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桂川美濃



 高校に入って一番最初に学んだのは、あざとい系女子は同性に嫌われるということだった。

 誰も自分のことを知らない土地にやってきたあたしは高校デビューを試み、ひたすらにあざと可愛く自らを取り繕った。


 男子には受けがよかったが、クラスの女子のボス格――おそらく中学時代から幅を利かせてきたと思われる――に目をつけられ、入学二日目にして嫌がらせを食らった。その日は何とか堪えるも、人間いままでの性分をさっぱりと忘れることなんてできず、次の日上履きをズタズタにされきったないトイレに捨てられたことで堪忍袋の緒が切れ、クラスメイトの前で嘲ってきたボス格の女に足を引っかけて転ばすと逆エビ固めをお見舞いしてやった。「一人暮らしなんだから無駄金使わせんじゃねえ!」といった感情だった。この時点であざとい系女子キャラクターに亀裂が走っていたと思う。


 そしたら放課後、ボス格の女に体育館裏に呼び出された。あたしは人がいないのをこれ幸いと、ボス格の女と取り巻きどもをフルボッコにしてやった。やられたら己が満足するまでやり返す。それが地元で名を馳せる不良集団『王我オーガ』の……そして『王我』の十代目にして初の女総長であるあたし・桂川美濃のモットーだったからだ。まあその翌日、停学を食らったわけだが。目撃者がいたらしい。


 ボス格の女はあたしに呪詛を吐き捨て転校していった。そのときにはもう完全にあざとい系女子の道は絶たれ、紆余曲折を得て最終的に高校デビューは諦めた。しかも嫌がらせやら停学やらでゴタゴタしていたせいでろくに部活の見学ができず、そもそも特段入りたい部活もなかったので、部活出席日数というアホみたいな制度をぶち破って卒業してやろうという気概を胸に入部届を白紙のまま提出した。それが運のツキであった。その結果、生物部という――楽だが――しょうもない部活に入部することになり、明日馬薫子という百戦錬磨のあたしが見たこともないモンスターと知り合ってしまったのだから。



「部員A、Bともに出席、と。あーあ。何でいちいちこんな確認しなきゃいけないんだ。お前ら部室くんなよ」


 ボサボサ髪に無精髭を生やした無気力な中年男があくびを噛み殺しながら出席ファイルにボールペンで何事かを記した。

 こいつは生物部顧問の佐渡原。人間より動物が好きな、生物部が誇る社会不適合者二号だ。ちなみに一号はあたし。


「あたしたちだって好きでこんなところにきてるわけじゃないわよ」


 あたしは憎々しげに呟いた。入部出席日数を無視しようとしていたこともあったが、ここの校長はまじで校則を厳守すると聞いて、仕方なく部室に通っている。


「こんなところとは聞き捨てならないな部員A。生き物たちの楽園じゃないか」

「どこがよ。小魚と虫とサボテンしかないじゃないの。生き物たちの楽園って言いたいならマダガスカル島でも持ってきなさい」

「そんなツンケンすんなよ部員A。カルシウム摂れよ」

「言われなくても、近所の小学校で余った紙パックの牛乳をもらって飲んでるわよ」


 佐渡原に思い切り同情の眼差しを向けられた。腹立つ。


「そんなことしてるんだミノ。可哀想に……」


 さっきまで小説を読んでいたアスマからも同情の言葉を述べれられた。しかし口許は笑っている。アスマは人と話すときには基本的に笑顔を作っている。その心意気はよいが、どんな内容でも笑みを絶やさないので頭がおかしい。瀬田宗次郎かこいつは。


 あたしは二人の対応を一笑に付した。


「はっ、同情するなら金をちょうだい」

「A、その台詞はまじで同情しかされないからやめとけ」

「ごめんミノ。私、お金って持ち歩いてないんだ。だから今晩はご飯抜きになっちゃうね」

「晩飯くらいの猶予は全然あるから」


 ほんと腹立つなこの二人。佐渡原はまだましだがアスマがまじでうざい。量産型高校生よりも話していて退屈しないのは間違いないが、まじで心の底からうざい。でも本人には悪気はないのだから恐ろしい。いや、もしかしたらアスマ自体が悪だからクズい本音ばかりぽろぽろと口から出ているのかもしれない。


 さらに質が悪いのはアスマは性格は狂ってるとしか言えないにも関わらず顔はいいということだ。一見するとオーラがなさすぎて普通の顔に見えるが、よくよく観察してみるとかなり顔立ちが整っているのだ。アスマのことなので化粧なぞしていないだろう。


「それじゃあ私は帰りますね。ここにはもう何の用もないので」


 アスマが開いていた小説をしおりも挟まずに閉じるとバッグにしまって立ち上がった。

 あたしも帰ろ。今日月曜日だし。


 あたしはアスマに付いて部室を出た。二人並んで昇降口へ向かうけれど、その間会話等々は一切ない。あたしたちは別に仲がいいわけではないからだ。プライベートでは一度も会ったことないし。


