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鬼の開拓者 ~最強の鬼を宿す少年~  作者: 大三元
一章 夢の始まり
19/73

閑話 妖精の憑依者 前編

 

 幼い頃からあたしは家では一人ぼっちだった。

 お母さんはあたしが産まれてすぐに、はやり病で死んでしまって、行商人をしているお父さんが、男手一つで奮闘したらしい。


 あたしが七歳になるまでは、自宅に店舗を構えて商売をしていてくれたのだけど、家の中で一人、お父さんの仕事が終わるのを待つ毎日。

 勝手が違うのか、売り上げはあまり良くなかったみたいで、お父さんは毎日難しい顔をしていたのが、酷く印象的だったのを覚えている。


 ある日、お父さんから真剣な表情で話があると呼び出された。


「エレナ、お父さん行商人に戻ろうと思うんだ……でも、危険な事がとても多いから、一緒には連れて行けない。良い子にお留守番出来るかな?」


 正直に言えば嫌だった。でも……子供ながらに

 それを言ってしまえば、お父さんを困らせる事になるのだけはわかった。だから……


「うん! 大丈夫っ、お留守番出来るよっ!」


「良い子だね。ありがとう」


 あたしの返事を聞いたお父さんはほっとしたような顔で、あたしの頭をぐしゃぐしゃってした後、優しく抱き締めてくれたっけ。


 それから暫くして、お父さんは行商に出て行った。あたしにとっての、試練の日々が始まる。


 日中はまだ良かった。お友達と遊んでいる間は一人じゃないから。日が暮れて、隣に住んでるおばあちゃんの家でご飯を一緒に食べて、そこからは一人……


 夜は心細くて、怖くて、なかなか眠れなかった。特に雨の日は、決まって雷が鳴るからとても憂鬱で、布団にくるまってひたすら朝が来ることを願っていたっけ。


 お父さんは十日に一度位のペースで帰って来て、二日経つとまた行商に出る。

 お父さんは帰ってくると必ず、謝りながらあたしを優しく抱き締めた後、色々なお土産を見せてくれたり、行商の話をしてくれた。


 大人になったら色んな所に行ってみたいって、思うようになったのはこの頃だった気がする。


 そんな毎日が暫く続いて、あたしは八歳を迎える。この時までは、まさか自分が今のようになるなんて思いもよらなかった。


 ある日、お友達が花冠を作っているのを目にして、あたしもお父さんに花冠を作ってあげたいと思った。

 そこであたしは、近くの森に花を積みに行く事にする。


 大人達は、危ないから行っちゃ駄目だって口をすっぱくして言っていたけど、あたしは思い立ったらじっと出来ない性格で、こっそり抜け出して森に入っていったんだ。


 でも、森の中にさえ入れば、どこにでも花が咲いているだろう、というあたしの浅はかな考えはすぐに打ち砕かれる。

 どこを見ても木……どこまで行っても木……気付けばあたしは帰り道さえわからなくなっていた。


「ここどこ……助けて、お父さん……」


 そんな事を口にしたと思う。

 けれど、お父さんが助けにくれる筈もなくて、あたしは泣きべそをかきながら闇雲に歩いていく。

 風で葉っぱが揺れる音に驚いて、自分で踏んだ木の枝の音に驚いて、あたしは後悔する。

 大人達の言うことを聞いておけば良かったと。


 それからも暫く歩いたのだけど、とうとう歩き疲れて、座り込みながら泣いていると突然、鈴を鳴らしたような声が聞こえてくる。


「どーしたのー? なんで泣いてるのー?」


 驚いて目を開けると、そこには両手で包み込めてしまえそうな位、小さな人がいた。

 でも、人と言うには顔立ちが端正過ぎて、背中には綺麗な羽が生えてて。


「あなたは、誰……?」


「んー? レミンはレミンだよー? 妖精だよー!」


「レミン……? よう、せい……?」


「そうだよー! どーして泣いてるのー? 痛いのー?」


 自己申告によると妖精で、レミンと言う名前の赤髪の少女は、あたしの目の前をふわふわと漂いながら、無邪気に尋ねてくる。


「お花を探してて、お家がわからなくなったの……」


「お花ー? こっちにあるよー!」


 そう言うとレミンは振り返りもせずに、宙に浮かんだまま進んで行ってしまう。あたしは、見失わないように着いていく。

 程なくしてレミンは急に立ち止まり、太陽のような笑顔を浮かべてあたしの方へ振り返る。


「じゃーん! すーっごいでしょー!」


「――わぁ……」


 息を呑むほどの光景に、思わず感嘆が漏れる。

 視界を埋め尽くすのは、この世に存在する色を網羅しているのではないかと、思いたくなるほどに見事で色鮮やかな花畑だった。


「ここだったんだぁ……」


