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鬼の開拓者 ~最強の鬼を宿す少年~  作者: 大三元
一章 夢の始まり
16/73

固有魔質


 セノア村を発った一行は、特筆して何かが起きることも無く黙々と歩を進め、午前中の早い時間にはニルズ村を通過した。


 さらに時は進み、太陽が南中を回り西へと傾いた頃。

 休憩を兼ねたゲタング達の水分補給の為、街道から林道に逸れると、ガンズの記憶を頼りに池を探すことになった。


「確か、この辺りだったと思うんだが……」


 ガンズは唸りながら首を忙しなく動かし、目的地である池を探す。すると突然、小さく声を上げ立ち止まる。


「おっ――」


 後続のジードが何事かと確認すると、ガンズの視線は茂みの向こう側を歩いている猪を捉えていた。


「丁度良い、腹も減ってきた頃だ」


 ガンズは思い付いたように呟くと、腰に差したダガーを引き抜いた。

 その青みがかった白い刀身からは冷気を放っており、引き抜いた瞬間から空気中に含まれる水分を凍り付かせている。

 細かい氷の結晶が太陽によって反射する光景は、酷く幻想的だ。


「――ガンズさん! それなんだっ? すげぇ格好いい……」


「まぁ、良いから見てろ」


 見たことのない武器に目を輝かせるジードに、ガンズは不敵に笑うだけで説明はしない。


「――」


 猪は餌を探しているようで、鼻を地面に擦り付けるように歩いている。まだ、こちらには気付いておらず、距離にして三十メートルと言ったところだろうか。


「ふんっ!」


 ガンズはダガーを振りかぶると、猪目掛けて躊躇(ためら)いなく投擲する。

 放たれたダガーは、勢い良く回転しながら一直線に猪へと向かっていく。


「――!」


 風切り音に気付いた猪は、勢いよく顔を上げるが時既に遅し、ダガーは猪の左前脚に突き刺さる。


 猪は甲高い悲鳴を上げ、走り出そうとするが、ダガーの突き刺さった箇所からすぐさま凍結が始まり、上手く一歩を踏み込めずに体制を崩した。


「――――」


 それでも猪は、懸命に起き上がろうとするが奮闘むなしく、あれよあれよと言う間に凍結は広がる。気付けば猪の氷付けが出来上がっていた。


「本当は脳天に一撃、格好良いところを見せたかったんだが、そう上手くはいかないもんだな」


 本来、三十メートルも先の標的に、ダガーを命中させるだけでも充分な技術な筈なのだが、ジードの方を見ながら恥ずかしそうに頬を掻いた。


「なぁガンズさん! さっきの武器は魔法なのかっ?」


 しかしジードは、ガンズの使った武器に心奪われており、ガンズの台詞など聞こえていなかったようだ。


「……魔法じゃない。氷竜の魔力を混ぜて作らせた属性武器だ」


 期待通りの反応が得られなかった為か、ガンズは面白くなさそうに答えると、足早に猪の元へと向かっていく。

 

「これが前に言ってた属性武器ってやつか! 全然見せてくれないから、嘘かと思ってたぞ。――ってか、氷竜って事は大遠征の時に倒したって魔物だろ? うわー、なんか興奮してきたっ!!」


 俯き加減で前を歩くガンズとは対象的に、ジードは興奮は鰻登りに高まっているようで。


「お前に見せようもんなら、顔を合わせる度に貸せ貸せ言われそうだからな」


「うっ――否定出来ない自分が怖い……でも、何で今になって見せてくれたんだ?」


「なんでって、父さんのダガーを貰っただろ?」


「えっ、あ、うん……」


 言葉の意図が掴めず、呆気にとられた顔をしているジードを見かね、ガンズはやれやれと肩を竦めると歩調を弱め説明を始めた。


「何も聞かされてなかったのか……良いか? お前の持ってるダガーは只のダガーじゃない。特殊な鉱石を練り込んで造られた物で、一種類だけ魔力を取り込む事が出来る」


「ほえー……じゃあさっきのやつも?」


「ああ、そうだ。倒した魔物の素材から魔力を摘出するか、魔石屋で自分好みの魔質を魔石を選んで、ダガー(それ)に吸収させれば属性武器になる。俺の場合は氷竜だから、固有魔質は氷結(ひょうけつ)と言う訳だな。ま、何にせよカリバに着いてからになるけどな」


