閑話 妖精の憑依者 後編
レミンはその後すぐに、疲れたと言って魔力体を消して、体内で眠りについてしまった。
レミンを助ける事が出来た嬉しさでいっぱいで、あたしは肝心な事を聞き忘れていたことに遅れて気付く。
「なんであんなにボロボロだったのか聞いてなかった……」
これからはずっと一緒なんだし明日聞けば良いや、と開き直ってあたしもベッドに横になる。
いつもはなかなか寝付けないのに、不思議なほどすんなりと眠りに着くことが出来た。
そして翌朝、血相を変えたお父さんに叩き起こされるまで、一度も起きることはなかった。
「エレナ! 起きなさい! エレナっ!」
揺さぶり起こされ、寝ぼけた頭で見たお父さんの表情は、今までに見たこともない位焦燥感に満ちていた。
「お父さん? どうしたの……?」
「良いからこっちに来なさい!」
普段とあまりにも違うお父さんの態度に、一瞬で意識が覚醒したあたしは、思案を巡らせる。レミンの事は言わなきゃわからない筈だし、勝手に使ってしまった魔石の事を怒ってるんだなと当たりを付ける。
「そこに座りなさい」
「はい」
あたしに椅子に座るように指示すると、お父さんは反対側の椅子に座り、青い瞳が私を鋭く捉える。
「父さんがなんで怒ってるかわかるか?」
「わかんない……」
もし魔石の事が勘違いで、余計な事を言ってレミンの事がバレたら大変だから、とりあえずわからない振りをする。
「父さんは妖精にはもう会うなと言ったはずだっ!」
「――っ! あ、会ってないよ……」
怒鳴り声を上げたお父さんにもびっくりしたけど、いきなりレミンの話をされると思ってなかったから、声が上擦ってしまった。
「じゃあその髪の毛はなんなんだ……」
「えっ?」
怒りに震えた声で言われて、自分の髪の毛を指で掬って見てみる。すると、あたしの髪の毛は赤く染まっていた。
「なにこれ……」
「寝ているときは分からなかったが、瞳の色も赤く変わっている、それでも会ってないと、しらを切るのか?」
「嘘……」
あたしはお父さんと同じ金髪で青い瞳だった筈だ。
レミンが憑依したことであたしにも変化が出たって事だろう。それしか考えられない。
もうお父さんに隠すのは無理だと諦めて、包み隠さず全てを話すことにした。
叩かれるのも覚悟していたけど、お父さんは泣いた。泣いてるお父さんは初めて見た。でもあたしは、ごめんなさいと言えなかった……
「父さんがエレナを寂しくさせなければ、こんな事にならなかったな……ごめん」
何故かお父さんに謝られた。
レミンは友達なのに、とっても優しいのに……あたしには何がいけない事なのかどうしてもわからなかった。
話が終わって、お父さんはふらふらとしながら部屋から出ようと扉を開けるけど、急に立ち止まる。
「おい、聞こえてるんだろ? そのまま死んでおけば良かったものを、エレナの優しさに漬け込んで、図々しく取り憑きやがって……いつか絶対に引き剥がしてやるからな、覚悟しておけよ!」
お父さんは背中を向けたままレミンの悪口を言って、音が鳴るくらい勢い良く扉を閉める。
悔しくて涙が出てくる。レミンの事なにも知らないのに、あたしの大事な友達なのに。なんで勝手に悪者って決めつけるんだろう。
「レミン……ごめんね……」
「んーん。レミンもごめんね……レミンのせいでおとーさん怒ってたね……」
姿を現したレミンは珍しく落ち込んだ表情をしていた。
「レミンは悪くないっ! 分からず屋なお父さんが悪いのよっ」
「…………」
レミンは俯くだけで返事をすることはなかった。
レミンにこんな風な顔をさせたお父さんに、怒りがこみ上げてくる。レミンは悪くないのに!
