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少女たちは青春を味わわない  作者: 赤羽 翼
トーテムポールの嘲笑
2/22

依頼人現る



 私たちの目はノックされた引き戸を注視した。誰だろうか。この部室に誰かが訪ねてきたことなんて……あったかもしれないし、なかったかもしれない。ちょっと憶えていない。

 ならば、誰も訪ねてきてない、に十ドル賭けよう。十ドル何円なのか知らないけど。


 ミノは訝しげな表情を浮かべ、小声で呟いた。


「誰かしら……。いままでこの部室に誰かが訪ねてきたことなんてなかったわよね」


 なかったらしい。十ドルゲット。何円か知らないないけど。

 私も小声で言う。


「誰かわからないなら無視しようよ。いままでなかったことに関わると、きっとろくなことにならないよ」

「まあ、そうでしょうね。あんたと意見が一致するのは何度経験しても不愉快だけど」

「酷いなあ。それはそうとさ、十ドルって何円?」

「何でこの状況でその質問が飛んでくるのか全然わかんないだけど。……十ドルでしょ。千円前後じゃない?」


 安っ。


 十ドルの安さに少しばかりびっくりしていると、唐突に引き戸が開いた。二人同時に振り向いてしまう。


「誰かいますか……っているじゃん」


 眼鏡をかけた長髪の男子生徒だった。ブレザーのネクタイの色が赤なので、同学年だとわかった。ちなみに女子の制服はセーラー服です。


 誰も返事をしないからといって扉をいきなり開けるのはいただけないと思う。これがラブコメとかライトノベルだったらラッキースケベコースだったよ? その辺にあるものを投げまくられていたよ? 生物部のここでそれはやばいよ? 虫とか金魚とかサボテンとか飛んでくるよ? まあそんなもの投げないし、こんなところで着替えないけど。


 私がこんな全然関係のないことを考えているところから察せられるだろうが、私はこの男子に見覚えがなかった。そもそも99.9:0.1くらいの割合で生徒に見覚えがないのだが。


 ミノの顔を伺うと、眉根を寄せて顔をしかめていた。しかし男子はそんなミノの表情を気にする様子も見せず話しかけた。


「桂川さん、いたならノックしたときに返事してくれよ」

「…………」

「まあそれはいい。実はさ、桂川さんに頼みがあってきたんだ。桂川さんって頭いいよね? 成績も学年一位って話だし、パズルとかなぞなぞとかも得意なんだよね?」

「へぇ、そうなの?」


 ミノに尋ねた。


「得意って豪語するつもりはないけどね。去年の文化祭でクイズ研が作った問題くらいなら余裕だったわ」

「あれ凄い難しかったよ。やっぱり桂川さんなら解決できるかもしれない。力を貸してほしいことがあるんだ」

「ミノ、この人誰?」

「クラスメイトの寺島てらしま。下の名前は知らない」

はじめだ」

「一だって」

「あっそ」


 どうやらミノは私以外にもこういうスタンスらしい。想像はついていたけど。


「それで桂川さんには詳しい話を聞いてほしいんだけど、いいかな?」

「アスマ、身長伸びてた?」


 そういえば今日は身体測定があった。


「伸びてなかったよ。たぶんもう伸びそうにないね。体重は減ってたけど」

「何で大して運動してないのに減るのよ」

「そういう体質なんだよ。先生に痩せすぎだからもっとご飯食べなさいって言われちゃった。結構食べてるつもりなんだけどね。ミノはどうだったの?」

「あの、話を――」

「身長伸びてたわよ」

「え、何センチ?」

「0.2センチ」

「2ミリってこと?」


 それはもう誤差の範囲では。


「体重はどうだったの?」

「すいませー――」

「増えてた」

「あれまあ。貧乏でも太ることがあるんだね」

「一人暮らしだからを貧乏の前に付けなさい。それから体重が増えた=太る=脂肪が増えたってわけじゃないから。あたしの場合は筋肉が増えただけで太ったんじゃない。筋肉は脂肪の三倍重いのよ」

「おい――」

「そんな全力で否定しなくてもいいのに。肥えてる人は絶食していても長生きできるって言うでしょ。お金が尽きて何も食べられなくなっても安心じゃん」

「あんたそれわざと言ってんの? いままではナチュラルクズだから大目に見てあげてたけど、わざとなら本気で殴るわよ?」

「思ったこと口にしてるだけだよ」

「あんたそれ――」

「うわああああああああああ!」


 突如として……えっと、そう、寺島だ。寺島くんが大声を発した。この人ってこういう人だったの? 薬とかキメてる系?


