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序章十三話 『悲痛な覚悟』


「ほら、おっちゃん……そこまでにしてやってくれよ。これ以上はガンズさんが可哀相だろ?」


 ジードは馬鹿笑いを続けるルドルフに苦言を呈しつつも、視線はちらちらとガンズへと向かわせる。

 恐らく無意識なのだろうが、若干哀れみを含んだその視線も、ガンズの心を抉っているとは気付いていないのだろう。


「いやあ、だってよお。俺には呼び掛けられた(・・・・・・・・・・)覚えなど一切ない(・・・・・・・・)だぜ?――ぷふぅっ、くくくくく…………」


 ルドルフは涙の溜まった目尻を拭うと、ガンズの物真似をして自身の股をバシバシと叩く。ここぞとばかりにからかっているその仕草は、恨みでもあるのかと疑いたくなるほどだ。

 実際はそれが許される間柄だから行われているのだが、される方は堪ったものではない。


「――うるさいっ。ほっといてくれ」


 事実、ガンズは羞恥からか、バツの悪そうな表情のまま素っ気なく言い放つとそっぽを向いてしまった。

 まさかあれだけの啖呵を切っておいて、実は自分の酒癖が原因だったとあれば、穴があったらさぞ入りたい事だろう。なんなら、自ら穴を掘る事も辞さないのではないだろうか。



 だがしかし、それも悪い事ばかりではない。お陰で先程までの重苦しい雰囲気が一変。三人を取り巻く空気は幾分か穏やかなものへと変わっていた。


「あのさ、ガンズさん。結果論にはなっちゃうけど、誰も死なずにあの熊を倒せたんだから良しとしようぜ……? なっ?」


「馬鹿たれ、良いわけないだろう……。もし、またああなったら、次はどうなるかわかったもんじゃないんだぞ?」


 ガンズはもはや怒る気力も失せたようで、呆れ顔でこめかみを揉んでいる。


「だからその為に、神聖魔法を使える人を知りたいんだよ。呪いさえ解ければ、暴走して鬼化することも無くなるらしいし」


「――はあ。……わかった。現状を考えれば、まずは解呪を優先するしかないよな……」


 深い嘆息ののち、ガンズは諦観した様子で呟く。そこからややあってようやく覚悟を決めたのか、表情を引き締めると解呪について語り出した。

 

「――神聖魔法の使い手についてだが、カリバに行けば心当たりがある」


「さすがっ。んで、カリバの誰を訪ねれば良いんだ?」


 ガンズに聞けばなんとかなるという、予想通りの展開にジードは声を弾ませて尋ねる。しかし、次に来る返答は予想外のものだった。

 

