考えるべきこと
現場検証をするため警察によって事件現場から離されたあたしたちは体育館の隅へ居場所を移った。各々が床に腰を下ろし、あるものは悲しみに暮れ、あるものはひどい焦燥感を抱いているようだった。
あたしは部長から今日の一連のスケジュールを訊いた。今日は明日の発表会に向けての準備と最後の本番練習を行う予定だったらしい。全体の動きとしては、男子は部室に荷物を置いて着替えをすまし、女子たちはあの女子更衣室に荷物を置いて着替えをした。ただ、劇に出る女子七人は着替えはしなかったらしい。後で衣装を着るからだ。それから更衣室の鍵は男子――アリバイ残ったあった男子だ――に託した。
「どうして女子更衣室の鍵を男子に預けるのよ」
「いや、女子部員に脅迫者がいるかもしれないって、あなたが言ったから、念には念を入れて。台本の読み合わせをしてる七人に見張らせておけば安心だし」
舞台に出る女子七人と鍵を託された男子は共に事件現場向かいの控え室へいった。
他の部員たちは舞台で使うと小道具等を制作を依頼していた部へ取りに向かった。
小道具を作ってくれた部は様々で芸術部や手芸部、木工部、それから模型部が舞台に関与していた。模型部という言葉に眉をひそめる。
「模型部なんてあったの? 芸術部と一緒くたにされてるはずじゃない?」
「芸術部をやめた寺島が新しく立ち上げた部活だよ」
大浦が教えてくれる。……へえ、あいつ芸術部やめたんだ。そりゃそうか。
部員たちは手伝ってくれた各部の部室から小道具を手当たり次第に無計画に事件現場に運び込む一方で、職員室の隣の部屋からパイプ椅子を運んで体育館に並べていたらしい。予想以上に観客数が多いらしく、体育館の舞台に下に収納されている分のパイプでは足りなかったからだ。
小道具を運ぶのもパイプ椅子を運ぶもの殆ど同時に行われ、しかも部内でも情報共有ができていなかったために既に運んである小道具を取りにいく者もいたという。上手袖の奥に向かう部員もあとを絶たなかったので、犯行は誰にでもできたらしい。
本来なら本番さながらに衣装を着て、小道具を使って練習をする予定だった。
「小道具の制作が予想以上に長引いたから、それらを使っての練習は今日が初めてになるはずだったんだ」
「本番ぎりぎりね」
「ほんとだね。けど、もう本番どころじゃないよ……」
部長は重いため息を吐いた。
「それで、容疑者は誰なんですか? さっき手を挙げてなかった女子は」
アスマが尋ねると、部長は暗い面持ちで教えてくれた。アリバイのない女子部員六人は大浦と部長。それから遠藤かなえ。伊藤彩。浪川咲。小野睦という女子だった。
彼女たちの見た目をアスマ風にまとめると遠藤は眼鏡。伊藤は小柄。浪川は長身。小野はサイドテールだ。
「じゃあ、あんたたち六人に訊くわ。四時から四時二十分の間、どこで何してた?」
と、質問してみたいけれど。
「私は……芸術部に背景の絵を取りにいったり、パイプ椅子を取りにいったり、木工部に張りぼてを取りにいったり……」
と遠藤。
「わ、わたしはずっとパイプ椅子を取りにいってましたけど、一度トイレに上手袖の奥へいったので、アリバイはないかも、です……」
と伊藤。
「あたしは衣装を取りに手芸部へいったり、部室に置いてあった刀のレプリカを取りにいったりしてたよ。背景の絵も取りにいったんだけど、既に遠藤が運んでたからなかった」
と浪川。
「私は工作部へ提灯を取りにいきましたし、茶道部に座布団とちゃぶ台を借りにいきました」
と小野。
「私も部室に置いてあった刀や槍とか運んだよ。パイプ椅子とかも運んだし、どのくらい小道具が搬入できたのかの確認とかするために、あの部屋にいったし……」
と部長。
「私も芸術部にいって書いてもらっていた掛け軸を受け取ったり、部室に置いておいた岩のセットを運んだり……」
と大浦。
あたしはため息を吐いた。役に立ちそうな情報はなかった。強いて言えば誰でも犯人足り得るということだ。
「じゃあもう一つ。川澄を隠してたあの大木の張りぼて。あれはいつ誰が運んだかわかる?」
「櫻井と山下が一番最初に搬入したよ」
「それは男子二人?」
「うん。あれ、大きいから、早いとこ入れておかないと後々困るだろうってことで、最初に運んだんだよ。それだけは部活前に決めておいたから」
最初、ってことは、川澄が呼び出された四時以前の可能性が高い。犯行時刻を狭めることはできない。
ややがっかりしていたところ、出入り口から聞き覚えのある二つの声が聞こえてきた。
「ったく。この学校死人多すぎだろ。どうなってんだ」
「度重なる事件のせいで犯罪への敷居が低くなってるのかもしれませんね」
