表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
15/73

序章十五話 『二度目の旅立ち』


 ジード、ガンズ、ルドルフの三人がサラを騙しぬくと決めたその日。

 結局、サラは三人の会話を聞いていた事などおくびにも出さず、極めて気丈に振る舞った。


 最大の懸念であった、自宅での親子水入らずの時間ですら他愛の無い話ばかりで、件の話には触れることは一切無かった。


 徹底して普段通りを装っている母の様子に、却ってジードの方が心配になり、それとなく話を振ってみたりもしたのだが、「談合があるから」と、逆に逃げられてしまった程である。


 ぽつんと一人自宅に取り残され、手持ち無沙汰となってしまったジードは、二日ぶりの自室でベッドに突っ伏していた。


 そこへヴォルフからの念話が届く――。



『人間とは随分と不器用な生き物なのだな』


『ん? どうゆう意味だよ?』


『言葉の通りだ。お互いを尊重し合っているのはよくわかる。だが、気を遣い過ぎるが故に却ってややこしくなっている。それを貴様等人間は良しとするのかも知れんが、オレからすればただ焦れったいだけだ』


『あのさ、余計意味がわからなくなってきたんだけど……もっとわかりやすく頼むよ』


 ジードは、ヴォルフの的を得ない話振りに焦れったさを感じているようで、指の腹で額を小刻みにと小突きながら核心を促す。


『貴様も薄々勘付いているのではないのか? 貴様の母親が話を聞いていた事を』


『――っ。はあ、やっぱりそうか……気を遣ってるつもりが、逆に気を遣われてたんだな――って、気付いてたんなら教えてくれよ!?』


『なに、なかなかに興味深い展開だったものでな』


 まるで悪びれず、平然と言ってのけるヴォルフに、ジードは続く言葉を失うと大きな溜め息を吐いた。


「……もういいよ。明日ガンズさんにもその事を話す。そんで、黙ってた事、母さんに謝るよ」


『貴様の母親は貴様等の意を汲み、素知らぬ顔で接していたのだぞ? それをわざわざ水を差すような真似はやめておけ。貴様一人が胸に秘めておけば、それでうまくいく事だろうが』


「ああそうかよ……もう寝るわ」


『待て、もう一つだ。明日からはあの男と同行するのだろう? であれば、極力オレに相談をするのは控えるようにしろ。貴様は何かとオレに頼ろうとするきらいがある。オレの力を満足に使えるようになる為にも、心身共に成長してもらわねばならぬからな』