「いいや、俺も一緒に行く」


「――へ?」


「元はと言えば俺が原因だからな。それにまさか、今のお前を一人で行かせる訳にはいかないからな……ま、今日は1日ゆっくり休んで、明日の朝出発するとしよう」


「え、あ、うん……」


 一度(ひとたび)覚悟を決めたガンズの行動は早かった。瞬く間に話は進められていき、ジードが口を挟む余地もない。


「それとだ――お前が昨日の鬼だって事は、絶対に誰にも言うなよ? 最悪村が割れてもおかしくない……ルドルフ、お前も他言無用だ。良いな?」


「うん、わかった!」


「ああ、言われるまでもねえ。こんな話、大っぴらには出来ねえしな」


「頼んだぞ。後の話は俺の家でしよう。――そらっ、これを着とけ」


 ガンズはそう言って自分の着ていた上着を脱ぐと、乱雑に丸め放り投げた。


「――おっと。……うわ、ブカブカだなこれ」


 緩やかな放物線を描きながら飛んできたそれをジードは軽く受け止め、早速羽織ってみせるが、途端に眉を寄せ文句を口にする。

 着るまでもなくわかっていた事ではあるが、ガンズとジードではサイズが合う筈も無く、指先は袖の中に隠れ、(すそ)は膝上まで被っていたのだ。


「文句を言うな。裸よりは良いだろ? 誰かにその身体を見られると面倒だからな……ま、村に着くまでの辛抱だ、我慢しとけ――よし、いくぞ」


 ガンズはそう言ってジードに近寄ると、彼をひょいと肩に担ぎ上げ、村に向けて歩き出した。


「――な、なにすんだよっ!? 自分で歩ける! もう子供じゃないんだからやめてくれよ!」 


「こら、喚くな。お前のペースに合わせてたら夜になるだろ。良いから大人しく運ばれておけ。ルドルフ、サラを頼む」


「……くそっ、わかったよ」


「おうよ」


 突然のガンズの蛮行に、ジードは抗議の声を上げるが、移動速度の事を言われては何も言い返せないようで。悪態混じりに渋々了承する。


 そして間もなく。ルドルフは気を失っているサラを抱え上げると、ガンズに追従するように歩き出した。


「――痛っ! おいガンズさん。もっと優しく歩いてくれよ」

 

「文句の多い奴だな、あんまり注文ばかりつけると、もっと揺するぞ? ――ほれっ」


「い゛い゛っ――――。ちくしょう、覚えとけよな……」


「ははは、覚えてたらな?」


 わざと激しく揺さぶられ、報復を宣言するジードにガンズはふっと口元を緩める。少しずつではあるが、普段の調子が戻ってきたようである。


「ところでよ、ジード。……昨日の俺は死んでてもおかしくない状態だったと思うんだが、お前は何か知ってるか?」


「ああ、それはヴォルフが――あ、ヴォルフってのは鬼の名前なんだけど、俺が意識を失った後、ヴォルフがおっちゃんに回復魔法を施して、安全な森の中まで避難させたくれたって言ってた」


「馬鹿なっ。魔物が人間を助けただと……?」


「そうだったのか。何にせよ、ありがてぇ話だ。悪いが礼を言っといてくれるか? せっかく拾って貰った命、大切にするってよ」


 ガンズが驚愕に目を剥き、唾を飛ばしながら声を荒げる横で、ルドルフは胸のつかえが取れたような、しみじみとした表情で呟く。


「だから言ってるだろ? ヴォルフは良い奴なんだって! それにあいつにも聞こえてるから大丈夫。おっちゃんの声はちゃんと届いてるよ」


「なんだよ。そんな風に言われっと途端に小っ恥ずかしくなるな」


「…………」


 ジードはまるで自分の事のように誇らしげ言い切り、ルドルフは気恥ずかしさを誤魔化すようにへらへらっと笑った。


 一方ガンズは、自身の発言が鬼へ筒抜けである事を知り、途端に口を噤んでしまう。

 もし鬼の機嫌を損ねたら――、とでも警戒しているのだろう。


『おい、余計な事は言わんでいいからな……』


 丁度その時、ヴォルフはお喋りな宿主に釘を刺そうと念話を飛ばした。


『なんだよ? 余計な事なんて言ってないだろ? 俺は思ったことを伝えただけだぞ」


『先程も言ったが、オレはオレの都合でその男を助けたまでの事だ。感謝される謂われなどない。そもそも、貴様ら人間にとってのオレが、良い奴であろうが悪い奴であろうが、どちらでも構わん。むしろこのまま、忌み嫌われている方が好都合と言うものよ』


『もうっ、そんな事言うなよ……せっかくの機会なんだからさ、もう少しは仲良くやろうぜ? な? ――そうだっ。なんなら、直接喋ってみるか? 俺の身体を使えば喋れるんだろ?』


 随分とつれない発言をするヴォルフに、歩み寄るよう進言するジードだったが、鬼がそれを受け入れる筈もなく――、


『はあ――それが余計だと言う事がわからんのか……第一だ。貴様を担いでいるその男が、オレとの会話を望んでいるように見えるか?』


『うっ……』


 心底迷惑そうに鬼は嘆息を漏らす。そう、ヴォルフの言う通り、ジードの言っている事は完璧な独りよがりなのだ。

 鬼を目の当たりにしておらず、いまいち事態を掴めていないルドルフは兎も角、ガンズに至ってはこれ以上ないほどに警戒し、嫌厭(けんえん)しているのが一目見てわかる。

 そして、ジードが言葉を詰まらせているのが何よりの証拠だろう。


『わかったか? それが答えだ。オレは鬼で貴様等は人間、協力はすれど慣れ合う道理などない』


『…………。わかったよ……』


『わかればそれで良い』


『…………』


『…………』


『…………』


『…………。しかしながら、しかしながらだ――』


 意気消沈とし、遂には押し黙ってしまったジードを見かねてか、ヴォルフはやれやれと言った具合で語り出した。


『実際の所、オレもその男には礼を言わねばならぬ事がある。事実、そいつが魔封石を持ちだしていなければ、今のオレはここにいないのだからな。……つまりだ、会話の機会を設けてやらん事もない』


