開拓者に
武器屋にて、篭手を鈍器として披露したエレナに、今まで無言を貫いていた店主から渋みのある低い声で称賛が飛ぶ。
「お嬢ちゃん、可愛い見かけによらずやることは大胆だな。気に入った、それを買うんなら少し割引してやるよ。本来なら銀貨八枚貰うとこだが六枚で良いぞ」
「えっ? 良いの? もちろん買うわ!」
「おうっ毎度あり」
唐突に誉められたエレナは、割引という言葉に目を輝かせ、鼻息荒く支払いを済ませる。店主も店主で目を細め白い歯を覗かせており、お互い気持ちの良い取引が成立したようだ。
「おっちゃん、俺にも割引してくれよっ!」
「ん? 坊主はただ騒いでただけだからなぁ……」
エレナが割引されたのを受け、自らも肖ろうと割引を申し入れるが、困った顔で辛辣な意見を返されてしまう。
「そ、そんな……」
しかし、そう言われてしまうのも、ごもっともなだけ騒いでいた自覚があるジードは、がっくりと肩を落とす。
「まぁ、武器を見た目で選ばず、自分に合った堅実な選び方をしたってとこは評価してやるか。仕方ない、お前も少し割引してやる。銀貨十二枚のとこを十枚だ」
落胆したジードを見て哀れに思ったのか、店主の男は苦笑を浮かべながらも割引を容認した。
この会話から察するに、男はぶっきらぼうな訳ではなく、客に口出しはせず、納得の行くまで商品を選ばせる方針である事が窺える。
「おっしゃ! ありがとうっ!」
「おうよっ。入り用の際はまた、うちを頼むぜ」
店主の計らいにより、ジードは落ち込んでいたのも一変、人懐っこい笑顔を浮かべ会計を済ませる。こちらも無事、取引は終了したようである。
「騒がしくしたようですまなかったな。それに加えて割引きまでしてもらって……」
上機嫌で店を後にする二人を尻目に、ガンズは店主の男に詫びを入れる。
「いや、俺もガキの頃はあんな感じだったなと、見ていて微笑ましかったよ。割引の事も気にしなくて良い。先行投資ってやつだ、今後ともご贔屓にってな」
店主の男はカウンターに座わったまま、既に誰もいない扉に目をやると、と微笑ましそうに目を細めた。
「ありがとう。また来させてもらうよ」
そう話を締めたガンズは、二人を追うように店を後にする。
扉を開けてすぐ目に入ったのは、満足げな表情を浮かべている二人で、既にジードは帯剣し、エレナも両手に篭手を装着し終えていた。
「おしっ、次行くかっ!」
「おうっ!」
景気良く声を返したジードの表情には、隠しきれない期待の色が強く滲み出ていた。
***
領主城や開拓団支部を背にして暫く進み、間もなく門前といった所で、痺れを切らしたジードが声を上げる。
「なぁガンズさん、どこに向かってるんだ?」
「ん? あぁ、説明してなかったか。乗合馬車を押さえに行くんだ。もうじき着くぞ」
「――えっ!? 馬車で行くの!?」
首だけ振り返らせたガンズの返した馬車と言う単語に、エレナが異様に食い付いた。
「なんだ、荷車の方が良かったか?」
「もうっ、やめてよ。馬車が良いに決まってるじゃない」
意地の悪い笑みを浮かべるガンズに、エレナが頬を膨らませていると、沈んだ声が届く。
「なぁ、防具屋へは行かないのか……?」
そう尋ねたシードの表情には、そうであってほしいという儚い願望が手に取るように浮かんでいた。
「……残念だが支部から持ってきた、見習い用の防具がもうあるんだよな」
「えっ……?」
「さぁ、着いたぞ。席を取ってくるから少し待っててくれ」
ガンズは眉をハの字に歪め申し訳なさそうにしつつも、少年の願望を打ち砕く現実を突き付けた。そして、左腕に抱えている黒い何を見せつけると、そのまま歩いて行ってしまう。
どうやら、城門を正面に見て右手の外周壁沿いにある広場らしき所が停留所なようだ。
昨晩は営業時間外だったのか、全車運行していたのか定かではないが、今は六台の幌付き馬車が停車しており、ちらほらと乗客らしき人々も見受けられる。
その内の一台、並んだ六台の中では比較的小さい、馬が二頭繋げられた馬車の御者らしき男にガンズが話掛けている。
交渉は円滑に進んだのか、程なくしてガンズが戻ってくると、威勢の良い声を響かせる。
「お待たせ。先に席を取っていた客が戻り次第出発してくれるそうだ」
「今度こそ馬車に乗れるのねっ……」
「……」
「馬車と言っても乗合だけどな……そうだ、待っている間にこれを渡しておこう」
エレナは感慨深く返事をするが、共に停留所に残されたジードはあからさまに落胆しており、まるで時が止まってしまったかのように呆然と立ち尽くしたままだ。
