凶器はどう持ち込んだ?
「とにかく、凶器の持ち込み方について議論していきましょう」
「別にいいけど、そこまで白熱した議論が起こることとも思えないんだけど。ジャージの腰回り……何て言うんだっけ?」
「ウエスト?」
「そうウエスト。ジャージのウエストと腰の間にハサミを挟めばいいだけじゃん。ハサミはあらかじめ自分の机に閉まっておけば、更衣室に入れなくても持ち出せるし」
「そんなことしたら歩き方が不自然になるでしょう」
「目撃者がいなければいいだけ……ああ、顧問の人がいたんだったね」
あたしたちは蕭然とうなだれていた顧問の中村のもとへ歩み寄った。
「ねえ、ちょっと訊きたいことがあるんだけど」
中村は鬱陶しそうに顔をしかめた。
「また君たちか。何だね。高校生にもなって探偵ごっこなんて――」
「川澄本人に探偵を頼まれてたんだからいいじゃない。依頼人が死んだのに責任を持って務めを果たそうとしてるんだから、むしろ誉めてほしいわ」
「楽しんでるようにしか見えないが?」
「それとこれとは話が別。ところで、あんたはずっと体育館の入り口付近で生徒たちをまったく手伝うことなく見守ってたのよね?」
「自主性に任せていたんだ」
「教師とか親が使う自主性って言葉は大嫌いなのよね。要は子供に丸投げしてるってことでしょう」
「要件は何なんだよ!」
「あんたは入り口付近から一度も動いていないってことでいいのよね」
「……」
煽りすぎたからか警戒されてしまった。
「別にあんたは疑ってない。さっきも言ったけど犯人は女子部員の誰かだし、犯人が入り口付近なんて目立つ位置にいるはずがないもの」
「……ずっといたよ」
「いつから?」
「部員たちが体育館にくる前からだ。それがなんだ?」
「じゃあ、歩き方が不自然な部員はいた?」
「歩き方が不自然、というと?」
「ジャージのウエストと腰の間に何かを挟んでいるかのような歩き方よ。歩幅を小さく、ゆっくり歩くような」
「そんな部員はいなかった。軽いものを運んでいた部員はみんな小走りしていた。重いものを運んでいた部員は慎重だったが、そんなところに何かを挟んだまま重いものを持ち運ぶことはできないだろう」
まあ、できるかもしれないけど、やろうとは思わないわね。
「んー、違うっぽいね」
アスマがさして残念がらずに呟いた。
「みたいね。他に可能性があるのは、超ド直球にハサミを腕だけで隠したって可能性ね。何かを胸に抱きしめるような格好で入ってきた部員は?」
「いないぞそんな奴」
「そう……他には身体にハサミをテープか何かで巻き付けていた、とかかしら。着替えの最中は無理だとしても、小道具の搬入中に校舎のトイレとかでならできそうだし」
「身体に痕とか残るよね、それ」
アスマが一言コメントする。
「そうね。じゃあ、調べましょうか」
「え、本気?」
「本気も本気よ。時間が経つとどんどん消えていくわよ」
と、いうことで、アスマと二人で容疑者六人を舞台の下手袖の奥にあるトイレへと二人ずつ呼んで、身体チェックをした。嫌がった奴もいたが、「怪しいなー。もしかして犯人? さっきの刑事さんに言ってみようかしら」とかなんとか呟いて半強制的にジャージをひん剥いた。結果、誰にもテープ痕はなかった。一応念のため控え室にいた七人も調べてみたがやはり痕はなかった。
「この線も外れ、か。他には……そうね。あらかじめ体育館のどこかに凶器を隠していた線があるわね」
あたしは再び中村のところへ赴く。
「ねえ、カーテンをいじったり倉庫とかに入っていった部員はいなかった?」
「いない。何なんだ、その質問は」
「犯人が体育館にあらかじめ凶器を隠していた可能性について考えてるのよ」
「そ、そうか。色々考えてるんだな。別にそれらしい動きをしていた奴はいなかったぞ。みんな一直線に上手袖に向かったり、パイプ椅子を並べにいっていた」
この線もない、か。いや、隠していたのがここじゃないだけかも。
あたしは一、二年生の男子二人ののもとへ向かう。
「ねえあんたら」
「ん……?」
「何か……?」
二人とも大分顔がやつれている。あたしが気にすることでもないが。
「あんたたちは、一番最初に大木の張りぼてを搬入するために、あの事件現場に入ったのよね?」
「ああ、そうだけど?」
「だったら、凶器のハサミとか、置いてなかった?」
「なかった。そもそもものが一つもなかったよ」
「そう……」
じゃあトイレか。
「あの、何を考えているんですか?」
一年生の方が尋ねてきたので、あたしは仮説を説明した。
話を聞いた二年生の方は顎に手を添え、首を左右に振った。
「それはたぶん無理だ」
「どうして?」
「上手袖の扉はずっと掛かっている。特別なことがない限り開けられないし、そもそもあそこの鍵は教師以外に鍵は貸し出されない。今回は中村先生が借りてきたんだ。それにこの学校では毎週木曜日、生徒が帰った後に清掃業者が体育館を掃除する。上手袖の奥もな。だからハサミなんて隠しても見つかるんだ」
木曜日といえば昨日だ。あらかじめ事件現場周辺に凶器を隠すことはできないか。それならば、と。あたしは三度中村へ話を訊きにいく。
「ねえ」
「今度はなんだよ」
「下手袖へ入っていった生徒はいなかった?」
さっき身体チェックのときに知ったが、下手袖には上手袖とは違って扉がなく、トイレだけがあった。あそこなら鍵がなくても入れるから、今日の朝、朝練をする運動部にしれっと紛れ込めば凶器を隠しておける。しかし、
「いや、そんな生徒はいなかったよ」
「本当に? 庇ってるとかじゃなく?」
「当たり前だ。川澄を殺されて悲しんでいるのは俺も同じだ。犯人だって憎い。例え犯人が部員でも、庇う理由がない」
イジメを平気で隠蔽する昨今の学校関係者を簡単に信用するのはあれだが、いまの彼は学校ではなく一個人だ。嘘をつくメリットはあまりない。それにもう既にこの学校では結構の死亡事件や事故が起きている。今更隠蔽する必要はないか。
となると、犯人があらかじめ凶器を隠していたという可能性は失せた。残りは一つか。しかしここからじゃ推理を展開できない。現場を見たい。写真を撮っておけばよかった。早く明月と十束こい!