『本当かっ!? それなら――「断る」』


 「今すぐにでも!」、恐らくジードの口から出たであろう言葉は、続きを予測した鬼に遮られ、声になる事もなく喉の奥で消えていった。


『誰が好き好んで、屈辱的な格好の状態で変わらねばならぬ。そのような辱め、死んでも御免だ』


『――しょ、しょうがないだろっ? 俺だって好きで担がれてる訳じゃない!』


『どちらにしてもだ。話はひとまず落ち着いてからだな』


『もう、わかったよ!! また後でなっっ!!』


 心無い言葉に自尊心を抉られ、ジードはヤケクソ気味に念話を終わらせた。


「ほら、もうじき村に付くぞ」


「――えっ、あ、うん」


 そうこうしている内に、セノア村はすぐそこまで迫っていたようで、ガンズの言葉にジードがはっと意識を現実に戻せば、瓦礫の撤去作業に勤しむ村人達が遠目に映る。

 昨日に比べ数が少ないのは、人員を捜索に割いているからだろう。


「俺がもう少し早く、村に着いていれば……」


 ジードは目を伏せ歯を食いしばる。

 すると何故か、ガンズも同じような顔をしていた。


「違う、お前の責任じゃないさ、森の異常に気付けなかった俺が悪いんだ……」


「「…………」」


 お互いが自分を責めていた。

 力を持つ者として――、村長として――、それぞれ譲れない思いが二人にはあるようだ。


 そして程なく。

 

「村長っ! 良かった……見つかったんですね。――って、ええ!? サラさんも?」


 いち早く一行の存在に気付き、駆け寄って来たのは村の青年で、ガンズ達の姿を見つけるや否や慌てて飛んできたのだった。

 そんな彼が近付き様に驚愕の声を上げたのも無理はない。捜索されていたジードが担がれてるのはまだしも、その母サラまでもが抱えられていたからだ。


「ああ。どうやらジードが無事だった事に安心して、気が抜けてしまったみたいだ。昨日も禄に寝ていなかったようだからな……それよりも、救助完了の狼煙(のろし)をお願い出来るか?」