「えーっと、こっちがジード、こっちがエレナちゃんだな……」
しかしガンズは、そんなジードを相手にすることは無かった。
一見してどちらも同じように見えるそれだが、微妙に大きさが異なるようで、それぞれの体格に合わせた物を、未だ生気が抜けた状態のジード、それを横目に苦笑を浮かべるエレナの順に手渡していく。
「ありがとう」
「……」
「良いか? これは魔物の革をなめして作られたローブで、見た目よりかなり軽い割に強度は抜群で、生半可な攻撃じゃ傷一つ付かない代物だ。だからと言って、衝撃は緩和されないので攻撃には充分注意するようにな」
「とりあえず、試しに羽織ってみようかしら」
ガンズの説明を受けたエレナがローブに袖を通す。黒地の革で出来たそれはエレナの踝辺りまであり、フードまで被ってしまえば闇夜に紛れる事など造作も無いだろう。
「へぇ……見習い用の支給品にしては、随分と立派な作りね。ずっとこれでも良さそうなくらいよ」
「…………」
エレナが一通り動き回り着心地を確認した後、まずまずの反応を示すと、ジードもようやくローブに目を向け始める。
「そうだろ? 鎧を買ってもその上に羽織って行動する奴もいるくらいだからな。ほらっ、ジードも着てみろって」
「……あぁ、わかったよ」
ガンズに促され、ジードはあまり気乗りしないながらもローブを羽織る。
「おっ、似合うじゃないか! かなり格好良いぞ? なっ、エレナちゃんっ」
「そうね、普段より大人っぽく見えるかしらね」
「――そっ、そうか?」
二人の称賛にジードの表情は僅かに綻びを見せる。
「おうっ! そのローブを着て帯剣していれば、どこから見ても開拓者だぞ」
「そっか……それならこれでも良いかっ!」
「……」
嘘は吐いていないのだろうが、大袈裟な感じも否めないガンズの説得が巧を成し、ジードの顔にはやる気が蘇ってくる。
ガンズの『ジード制御術』を目の当たりにして呆気に取られたのか、あるいはジードのちょろさに呆れたのか、エレナは遠い目をしている。
「そうだ、その意気だ。ところで、話は変わるが、何点か伝えて置くことがある。まず、報告というか、提案というか……これは支部長から聞いた話なんだが……」
ガンズはいつになく真剣に表情を引き締め、力強い眼光で二人を捉える。
ガンズの醸し出す空気の変化を敏感に気付いた二人もまた、背筋を正し傾聴の姿勢を取る。
「憑依者が開拓者になると、比較的早い段階で王都の開拓者本部に召集される事になるそうだ」
二人の顔を交互に見渡しながらガンズは言葉を続ける。
「ここで重要なのは、何故お前達が王都に召集されるかだ。……お前たち憑依者は、常人とはかけ離れた圧倒的な力を持っているだろう? 本部としては有事の際の切り札として、お前たちの戦力を把握しておきたい、と言うのが表向きの理由だ……」
「表向きって事は、裏があるって事だよな……」
「あぁ、本当の所は、危険な思想を持ち合わせていないか、国に害を齎す可能性は無いかを判断するのが目的だそうだ。憑依者ってのは言わば諸刃の剣だからな。強力な戦力でもあるが、一歩間違えば国の存続を脅かしかねないってのが本部の考えで、かなり前だが実際に、召集の場で処刑された者もいるらしい」
「「…………」」
神妙な面持ちで押し黙る二人を目の当たりにして、ガンズは真剣な表情を緩め、困ったような笑顔を浮かべる。
「お前達の人間性はもちろん信用しているさ。だが、俺にはその召集がどんなものか知らなければ、何をされるのか検討もつかない……そこでだ、今更ではあるが開拓者にならなければ、王都に召集されることもない。どのみち解呪の必要があったからカリバまで来たが、この話を聞いてそれでも開拓者になるか、それとも、ならずに帰るかは自分達で決めて良いと、支部長から言質をもぎ取ってきてある。まぁ、飽くまでも選択肢の一つだけどな」
少しの間考えこむように俯いていたジードは、おもむろに顔を上げるとガンズを見据える。その灰色の瞳には確固たる決意が宿っていた。
「ガンズさんが心配してくれてるのはよくわかった。ただ俺は、生半可な気持ちで開拓者になりたいなんて言っていた訳じゃない……それに、まだ領内しか旅してないけど、人間達の魔物への在り方は少なからず間違ってると思う。俺は自分の目で世界を見て、何が良くて何が悪いのかをしっかりと見極めたい……だから、俺はなるよ、開拓者にっ!」
ジードが語り終えるのを見計らって、繋げるようにエレナが口を開く。
