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少女たちは青春を味わわない  作者: 赤羽 翼
トーテムポールの嘲笑
6/22

嘲笑っていた者【解決編】



 廊下で待っていた四人に「犯人がわかったよー」と言ったら、寺島くんが「一人で聞きたいから外へいこう」と我が儘を言うもんだから、仕方なしに私たちは外へ出た。


 昇降口の前で話してもよかったのだけど、流石にムードが悪いと判断したのか寺島くんはグラウンドの方へと歩いていく。私とミノは後を追った。


 練習をする野球部を見つめながら寺島くんが口を開いた。


「それで、一体誰が犯人なんだ? あの三人の中にいるんだろ?」


 私とミノは顔を見合わせた。そんな様子を見た寺島くんは覚悟を決めるかのように息を吐いた。


「それくらいは想像がつくよ。事件に関わってる人が少ないし、君たちはあの三人くらいとしか話していないんだ」


 ああ、なるほど。あの三人の中に犯人がいると予想していたから、場所を変えたのか。後で犯人と一対一で話し合いをしたいということかな。大人だねぇ。


 ミノが私に目配せしてきた。私はどうぞと促す。


「じゃあまず、事件の整理から始めましょうか。ことの発端は春休み前、寺島が校長室の壺を割ってしまったことだった。校長は怒り、壺の代わりになる模型を作製しなければ夏のコンテストへの参加を認めないと強弁した。寺島は校長の趣味に合いそうなきもいトーテムポールの模型をデザインし、今日はそれの完成間近だった。けれどさっき買い物の――というか江口に呼び出されて漫研の部室にいる――間に何者かに模型を破壊されてしまった。扉に鍵がかかっており、一つしか鍵はずっと寺島が持っていた。窓は全開になっていたけれど、そこから侵入するのはかなり困難。そもそも窓の前には芸術部の三人がいたから第三者が忍び込もうとするのは不可能。さらに容疑者も全員アリバイ有りという不可解な状況。こんな感じかしらね」


 おおー、よく一気にそんなに喋れるなあ。ミノの肺活量に感心してしまう。

 寺島くんはごくりと唾を飲み、


「それで、あの三人の中の誰が犯人なんだ? もう覚悟は決まってるよ」


 私とミノは再度顔を見合わせた。んー、どうやらまだ勘違いをしているようだ。


「寺島くん。あの三人の中に犯人はいないよ」


 教えてあげると、緊張に包まれていた寺島くんの顔が少し和らいだ。


「え、そうだったのか? 何だ……緊張して損――」

「あの三人の()犯人がいるんじゃなくて、あの三人()が犯人なんだもん」

「……は?」


 あれ、どうやらこっちの情報はあんまりお気に召さなかったらしい。ぽかんと口を開けたまま固まってしまっている。


「あいつら全員が犯人だなんて……嘘だろ?」

「本当よ」


 ミノがピンと人差し指を立てる。


「考えてもみなさいよ。容疑者の一人である江口のアリバイ証人の中には完全なる第三者や他でもないあんたが入ってんのよ? けど他の部員三人のアリバイ証人はその三人だけ。三人がこぞって嘘ついてるに決まってるでしょ。江口にアリバイがあった時点でそのくらい想像できたわ」

「そ、そんな……」

「ミノ、江口くんのことも言っておいた方がよくない?」


 不躾ながら口を挟む。


「それもそうね。アリバイがあった江口だけど、こいつも三人の協力者よ。三人からあんたを引き離すためのね」


 寺島くんが目を見開く。


「どうして……どうしてそんなことがわかるんだ?」

「むしろ何で当事者であるあんたが気づかないのって話よ。江口はあんたの模型が完成間近だと知っていたのよね? 模型のことを相談していたくらいなら」

「あ、ああ」

「そんな大事なときに漫画を読ませるためだけの理由であんたを部室に招くわけないでしょ。寺島は買い物をいく寸前に呼び出されたからなんとも思わなかったでしょうけど、もし作業中に呼び出しをくらったらうざいと思ったはずでしょ?」

