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鬼の開拓者 ~最強の鬼を宿す少年~  作者: 大三元
一章 夢の始まり
27/73

魔力の解放


 ジードとエレナを宿屋に残し、ゲタングだけを引き連れ騒々しい街中を歩くガンズは、開拓団のカリバ支部を目指していた。

 開拓団支部は宿屋より更に中心部に位置し、街の一等地とも言える領主城の近辺に設立されている。


 ガンズはなにやら物思いに耽っているようで眉間に皺を刻み、ジード達には決して見せない険しい表情のまま大通りを進んでいく。

 大男のガンズが物凄い形相を浮かべていることで、自然と人波は割れているが、思案に溺れている本人は全く持って気付いていない。


 結局、難しい表情は解かれる事の無いまま、開拓団支部まで辿り着いてしまった。

 流石国営機関と言うべきか、領主城と同じ純白の石材で作られた二階建ての建物は、見事なまでの堅牢さが窺える。


「ここで少し待っててくれな」


「――――っ」


 ゲタングに待機を促したガンズは、支部の扉の前でまたもや難しい顔をして立ち尽くし幾許か。ようやく意を決したように頷くと、静かに扉を押し開けた。


 遅い時間とあってか人の数は疎らだ。セノア村の村長となってからは、遠征以外で支部に訪れる事の少なくなっていたガンズには、見覚えのない人物も数人見受けられた。


「あら、おかえり。随分と早いんじゃないの? あと二、三日は掛かると思ってたけど」


 女性にしてはやや低めの艶のある声が発せられた方へ、ガンズは視線を動かす。

 流れるような直毛の白金髪を左側頭部だけ後ろ向きに編み込み、切れ長の細い瑠璃色の瞳、ぷっくりと膨らんだ薄紅色の唇は、同性であっても色気を感じざるを得ないだろう。


「よぉリーゼ。実はゲタングに轢かせた荷車に乗ってきたんだ。なるべく急ぎたかったからな」


「ふふふ、なによそれぇ。遠征でも無いのに、気張り過ぎよ」


 飾らない笑顔で静かに笑うリーゼを見て、ガンズは支部に帰ってきたんだなと実感する。


「お、そう言えば……これを頼む」


 ガンズはリーゼに近寄りながら鞄の中に手を入れ、指輪を二つ取り出すと手の平に乗せて差し出した。


「あら、これどうしたの?」


「以前遠征中に逃亡した奴等を、バルネ村で見つけたんで没収しておいた。後で照会しておいてくれ」


「了解、やっておくわ」


 リーゼはガンズから指輪を受け取ると、そのまま階段を登って二階へ上がってしまった。


 ガンズは改めて久々に訪れた支部を見渡す。

 室内には木製の長テーブルが縦に二つ連ねて並べられ計六列。椅子の数は七十二脚に及ぶ。

 支部に所属する開拓者は二百人程度いるが、遠征以外で全員が揃うことはまずない為、これで充分なのだろう。


 入り口から向かって左に立てられた看板には、魔物の討伐依頼書が張り付けられている。

 勿論どこでどの魔物を討伐してきても素材を換金出来るが、依頼書の魔物を狩れば素材代とは別に報酬も出るので、出発前に目を通す者も多い。


 入り口から向かって右側の壁沿いには、階段が二階へと伸びている。二階は資料室となっており、これまでの開拓誌や団員名簿、魔物の生態調査書、達成済みとなった依頼書などが保管されている。

