クズたち【解決編】
十束が疑わしげな視線を送ってくる。
「本当にぃ? どんな犯人でも証拠がないなら自首なんてしない思うけど。そんなことするくらいならとっくに自首してるさ」
「そうかもしれないけど、やらないよりはましでしょう」
「いやいや、でも犯人は生徒なんだよね?」
「ええ、そうよ」
「未成年が相手なら慎重にいかなくちゃいけない。証拠もないのに犯人と決めつけてかかったら警察に苦情がくるよ。その子が犯人じゃなかったら尚更ね」
公共の組織というものはそういうのが面倒くさい。いちいち色んな人の顔色を伺うというのは、あたしには無理だ。
「だったら、警察を介さなければいいのよ」
「どういうこと?」
アスマが訊いてきた。
「事件を調べていたあたしたちが勝手に犯人を追及するのよ。これなら、あたしの言う犯人が真犯人じゃなかったとしても、警察は無関係で生徒同士のいざこざで片がつく。警察は犯人が自供したらひっ捕らえにくればいい」
「なるほどお。さっすがミノ。ずる賢いね」
「機転が利くのよ」
あたしは得意げに自分のこめかみをとんとんと叩いた。
十束は曖昧な表情を浮かべ、
「それなら、問題はないけど、君たちはいいの?」
「何がよ」
「それ、犯人間違ったらここにいる人からかなり嫌われるよね……?」
「間違えないから問題ないわ。それに、あたしはどうせ話をしてるだけで人に嫌われるから、何が理由で嫌われるかは問題じゃないのよ。嫌われる時期が早まるだけで」
「ミノ、口も性格も悪いもんね」
「それはあんたもでしょ」
「私は普通だよ」
いつになったら自分がいかれてることに気づくんだ、この狂人は。
「えっと、明日馬さんも、いいの?」
「いいですよ別に。どうせミノの方に嫌悪の目が向けられるだけですからね」
あたしをクッション代わりにするか。まあ、こいつの場合、そもそも他人に興味がなさすぎて、他人が自分に対して嫌悪感や好感を抱いているのか知ろうとも思わないだろうが。
十束は苦々しい顔つきになり、
「君たちがいいならいいけど、そういうのはほどほどにね」
「この学校で殺人事件を起こす奴に対して言って」
と、ここで上手袖から明月が戻ってきた。舞台から降りてこちらへ向かってくる。メモ帳を差し出してきた。
「ほら、凶器のブラインドに使えそうな小道具のリストだ」
「あ、ごめん。それもういらない」
「あ?」
「その推理間違ってたわ。犯人は別の方法で凶器を持ち込んだみたい。その方法も犯人もわかってるわ」
「俺の時間を返せ」
「悪かったわね」
これは流石にばつが悪いし恥ずかしい。
あたしは失態を払拭するように、明月にもあたしたちがこれからやることを伝え、一旦舞台の上手袖に消えてもらった。
さあ、解決編の始まりよ。
◇◆◇
あたしは固まってマイナスオーラを発している演劇部員たちの前で仁王立ちになる。
「犯人がわかったわ」
単刀直入にそれだけ言うと、部員たちはぽかんとした顔になった。
「え、ほ、ほんとに!?」
大浦が前のめりになって訊いてきたので、「もちろん」と頷く。
「まずは事件をまとめてみましょう。二週間以上前、川澄は新聞の見出しの切り抜きで作られた怪文書という時代錯誤なものを受け取った。それが毎日続き、先週の土曜日、彼女が更衣室で使っている定位置のロッカーの中にシェイクスピアの四大悲劇を引き合いに出した脅迫文のようなものが貼られていた。これらは残されていた朝顔の写真から同一人物の犯行であり、演劇部の女子部員の中に犯人がいることを示していたわ。なぜなら――」
あたしは月曜日に川澄と大浦、部長に話した理論を説明した。
「と、こんな具合に犯人は女子部員でしか有り得ないと考えられる。そして、今回の事件の犯人も脅迫者と見て間違いないわ。朝顔の写真は日付が違うだけでいままでのものと同一のものだし、そのいままでのものは川澄が全部破いて捨てたから誰にも再利用はできない。この手の犯人がネットに落ちてる画像を使用するわけないから、まったく同じ写真を用意できるのは脅迫者だけ。ここまでは、いいわよね?」
中村が手を挙げた。
「反論とかじゃないんだが、警察の人を呼んでおかなくて、いいのか?」
「構いやしないわ。警察はあてにならないから」
適当にいなしておく。