明月と十束だ。二人は一瞬だけこちらを尻目に見て、現場を向かおうとしたが、あたしとアスマの姿を認めたからかこちらを二度見してきた。
「ああっ!」
十束があたしたちを指差した。明月が頭を抑えてこちらへ向かってくる。
「こんにちはー」
アスマがのほほんと挨拶をする。殺人現場にあまり似つかわしくない声音である。
「またお前らが第一発見者かよ。この間事件があったばっかだろ」
明月が呆れながら言ってくる。
「残念。今回はあたしたちは第一発見者じゃないわ」
「じゃあ何でいんだよ」
「警察がくる前にここの部員に呼ばれたのよ。被害者の川澄とはちょっとした知り合いだったから」
「友達、だったの?」
十束が慎重な姿勢で訊いてくる。あたしは首を振り、
「全然。一度しか会ったことないわ」
「やだなあ、十束さん。ミノに友達がいるわけないじゃないですか」
アスマの脇腹に突きを放つ。
悶絶するアスマをよそに明月が首を傾げた。
「どうして一度しか会ったことないのに呼ばれたんだよ」
「あ、それは、私が、説明します」
大浦があたしたちと川澄の関係を丁寧に説明した。
二人は興味深げに頷いた。
「なるほど。被害者は脅迫らしきことをされていたのか」
「その人物が犯人の可能性が高いですね」
「高いじゃなくて、確実に犯人よ」
そう考える根拠を説明する。
「朝顔の写真、か。殺人現場にあったものはこれまでのものと、日付以外まったく同じように写真だったのかい」
「はい」
「あたしが介入すると話が早くて助かるでしょう?」
得意げに言うと二人は顔をしかめた。
「相変わらず生意気な小娘だな」
「とりあえず、現場にいきましょう、明月さん」
二人は上手袖へと消えていった。
警察が何かを見つけてくれることに祈りつつ、あたしは何について考察すれば犯人に辿り着けるかを考える。
「部長さん、暇なのでそれ読んでもいいですか」
アスマが部長の右に置かれていたA4サイズの分厚い紙束を指差した。左上がパンチで穴を空けられ、紐で綴じてある。劇の脚本だろう。
「ああ、うん、いいよ」
アスマはそれを手にとってページを捲り始めた。
「部長と大浦が書いたのよね?」
尋ねると部長は頷き、
「うん。私、文芸部との兼部だから、一応お話とかは書けるのよ。だけど脚本や台本みたいに書くのは苦手で、小説っぽく書いてるけどね」
「劇に出る七人が持ってる方はもうちょっと薄いわよね?」
「台本の方は私が清書してるんだよ。……桂川さんも、読む?」
大浦が自分のものを差し出してきた。拍子には『七人の姫君』と書かれている。劇のタイトルなのだろう。ペラペラ捲ってみる。かなりページが多い。百ページ以上はありそうだ。
「これは小説バージョンなのね」
「それを見ながら冬華たちの演技を見るつもりだったんだよ。そっちのバージョンの方が情景が詳しく書かれてるから」
「ふぅん」
まあどうでもいい。事件とは無関係だろう。脳を事件の推理に働かせようとしたときにアスマが訊いてきた。
「ねえミノ」
「なによ」
「この戯曲もだけどさ、どうしてドラマとかって『七人の○○』っていうタイトルの作品が多いのかな?」
「『七人の侍』のオマージュなんじゃない。『七人の侍』っていうのは――」
「それくらい知ってるよ。有名な監督の有名な映画でしょ」
それはもう知らないと同義だ。
ふむ……。侍。刀。武器。凶器……ハサミ。そうね。やっぱり犯人を絞り込むには凶器のことを考えるのが一番手っ取り早そうだわ。
「アスマ、あの凶器について考えるわよ」
アスマは読んでいた小説風の脚本から顔を上げた。
「考えることなんてあったっけ。凶器はあのキッチンバサミでしょ?」
「そうでしょうよ。だからそれについて考えるって言ってんの」
「いや、だから、ハサミの何を考えるのってこと」
「周りを見なさい」
アスマはあたしの言うとおりに演劇部員たちを見る。
「悲しみに暮れてるねぇ。これがどうかしたの?」
「そんな感想を聞きたいんじゃない。誰も荷物を持ってないでしょ」
「うん。そうだね。それが?」
「みんな荷物は更衣室に置いたって言ってた。だったら、ハサミをどうやって持ち込んだのかって話になる」
「あ、確かに。あのハサミ大きかったからポケットにも入らなそうだしね」
「ええ。それ以前にうちの学校のジャージにポケットはないけれど」
「嘘……」
アスマは一瞬だけ戦慄の表情を浮かべ、周囲のジャージを着ている面々を見た。
「ほんとだ。入学して一年以上経つのに全然気が付かなかった……」
「どんだけ物事に関心がないのよあんたは」
というかそんなどうでもいいところで驚くくらいなら殺人が発生したことに驚きなさいよ。