 お互いに無言のまま昇降口を抜け、グラウンドを尻目に校門へ歩を進める。

 グラウンドでは野球部が練習をしていた。ピッチャーが球を豪速球で投げ、バッターが空振りした。それをグラウンドの端で見ていた女子たちがキャーキャーと猿のように黄色い声援を飛ばす。うるさいわね。


「ねえミノ、あの子たち何なの?」


 アスマが猿……もとい女子たちを指差しながら訊いてきた。あたしは目を見開く。


「あんたが他人に興味を持つなんて珍しいわね。どうしたのよ?」

「んー、あの子たち猿みたいでやかましいなあって思って」


 ちっ。まさかこいつとまったく同じことを思っていたなんて。


「ピッチャーの柳原やなはら大介だいすけのファンでしょ」

「有名人なの?」

「ええ。中学時代のポジションはセンターで目立たない選手だったけれど、この学校のコーチのすすめでピッチャーに転向したらめきめきと頭角を現したらしいわ。一年生のときは先輩に譲ってたから目立たなかったけど、二年生になってからは試合や大会で大活躍。投げるだけじゃなくて打つ方も強力なのよ。二刀流ってやつね。けど去年の地区大会は決勝で怪我をして無念の敗退を喫してしまった。だから今年は何としてでも甲子園にいきたいんだって」

「ミノの方こそどうしたの? そんなに詳しいだなんてさ。もしかしてミノもその何とかって人のファンなの?」

「柳原ね」


 あたしは首を横に振った。


「クラスでいま喋ったことと同じことを喋ってた女子がいたってだけ」

「なあんだ。受け売りってことか」


 あたしはたかだか顔がよくて野球が上手いだけの男に群がるようなミーハーではない。あたしが慕うのは『王我』の先代ただ一人だ。


 カキーンという金属音を響いた。バッターが柳原から球を打ったらしい。そしてその球はあたしのすぐ横を通過し、校舎の壁に激突した。……危なっ。


「すいませーん。ボール取ってくださーい」


 遠くから野手が手を上げて叫んできた。あたしは舌打ちをする。球を拾い上げ、振りかぶって、全力で投げ捨てた。

 球はあたしの手から離れ、猛スピードで野手の鳩尾に直撃した。ナイスボール。


 前を見ると数歩先をいくアスマの背中があった。先ほどのできごとには一切関心がないようだ。

 並んで帰る必要もないから、アスマを追いかけたりはしなかった。さっきも言ったがあたしたちは友達ではないのだ。


 キャー! という歓声が上がった。グラウンドを見ると、どうやらピッチャーが代わり、柳原がバッターボックスに立ったようだった。そんなことにいちいち反応するな。あいつら、たぶん柳原が歩いてるだけでキャーキャー言うと思う。


 視線を前に戻すと、直後にまたカキーンという音が響き渡った。またこっちにとんでくるんじゃないだろうな、とグラウンド側の空を見上げた。小さな球が空高く打ち上がっており、三塁線を大きく逸れる特大ファールとなっていた。その球を起動を目で追うと、ちょうどアスマの頭上を飛び越えて、科目棟の四階の一部屋の窓ガラスを叩き割った。


 これには流石のアスマもびっくりしたようで、ぽかんと球が入っていった部屋を見上げている。


「アスマ。窓の破片とか飛んできてない?」

「あ、うん。……それにしても、やっちゃいましたなあ」


 完全に他人事のようだ。

 何者かが駆け寄ってくる気配があった。グラウンドの方から柳原が走ってきたのだ。柳原は大声で怒鳴る。


「四階の方! 大丈夫ですか!? すいません! ボールがそっちに飛んでいってしまいました!」


 反応はなし。柳原は部員たちの方を振り向き、


「俺見てきます!」


 と叫ぶと昇降口の方に走っていった。

 あたしはにやりと笑う。


「面白くなってきたわね」

「どこが?」


 きょとんとした顔で訊いてくるアスマ。


「学校の野球部期待の星が教員たちにへこへこする姿が見れるじゃない。いくわよアスマ」

「えー、何でミノの嗜虐趣味に付き合わなきゃいけないの?」

「一人で野次馬にいくのはなんか恥ずかしいのよ。すごい嫌な奴みたいじゃない?」

「嫌な奴なのは間違ってないんだからいいじゃん。本当のことなんだし受け入れようよ」

「あんたに言われるとむかつくわね。とやかく言わずに付いてきなさい。どうせ暇でしょ?」


 アスマは小さくため息を吐いた。


「やーよ。早く家に帰って昨日録画したイッテQ見たいもん。昨日は家族に連れられて遠出してたんだけど、帰ってくるのが遅くなったからまだ見れてないんだよ」

「それを言ったらあたしだって早くジャンプ買って読みたいわよ」

「そうすればいいじゃん」

「柳原が土下座してる姿は今日しか見られないわ」

「するかなあ、土下座」


 はあ。ほんと付き合い悪いわねこいつ。まあいいわ。

 あたしはアスマに背を向け、全速力で柳原を追いかけることにした。

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