 それらの管理を任されているのは開拓者であり、副支部長を任せられているリーゼだ。カリバ支部の雑務の全てを担う彼女は、多くの意味で必要不可欠な存在だ。


 階段の下には扉が設けられており、その中は団員の武器庫となっている。

 ちなみに、ガンズの愛用の大剣もここで保管されており、その刀身を露にするのを今か今かと待ち構えている。


 そして、入り口正面には、支部長を務めるバルドゥルの執務机が置いてある。しかし自由奔放を地で行く性格なので、その椅子が埋まることは滅多に無い。


 ガンズは視線だけを動かし建物全体をくまなく観察し終えると、懸念の種が不在だと悟り、そっと息を吐こうとした瞬間――――


「おい、探してるのは俺かぁ?」


「――っ!」


 ガンズは断じて警戒は怠っていなかった。

 しかし、気付かぬ間に背後を取られ、耳元で背筋も凍るような声を出されたガンズは、慌てて前方に飛び退き距離を取る。

 その衝撃でテーブルや椅子が吹き飛ぶが、気にしている余裕など残ってないようだ。


「おいおい、そんな逃げんなって。別に取って食おうってんじゃねぇんだからよぉ」


「それなら、いきなり後ろに立つのはやめろ……」


「後ろを取られるおめぇが悪い。んな事より、鬼を憑依したガキってのはどこだ。勿論連れてきたんだろ?」


 悪びれも無くそう言い放つのは、ガンズのここ最近の悩みの元凶である、開拓者のジルヴェルトだ。

 くすんだ金髪を針山のように逆立たせた、細身ながら筋肉質な男で、砂蜥蜴の憑依者(デミ・リザード)である彼の濃金の瞳は瞳孔が縦長で、本来白い筈の部分は黒に染まっている。


「今は宿屋で休ませてる。やるべき事が全て済んでから連れてくるつもりだ」


「――ざけんなっ! 今すぐ連れてこいよ」


 ジルヴェルトの射殺すような視線にも、ガンズは屈することなく拒絶の意志を見せる。


「それは出来ない。俺にはあいつを守る義務がある」


「あぁ? んだってぇ……?」


 ジルヴェルトの瞳は大きく見開かれ、辺りは殺伐とした空気に包まれる。

 談笑をしていた他の開拓者達は、ジルヴェルトの剣呑な雰囲気を感じ取って静かになり、事の行く末を見守っている。


「奴は今、狂化の呪いを受けている。その状態で下手な刺激を与えたくないんだ」


「んなこと知るかっ。俺ぁもう、闘いたくてウズウズしてんだよぉ、おい……!」


 ジルヴェルトはギラギラと瞳を輝かせ、ガンズの話などまるで聞く素振りもない。


「下手に刺激して、もし鬼化が起これば、カリバは朝を迎えられないまま、終わる事になんだぞ?」


「そうなったら、終わる前に殺しゃ良いだろ」


「お前じゃ無理だ。そもそもあれは、闘うとかそうゆう次元じゃないんだ」


「――てめぇっ! そこまで言われて引き下がれるか! 俺ぁ今からでも行くぞ! 何処の宿屋だ!」


 淡々と自身の力を否定されたジルヴェルトは激昂し、今にも飛び出して行きそうな勢いだ。


「ねぇ? ジルヴェルト?」


「あぁ? 邪魔すんじゃねぇ! 俺ぁ今ガンズと話してんだよ」


 ジルヴェルトが悪態を吐きながら振り返ると、そこには目を線にして微笑むリーゼがいた。


「いい加減にしときなさいよ?」


 極僅かに開かれた瞳に強烈な殺気を宿し、恐ろしい微笑みを貼り付けたままジルヴェルトに告げるリーゼの指には、四本の指輪が嵌められており、その内の一本が青く眩い光を放っていた。


「――けっ! わぁーったよ! やめりゃ良いんだろっ!」


 指輪の持つ魔力の効果を理解しているジルヴェルトは、渋々だが矛を収める。


「わかれば良いのよ? それにしても呪いを受けてるなんて、その子もタイミングが悪いわね……」


 ジルヴェルトが引いた事で殺気を散らしたリーゼは、伏し目がちに呟く。


「ん? どういう事だ?」


「最近市場で神聖属性の魔力が不足しているらしいのよね……なんでも、領外に高価で買い取る人物がいるみたいで、殆どがそっちに流れてしまってるみたい」


「――なっ。そんな事になってるのか……もし、残ってなかったら、面倒な事になるな……」


 解呪の為の魔石が品薄だという想定外の事態に、ガンズは眉間に深い縦皺を刻んでいると、その時、唐突に背後の扉が開かれる。


 皆の注目が集まる中、扉の向こうから顔を覗かせたのは、支部の主、バルドゥルその人だった。

 