『はいはい、わかったわかった! 好きにすれば良いだろ! 俺は寝るっ!!』


 ジードはベッド上に置いてあったシーツを乱暴に手に取ると、頭からすっぽりと被ってしまった。


 彼とて、ヴォルフの主張は十二分に理解出来ている筈だ。

 理解こそ出来ていたが、ままならない気持ちをどうすることも出来ず、不貞寝という手段に出たのだろう。


 対するヴォルフもそれ以上言葉を続ける事はなく、静かに時間が流れていく。


「――――」


 程なくして規則正しい寝息が聞こえてくる。

 ジードが本当に寝るつもりだったかは定かではないが、彼自身が思うよりも身体は睡眠を欲していたようで、翌朝まで目を覚ます事はなかった。


 そして、夜が明ける――。


 ***


 翌朝。

 窓からはじんわりと光が差し込み始め、室内は見渡せる程度に明るくなっていた。


 少し前から目覚めていたジードは、朝日の訪れと共にベッドから起き上がり行動を開始する。


「――――」


 まずは身体の確認からだ。

 昨日はまるで使い物にならなかった身体だが、半日以上寝ていたと言う事もあり、日常生活に支障がない程度には回復していた。


「おっ、動く動く――」


 真っ先に着替えを済ませたジードは、嬉々として腕を回したり、屈伸したり、跳躍したりと、準備運動さながらの動きを存分に行うと、満足げに呟いた。


「後は魔力だけど……これも――よし!」


 きりりと表情を引き締めたジードは、掌に魔力を圧縮していく。じきに掌は紅い光を帯び始める。これにより、魔力の制御も正常に行える事が証明されたのだった。


 それから暫く――。

 ジードは魔力制御の感覚を取り戻すべく、様々な箇所へ魔力を圧縮していると、唐突に部屋の扉が小気味良く叩かれ、ジードは思わず身を震わせた。


「――っ!」 


「ジード? 起きているの? 物音が聞こえたけど……」


 間もなく、サラの声が扉越しに届く。


 魔力の圧縮に集中し過ぎていた為、足音に気付けなかったのだろう。母の声を確認したジードは安堵の息を漏らすと指先の魔力を霧散させ、おもむろに扉へと近付いていく。


「ごめん。もしかして起こしちゃった?」


「いいえ、もう起きる時間だったから。それよりも、随分と起きるの早いのね。もっと前からこんなに早起きしてくれれば、母さん困らなかったのになぁ」


 悪戯っぽく細めた横目でジードを見つめるサラは、本当は何も聞いていないんじゃないか、と思える程に普段通りで。


「ごめん……」


 果たしてそれは(・・・)、何に対してなのか――。

 ジードは謝罪の言葉を漏らすと、堪らず唇をきつく噛んだ。

 真実を知ってしまった今、母のその気丈さが余計に痛々しく感じてしまうのだろう。


「もうっ、冗談よ、冗談。――そうだ。せっかく起きてるんだし、少し早いけど朝ご飯にしよっか?」


 ジードの沈んだ様子を察してか、サラは早々に話を切り替える。


 母が素知らぬ振りをすると決めた以上、ジードとてそうするより他ない。それこそ正に、昨晩のヴォルフの言う通りだ。

 故にジードもまた、自身の気持ちを押し殺し気丈に振る舞う事となる。


「うん。そうしようかな。実は俺、腹ペコだったんだよね!」


「ふふ、じゃあすぐに作っちゃうから、少しだけ待っててね?」 


 これ見よがしに腹をさするジードを見たサラは、早速キッチンへと向かい支度を始める。


「――」


 料理を始めてからは特に会話を交える事もなく、室内には食材を刻む音や、お湯の煮立つ音、油の弾ける音等、心地の良い音ばかりが響く。


 ジードはと言えば、自分の椅子(定位置)に腰を下ろし、食事が出来るまでの間、母の後ろ姿を追い掛けては、時折涙を滲ませていた。


 ***


「はい、お待たせ。冷めない内に食べましょう?」


 手早く料理を並べ終えたサラは、自らも椅子に腰を下ろす。


「「――いただきます」」


 食事中の会話は、ニルズ村のミランダとの出来事など、他愛のないものばかり。

 実際のところ、腫れ物に触れないようにすれば、それぐらいしか無かったとも言えるのだが。


 ジードはやはり、どこかぎこちなさが否めなかったが、サラがそれとなく話の梶を取っていた事で、どうにか食事は恙が無く進んでいった。


 そして、やがて食事も終わろうかという頃。玄関の扉がコツコツと二度、軽く叩かれた。


「――はぁーい。いま行きまーす!」


 最後の一口を口に運ぶところだったサラは、慌ててそれを食べ終えると、来客に対応しようと席を立った。

 居たたまれない思いに包まれていたジードは、誰が鳴らしたとも知れぬその音にさぞ救われた事だろう。


「こんな早くに誰かしら……」


 サラは相手には聞こえぬ声でそう呟くと、扉へと近付いていく。

 そして、扉を開けるとそこには、開拓者の衣装に身を包むガンズがいた。


「よお、朝早くからすまっ――」


 爬虫類の鱗で誂えられた、青白い鎧を着込むガンズは、いつもより数段男前に見える筈なのだが、彼は面食らった様子でいた。