「……そうだったのかてっきり普通のダガーだと思ってたよ」


 ジードはダガーを引き抜くと、普通の刃物と変わりないその刀身をまじまじと見つめる。


「これに魔力を吸収させるのか――」


『なぁヴォルフ、相談しないって昨日言ったけどこれだけは頼む……ガンズさんはああ言ってるけど、カリバまでなんて待ってられない。なんか方法ってないか?』


『ふん、簡単な事だ。それが魔力を吸収するのならばくれてやれば良い。』


『そっか、そういやそうだよな! ありがとうっ!』


 思わぬ所から振って沸いた属性武器に浮かれているジードは、ヴォルフの魔質について確認する事もなく魔力の捻出を始める。

 

 朝の訓練のお陰か、瞬く間に魔力は右手へと集まっていき、その手に収まるダガーまでか紅く光を纏っていく。


「あれ……?」


 右手に集めた魔力はヴォルフの言う通り、圧縮する間もなくダガーに吸い込まれていき、捻り出した分の全てを吸い終えてしまった。


 しかし魔力が足りなかったのか、何か変化が起きる事もなく只のダガーのままで。

 それならばと、ジードは更に魔力を捻り出していく。そして――、


「そうだ。但し、吸収させられるのは一度きりだ。当時は俺も随分と悩んだものだよ。ま、お前も慎重に選べぇぇぇぇえっ!?」


 ジードがそんな事をしているとは(つゆ)知らず、説明を続けていたガンズはふと後ろを振り返った。そしてまさかの事態に目を剥き、絶叫を上げた。

 

 ガンズが気付いた時には既に手遅れで、魔力の吸収――否、魔力の注入を終える寸前だった。そして間もなく、ダガーは強い光を放つ。


 強烈な紅い光が辺りを覆い尽くし数瞬。

 目を開くとそこには、毒々しい程の紅に刀身を染めたダガーが日の光を浴びて妖しく輝いていた。


「なっ――」


「よし、出来たっ! どれどれ――?」


 言葉を失うガンズを尻目に、ジードはあっけらかんとした様子でダガーの具合を確認し始めた。


「――ままま、待てっ!!」


「え? なんでだよ?」


 稀に見るガンズの必死な慌て振りに、ジードは怪訝な顔をしながらもダガーを持つ手を下ろす。


「前にお前と同じ事をして、広範囲に爆発を引き起こした奴がいたんだ……」


「爆発……?」


「ああ……暫くの間、ベッドから離れられなかった……」


「「…………」」


 二人の間には何とも言えない空気が生まれ、沈黙が顔をみせる。

 ゲタング達はと言えば、本能的に危険を察知していたのか、いつの間にか二人から距離を取っていた。


「はあ――何故お前はいつもそう考えなしなんだ……今言った爆発も然り、必ずしも役に立つ属性だとは限らない。ましてや、鬼の魔力だぞ? お前の父さんが悩みに悩んで、最後まで決められずにいたものをそんなにあっさりと……」


「ご、ごめん――ヴォルフに固有魔質ってのがどんなのか聞いてみるよ……」


 頭を抱え込んでしまったガンズに、流石のジーも焦りを覚えたのか、慌てた様子でヴォルフへ念話を送る。


『何度も悪い、ヴォルフの固有魔質ってのを教えてくれっ!』


『断る。自分で確かめてみろ。まあ、氷結程度で興奮している貴様では、オレの魔質を扱いきれるとは到底思えんがな』


『なあ、勘弁してくれよ……不安になるだろ……?』


 ジードの嘆きに対し、ヴォルフからは返事の代わりに含み笑いが届いた。

 

「ガンズさん、ヴォルフが自分で確かめろって……」


「そうか……兎に角だ。被害が少なくて済むように、なるべく何も無い所にするぞ。丁度、探してた池の周りには何もなかった筈だ」


 ガンズはそう言うと、猪の方へ向かっていく。


 一行の差し当たっての目的は、池の発見に加え、ダガーの性能を試す場所の確保も追加される事となったのだ。


「これを捌くのは、目的地に着いてからにしよう」


 ガンズは、猪の元に辿り着くと氷結のダガーを回収する。そして、凍り付いている猪の後ろ脚を掴んで、持ち前の怪力で一気に引き上げると、雄のゲタングの木箱の中に押し込む。