「そ、それは……」


 寺島くんはもうすっかり混乱してしまっている。


「け、けど、あいつらは自分を犯人にしていい、とまで言ってくれたんだぞ?」

「言っただけでしょ? 実際に実行に移したわけではないじゃない。あんたの性格を読んで、少しでも自分たちに疑いの目を向けられないようにしたのよ。本気であんたのことを思ってるなら、直接校長に自供しにいくわよ」


 ミノが愕然とする寺島くんに続ける。


「四人が考えた計画を話していくわね。四人はあんたの邪魔をするべく、模型を破壊しようと企てた。校長との約束の期間ぎりぎりで破壊することで、模型を作り直させない算段だったのね。模型を壊すこと事態は――模型が普段から部室に置いてあることから――容易かった。けれど同時に普段は鍵がかかっているから、犯人が誰かを悟らせないのは困難だった」


 職員室で鍵を借りたときに教員に顔を見られてしまうからだろう。顔を隠したとしても、普段から鍵を借りている人の場合気づかれてしまう可能性が高い。そして逆にまったく知らない人には鍵を貸してくれないかもしれない。


「それに寺島は休日も含めて毎日模型を作っていたみたいだから、そもそもあんたの目に触れずに模型を壊すタイミングがなかった。買い物にいくときを除いて、ね。寺島は言ってたわよね。買い物にいくときはいちいち鍵をかけないって」


 確かに言っていた。しかし寺島くんは呆然としたまま頷かない。自分の言ったことを忘れちゃったのだろうか?

 ミノはお構いなしに続ける。


「だから四人はそこに着目した。三人で寺島を買い物に誘い、途中で江口に連絡させて漫研へ向かわせる。三人は部室に侵入して模型を破壊する。三人で口裏を合わせるからアリバイも完璧。そういう作戦だったんだけど、予想に反してあんたが鍵をかけてしまった。あいつらもどうしようかと悩んだでしょうね」


 ミノは肩をすくめ、


「あたしも悩んだわ。そこからどうやって美術室に入ったのかがわからなかったから。けど……」


 ミノが私を嫌そうな目で見た。


「アスマの野郎が先に解いちゃったのよねぇ。ほんと屈辱だわ……」


 それからミノは私に話を譲ったようで、黙り込んでしまった。致し方なし。


「えーっと……三人はきっと必死に考えただろうね。どうしよう、どうしよう、って。千載一遇のチャンスだったからね。そしておそらく、私と同じでトーテムポールからある着想を得たんだと思う」

「トーテム……ポールから?」


 寺島くんは力なく反応した。体調が悪いのか声が弱々しい。さっきまで元気だったのに。


「そう、トーテムポール。あの三人は空気の入れ替えのため、偶然開けておいた窓から侵入することにしたの」

「でも、どうやって……? 梯子とかは持ってこれないんだよね?」

「うん。だからこそのトーテムポールだよ」

「だからそれって……?」

()()()()ってこと。トーテムポールのようにね」

「か、肩車……?」


 寺島くんが素っ頓狂な声を上げた。


「凄く簡単でしょ? さっき身体測定の成績表を盗み見て三人の身長を確認したんだぁ。まずゴリラくんが――」

「小山ね」


 すかさずミノが訂正してきた。


「小山くんの身長が195センチ。彼が一番下になるだろうから顔の高さ……これはよくわからないけど20センチくらいとしておくね。数センチ違っても誤差の範囲だし。この数を身長から引いて175センチ。次に名前さん――」

「内田」


 また訂正された。そういえばどうして私は彼女のことを名前さんと呼んでいたんだっけか。まあいい。


「内田さんがゴリ……小山くんの肩に乗る。おブスさん――」

「寿よ」

「寿さんじゃなくて内田さんが真ん中なのは、寿さんの方が脚が長いからだね。脚が長いと座高が低くなるから。内田さんの身長が165センチ。座高はたぶん82センチくらいだね。この時点で二人の高さは257センチ。そして最後に寿さんが内田さんの上に乗り、彼女の肩を足場に立ち上がることで、寿さんの身長173センチがプラスされる」