 だがそれも仕方のない事だろう。何せ昨日、極力接するなと口を酸っぱくして言い聞かせておいた筈のジードが、呑気に食卓を囲っていたのだから。


「……? おはようございます。もう食事が終わるところなので、少しだけ待って下さいね?」


「あ、ああ。すまない……熊の死骸が腐る前に、なるべく早くカリバに着きたくてな……」


 きょとんとした様子のサラに、ガンズは尤もな理由を説明するが、ジードがボロをだす前に引き離す為の口実である。

 そもそも、巨大熊(魔物もどき)の死骸は、鬼との戦闘の際にも使ったダガーによって凍らせてあるので腐ることはない。


「そうでしたか――」


 するとサラは、用件をジードに伝えようと振り返る。


「ジード。ガンズさんがそろそろ向かうって仰ってるわよ」


 その隙に、ガンズは顔や身振り手振りを用いてジードに無言の抗議をする。しかし彼には上手く伝わらないようで、訝しげに眉を寄せるばかり。


「うん、聞こえてたから大丈夫だよ。――ごちそうさま! 準備してくるっ」


 ジードはガンズにも聞こえるような大きい声でそう言うと、自室に入っていく。


 荷物は既に机の上に準備してあり、鞄の千切れた肩紐は、修理されていたのを事前に確認済みだ。

 すると荷物らしい荷物はこれといって無い為、準備は鞄を肩に掛けるだけで終わってしまうのだった。


「よしっ……!」


 部屋をぐるりと見渡すと、自らの両頬を景気良くはたき、決意新たに部屋を後にする。


「お待たせっ!」


 既に玄関の外まで出ていたガンズとサラに続くように、ジードも外へ。


「お、随分早いな。準備はもう良いのか?」


「元々、大した荷物を持ってた訳じゃないからな」


 ガンズの問い掛けに、ジードは見せ付けるように鞄を手で叩く。すると中身の入ってない鞄からは、ポフっと空気の抜けるような音が漏れ出した。


「そうか。よし、じゃあ行くか――」


「お気をつけて。ジードをよろしくお願いします」


 サラは両手を前で組み、深々と頭を下げた。

 

「ああ、任してくれ」


 力強く応じたガンズは、何やら含みのある顔で右の拳をぐいと突き出した。


「――っ。ふふ、任せました」


 それを見たサラは思わずはっと息を呑む。しかしやがて微笑みを浮かべると、差し出された拳へ己が拳を合わせる。

 何やらお互い見つめ合い、満足げに頷き合うと、どちらからとも無く腕を引いていく。


 その後サラは、ジードの方へと身体ごと向いて――、


「ジード? ガンズさんの言う事をよーく聞くのよ?」


「もう――わかってるって!」


 幼児(おさなご)に言い聞かせるような口調で語り掛けるサラは、人差し指を顔の横に立てながらジードの顔を覗き込む。

 ジードはいじけたような顔で答えるが、母は楽しそうに微笑むばかり。


「ふふふ。それじゃあ、いってらっしゃい――」


 そう口にすると、今度はサラから拳を突き出した。これまでに無いほどに満面の笑顔を添えて。

 

「――行って来ます……!」


 ジードも慣れた仕草で拳を突き合わせると、踵を返し歩き出すのだった。

 

「…………。いってらっしゃい……」


 段々と遠ざかっていく二人の背中を見送るサラは、遂に最後まで笑顔を絶やす事は無かった。


 姿が見えなくなった後も暫くその場に佇んでいた彼女だったが、次第にその表情には陰りが差し始め、やがて重い足取りで自宅へと引き返していく。


「――――」


 室内に入るととうとう限界を迎えたようで、その場で力無く座り込むと膝を抱え突っ伏し、堰を切ったように泣き出してしまった。


 それから暫くの間。一人だけとなった室内には、彼女の啜り泣く声が響き続けるのだった。


 ***


 サラとの別れ後、村の入口付近まで歩いて来たジードの眼前には、凶悪な風貌を持つ走鳥類型の魔物が二匹、鋭い視線を向けたまま待ち構えていた。

 近縁種をあげるならば、ヒクイドリが最も近いだろう。しかしこちらは魔物の為、輪に掛けて凶悪に見える。


「「――」」


「な、なんだよこいつら……」


 得体の知れぬ存在に見据えられ、ジードは警戒した様子で相手の出方を窺っていたが、それも杞憂に終わる。


 それらは、近付いて来た当初こそ視線を向けていたものの、じきに興味を失ったのかお互いの羽繕い(はづくろい)を始めたのだ。


「驚いたか? 昨日の内に手配しておいたんだ」


 したり顔を浮かべるガンズが手配したと言う、そんな彼らの背にはそれぞれ大きな木箱が括り付けられている。だが、重さをまるで感じさせない悠然とした佇まいは、なんとも頼もしいものだ。


「手配って、これ魔物だろっ!?」

 

「ああ、そうだ。こいつらはゲタングと言ってな、カリバでは最近頻繁に見るようになった魔物だ。本来は見たまんま凶暴なんだが、何故か番になった途端、毒気が抜かれたように大人しくなるのが特徴でな。今回はこいつらに、例の熊の死骸を運んで貰うことにした。とてもじゃないが俺達だけでは運べないからな」


