解決への手がかり
ミノは寺島くんを引き連れて漫研の部室へといってしまった。私の隣の奇術部の部室へ聞き込みにいかねばならないらしいが……ぶっちゃけそれって必要? どうせ犯人は江口某なのだから、いつ模型が壊されたかなどの情報を得たところで必要ないんじゃないの? このまま何もしなくたって、ただミノに罵られるか殴られるかされるだけなので、別に聞き込みなんてしなくてもいいのだ。
私はそう結論づけて、テーブルに雑然と並ぶ模型の残骸をいじくって遊ぶ。『嘲笑うトーテムポール』とかってタイトルだったっけ。デザインがきもいものは、粉々になってもきもいんだねぇ。
大きめの破片を二つをお手玉のように扱っていると、名前さんが声をかけてきた。
「あの、明日馬さん。奇術部へはいかないの?」
「ん、うん。面倒だし」
「そ、そう」
なぜか引かれてしまった。
しばらくの間、各々好き勝手に過ごしていると二人が戻ってきた。
「どうだった?」
と私は訊いた。
「アリバイあり。江口は授業が終わった後すぐにクラスメイトの部員と一緒に部室に入ってから、一度も部室から出てないって。他の部員や顧問も証言してる」
「あれまあ」
「そういうあんたはどうだったの? 何かわかった?」
「聞き込みしてないでーす」
「だと思った。いますぐにいってきなさい。いかないとあんたの家に忍び込んで録画してあるイッテQ全部削除するわよ」
「そ、それだけはやめて!」
「じゃあさっさと訊きにいきなさい」
ミノの場合本当にやりかねないので、慌てて廊下へ出て、奇術部部室の引き戸の前に立った。イッテQを失ったら私はもう生きていけない。
私は引き戸をノックする。
「すみませーん」
すぐに人が出てきた。
「はいはーい。あら、明日馬さんじゃない。どうしたの?」
応対してくれた眼鏡の彼女は私のことを知っている様子だった。いまのクラスメイトだとしたら流石に馴れ馴れしすぎるから、おそらく一年生のときのクラスメイトだろう。私はクラスメイトの顔と名前なんていちいち憶えてないからわからないけれど。
誰だっけ? と尋ねると会話が長くなるのでこちらも知ってる風を装うことにする。
「ちょっと訊きたいことがあるんだ。さっきさ、隣の教室から大きな音とか聞こえてきたりした?」
「うん、してきたよ。ガシャンッ! ってな感じの音が」
「そっか。それって何時何分くらいか憶えてる?」
「憶えてるよ。ちょうど時計見てたときだったからね。四時十五分ごろだったよ」
「そうなんだ。ありがとね」
名も知らぬ彼女にお礼を言って、美術室に戻ってこのことをミノたちに報告した。
寺島くんは腕を組み、思案する表情になる。
「四時十五分ごろといったら、俺が漫研にいたときだな……」
江口くんのアリバイは完全完璧に証明されたというわけだ。
私は近くにあった椅子に座る。事件のことはもうミノに任せよう。お母さんがお弁当を作ってくれる私は別に一日だけ昼食を奢ってもらう必要なんてないのである。ここは三日分の昼食をミノに譲ってあげよう。
「確認するけれど、本当に扉に鍵はかけたのよね?」
容疑者全員アリバイありという摩訶不思議な状態だというのに、ミノは普段の調子を崩していなかった。当然と言えば当然だけれど。
寺島くんは頷いた。
「しっかりとかけたし、鍵はずっと俺が持ってた」
名前さんも手を挙げ、
「私も寺島君が鍵をかけるところを見ましたし、鍵が開錠されるときのカチッという音を聞きました」
「あっそう」
酷い返事だ。……鍵の話を聞いて思うところがあった。事件から身を引いたばかりだけれど、ミノの昼食の助けになるために発言してあげよう。
「合い鍵とかマスターキーってどうなってるの?」
「合い鍵はない。マスターキーも寺島が教職員の誰も使ってないって確認済み」
「いつの間に?」
「校長先生と話したときだよ」
なかなか抜かりない人だ。
「犯人が扉から入った可能性はかなり低いわね。ということは必然的に侵入経路は窓……ってことなるけど、事件当時はどんな感じだったの? いまはクレセント錠は下がってるみたいだけど」