「話を! 聞いてよっ! お願いだからさあ!」


 ああ、そういうことか。魂の叫びだったってわけだね。


「アスマ、あんたナチュラルクズの皮を被ってんじゃないでしょうね?」

「聞けええええ!」



 ◇◆◇



「それで、何か用なの?」


 ミノが心底どうでもよさそうに憮然とした表情で言った。

 私たちの前に余りの椅子を引っ張ってきて座っている寺島くんは若干声に疲労感を滲ませながら答える。


「実は桂川さんに解いてほしい謎があるんだ」

「もったいぶらないでさっさとその謎についてを言いなさい。腹立つ」

「ご、ごめん。桂川さんにはさっき起こった事件の犯人を見つけてほしいんだ!」

「嫌だ。以上。帰って」

「そ、そんな! もうちょっとだけ話を聞いてくれよぅ!」


 寺島くんから「そ、そんな!」というリアクションが出たのに驚いた。さっきまでのミノを見ていたら答えがNOだというのはわかりきったことだと思う。


「じ、じゃあ、これならどうだい? 事件を見事解決してくれたら、三日分の昼食を奢ろう」


 ミノの眉がぴくりと動いた。わかりやすい。

 それは寺島くんも見逃してなかったらしい。彼はたたみかけた。


「俺は小遣いには余裕がある。どんな高額メニューでもお金をだそうじゃないか。デザートもつけていい。解決できなくても、引き受けてくれさえしたら一日分奢ることを約束しよう」

「むむむ……」


 悩んでそうな呻き声を出しているが、完全に向こうに傾いているのはにやけた口から一目瞭然で、早く頷かないのはプライドの問題だろう。


 寺島くんはまだ続ける。


「絶対お得だよ。三日間昼食タダだよ? 飲み物だって買っていい。この話は乗らない手はないよ。貧乏なら少しでも節約したいはずだろう?」


 意気揚々と語っていた寺島くんだったが、バキボキと手を鳴らしたミノに顔を青ざめさせた。


「ひ、一人暮らしなら節約、したいでしょ?」

「ふんっ。まあいいわ。事件でもなんでも解決してあげるわよ」

「あ、ありがとう!」

「それじゃあ、さっさと何があったのか話しなさい」


 寺島くんは立ち上がった。


「わかった。現場にいきながら話すよ」

「ま、仕方ないわね」


 ミノも立ち上がり、引き戸へ向かう寺島くんに付いてく。がんばってねー。

 ミノが踵を返して私の方を向いた。


「アスマも付いてきなさい」

「え、なんで?」

「人間性はともかく頭はそこそこいいじゃない。あたしの昼食のために協力しなさい。どうせ暇でしょ」


 なんて上から目線なのだろうか。いつものことだから別に気にしないけど。

 私はしばし考え、


「んー、いいけど、私がミノより先に解決したら一日分は私に奢ってね」



 ◇◆◇



 寺島くんの所属する部活の部室は四階にあるらしい。歩きながら寺島くんは話し始めた。


「俺は芸術部に所属してるんだけど――」

「芸術部って何? 美術部じゃないの?」


 手鼻から話の腰を折ってしまった。いや、出鼻だからまだ話に腰はないはず。何の問題もない。


「芸術部は色んな芸術系の部活が統合されできた部活だよ。絵とか彫刻とか書道とかね。俺は模型だけどね。で、俺はその芸術部に所属しているんだけど、実は春休みが始まる前に校長先生とトラブルを起こしてしまったんだ」

「どんな?」


 ミノが訊いた。


「校長室に沢山の美術品擬きがあるって聞いて、見せてもらっていたんだけど、その中にあった壺を落として割ってしまったんだ。お気に入りの品だったみたいで、校長先生が大激怒してさ、『君は来年のコンテスト出させないぞ』って言われちゃって」


 大人げない校長だなあ。


「コンテストって?」

「夏にある鉄道模型のコンテストさ」

「ふぅん」


 ミノは興味なさそうに鼻を鳴らした。


「もちろん、はいわかりました、って引き下がる気はなかった。どうしても出たい、と俺は懇願した。そうしたら校長先生はこんな提案をしてきたんだ。『その壺の代わりになるような素晴らしい置物を作ることができたのなら、コンテストへの参加を認めよう。ただし期限は四月の七日までとする』」


 何か日本昔話にありそうな展開だなあ。

 四月の七日というと、あと二日か。


「そして俺は春休みを利用して模型作りに取りかかったわけだ。今日まで毎日、平日は完全下校時間まで必死に、休日でも構わず努力して、もうすぐ完成というところで悲劇が起きたんだ」


 寺島くんは悔しそうに歯を食いしばった。

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