「あたしはジードみたいに開拓者への思い入れがある訳じゃ無いけれど、あの子達の安全を勝ち取る為には、苦労も危険も厭わない。開拓者にならなければ、結界の外には出られないのだから、あたしは迷わず開拓者になる道を選ぶわ」
口調こそ落ち着いているが、その表情からはジードにも劣らない強い意志を感じる。
「……わかった。お前達のこれからを全力で応援させてもらう!」
二人の意志の強さを、信念を、しっかりと感じ取ったガンズは、納得したように頷くと優しい笑顔を浮かべる。
「おしっ、じゃあ次は朗報だ。今回の解呪を目的とした結界外進出で、開拓者見習いの演習を免除してもらうよう、支部長と話を付けてきた。今回の旅が無事終われば、正式に開拓者になれるぞ」
「よっしゃあっ!」
「演習免除って、そんな簡単に決めて良いものなの?」
ジードが諸手を挙げて喜ぶ一方で、エレナは眉尻を下げ、不安そうな表情で尋ねる。
「通常の開拓者見習いは魔法の扱い方と戦闘訓練を繰り返し、最終段階として結界外で既存の開拓者の警護の元、魔物との実戦を経験する事で修了となる。だが、お前達二人は既に魔術を使えるだろう? それに戦闘訓練も、この間のあれを見た限り必要ないと判断した。残るは魔物相手の実戦だけって訳だ」
「それじゃあ確かに、俺達には必要ないよな」
「そう言う事なのね。それなら納得だわ」
「ただ一つ、肝に銘じておいて欲しいのが、一度結界外に出れば、いつ、どこで、どんな魔物に襲われるかわからないと言うことだ。油断は死を招く……決して忘れないでくれ」
慢心的な台詞を吐く二人に、普段のガンズではなく、開拓者の先輩としての顔で釘を刺すその姿は、自らをも戒めているように感じられた。
真剣な顔で諭された二人もまた、表情を引き締め、静かに言葉を返す。
「わかった……肝に銘じておくよ」
「あたしも約束するわ」
「頼むぞ……さて、次はこれだ」
ガンズは肩に掛けた鞄から、金色のリングを取り出す。
「あっ! 魔物リングっ!」
「魔物リング? ……そう言われてみれば、ゲタングちゃん達が着けてたのと一緒ね」
「こら、そんな名称で教えてないだろ……良いか? これは魔力を持つ者が結界に弾かれないようにするための道具なんだ。これを身に着けていれば憑依者も魔物も結界を通過出来るようになる」
ガンズが取り出したそれを見て、あんまりな呼び名を付けたジードに軽く注意をすると、勘違いしていそうなエレナに正しい説明を施す。
「そっか……当たり前のように受け入れてたけど、よく考えたらこの子達だって結界を出入り出来ないのよね……」
エレナは今まさに目の前を通過した、人に使役されているゲタングの後ろ姿を見つめ、思いを巡らせる。
「結界からすれば魔力宿している以上、魔物もあたし達も同じ区分って訳ね」
「ジードも同じ事を言っていたな……これは俺個人の意見だが、一括りに魔物とするのではなく、人に害を為す種族、為さない種族で区別を付けた方が良いと思うんだ。せめて名称を変えるとかな。現に妖精や鬼のように、人語を理解して意志の疎通が計れる魔物も存在する訳だしな」
「「それだっ!」」
ガンズが何気なく零した言葉に、二人は閃きを得たと言わんばかりに声を揃えた。
「良い魔物と悪い魔物って明確にして、皆がわかるようにすれば良いんだ!」
「駄目よっ。もう魔物って言葉自体に悪い印象が付いてるんだから、もっと別の呼び方にしないと……」
「そうか……別の呼び方を考えなくちゃな。例えば――『その事は追々考えるとして、今は解呪が先だ』」
ひょんな事から話が思い掛けない方向に脱線し、本人そっちのけで鼻息荒く議論を繰り広げ、事態の収拾が付かなくなりそうな二人を見かねて、ガンズがぴしゃりと言い放った。
「そ、そうだな。悪い」
「興奮し過ぎたわね……ごめんなさい」
「わかれば良いんだ。とりあえずお前達はこれを、手でも足でも構わないから着けてくれ。ちなみに、大きさは装着後に自動で調整されるからな」
ガンズは平常心を取り戻した二人に、改めてリングを手渡す。ジードは左腕に、エレナは篭手を着けている為左足に、リングをすっぽりと通した途端に太さに合わせて縮小を始める。
「本当だっ。不思議ね……」
「おぉ、なんかすげぇな」
二人は興味深そうにリングを摘まんだり回したりしていると、後方から先程の御者の声が飛んでくる。
「お待たせしました。トクリップ行きの便、出発します」
「よし、行くか」
「おう」
「ええ、早く乗りましょうっ!」
こうして一行は、エレナ待望の馬車で領内最南端の村、トクリップへ向け旅立つのであった。