「それじゃあ今日の殺人事件の話に移るわ。川澄は四時に控え室からトイレと言って廊下へ出た。おそらく、あらかじめ四時に事件現場の部屋にくるように言われていたんでしょう。二十分に発見されたから、犯行があったのはその間。その間にアリバイがあった女子部員は控え室にいた六人だけ。その六人は犯人じゃないわ。それじゃあ、残りの六人からどう絞っていくか……。あたしが注目したのは犯人が凶器のハサミを持ち込んだ方法だった。荷物は持っている奴はいなかったから、誰が凶器を現場へ運ぶことができたのか、色々考えたわ」
あたしはいままでの推理とそれが否定された過程を説明した。
「あたしは最終的に小道具をブラインドにして凶器を運んだんじゃないかと考えたんだけど、そこのアスマに反論されたのよ。あたしの方法なら凶器にハサミなんて使わなくてもいい。ハサミを使ったからにはそれなりの理由があったんしゃないか、ってね。ということで、アスマよろしく」
「え、ここで私にパスするの?」
「あんたの手柄だし」
アスマは面倒くさそうに顔をしかめていたが、やがて話し始めた。
「まず、ミノは勘違いというか、見落とし的なことをしていました。部員の誰も荷物を持っていないというところです。それは間違いで、しっかりと荷物を持っている部員が九人もいたんです。死んだ川澄さんを含めた劇に出る七人と部長さんと……えっと川澄さんの友達――」
「大浦ね」
「大浦さんのことです。この九人は劇の台本と脚本を持っています。もうおわかりですよね。犯人はそれにハサミを挟んで隠して現場に入ったんです」
「ナイフや包丁じゃなくてキッチンバサミを凶器に選択したのもそれが理由よ。ナイフや包丁だと柄が太いから脚本に挟むとすぐにバレる可能性があるし、面積が狭いから零れ落ちてしまうかもしれない。だけどあのキッチンバサミは柄が薄くて凹凸も少なかった。ナイフや包丁よりも面積があるから紙束から落とし難い。あのキッチンバサミは結構変わった形だし、警察が調べれば案外早く足がつくかもね」
「ずっと脚本にハサミを挟んでおくのは流石にリスクが高いので、川澄の死体を隠していたあの大木の張りぼての裏にハサミを隠したんでしょう。あれは最初に運んだものらしいので、チャンスはいつでもあったはずです。それから、ジャージのウエストと腰の間とか下着とかに隠しておいた手袋をはめて、やってきた川澄さんを殺した。朝顔の写真も手袋と同じようなところに隠していたんでしょう。この二つはハサミと違って身体に隠しやすいですから問題はないです。劇に出る六人にはアリバイがあるので、容疑者は部長さんと大浦さんの二人に絞られますね。……あ、ミノ、私も犯人わかっちゃったよ」
ここへきてアスマも気がついたらしい。
アスマがある人物を指差した。
「部長さんでしょ」
「え、私!?」
部長の顔が困惑に染まった。
「大浦さんは川澄さんにミノを紹介したんですから。犯人ならそんなことしないでしょう。……ん、いや、そんなこともないかな。何とかくんからの話だけじゃ、ミノがどれだけ推理力があるかなんてわからないもんね。思いっきりミノのことを舐めてれば大浦さんも犯人足りうるか。ごめんなさい部長さん」
「い、いや、別にいいけど」
部長は安堵したようにため息を吐いた。あたしは肩をすくめ、
「まあそういうことね。寺島に漠然とした話を聞いただけじゃあたしの推理力は推し量れないわ。だって寺島の件を解決したのはアスマだし」
あたしはトリックが解けずに悶々としていただけだ。おそらく寺島はあたしをクラスメイトだからと適当に紹介したのだろう。
「これを踏まえると、大浦は微妙な推理力を持つあたしを川澄に紹介することで、容疑者の外へ出ようとしたと考えることもできるわね。まあ、実際それが狙いだったんでしょう。犯人はあんたよね、大浦」
全員の視線が大浦へ向いた。大浦は目を見開いている。
「そ、そんな、そんな理由で犯人だなんて言わないでよ……!」
「誰もそんな理由で疑っちゃいないわ。犯人であるあんたがあたしに川澄を紹介した理由を説明しただけよ」
あたしは肩の力を抜き、
「実はね、月曜日、演劇部の女子更衣室から帰った後、ちょっと考えてみたのよ。そうしたら部長が犯人の可能性がかなり低いことに気がついたの。川澄は体育館で練習があるとき、部長よりも早くきて更衣室前に待機していたのよ。脅迫文が貼られた日は寝坊したみたいだけど。ここで部長の立場に立って考えてみましょう。川澄はいつも自分よりも早くきてることを部長は知っている。だからといって川澄より早くきて彼女が使うロッカー内に脅迫文を貼ることはできない。なぜなら鍵が貸し出されるのは八時半からだから。自分がいくら早くきても意味がないの。更衣室へ入れる時間は変わらないんだもの。つまり何が言いたいのかというと、部長が犯人なら脅迫文を川澄のロッカー内に貼ろうという発想は出てこないのよ。やろうと思ってもできないから」