 齢五十を越えても尚、衰えを知らぬ筋骨隆々とした大男で、色素の抜けた頭髪は短く刈り上げられ、つり上がった茶色の瞳に宿る闘志は、年々輝きを増していっている。


 目当ての人物との遭遇に、ガンズの顔は途端に明るくなる。


「支部長! 会えて良かった。実は、折り入ってお話が……」


 ***


 一方、宿屋での食事を終えた二人は、一階の食堂でガンズを待ちながら、襲い掛かる腹痛と闘っている所だった。


 朝から荷車に揺られ、吐き気により満足に食事も取れなかった二人は空腹状態だった。

 その状態で出された、自然と涎が口の中に溢れてしまう程に、濃厚な肉の香りを醸し出す料理。

 当初こそ腹八分目を意識していた二人だが、一口食べた時点で、二人の理性は食の欲に飲み込まれる。


 流石はガンズお薦めの店だ。これだけで『カリバに来て良かった』と掛け値なしに言えてしまう程に美味だった。その結果が今の腹痛ではあるが。


 暫くの間椅子の上で時間を潰し、ようやく腹痛も落ち着いてきたエレナは、ジードに話し掛ける。


「ねぇ、この後部屋に行っても良い?」


「なんだよ……また、からかうつもりか?」


 ジードは先程の出来事を思い出し、露骨に怪訝な顔を向ける。


「馬鹿ね、同じ事をそう何度もしないわ。真面目な話よ」


 ジードの疑念を一蹴したエレナは真剣な表情で告げる。


「……わかった。でも、ここじゃ出来ない話なのか?」


「さっきからレミンが出させろって念話で騒いでるのよ……」


「ははは……じゃあ部屋に行くかっ」


 エレナの参ったと言わんばかりの表情に、ジードは空笑いを返すとおもむろに席を立つ。


「おじさん、ご馳走様っ!」


「ご馳走様でした」


 口髭の男は特に返事をするでもなく、ちらりと二人の皿に目をやると、満足そうに目を細め、片方の口角を僅かに持ち上げるのだった。


 二階へと上がると、二人の足は自然と相部屋の方へと向かう。理由は単純に、こちらの方が広いからだ。


 ジードは部屋の鍵を開け、エレナを先に部屋へ通すと、自らも続けて部屋に入る。

 扉が音を立ててしまると同時に、待ち構えていたかの如く、レミンが飛び出してくる。


「もぉー! 二人だけおいしそーなの食べて、ずるいよー!」


 言葉にするまでも無いほどに、レミンの如何にもな不貞腐れ具合に、ジードはつい失笑を漏らしてしまう。


「あぁーっ! ジード、レミンのこと馬鹿にしてるーっ!」


 空中で地団駄を踏みそうな勢いのレミンに、ジードは必至に笑いを堪えて尋ねる。


「いや、聞こうと思ってたんだけど、レミンは腹減るのか? ヴォルフは肉体が無くなってから、空腹は感じなくなったって言ってたけど……」


「お腹は減らないけどー、おいしーものは食べたいのー!」


「ガンズさんが来たら、同じ料理少し貰えるか相談してみるから。ね?」


 一向に機嫌の直らないレミンを、エレナが宥めていく。


「もぉー、仕方ないなー」


 すると、口調こそまだ完全ではないが、見るからに態度が軟化したレミンに、ジードは苦笑いを隠せない。

 どうやら、レミンの我が儘は日常茶飯事でエレナは充分に対応を心得ているようである。


「それで、早速だけど、丁度ご飯を食べ始めた位の時に、街の中心部の方で魔力が解放されたのはわかった?」


「…………っ! いきなり空気が重くなったような感じがしたけど、あれが魔力の解放なのか! でも、それがどうしたんだ?」


 思い当たる節はあるが、エレナの言わんとする事の意味を図りかねているジードは、眉を寄せ首を傾げる。


「魔力の解放って言うのは、魔力を持っている者にしかはっきりと伝わらないの。丁度良いから言っておくけど、あたし前に魔力がだだ漏れだって言ったでしょ? ジード、あなたは常に解放状態よ?」