 ゲタング――、そう呼ばれた二匹をよく見比べてみれば、確かに大きさや色合いだけでなく、顔つきや体つき、細部まで追っていけば違いは沢山ある。


 恐らく雄であろう大きい方の個体は、ガンズの更に上をいく身長を誇り、その翼長は四メートルに達するだろう。空よりも濃い群青色の羽毛が非常に華やかな雰囲気を放っている。

 もう一方の個体は、横に並ぶ個体よりも一回りほど小さく、こちらは夕闇のような青紫色の羽毛で妖艶な雰囲気だ。


 雌雄ともに共通しているのは、喉元から首にかけての燃えるような赤色をした肉垂(にくすい)と、頭部に盛り上がる(つの)のような形をした硬質のコブだ。


 光沢の無い黒色をした脚部は太く逞しく、走る事に特化しているのが一目に窺える。

 また、鋭利な鉤爪まで備わっており、脚を用いた殺傷力において右に出る種はいないのではないだろうか。


「本当に安全なのかよ……? ほら――片方が死んだら凶暴化、とかさ」


「いいや、それはない。俺が直接見た訳じゃないんだが、仮に片方が死んだ場合、残る一方ももれなく後追いするらしい。こいつらは馬よりも遥かに頑丈で体力もある。それに加えて道も選ばない事から、遠征時の荷運びの主流にもなっているんだ」


「へぇ、そうなんだ……でも、どうやって結界の中まで連れてくるんだよ? 魔物は例外なく弾かれるって言ってたのはガンズさんだろ?」


「ああ、その理由は――これだ」


 ガンズはゲタングに近寄ると、足首に装着されている金色のリングを指差す。


「このリングはな、結界を形成している魔力と同等の魔力を宿しているんだ。要するに、これさえ着けていれば、魔物と言えど結界を自由に通り抜ける事が可能となる訳だ」


「ほえー、そんなものがあるのか」


「ちなみに、お前も着けることになるからな?」


「はあ!? 何だよそれ!」


 素直に感嘆を漏らしていたところに告げられたまさかの内容に、ジードは意味がわからんとばかりに目を剥きガンズを睨み付ける。

 対するガンズは、肩を竦めると呆れを含んだ嘆息を一つ。


「何でって、鬼の魔力を宿してるんだぞ? 結界を通れる訳ないだろ?」


「……だからって魔物と同じ扱いなのかよ」


 ジードは不貞腐れた様子で呟くと、ゲタング達へと視線を移し盛大に溜め息を吐いた。

 しかし彼らは、お互いの羽繕いに夢中のようで、ジードの方など微塵も気に掛ける気配はない。


「仕方ないだろ? 結界は人だ魔物だ関係なしに、魔力に反応するんだ……それに元々、これはお前みたいな憑依者(ひょういしゃ)用に開発されたものだ。魔物に使ってるのは、あくまで応用だよ。――さっ、そんなことより早く出発するぞ。せっかく早い時間から行動してるんだ。今日はニルズ村は飛び越して、バルネ村まで直行するんだからな」


「ちぇっ、わかったよ……」


 ガンズはそこで話を切り上げると、両手を叩き合わせ乾いた音を響かせる。


「「――」」


 すると、お互いの羽繕いをしていたゲタング達はぴたりと動きを止め、四の黄色い瞳がガンズとジード達へと向けられる。


「おっ、よく躾られたゲタング達だな。よしよし――これから頼むぞ?」


「――っ。やっぱなんだかおっかねぇな……」


 ゲタングの首筋を撫で下ろし、スキンシップを図るガンズとは対照的に、その様子を心配そうに見つめているジード。


「あの鬼を見た後じゃ、ゲタングなんて随分と可愛らしく見えるよ俺は……」


 そんな彼に、ガンズは遠い目をして答える。一晩じゃそこらじゃ、トラウマは抜け切らなくて当然である。


「――さて、行くか……!!」


「――おうっ!」


 そんな苦い記憶を振り払うように、ガンズは一際大きく声を上げ、ゲタングの首筋をポンポンと二度叩く。


「「――!」」


 出発の合図を察したゲタングが、応じるかのように短く鳴き声を上げた。


 先頭を歩き出したガンズの後をジード、ゲタングので順で続いていく。

 なお、ゲタング二匹は並び合って歩いており、非常に幅を取っているがそれはご愛嬌だろう。


 かくして、ジードの二度目となる旅立ちは、無事幕を切ったのであった。



これにて序章は終了となり、続きましては一章となります。

お付き合いありがとうございました。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