アスマが手を挙げた。
「川澄さんがくる前に貼ろうとしたんじゃなくて、川澄さんと一緒に体育館にいった後、こっこり戻って貼ろうとしたんじゃないの? だけど川澄さんが遅れたもんだから、用意しておいた紙をしめしめと貼ったのかも」
「あそこのロッカーは鍵がついてるから無理よ。そんな考えも浮かばないわ」
「ロッカー内に貼ろうとしたんじゃないのかも……いや、それはないか」
まあこいつならそれくらいはわかるわよね。頭いいんだからもうちょっと考えながら話せばいいのに。
あたしは頷いた。
「そういうこと。いままでの怪文書は下駄箱の中とか机の中とか、人目につかないところに仕込んでいたのに、急にロッカーの外に貼り付けたりしたら、ロッカー内に貼れませんでしたって言ってるようなものじゃない。いくら何でも格好がつかない。一気に怖くなくなるわ。それに川澄は自分が怪文書を受け取っていたことを周囲に話していなかった。つまり、他の部員がそれを見たら誰かの悪戯として剥がされてしまうかもしれない。だから犯人はそんなことをしようとは思わない。それに脅迫文には『お邪魔します』とも書いてあった。ロッカー内に貼ろうと思ってなければそんなこと書かないわ。つまり部長が犯人とは考えられない。以上。わかってくれたかしら、大浦」
大浦は一瞬言葉に窮するが諦めず噛みついてくる。
「桂川さんの話はわかったよ。だけどそういうことだったら、演劇部の誰も犯人になりえないんじゃん。普段冬華が一番最初にきてたんならさ」
「話を聞いてなかったの? いまのは部長が犯人だった場合の話よ。部長は川澄が練習にくる時間帯をよく知っていた。だからいまの話が成り立つの。けれど、川澄が練習にくる時間帯を知らない人間なら話は別よ。犯人が早い時間にいけば川澄よりも先に更衣室にいけるだろうと楽観していたら、ロッカー内に脅迫文を貼ってやろうと思い至る。そして土曜日、偶然川澄が遅れたためにそれが成功した。あんたは確か、普段川澄が部長より早くきて更衣室前で待機していることを知らなかったわよね?」
月曜日、更衣室で話を聞いていたとき、こいつはそのことに驚いていた。
あたしは大浦に真っ直ぐ視線をぶつけながら言う。
「さっきも言ったけど、凶器に使われたキッチンバサミは結構変わった形のものだったし真新しかった。警察が調べれば簡単に足がつくでしょうよ。それでも足掻きたいなら好きなだけ足掻けばいいわ」
大浦は憮然とした表情を浮かべていた。その顔は理不尽に犯人と糾弾された者の顔ではなく、犯行を暴かれて悔しがっている者の顔だった。
「ち、ちょっと綾子! ほ、本当にあなたが犯人なの!?」
部長が大浦の正面に立ち大浦の肩を揺すった。
大浦は面倒くさそうにため息を吐き、両手で部長の両腕を払った。
「そーですけど? 雰囲気で察してくださいよ」
その自供に演劇部員たちがざわつく。部長はまだ信じられないようで首を左右に振った。
「綾子、冬華と凄い仲よかったじゃない! そんなあなたが冬華を殺すわけ――」
「冬華と私が仲がいいと思ってるのは冬華とあなたたちの妄想よ。私は冬華のことを友達と思ったことなんて一ッ度もないんだもの!」
大浦はなぜだか会心の笑みを浮かべて叫んだ。
「私ってずうっとあいつのことが嫌いだったのよ! なんか見ててイライラしてたんだよね。真面目ぶって可愛子って、もう生理的に無理って感じでさ!」
「そ、そんな理由で殺したんですか……!?」
先ほど泣きながら川澄が部屋を出た時刻を証言してくれた一年が信じられないものを見るかのような目で言う。
大浦はけろりとした顔で手を振った。
「まさか。そこまでいかれちゃいないよ。嫌いな奴を片っ端から殺しってたら殺人鬼になっちゃうじゃない。もともとはさ、殺す気はなかったんだよね。もうすぐ転校するから最後に本音ぶちまけてやろう、くらいの気持ちだったの。怪文書とかは全部を打ち明けるための布石でもあり、あいつが怖がる姿を間近で見たかったから送りつけてたの。きもいストーカーの真似してさ。本当なら今日は冬華の着る衣装をズタズタに切るだけのつもりだったんだけど、昨日冬華が言ってきたのよ。『綾子の書くこの学校最後の劇、絶対成功させようね』ってね。それがもう、うざくてうざくて虫酸が走っちゃってさ。それで殺人にシフトしたってわけ!」