「そんな事言われても、どうしたら良いかわからないしなぁ……」


「魔力を体内に押し留めれば良いのよ。ヴォルちゃんを作れるんだから、簡単にできる筈よ?」


「んー、身体から流れ出てる感じはしないんだよな……」


 やはり、魔力の流出は感じられず、少しでも魔力を抑制しようと試行錯誤していると、呆れた声の念話が飛んでくる。


『おい、その女は随分と検討違いな事を言っているぞ? お前は最初から魔力を抑えられているぞ』


「なんか、ヴォルフがもう魔力は抑えられてるって言ってるんだけど」


「えっ、嘘っ?」


 ジードにそう告げられたエレナは、大きな瞳を更に見開き驚愕し、直接本人に説明を求め始める。


「ねぇヴォルちゃん、出て来てちょうだいっ!」


『どうするんだ?』


『ふん、仕方あるまい。どれ……生意気な小娘と、食い意地の張った間抜けな妖精に、一泡吹かせてやるとするか』


 ヴォルフも満更でもないようだ。

 なんだかんだ言っても、見た目は兎も角、自由に動き回れる身体があるというのは、素晴らしいと言うことだろう。


『わかった。すぐ作るよ』


 三度目ともなればお手の物で、一瞬にして手の平にヴォルフの媒介を作り出したジードは、例の如く軽い喪失感に晒される。


「お前がオレを見くびっているのが、よくわかったぞ。その浅はかさ、身を持って後悔するがいい」


 開口一番、不貞不貞しくそう告げたヴォルフは、手の平からジードの肩に飛び移る。どうやら、そこが定位置として収まったらしい。


「ちょっと、それどういう意味よ……?」


 ヴォルフのあんまりな物言いに、流石のエレナも腹に据えかねたようだ。


「そのままの意味だ。ジードはオレの魔力を余すことなく抑え込んでいた。魔力を御していた状態にも関わらず、お前が勝手に勘違いして騒いでいただけの話だろうが」


「そんな事があるわけっ……」


 ヴォルフの気迫にエレナはつい言い淀んでしまう。


「無いと思うか? ジード、魔力を絞れるだけ絞れ。限界まで圧縮したら、なにもせず解き放つだけで良い」


「お、おぅ……やってみる」


「そもそもだ、魔力の解放とは己の力を誇示する行為だ。言わば挑発だ。先程魔力を放ったのが何処のどいつだが知らんが、目に物を見せてやれ」


 ジードは言われたとおりに魔力を絞り出し始める。

 大抵の魔術は、少量の魔力で事足りてしまうので、なかなか限界まで絞り出す事などないのだ。故にジード自身も、どこまで魔力を引き出せるのか興味があった。


 ジードの全身を赤い魔力が包み込む。それは次第に、ジードよりも大きい人型を抽象的に描き始め、魔力が増すに比例して段々と鬼の姿を型どり始める。


 ジードが自身の限界まで魔力を絞り出した時、エレナは『ヴォルちゃん』ではなく、鬼としての『ヴォルフ』を初めて認識した。


 ジードは極限まで絞り出した鬼の魔力を圧縮し始めるが、質量が質量の為なかなか上手く行かない。


「もうむりー。帰るねぇ……」


 魔力体であるレミンには堪えきれない環境のようで、完成を待つこと無くエレナの中に避難してしまう。


「出来たけど…………」


 十分近い時を要し、ようやく抑えこみ自身に纏わせたそれは、周囲の空間を歪めてしまう程に圧縮された高密度の魔力で、当人ですら危機感を抱く程の代物だった。


「解き放った所で誰かが死ぬわけでもない。ぐずぐずしてないで、ひと思いに放て」


「……じゃあ、やるぞ」


 ヴォルフに促されたジードは魔力を解き放つ。自らを抑えつけていた殻の無くなった魔力は、今までの鬱憤を晴らすかのように勢い良く弾け飛んでいく。

 

「――っ!?」

 

 実害こそ無かったが身体を突き抜ける圧倒的魔力に、エレナは堪らずへたり込んでしまう。


「どうだっ? これが本当の魔力の解放だ!」


 憎たらしい程のしたり顔で勝ち誇るヴォルフだっだが、エレナには応する余裕など、欠片も残されていなかった。


 言われるがままに魔力を解放したその結果、カリバにいる全ての憑依者を震撼させ、街を行く数多のゲタングが(すく)み上がり、石のように固まってしまった事を本人は知る由もない。



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