 合計430センチ。窓の縁まで四メートルくらいなので十分届くだろう。しかも寿さんは手を伸ばすのだから。


「体重の方もたぶん大丈夫だよ。内田さんの体重は46キロ。寿さんが54キロ。合わせて100キロ。ウェイトリフティングをやってるゴリ……じゃなくて小山くんなら足腰だけの力だけで持ち上げられるでしょ。そして部室から出るときは素直に飛び降りれば早いね。着地さえしっかりできれば怪我はしないはず。後は江口さんのスマホに連絡して――たぶんコール数とか決めてたんだろうね――寺島くんを解放すれば犯行完了。真に嘲笑っていたのは寺島くんのトーテムポールではなく、あの三人だった、というわけだね」

「別にうまくないわよ」


 あら酷い。

 それにしても疲れたあ。こんなに喋ることなんてめったにないよ。

 しかし私がこんなに頑張って口を動かしたというのに、寺島くんは無反応だった。しばらくの間、野球部のかけ声だけが響いていたが、やがて寺島くんは口を開いた。


「し、証拠とかは、あるのか?」


 ミノが憮然とした表情で答える。


「あの三人、奇術部が聞いた模型が壊させるときの物音について何も言及しなかったわよね? それが証拠ね。いくら二階の部屋とはいえ窓が全開になっていたら流石に何か聞こえるでしょう。でもアスマが奇術部にいく前にそのことを言わなかったし、奇術部から証言を手に入れた後も何も言わなかった。犯人だったんだから模型が壊れる音に疑問を抱かないのは当然ね」


 寺島くんは頭を抱え、悄然とうなだれた。いまだに事件の真相が信じられない様子である。現実逃避は何の意味もないよ?

 そんな寺島くんにミノが変わらぬ調子で声をかける。


「さて、後は校長にこのことを話せばゲームセットね。それじゃ、早いとこあの三人と江口を引っ張って――」

「もう、いいよ……」

「は? 何が?」

「コンテストのことは、もういい。諦める」


 ありゃりゃ。モチベダウン? そりゃ一から作るのは面倒くさいか。わかるわかる。

 ミノは寺島くんを睨みつけ、


「あんたが諦めるのは一向に構わないけど、昼飯はちゃんと奢りなさいよ。女との約束も守れない男に価値はないわ」


 何その美人OLっぽい格言。

 しかし寺島くんの耳にはそんな格言は届いてなかったようで、頭を抱え込んだまま深いため息を吐いた。


「こんなことなら、解決なんてしてほしくなかった……」


 えー、何それ。何で私たちが悪いみたいになってるの? こっちは頑張って必死に推理……は別にしてないから、必死になって喋ったのに。酷いや。

 ミノは苛立ったように言う。


「後悔するのは勝手だけど、ちゃんと奢ってよ?」


 寺島くんはそれを無視し、


「……でもどうしてなんだ? 俺はあいつらに嫌われるようなことなんて、何もした憶えはないのに」

「人を嫌うのに理由なんていらないわよ。人を好きになるに理由なんていらない、っていう安いメロドラマに出てきそうな言葉と同じでね。ねぇ、奢りなさいよ? っていうか奢って。昼食代を課金代に回したいのよ」

「課金なんて無意味なことしない方がいいよ。そのゲームがサービス終了しちゃったらどうするつもりなの?」

「うっさい。アスマのくせに現実的なこと言うんじゃないわよ」

「私はいつも現実を見てるよ」

「だとしたらあんたの見てる現実は相当歪んでるのね」

「どうしてミノはさあ、そうやっていつでも私をディスる方向に持っていくの?」

「本当のことを言ってるだけよ」


 まったくもう……あれ? 寺島くんがいない。キョロキョロと辺りを見回すと、昇降口の方へと歩く彼の背中を発見した。帰るつもりなのかな? その背中にミノが叫ぶ。


「絶対奢りなさいよお!」



 その後、寺島くんがどうなったのかは知らないし、別段興味もなかったので尋ねることもしなかった。ただ、ミノが「奢れよあのクソ野郎」とぼやいていたので、たぶん校長先生に犯人たちを突き出さなかったのだろう。自分の作品を壊されたというのに。彼にとって模型とはその程度のものだったということか。


 はーあ。手伝って損したって感じかな。

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