そんなことで……、という言葉が演劇部員の誰かから漏れた。
アスマが首をこちらへ向けてくる。
「ねぇミノ。いまの理由って割といかれてない?」
「あんたがそう言うくらいですものね。割とじゃなくてかなりいかれてるわ」
大浦が呻きながら頭を掻いた。
「何でわかってくれないかなあ。嫌いな奴に嫌われるのは別にいいけど、嫌いな奴に好かれるとめっちゃうざいでしょ! 男子考えてみなさいよ。超汚いブスが毎日お弁当作ってきたらうざいでしょ!? 女子考えてみなさいよ。振ったキモ男が毎日付け回してきたら殺したくなるでしょ!? それとおんなじ!」
「豹変っぷりが凄いね」
アスマが他人事のように呟いた。
大浦の弁解タイムは続く。
「冬華が地味でヒエラルキーの低い奴ならまだ冷たくできたけどさ、あいつ人望あったじゃん? だから私も感じよくするしかないじゃん? 無言の圧力っていうの? 高校生ってそういうところが辛いよねえ」
大浦がしみじみと言った。あたしとアスマは一周回って大浦の弾けっぷりに可笑しさすら覚えていたのだが、流石に演劇部員たちはそうはいかないようで呆然としている。
「質問してもいいかしら?」
「ん、なに、桂川さん?」
「どうして殺害現場に朝顔の写真を残したの? あれがなければ脅迫者と犯人が同一人物だとは思われなかったのに。まあ、残さなくても高い確率で脅迫者が疑われるでしょうけど」
大浦は思い出したように頷いた。
「ああ、それね。あの写真は捕まったときの保険だったの。私は冬華を脅迫してましたよ、っていうね。捕まったとき、みんなにはちゃんと、私が冬華を脅迫するほど嫌ってたって知ってほしくって」
つまり周囲の人間たちに『私は川澄を手違いや言い争いの末逆上して殺したのではなく、ちゃんと嫌ってて殺しました』とアピールしたかったわけか。
「桂川さんを巻き込んだのはさ、桂川さんや明日馬さんは私が桂川さんを舐めてたから冬華に紹介したって言ってたけど、それは違うんだよね。私があなたたちを巻き込んだのは、犯人を私と指摘してほしかったからっていう思いが少しあったからなんだ。自分から打ち明けるより他人が暴いた方が冬華もダメージ受けるかなあって思ってさ。現にいま、みんなに私の気持ちが打ち明けられて最高に心が軽い。みんなに『親友を失った可哀想な女子』みたいな目で見られるのはイライラしてたんだ。ありがとね桂川さん」
何だこいつ……。さっきまで面白がっていたが流石に呆れてきた。
あたしは明月と十束を呼ぶべく舞台の方に首を動かした。二人は呼ぶまでもなくこちらに向かってきていた。
「ばっちり上手くいったわ。早くこの変態をしょっぴいてって」
「上手くいったような空気じゃないが……」
明月が演劇部員たちを見ながら言う。全員まだ現実を受け入れられない様子だ。
「場の空気の面倒までは見れないわよ」
「まあそうか」
明月は肩をすくめた。
十束が大浦に同行を求めると、大浦は晴れ晴れした顔で承諾した。明月がその場にいた警察官に顔を隠せるものを持ってくるように指示をした。大浦が未成年だからだろう。
「いやあ、顔を隠せるものを用意していただけるんですか。至れり尽くせりですね。……今日から牢屋の中で寝泊まりすることになるんだあ。なんかちょっとドキドキするかも。でも、ちょっと意外だったなあ」
大浦があたしたちを見てきた。
「あなたたちなら私の動機に共感してくれると思ったのに」
あたしとアスマは思わず顔を見合わせてしまう。
「どうしてそう思うのよ」
やや困惑しつつ尋ねる。
「だってさ、二人ともクズそうだし」
「ミノはクズだけど私はクズじゃないよ」
「人を自然にクズ呼ばわりしてる時点で十分クズでしょうが」
あたしはため息を吐いた。
「まったく……あんたみたいなサイコパスと一緒にしないでほしいわ」
「ほんとだよね。私はそもそも人のことを好きにも嫌いにもならないし、他人に好かれようが嫌われようがどうでもいいし」
「あたしは嫌いな奴はとことん嫌うから、そもそも嫌いな奴から好かれないもの。ま、嫌いな奴以外からも好かれないけれど」
目の前のサイコパスは何も言わなかったが、彼女がどん引きしてきたことだけはわかった。




