたり砕けたりした場合は元には戻らないからな」


 ガンズの言葉に二人の手には異様に力が入り、強張った表情には余裕など欠片も見受けられない。

 ジードの戦闘経験と言えば、ホーンラビッドの喧嘩や魔物もどきとの鬼ごっこだけで、本物の魔物とは初めて交戦する事になる。エレナは言わずもがなだ。二人の緊張は、とてもではないが計り知れないものだろう。


 その時、ようやく体が動き出したコカトリス本体が首を右、左と傾げた後、先端が赤く染まった大きな翼を豪快に広げ、耳を(つんざ)くような咆哮を上げる。


「――――――っ!!」


 思わず耳を塞ぎたくなる程の咆哮に闘志を削がれ、翼を広げた事で何倍にも大きく見えるコカトリスを前に、ジードとエレナは無意識について身体が竦んでしまう。

 意気込みこそ良かったものの、いざ、初めての戦闘、命の奪い合いとなると平常心で望める筈もなく、目の前の巨躯を相手に足は震え、歯の根が合わず小刻みに小さな音を立てている。


「大丈夫だ、お前達は必ず俺が守るよ。少し見ておくと良い」


 今までコカトリスから目を逸らす事なかったガンズが、二人の方を振り返り目を細める。思わず安堵の息を漏らしてしまいそうな、どこまでも優しい笑顔だった。


 右手を頭の後ろに回し、気迫に満ちた顔で背負っている大剣の柄を握る。鞘と幅広の刀身が擦れる音を響かせながら一思いに引き抜くと、両手持ちで構え床を蹴り肉薄し、


「――でやぁああ!!」


 豪快な風切り音を伴う、横薙ぎの一閃。


 コカトリスは床が抉れる程強く勢い良く後方へ飛び退くが、壁に行く手を遮られ僅かに羽を散らす。

 忌々しそうに喉を慣らすと、尾の蛇がガンズの脇腹に食らいつこうと飛び掛かる。


 ガンズは一撃目を剣の腹で受け、身体ごと後方に弾き飛ばされると、蛇はそれを追い、下方向から突き上げるようにもう一撃。

 それも剣の位置をずらし同じように腹で受け止めると、ガンズの身体は僅かだが宙に浮いてしまう。そこを見計らいコカトリスが翼を振るって突風を巻き起こす。


「――くっ」


 突風に煽られ体勢を崩されたガンズが悔しげな声を漏らす。体勢を整え切れないままに、続く蛇の三撃目が迫る――――


「うおぉぉるぁああっ!」


 追撃を避けられないと悟ったガンズは、力任せに自身を軸として大剣ごと一回転。

 剣先を所々内壁に擦り付けながら、それでも尚勢い良く振り抜いた一撃は、紙一重のところで蛇の横っ面を撃ち抜いた。


 遠心力を乗せた大剣の重い平打ちを諸に食らった蛇は、思わず顔を背けたくなる程の衝突音を部屋中に届けると、一直線に吹き飛び石の外壁までも貫通していく。

 勿論、繋がっている雄鶏の本体も無事で済むはずもなく、尾の蛇に牽引される形で室外へと導かれていくが、その大きな翼が(つか)え貫通には至らず。

 短い悲鳴に合わせて壁一面に小さな亀裂を無数に入れ、その巨躯を半分程めり込ませ、希しくも内壁に張り付けの状態となるのだった。


「す、凄ぇ……」


「これが、開拓者……」


 二人は部屋の入り口に立ち尽くしたまま力強く拳を握り、興奮気味に感嘆を漏らす。それだけ戦いに目を奪われているのだろう。

 普段はどこか締まりきらないガンズだが、実力で分隊長に抜擢される男だ。規格外の憑依者連中を除けば、カリバ支部の屈指の強さを誇ると言っても過言ではない。


「はあぁぁぁあっ――」


 ガンズは雄叫びを上げながら、壁から抜け出そうと必死にもがいているコカトリスへ向け駆け出す。肘を張り出し大きく引いた右腕に構えた大剣の剣先は、添えられた左手によって雄鶏の喉元を捉えている。