「鍵は開いてたはずだよ。鍵どころか窓ごとね」
ミノは目を剥いた。
「何でよ?」
「俺たちが直前まで絵を描いていたから、その臭いが充満していたんだ。だから空気の入れ替えのつもりだったんだよ」
ゴリラくんが言った。
私は立ち上がり窓を開けて下を見た。ベランダはなく、下は中庭になっている。高さは四メートルくらいか。
「梯子とか使えば簡単に入れるね」
ちなみに屋上から垂らしたロープを伝って降りるというのは無理だ。なぜなら屋上が立ち入り禁止だから。
おブスさんが口を挟む。
「梯子なんて持ってきたら目立つわよ。持ち運ぶところや登るところを見られたら一発で終わりなのよ。それに廊下側の窓はカーテンがかかっていて中が見えない。中に人がいるかもしれない状況で梯子をかけて侵入する、だなんて現実的じゃないわ」
「んー、梯子が駄目なら脚立はどう?」
「同じことでしょう!」
冗談だよ。察してよ。ブスなんだから。
まあ確かに梯子なんて担いで学校をうろつくのは目立ちすぎるから私なら絶対にやらない。学校の備品の中には――借りたり、勝手に持ち出せるかははなはだ疑問だけれど――脚立くらいはあるかもしれないが、流石に四メートルまでは届かないだろう。それにおブスさんの言う通り、人通りの少ない中庭とはいえ、梯子――もしくは脚立――を校舎に立てかけて登るのはなかなかに勇気がいる。人に見られたら言い逃れできない。
犯人が窓から侵入するためには、手間がかからず大きな装置を必要としない、というのが条件になる。
それに、と名前さんも続いた。
「犯行時刻は寺島君が漫研にいる間なんですよね。その時間わたしたちは寺島君を待っていたのですが、その待っていた場所というのが中庭のこの部屋の前なんです。犯人が窓から侵入すればわかったはずです」
あらら。そんなこと言っちゃうの?
「ふぅん。なるほど。不出来な密室、と言ったところかしらね」
ミノは短くそう呟いた。
「くそっ! 犯人はどうやって侵入したんだ! 誰が俺のトーテムポールを壊したんだ!」
一見八方塞がりに見える事件に寺島くんが混乱したかのような声を発する。せっぱ詰まってますなあ。それとも薬とかキメてるからだろうか?
それにしても『誰が俺のトーテムポールを壊したんだ』というワードはけっこう面白い。ん? トーテムポール……? あ、そういうことか。
ミノは憮然とした顔つきで私の隣にくると、首を捻りながら窓の下を覗き込んだ。その横顔に小声で話しかける。
「やっぱりミノって鬼畜だね」
「何よ急に」
「またまたあ。焦って困ってる寺島くんを見て楽しんでるんでしょ?」
「はあ?」
ミノは訝しげに顔をしかめてくる。あれ?
「ミノって、犯人はわかってるよね?」
「当たり前でしょ。それくらいは誰でもわかるわよ。けどトリックに見当がつかないのよ。大きな仕掛けは人に見られたときのリスクが大きすぎるし、後始末も大変。どうしたもんかと考えてんの」
「え、トリックわかってなかったの?」
ミノが眉をひそめた。
「あんたにはわかったっていうの?」
「うん。たぶんさ、ミノは難しく考えすぎてるんだと思うよ。ほら、頭のいい人は複雑な問題は簡単に解けるけど単純な問題ほどひっかかってしまう、って言いそうじゃん」
「言いそうって何よ。そこは『言うじゃん』でいいでしょ」
ミノがうざったそうに吐き捨てる。私はそんな彼女を無視して、四人に向き直った。
「ちょっとミノと事件の整理をしたいからみんなは外に出てってもらっていい?」
突然のことに一同困惑した様子だったが、私がせき立てるとぞろぞろと部屋から出ていった。
「よし、それじゃあミノの昼食のために私が一肌脱いであげましょう」
「何する気よ」
ミノはいまだに疑わしげな目を向けてくる。
私はにこりと笑って答えた。
「盗み見るんだよ――を」
その瞬間ミノの表情が硬直し、『それ』について少し考えたような間ができた。その後、納得したようなため息を吐いた。
「なるほど……。それ、最早トリックと言っていいのか疑問ね」
まあそういう反応になるよね。