と、思いが通じたのか二人が舞台上に現れ、こちらに向かってきた。
「ナイスよ二人!」
「何がだよ」
明月が顔をしかめた。
「本題の前に訊いておくけど、被害者の着信履歴とかは調べた?」
「パスワードがかかってるから調べられん」
「あれ、意外とすんなり教えてくれますね」
アスマがやや驚いたように呟く。
「大して重要な情報じゃないからな」
まあ、スマホにパスワードがかかっていた情報はこちらとしてもどうでもいい。まあ、どうせ着信履歴もメール履歴もないだろう。あらかじめ時間を指定して川澄を呼び出しておけばいいだけなのだ。
「君たちと話している暇ないんだ。第一発見者の子は?」
十束が尋ねてきたので、一年生の男子を顎でしゃくって示す。
「あいつだけど、話を訊くなら一人だけでいって。もう片方には頼みがあるから」
「何だ偉そうに」
明月が噛みついてきた。
「事件解明への進捗は警察よりあたしの方が上よ」
「ほんとかよ?」
疑わしそうに見てくる。
「当たり前じゃない。もう目と鼻の先よ」
自信を持って宣言する。明月はしかめっ面であたしのことを見ていたが、やがて十束に指示を出した。
「彼から話を訊いてこい」
「え、桂川さんの頼みを訊くんですか?」
「どんな内容の頼みなのかを聞く分には別にいいだろ。それで事件解決に近づくなら儲けもん。まったく進歩しなかったら鼻で笑ってやる」
十束は一年男子のもとへ向かった。それを見送った明月は試すような口振りで言う。
「それで、頼みってのは?」
「現場見せて」
「駄目だ」
「――とは、流石に言わないから、現場見てきて」
「は? さっき見てきたが……」
「正確にはどんな小道具とかセットがあるのか教えてほしいのよ」
「話が見えねえんだが……嬢ちゃんはわかるのか?」
明月がアスマに視線を移した。アスマは首を傾げる。
「いいえ。さっぱり」
「おい桂川。目的を先に言えよ」
「あたしたちは犯人がどうやって凶器を持ち運んだのか考えていたのだけど――」
あたしはこれまで考えてきた仮説とその仮説を否定する証言を説明した。
「なるほどな。それで、どういう考えに思い至ったんだ?」
「凶器を小道具と一緒に持ち込んだという方法よ」
「小道具と一緒に、というと、具体的にはどういうことだ?」
「例えば、大きな提灯みたいなものがあったでしょう。あの提灯の空洞部分にハサミを入れて持ち込んだり、ちゃぶ台を運ぶ際にハサミを持てば手は自然とちゃぶ台の裏にいくから人に見られない。要は小道具をブラインドにして凶器を隠すのよ。だからあんたには、凶器を隠せそうなものをピックアップして教えてほしいの。その中から二人以上で運んだものを消して、残ったものを運んだ奴の中に犯人がいる。いまの容疑者の人数からもう少し絞れるかもしれないわ」
「お前……よくそんな色々と思いつくなあ」
明月は呆れ半分関心半分に呟いた。彼は肩をすくめ、
「わかった。調べてきてやる。ただし、それ以降のことは警察に任せるんだ」
いつになく真面目に表情にあたしは訝る。
「何でよ。一応あたしは関係者よ。……あたしは、あたしを頼ってくれた人を、死なせてしまったのよ。あたしがもっと調べていればこんなことには……!」
あたしは拳を固く握りしめる。
「ねぇねぇミノ。何でそんな白々しい演技してるの?」
うっさいわねアスマ。同情を誘う作戦が失敗じゃない。
明月は諭すような声で言う。
「お前らは花の女子高生なんだ。こんなことばっかりに関わるな。巻き込まれるのは仕方ないかもしれないけど、手はいつだって引けるんだ。じゃなきゃ、お前たちの青春は甘酸っぱくもほろ苦くもない、血なまぐさい鉄の味だけになっちまうぞ」
「どうしたのよ急に」
「ほんとですよ。それと、私はミノに無理やり連れてこられただけなんですけどね」
中年の刑事はため息を吐いた。
「お前らの知り合いの大人として、お前らの行末が心配になったってだけのことだ。子供がこんなことに喜々として関わるな」
「別に私は喜々として関わってないですよ。面倒くさいなー、と思ってる程度です」