「もらったぁぁあっ!」


 射程距離に入り、未だ身動きの取れないコカトリスを確認したガンズは満足げに軽く口元を歪ませると、勢いそのままに喉元目掛けて豪快な突きを繰り出す。


 だがしかし、片割れがそれを許す訳もなく、


「――なっ!?」


 直撃の寸前、石壁を撃ち抜いて現れた尾の蛇に、横から手首を噛み付かれた事により大剣は狙いを外し、首の脇――石の壁を音を立ててぶち抜いた。

 自らを拘束していた壁の一部が崩れ落ち、体の自由を取り戻したコカトリスは、己が尾に手首を捉えさせている男へ、怒りの籠もった鳴き声と共に強烈な前蹴りをかます。


「ぐぅっ……がはっ――」


 鳩尾を蹴り上げられた瞬間、拘束されていた手首を離されたガンズは勢い良く天井に激突し、肺の空気を強制的に吐き出させらた後、それでも尚勢い余って床へと叩き付けられる。


「「――ガンズさんっ!!」」


「大丈夫だっ!」


 慌てて駆け寄ろうとする二人を、ガンズは手で制すと大剣を杖におもむろに立ち上がる。

 吐血したのか、口元からは血が垂れているがその表情に脅えなど無く、むしろ自信さえ窺えた。


 ガンズは横目で二人の様子を確認と、先程噛まれた右手首の可動を確かめるべく、手首を一回転二回転と回し、前後に動かしながら手を何度も開閉してみせる。

 幸いにも、蛇の牙は防具を貫通していなかったようで、石化の症状はないようだ。


「魔物との戦いがどんなものなのか、よーく観察しておけ。結界外に出てしまえば、そんな余裕はなくなってしまうから、なっ!」


 言い終えるのと同時に、ガンズは再び床を蹴る。すると、まるで近寄らせるものかと言わんばかりに、尾の蛇は大きく弧を描きながら脇腹に食らいつこうとする。

 ガンズはそれを立ち止まって迎撃するのではなく、あえて迫り来る蛇の頭に寄るように、横っ飛びで無理やりに進路を変え急接近を計る。


「――おらぁっ!」


 防具の革部分を一部食いちぎられながらも、蛇の描く弧の外側へすり抜けたガンズは、振り返りざまに大剣を容赦なく振り下ろす。

 頭部よりやや後ろを斬りつけられた蛇の身体からは、紫紺色の血飛沫が噴き出すが、胴と頭は未だ繋がっており、完全に仕留めた訳では無さそうだ。


「――――――っ!」


 これに激昂したのはコカトリスで、よろよろと後ろに隠れる蛇を庇うように、ここにきて初めて前へ出る。

 重い足音とは裏腹に軽快な足取りでガンズに接近すると、空気が揺らぐ程の魔力を左翼に纏い、斜め上から振り下ろし気味に一撃。


「ふんっぬぅ…………」


 振り下ろされる翼撃を、ガンズは持ち前の膂力を遺憾なく発揮し真っ向から打ち合いを臨む。

 衝突の瞬間、鋼同士を打ち合わせるような甲高い音を響かせ、ガンズの振るった大剣は止まってしまう。魔力を纏ったコカトリスの翼は、鋼にも劣らない強度を誇っているようである。


「ぬぅぅぅう…………」


 片翼に対し両腕、振り下ろしに対し切り上げ、そして、遊ばせていた右翼に魔力を惑わせ始めたコカトリスに状況の不利を悟ったガンズは、鍔迫り合い状態だった大剣の刃を一瞬引き、瞬く間もなく後ろに飛び退く。