 そして一際目を引くのは、先端が見えないほどに高く聳え立つ一本の木。

 バルネ村からも見えるそれは、ただ大きな木だとばかり思っていたけど、実際に近くで見てみると浅緑色にうっすらと光っていた。


「どーお? 元気出たー?」


「うんっ! ありがとう!」


「よかったー! ねーねー、お名前教えてー?」


「エレオノーラ、皆からはエレナって呼ばれてるの」


「エレナー! また遊びにくるー?」


「えっ、いいの……?」


「いいよー! レミンとエレナ、友達ー!」


 その日からあたしとレミンは友達になった。

 帰りはレミンが案内してくれて、なんとか帰る事が出来た。心配して捜してくれてた隣のおばあちゃんにたくさん怒られたけど、頭の中はレミンでいっぱいだった。


 それからは友達と遊ぶのも程々に、レミンと過ごす時間が圧倒的に増えていった。

 あたしは大人に見つからないようにこっそりと森に遊びに出掛ける。

 レミンは森に入るとすぐに迎えに来てくれて、いつもの花畑でお喋りをする。

 楽しい時間はあっという間で、気付けばもう帰らなくてはいけない時間になっていた。


「はぁ……このまま夜にならなきゃいいのになぁ……家に帰っても誰もいないし……」


 そんな事を口にした夜、いつものように家に一人でいると突然、部屋の窓を軽く叩かれる。


「――っ誰!?」


 慌てて音のする方を目を向けると、窓の向こうには見知ったら大好きな影。


「へへーん、あっそびにきったよー!」


「――レミンっ!」


 あたしは勢い良く窓を開けると、レミンを迎え入れる。


「もー寂しくない?」


「うんっ! ありがとう……」


 それからレミンは頻繁に家に遊びに来てくれるようになった。


 レミンが家に来るようになってから少しして、お父さんにもレミンを会わせたくて、行商から帰ってきた時に話をしてみる。


「ねぇお父さん、あたしのお友達に会ってほしいの」


「エレナの友達かい? なら父さんも会ってみたいなぁ」


「本当にっ? レミンって言ってね、小さくて可愛くてとーっても優しい妖精なの!」


 そう言った途端、父さんは目の色を変えてあたしの両肩を掴む。


「エレナ、今の話が本当なら、もう妖精に会ってはいけない。絶対だ」


「えっ? なんでよ! 意味分からない!」


「見た目に惑わせてはいけない。妖精というのは魔物だ。とにかく、もう妖精に会うのは禁止だ、良いね!」


 父さんはあたしの返事も聞かずに一方的に話を終わらせる。

 納得なんて出来ないし、素直に言うことを聞ける訳もなかった。レミンを――あたしの友達を、あんな風に言うなんて……


 それからお父さんにはレミンの話はいっさいせず、聞かれても会ってないと嘘を吐いた。


 レミンに相談したこともある。


「ねぇレミン、なんで父さんはレミンに会ってはいけないって言うのかな?」


「んーわかんない、レミンが妖精だからかなー? 人間はレミン達に意地悪するから嫌い! でも、エレナは好きー!」


「あたしも好きよ、レミン」


 結局、答えは出なかったけど、あたしにとってレミンは掛け替えのない友達だと言うことは間違いない。


 レミンと出会ってから一年が経ち、あたしは九歳になっていた。


 夜、今日はレミン来ないのかな、なんて思っていると普段とは違った音がなる。

 窓の方を見てもレミンはいなくて、不思議に思ったあたしは窓に開けて辺りを見回すが、見つからない。下の方から、小さな息遣いか聞こえてきて、恐る恐る頭を下げると。


「――嘘っ? レミンっ!!」


 窓の下には羽を破かれ、血だらけになったレミンが倒れていた。

 あたしは窓から外に飛び出ると慌ててレミンをすくい上げる。


「レミンっ! 何があったのっ!?」


「エレナにお別れを言わなくちゃ……」


 レミンはあたしの手の中で、今にも消え入りそうな声で、あたしの大好きな笑顔で、残酷な事を告げる。


「やだよ……お別れなんてしたくないよぉ……」


「もー、しかたないなぁ……」


 レミンは破れた羽で危なげに浮かび上がると、あたしの額にキスをすると、力無くあたしの手の中に舞い戻る。


「へへ……元気でたぁ?」


 自然と涙が溢れ出る。この小さな妖精はあたしを元気付ける為に、瀕死の状態で力を振り絞ってわざわざ飛び上がったのだ。


「嫌よ……絶対に、死なせないから……お別れなんて許さないんだからっ!」


 あたしはどうにかならないかを必死に考える。

 このままだとレミンが死んでしまうのは、明らかだった。誰かに助けを求める? お父さんの反応を見た限り、他の人も当てには出来ない。


 ふと、随分前に聞いたお父さんとの話が頭を過る。