「はい。わかりましたっ!」


 青年は力強く頷くと村の中心部へ走って行く。

 それを見送ったガンズは、瓦礫の撤去作業をしている村人達に近付くと大声で呼び掛けた。


「おーい、みんな。そのままで良いから聞いてくれ。ジードは無事に保護する事が出来た。後で詳しい報告をするから、昼食後に集会所に集まってくれるか?」


 口々に了解の旨を告げる言葉が上がる。

 ガンズは歩きながら一人一人に労いの言葉を掛けていき、ルドルフと共に自宅へと歩を向ける。


 ***


 その後の道中、村の殆どの者が出払っている為、誰とも会う事もなく一行はガンズ宅まで辿り着く事が出来た。

 何事もないままに自宅の扉を開けられた事に、ガンズはふう、と長い息を吐くと、ジードを部屋に備え付けてあった椅子へと下ろした。

 次いでルドルフは、部屋の隅に設けられている長椅子へとサラを寝かしつける。


「さて、無事に家まで着いたわけだが、どうする? 先に何か食べるか?」


 木造一階建てからなる自宅に一人で住んでいるガンズは、料理も手慣れたものだ。恐らく腹を空かせているだろうジードを気遣い、そう問い掛けた。


「んー、腹は減ってると思うんだけど、あんま食欲ないし後でいいや」


「そうか、じゃあ先に話を進めるとするか……」


 ジードの返答を受け、ガンズはテーブルを挟み少年と向かい合う形で椅子に腰掛けた。

 ルドルフも横並びに座るかと思いきや、腕を組んだ状態で壁に背を預け、動く気配はない。

 どうやら、二人の話し合いを見守るつもりのようである。


「――まず始めに、お前をこのような厄介事に巻き込んでしまったのは、俺の軽率な行動が原因だ。本当に済まなかった……」


 ガンズは深々と頭を下げる。

 対するジードは、何言ってんだと言わんばかりのあっさりとした態度で返す。

 二人の温度差は相当なものだ。


「あのさ、俺はこれっぽっちもガンズさんのせいだなんて思ってない、俺は俺の意志でヴォルフを受け入れたんだ。だからそんなに謝らないでくれよ。なっ?」


「いや、そう言う訳には――『本人が良いって言ってるんだから良いの。はい、この話はお仕舞い。次っ』」


「しかしだな……」


「あんましつこいとモテないぞ?」


 なおも食い下がろうとするガンズに、ジードは真顔で必殺の呪文を口にする。

 三十代も中頃と言ったガンズは、未だ独り身であることを気にしていた。ジードもそれを知っての発言だったが、やはり効果は絶大のようで――、


「……おほん。あの熊の魔物だが、あれは一体なんなんだ……?」


「んー、ヴォルフは不完全な魔物――魔物もどきって言ってたけど……」


「そうか。って事は、あそこからまだ変化がある訳だな」


「ああ、うん。えっと……今回倒した巨大熊(魔物もどき)は、元はただの熊で、魔物を食べた事でああなったらしい。んで、完全な魔物になるには魔力が足りてない状態だった、みたいだ。不完全な状態だと、魔力の……枯渇、と、空腹感が、ごっちゃになって、手当たり次第に食い荒らすらしい……で、魔力が溜まりきると、本物の魔物になる、って言ってたかな……」


 ジードは昨夜、ヴォルフより教えられた事を自分なりの言葉でガンズに伝える。それはもう、なんとも辿々しい口振りではあったが、どうにか伝わったようである。


「なるほどな……まさか動物が魔物へとなるなんてな。充分に世界を知ったつもりになっていたが、まだまだ知らない事だらけだ。とんだ自惚れだよ……」


 ガンズは自虐的な笑いを漏らすとやがて、表情を引き締め直し、声色もまた重みのあるものへと変えて口を開く。


「――話を戻すぞ。それでだ、今回の事態を重く受け止め、カリバの開拓者支部へラルス森林の定期的な調査を要請する事にした。さすがに俺だけじゃ回りきれないからな。例の熊の残った頭部、前脚を凍結した状態でカリバへ運び、支部の調査機関へ提出するつもりだ。そのついでと言っちゃなんだが、お前の護衛兼監視をする」


「……監視ってなんだよ」


 耳障りの悪い言葉にジードは露骨に眉を顰めると、さも不服そうに聞き返した。


「あのなぁ……わかってないようだから言っておくが、お前が体内に宿しているその鬼は、お前が考えてるほど生易しいものじゃないんだぞ。仮に俺達開拓者が束になったとしても、勝てるかどうかわからないほどだ。それにだ、また呪いが暴走しないって保証はあるのか? 一歩間違えれば、村どころか、領そのものすら滅ぶ可能性だってあるんだぞ? ……もし、お前がまたああなってしまうのなら、その前に俺が殺す。そしてその時は俺も一緒に死のう――それくらいしか、責任の取り方が思い付かない……」


「――っ」


 ガンズは悲痛な面持ちを浮かべたまま、絞り出すように悲しい決意を口する。これには、流石のジードも反論する気は起きないようだ。

 

「一つ聞いておきたいんたが、呪いの発動原因はわかってるのか……?」


「あ、うん。狂化の呪いってのを掛けられてるんだ。怒りに反応して、その感情を増幅させて魔力を暴走させるらしい……」


「――なるほど。狂化、か……どうりで理性を感じられなかった訳だ。しかし、周期的に発動する類いじゃなかっただけ幸いだった……これなら、俺が見張るだけでなんとかなりそうだな」


「はは。結局、監視付きは変わらずか。――まあ、仕方ないんだけどさ」


 乾いた笑いを零すジードとは裏腹に、ガンズは幾分か表情を柔らかくしていた。そして――、


「おまえは不服かもしれないが、最悪の事態になる可能性から少しでも遠ざかっただけで、俺は万々歳だよ……よし、一日も早く呪いを解かなくちゃな!」


「ああ……」


 無理矢理に浮かべたガンズの笑顔は悲壮感が拭いきれておらず、ジードは禄な返事も出来ないまま、拳を力強く握り締めるのだった。


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