 突然拮抗する力を失ったコカトリスは大きく体勢を崩し、前のめりの姿勢で左翼を床に着く。


「うおぉぉらあぁっ!」


 そのような状態で残った右翼を満足に使える訳もなく、絶好の機会を手にしたガンズは手にした大剣で、渾身の力をもって無防備な首元に逆袈裟から切り下ろす。


「――――――っ」


 肩口からばっさりと切り裂かれたコカトリスは、断末魔の叫びを上げながら紫紺色の鮮血を部屋中に飛び散らせ、ガンズはおろか、ジードやエレナにまでも返り血を浴びせる。


「よし、後は蛇の頭を潰すだけだな……お前達、大丈夫か?」


「「…………」」


 その巨躯が力無く地面に崩れ落ちると、ガンズは念の為確認を取ろうと二人の方へと振り向く。


「――済まない……予め言っておくべきだったな……」


 ガンズの視線の先には、コカトリスの血飛沫によって紫紺色に染まった、何とも痛ましい表情を浮かべた二人がいた。


 二人の心境はとても複雑だった。

 ガンズの剣捌き、戦いぶりに見惚れていたのは事実。しかしその反面、人々を救う為とはいえ、色こそ違えど血を流し、苦しみ叫ぶ魔物を慈悲なく仕留めたという事実から、言い知れぬ虚無感に襲われていたからだ。

 生き残る為にと、夢の為にと覚悟していたつもりの二人だが、結局は覚悟が足りず、大量の血飛沫を撒き散らし苦しげな声を上げるコカトリスを目の当たりにして、心が追い付いていない様子である。


「お前達の思っている事はなんとなくわかるつもりだ。俺も開拓者になりたての頃に、同じような事を思っていたことがある」


「「…………」」


 ガンズは大剣を構えたまま倒れ伏しているコカトリスへおもむろに近付いていく。本体と連なる蛇は既に戦う力は残っていないのか、その股下で蜷局(とぐろ)を巻き、弱々しく威嚇の姿勢を取っている。


「猿型の魔物だった。苦しそうに顔を歪めて、辛そうな声を出すんだ。それを見て俺は、止めを刺すのを躊躇ってしまった……結局そいつに腕一本噛み千切られる事になったんだがな。たまたま居合わせたカミラさんに助けられて、どうにか今も事なきを得ているが、油断や同情は自分だけでなく仲間にも死を呼び寄せる」


 ガンズは大剣の射程範囲内に蛇を捉えると、大剣を真上に振り上げる。


「覚悟してくれ……殺す覚悟を、命を奪う覚悟を……。開拓者とは、揺らぐ事のない覚悟を持ってなるものだ……」


 蛇の頭は、覚悟を語るガンズの躊躇いなく振り下ろされた大剣によって、胴との袂を分かつ事となった。


 切り離された頭はその衝撃で本体とはやや離れた位置に飛び、それでも尚幾ばくの間視線を巡らせ、ガンズの姿を捉えると命を燃やし尽くすまで、憎き怨敵の姿をその瞳に映し続けるのであった。


 雄鶏、蛇共に絶命を確認したガンズは、役目を終えた大剣を素早く一振り。付着した血糊を払った後、ゆったりとした動作で背負う鞘に仕舞うと、コカトリスの亡骸に背を向け二人に歩み寄る。


「これで討伐は終わりだ。直に村人達の石化は解けるだろう。二人には厳しい事を言うようだが、どうかわかってほしい……」


「…………。ガンズさんの言ってる事はちゃんとわかってるんだ……わかってる筈なのに、無意識に同情してた。覚悟が足りないよな……もっとしっかりするよ、約束する」


「……あたしは妖精達の住み易い場所を探すだけだからって、中途半端な覚悟しか持ってなかったのかも知れない……ごめんなさい。これからはあの子達を守る気持ちと同じように、覚悟を持って臨むわ」


 二人は、動かなくなったコカトリスとガンズを順にみやり、神妙な面持ちで各々の覚悟を告げる。

 その瞳には強い意志が感じられ、先程までの困惑や哀れみは感じられない。この分だと、ガンズの懸念も晴れそうである。


「わかってくれて良かったよ。ひとまず、この血汚れをどうにかしなくちゃな。水属性魔法を使っ『――えっ……? なによあれ……』」


 ガンズは安堵の表情を浮かべたのも束の間、驚愕に目を剥き頬を引き攣らせるエレナの視線に導かれ、振り返るとそこには、


「そ、そんな馬鹿な……」


 いつぞやの鬼を彷彿させる、禍々しい黒の魔力が、息絶えた筈のコカトリスから溢れ出ていた。



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