「いつか絶対、お父さんに認めさせてみせる! それでレミンにちゃんと謝ってもらうんだから!」
「それは無理だよ……だって人間はレミン達の事なんて、魔物としか思ってないもん」
「なんでそんな事言うの? そう言えば昨日の怪我は何だったの?」
「んー……聞いたら元気なくなるよ?」
レミンは言いたく無さそうな雰囲気だった。でもあたしは、レミンがあんな目にあったのを、知らん振りなんて出来る筈なかった。
「聞かないともっと元気無くなっちゃうよ……」
あたしの言葉にレミンは少し悩んで、仕方ないなぁと言った風に話し出す。
「んー……レミンの友達が森で人間に見つかってー、追い掛けられててー、その子を助ける時に意地悪されたの」
あれは意地悪で済むようなものではなかった。実際にレミンは消えかけていたし、放っておけば間違い無く死んでいた。
「なんで追い掛けられたの……?」
「レミン達の羽はきちょーなんだって! 売ればお金がたーっくさんもらえるらしーよ!」
「そんな事の為に、レミンはあんな目にあったの……?」
「うん、人間に見つかるといーっつも意地悪されるよ。人間もレミン達のこと嫌いだけど、レミン達も人間はきらーい!」
前からレミンは人間が嫌いだと言っていた。でもまさか、こんな酷い理由だなんて思ってもみなかった。
あたしは決意する。レミンを、レミンの友達を、あたしが絶対に守る。
憑依者は魔物の魔力を使って凄い力が使えるって、前にお父さんが言っていた。
あたしが皆を守れるくらい強くなれば……そうすればレミンはこんなに悲しい顔をさせなくて済む。
「ねぇレミン……あたしに魔力の使い方を教えてほしいの」
「んー、すーっごく難しいよー?」
「それでもいいよ! レミン達を守る為なら何だってするよ」
こうして、あたしの日常は大きな変化を迎える。それと、変わったことはもう一つ。
今まで仲良くしていた友達は、皆よそよそしくなった。
レミンの事を悪く言う人は皆嫌いだ。
あたしからも話しかけることも自然と無くなっていく。
でも、それならまだ良い方で、道を歩いているだけで男の子達から石を投げつけられる事もあった。
「おい、半魔の化け物がきたぞー!」
「「「半魔っ! 半魔っ! 半魔っ!」」」
一人がそう言うと、周りの子達は笑いながら石を投げつけてくる。大人達も見て見ぬ振りだ。
最初は痛くて、怖くて、逃げ回っていたけど、魔力の扱いが上手く行くようになった頃には、石を全部受け止めて、逆に投げ返してやった。
それからは遠くで悪口を言うだけで、何かされるという事は無くなり、あたしは黙々と修行を続けていく。
村全体が敵みたいな状態で唯一、隣のおばあちゃんだけは違った。あたしの髪色を見ても嫌な顔もしないし、今まで通り優しく接してくれる。
疑問に思ったあたしはある日、恐る恐るおばあちゃんに聞いてみる。
「ねぇおばあちゃん、あたしが皆になんて言われてるか知ってる……?」
「そりゃあ、村中で噂されてるからねぇ……嫌でも耳に入ってくるよ」
おばあちゃんは知っていた。知っていて、変わらず接してくれていた。
「おばあちゃんは怖くないの……?」
「どんな風になろうと、エレナちゃんはエレナちゃんだからねぇ。それに、そのお友達は妖精だから確かに魔物かも知れないけど、悪い子じゃないっておばあちゃんは信じてるからさ」
「なんで……信じてくれるの……?」
「おばあちゃんもね、妖精とお話したことがあるのよ? おばあちゃんが小さい頃、森で迷子になってしまった事があってね、困って泣いていたら妖精が現れて、森の入口まで案内してくれたの」
「……あたしと同じだ」
「次の日にお礼に行きたかったんだけど、両親に怒られるのが怖くて行けなくてね……だから妖精とお友達になれたエレナちゃんが羨ましいわ」