 既に巨大熊(魔物もどき)の頭部も入っている木箱は、かなりの重量になる筈なのだが、動じた様子もなくけろっとしている。


 一行が探索を再開してからほんのしばらく経過した頃、目的地である池を発見する。


「あったぞ! あそこだっ」


 ガンズの視線を辿ってジードもそちらに目をやると、その先には直径にして五十メートル程の、特に何の変哲もない池があった。

 ここに辿り着くまでの目印があったわけでもなく、印象に残るような物がある訳でもない池を見て、ジードは純粋な疑問を抱く。


「なぁガンズさん、なんでこんな所知ってるんだ? 街道沿いって訳でもないし、近くに何かがあった訳でもないだろ?」


「あぁそうか、お前には魔物の話ばかりで、ここの話をした事はなかったな……話すと長くなるから簡潔にな。ここはかつて、俺達が開拓した地域だ。当時はここまで結界が無くてな……この辺りは隅から隅まで隈無く探索したから、大まかな地図は頭に残っているんだ。まぁ、詳しい話はまた今度だ」


 ガンズがジードに説明した後、過去に思いを馳せる。その表情はとても穏やかで優しいものだ。


「なんだよそれっ! 凄く気になる言い方だな……」


「大した話じゃない。今は他に優先すべき事があるだけだ」


 ガンズはゲタング達を座らせると、木箱と胴体を結んでいた縄を解き、二匹を解放する。

 自由になった二匹はおもむろに水辺に近付き、軽く水を飲むと寄り添い合うように座り込む。


「よし、少し休ませてる間に、ぱぱっと飯でも作るか」


「俺もやるよ! 何を手伝えば良い?」


「いや、すぐに終わるから大丈夫だ。お前も少し休憩してると良い」


 ガンズはジードに休憩を促すと、辺りに転がっている石で、手早く簡易的な釜戸を作り、適当な枝を見繕って簡易釜戸の中に放り込む。


「おし、後は火を着けるだけだな」


 ジードに向けて言っている訳ではないようで、独り言ちると右手を水平に突き出す。

 その仕草はどことなく、ジードが初めての魔力の訓練をした時に似ている。数瞬の間があって、ガンズは魔法を唱える。


「ファイアボールッ」


 そう唱えたガンズの手元には、球体状に圧縮された火炎が形成される。大きさで言えば、成人男性の握り拳分程度である。

 

 ガンズは火球を直接握っているように見えるが、実際には僅かに手の平から浮いているそれを、釜戸目掛けて下手でそっと放り投げる。

球体状を保っていた火炎は、着弾と同時に燃え盛る炎へと様変わりする。

 

「おぉ……あんな魔法もあるのか」


『どうだ? 今の貴様が同じように魔術を行使しようとすれば、どちらが早く発動出来る』


『んー、多分だけど――俺の方が早い、かな』


『百聞は一見に如かずとは、まさにこの事だろうな。一度魔法を見ておけば、自分が魔術として行使する際に、想像が容易になる。これに限らず、よく見ておけよ』


『あぁ、わかった。それにしても熱くないのか? あれ……』


『あれは熱を火炎諸共、魔力の膜で覆っていた。故に球体状である限り、熱さを感じる事はないだろうよ』


『やっぱり魔力ってのは色々と凄いんだな……ありがとう、助かるよ』


『別に礼などいらん。貴様が弱く見識が無いままではオレが困るからな。仕方なしに教えているだけだ』


 ヴォルフはいつの間にか、ジードに好意的になっている事に気付いてはいたが、協力関係にあるからだと、自分に言い聞かせていた。

 そんなヴォルフに慣れてきたジードは、それ以上何も言うことなく、念話を終わらせる。


 ふと気付けば、ガンズが猪を木箱から取り出しているところだった。

 取り出した猪の氷付けを、大きな丸岩の上に無造作に置くと、再び氷結のダガーを取り出す。

 ジードは何をするのか、興味津々な様子でじっと見ていた。ガンズは取り出したダガーの腹で氷付けの猪を軽く叩くと、氷は一瞬で砕け散る。


「うぉっ――!?」


 剰りに予想外の出来事にジードは思わず声を漏らす。それを耳敏く聞きつけたガンズは、したり顔でジードに告げる。


「どうだ? 凄いだろっ」


「あぁ、凄い。驚いたよ……」


 その武器が、と言わないのはジードの優しさだ。


 ガンズはその後、慣れた様子で血抜きを施し、肛門から口まで太い棒を貫通させると、あっと言う間に猪の丸焼きを始める。


「す、すげぇ……」


 その見事な手際に、今度こそ本気でガンズを讃えるジードだった。



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