「こないだ、お父さんの商隊を護衛してくれた人の中には、魔物を体内に宿した憑依者って呼ばれる人もいたんだ。魔力を使って戦うんだけど、本当にでたらめな強さだったよ」


 当時はあまり興味がなかったから、詳しく聞かなかった事を後悔する。でも、残された手はこれしかないと思った。


「ねぇレミン、憑依者ってわかる? そうすれば、レミンが助かるかも!」


「おとーさんに怒られちゃうよ……?」


「怒られたって良いもんっ! レミンが居なくなるのは嫌なのっ!」


「……うーん、うまくいくわかんないけど、やってみる?」


「――っ! なんでも良いから早くやろうよ! レミン、消えちゃいそうだよ……」


 話をしてる内に、レミンは少しずつ透明になっていた。あたしは焦る気持ちを抑えられなくて、つい大きい声を出してしまう。


「でも、魔石がないと魔力足りないかも……」


「魔石ならあるよっ! 置いてある場所知ってる!」


 お父さんが前もって仕入れてある魔石が家の中にあることを、私は知っていた。

 大事な商品なのはわかるけど、背に腹は代えられない。あたしは木箱の中から一番大きい魔石を取り出す。


「エレナ……ほんとーに良いの……?」


「当たり前でしょ! レミンが生きててくれるなら、なんだって出来るもん!」


「えへへ……エレナありがとう。レミンと魔石をぎゅーって抱きしめて?」


 レミンの言う通りにレミンと魔石を抱え込むように抱きしめる。


「これでいいの……?」


「うん! じゃあやるよ……」


「うん! いつでもいいよっ!」


『――ソウルポゼッションッ』


 レミンがそう唱えると魔石が光り出して、続けてレミンも光り始める。あの花畑にある木と同じ、浅緑色の光に包まれて、あたしの視界は一色に染まる。


「――っ! レミンっ!」


 腕の中からレミンの感触が消えた事に、あたしは騒然として大声をあげる。

 発光が弱まって視界がゆっくり戻り始めると、やはり腕の中からレミンはいなくなっていた……


「うっ……」


 なんの前触れもなく突然、物凄い目眩に襲われ立っていることも出来なくなった。心臓は激しく脈打ち、息も苦しい。

 声を出すことも出来ず、目を閉じていても頭はぐるぐると回っていて、レミンを捜すことも出来ない。


 どの位の時間座り込んでいたのだろう。始まりと同様に終わりも突然で、いきなり、すっと、症状は治まった。


「レミン……」


「はーい! レミンだよー!」


「えっ!? レミン、どこにいるのっ?」


 直接頭の中に響いて来たレミンの声にびっくりして、色々な所を見回すけど見つからない。


「んーソウルポゼッションが成功してー、エレナの中に取り込まれたのかなー? よくわかんなーい!」


「もう会えないのかな……? でも、またレミンの元気な声が聞けてよかった……」


 今度は安心から涙が溢れ出してくる。目に力を入れてぐっと堪えてみるけれど、全然止まる気配なんてなかった。


「もー泣かないのー! んむーーっ!」


 レミンは唐突に、唸ると言うか、力を込めるような声を出し始めると、あたしのお腹の辺りが光始める。


「なに、やってるの……?」


「んー……ちょっと待っててー!」


 レミンが力を込めれば込めるほど光は強くなって、それで……


「やったー! 出れたよー!」


 あたしの目の前にはレミンがいた。体の中から出てきたと言うよりは、そこに現れたと言った方が正しいと思う。


「レミンっ! もう会えないのかと思ってた……良かった、これで今まで通り一緒にいれるねっ!」


「んー、すこーし違うかも……レミンがエレナの中にいるのは変わらない、のかな? 今のレミンは同じレミンだけどー、もう一人のレミンって感じかなー?」


「うーん……全然わからないよ……?」


「こっちはー魔力のレミン! 外に出れないレミンの代わりに出てきたんだよー! だからーエレナからあんまり離れると消えちゃうの。ほら……」


 そう言ってゆっくりと後ろに下がっていくレミンは、段々と色が透明になっていって先程の記憶が蘇る。


「――いやっ! やめてっ!!」


 目を瞑って悲鳴を上げるあたしの頬に柔らかい感触が伝わり、目を開けてみるとあたしの大好きな笑顔が目の前にあった。


「だいじょーぶ! これからはずーっと一緒だよー?」


「もう……驚かさないでよ……」


 ふてくされた顔をして文句を言うと、レミンはあたしの額にそっとキスをする。

 そして、だらけた笑顔でこう言うのだ。


「えへへ、元気でたぁ?」


「もうっ……レミン大好きっ!」


「レミンもエレナだーいすきっ!」


 

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