「あたしも、目の前に突きつけられた難題を突破したいだけよ。あたしは売られた喧嘩は買う主義だから」
「青春は一度しかないんだ。殺人事件なんかの捜査にその数少ないページを使うな」
「いやいや、大丈夫ですよ。私の青春のページはこの程度のことじゃ埋まりませんから。私の青春のページを埋めるのはイッテQの記憶のみです」
「あたしも、どうせあたしの性格じゃ学生の間は何も起きないってわかりきってるわけだし、青春のページとやらを空白のまま終わらすより不可解な謎を解くという滅多にできないことをした方がよっぽど建設的でしょ」
明月は思いっきり顔をしかめて再び――しかし先ほどよりもずっと盛大な――ため息を吐いた。
「偶には真面目に説教をしてみようと思ったが、駄目だなこりゃ。お前らはもう駄目だ。手に負えねえわ。いい教職員に出会うことを願う」
明月はそう言って踵を返すと、舞台上へ上がり上手袖へと消えていった。あたしたちは顔を見合わせる。
「何だったのかしらね」
「さあ? まあ、それはともかくとしてさ。ミノ、凶器のキッチンバサミって犯人が校外から持ってきたものなのかな?」
「調理室のキッチンバサミとは種類が違うからおそらくね」
「ということは、犯人は今日殺害を思い至ったわけではないんだね」
「計画的な犯行でしょうね」
「そっか、やっぱり」
アスマは勝手に納得したように呟いた。あたしは眉をひそめ、
「何かわかったの?」
「ああ、うん。大分前から見当はついてたんだけど、ミノがどんどん突っ走って推理を展開していくもんだから、言うタイミングがなかったんだよね」
「あたしが明月に話した推理は間違ってるってこと?」
「そうなるね」
「どうしてそう思うのよ」
あたしは挑戦するような口調で言うが、内心は物凄く嫌な感じがしていた。こういう場合、アスマの推理は大抵当たる。
「ミノ、凶器はさ、キッチンバサミなんだよ」
「そうね。それが?」
「おかしくない? ミノの言った推理なら別にナイフや包丁でも構わないよね。誰からも見られないんだから」
「……そうね」
アスマの言わんとすることが理解できた。
「犯人はわざわざ、ナイフでも包丁でもなくて、キッチンバサミを凶器に選んでる。確かにあのキッチンバサミでも人は殺せるよ。事実殺されてるし。だけどさ、キッチンバサミだよ? 人は殺せるとしても殺傷力は低いでしょ。その場に凶器になり得たものがそれしかなかったのならわかるけど、そうじゃなくて、犯人は凶器を選びたい放題だったわけじゃん。ミノの推理を採用したとしたら、より確実に人を殺せる凶器を使用すると思うんだよね」
「つまりあんたは、凶器がキッチンバサミでなければならなかった必然性を求めてるのね」
「そういうことだね。まあ、求める、というかもうわかってるんだけど」
「まさか犯人がわかったの!?」
アスマは首を左右に振った。
「ううん。それはまだわかってない。凶器の持ち込み方がわかったってだけ」
「どうやって持ち込んだっていうの? あたしの言った方法以外にあるの?」
「あるよ。ミノってさ、いちいち小難しく、深く深く考えすぎる癖があるよね。そのおかげで捜査の進行は早いけど、大事なところを見落としてる。もっと周りを見なきゃ」
「もっと、周りを……それは比喩?」
「いや、比喩じゃなくて、物理的に」
あたしは周りを見てみる。捜査関係者がちらほらと体育館を出入りし、演劇部は隅で固まっている。……ん? あ、そうか。
「確かに難しく考えすぎてたわ……。答えは目と鼻の先だったのね」
「そういうこと。だけど、犯人は――」
「わかったわ」
「え、わかったの?」
「ええ」
演劇部員の近くにいた十束が振り向き、こちらに駆けてきた。
「いま、わかったって聞こえたけど、何がわかったの?」
「耳いいわねあんた。犯人がわかったのよ」
「ほ、本当!? 証拠とかはありそう?」
「それを集めるのは警察の仕事でしょう。だけど、動機は不明だし、もしかしたらこの場で暴けば自白してくれるかもしれない」
あたしのこの言葉に二人は顔を見合わせた。