レミンの事をわかってくれる人がこんなに側にいた。あたしは涙が出そうになるのをぐっと堪える。
「おばあちゃん、ありがとう……」
それ以上その場にいることは出来なくて、逃げるように家に帰ってきた。扉を閉めた途端に涙は堰を切ったように溢れ出す。
立っているのも辛くなって、扉の前で膝を抱え込んで、俯いたまま泣いた。
「レミンが中に入ってから、泣いてばっかりになっちゃったね……エレナ、ごめんね……」
いつの間にかレミンはあたしの肩の上にいて、同じ様に俯き、膝を抱え込んでいた。
「違うよ? 悔しくて泣いちゃう事もあるけど、今日は嬉しくて泣いていたの……レミンが、妖精は悪い魔物じゃないって、おばあちゃんがわかってくれてたの! あたし嬉しくて……」
「んー、悲しくないの? 痛くないの?」
「痛くないよ……心配してくれてありがとう。レミンは悪くなんてないんだからね?」
「レミン、エレナとお友達になれて、ほんっとーに嬉しい……ありがとうね、エレナ」
おばあちゃんという理解者を得たあたしは、それまで以上に集中して訓練に臨めるようになる。
一年が経とうとする頃には、魔力を体外に放出したまま維持出来るようになり、レミンとお揃いの魔力の羽が形成出来るようにまで成長していた。
縦横無尽に空を飛べるようになって、嬉しくてつい調子に乗って、墜落しそうになった事もある。その時は流石のレミンも怒っていたっけ。
村では異質さに磨きが掛かっていくあたしに対して、見て見ぬ振りに徹すると決めたようであたしはいないものとして扱われた。
一番問題なのはお父さんで、仕事から帰ってくるたびに怪しげな品を買ってきては、私に使おうとする。この間なんて『封魔の壷』なんて物を買ってきて、あたしに向けて何かぶつぶつ唱えていた。結果は言うまでもないけど……
妖精狩りなんてふざけた事をしようとする奴らは、片っ端から追い払った。訓練の甲斐もあって、一方的に事をすすめる事が出来るようになっていた。
そのお陰か、少しずつ妖精狩りに来る頻度が減っていって、あたしのしてきたことは無意味じゃなかったんだなって実感している。
***
「エレナー! 東の方からすーっごい魔力が近付いてきてるよー! どうするー?」
レミンに話し掛けられて、物思いに耽っていたあたしは、はっと現実に引き戻される。
外はもう薄暗くなり始めていた。随分と長い時間同じ体勢でいたせいか、身体が少し痛い。
「ふんっ。どうせこの間のお返しに来たんでしょっ。どんな奴が来たって、返り討ちにしてあげるわ」
家を出て、屋根づたいに村の東側に進んでいく。
もう何年も前から続けてるあたしの移動手段だ。最初は村の人達の顔を見たくなくて始めたのだけど、目的地まで一直線の快適さに今ではこの移動法の虜になっていた。
そう時間もかからずに、村の東端に辿り着く。
肉眼ではまだ見えないけれど、レミンの言う通り重圧な魔力をひしひしと感じる。
それはまるで、掛かって来いと、挑発されてるように感じた。
「どういうつもりで魔力をひけらかしてるのか知らないけれど、やってやろうじゃないの」
暫く見張っていると、そいつらは現れた。鳥型の魔物二匹に人間が二人、大きいのと小さいの。
両目に魔力を宿して確かめると、魔力の元は小さい方からだった。
「――嘘っ? あいつ憑依者じゃないの!」
自然と手に力が入る。手加減をして追い返そうなんて考えてたら、やられるかも知れない。
殺す気で行かなくちゃあの子達を守れない。あたしは覚悟を決めて、両腕に魔力を収縮していく。
『エアスラッシュ』
両の手の平に生まれた風の刃を、迫り来る小さい方へ向けて放つ。
これがまさか勘違いだなんて、あたしには知る由もない。




