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少女たちは青春を味わわない  作者: 赤羽 翼
演劇部のフーダニット
19/22

死体発見現場にて



 あたしは弾かれたように椅子から立ち上がると、隣でぼーっとしていたアスマの腕を掴んで無理やり立ち上がらせた。


「え、なに? なに?」

「体育館にいくわよ。川澄が殺害された」

「え? 殺害? 川澄って誰?」

「月曜日に会ったでしょうが。演劇部の川澄冬華よ。怪文書を送りつけられてた」

「ああ。黒ロングさんね」

「何よその呼び名」

「黒髪ロングだから」


 アジア人女性の大半に当てはまりそうな名称をつけるな。

 あたしは立ち止まろうとするアスマをぐいぐいと引っ張っていく。背はあたしの方が低いが、力はあたしの方がずっとあるのだ。『王我』の十代目総長を舐めてもらっちゃ困る。


「ちょっと、ミノ。ミノが殺人事件に首を突っ込みたいのはわかるけどさ、どうして私を連れていくの?」

「殺されたら犯人を捕まえるのにいくらでも協力してあげる、って言っちゃったからよ。あんたがいた方が早く解決できる」

「そんなところで義理堅くならないでよ。後で明月さんとかから事件の話を訊けばいいじゃん」

「あいつらが素直に捜査情報を教えてくれるかわからないでしょ。だから一分一秒でも早く、警察がくるより前に、現場を見ておきたいのよ」


 しばらく無理やりアスマの足を動かしていたが、観念したのかため息吐きながら心底面倒くさそうに付いてきてくれた。



 ◇◆◇



 急いで体育館へやってくると、入り口の近くで大浦が待っていた。


「川澄は!?」

「こ、こっち……!」


 目を赤くさせていた大浦に付いて体育館へ入った。体育館には大量のパイプ椅子が並んでおり、舞台の上には演劇のセットと思われる和室のような背景が描かれた大きな張りぼてが置かれている。


「これは?」

「明日の発表会のための、準備をしてたの……」


 大浦が舞台の上に上がったので、あたしたちもそれに続いた。それから上手袖へと向かう。扉を開けると廊下が伸びており、男子トイレと女子トイレ、その奥に扉が向かい合ってついていた。そのうちの一方、あたしたちから見て左側の扉の前にジャージを着た生徒たち――制服姿の女子も半数近くいるけれど――が集まっており、その中には泣いている者もいた。


 あたしはアスマの手を引っ張ってその扉の前へと駆けると、両開き扉の片方のノブにハンカチをかけて回した。


「ちょ、ちょっと君! そ、そこは――」


 演劇部の顧問と思われる男性教諭が注意してきたが、無視して中に入った。

 室内は結構広かった。普通の教室の半分くらいの面積はありそうだ。しかし至る所に演劇で使うと思しき小道具が置かれていた。和風の衣装。大きな提灯。ちゃぶ台。刀や槍のレプリカ。大きな岩。大木の張りぼてなどなど。しかし死体は見当たらない。


「あの、木の張りぼての裏に……」


 大浦が震える指で大木の張りぼてを指さした。

 あたしとアスマが小道具に身体をぶつけないように張りぼての裏へ回り込むと、仰向けに倒れた川澄の姿が露わになった。喉から流れた大量の血液が、茶色いリノリウムの床を真っ赤に染めていた。


 川澄の顔の右側に凶器らしき全長二十センチほどの鋭いキッチンバサミが落ちていた。刃の部分が血塗れている。そして顔の左側には例の朝顔の写真があった。日付を確認すると、この間見たものとはやはり日付が違う。それから死体の傍らには血に染まった軍手も落ちている。指紋を残さないために使ったのだろう。使用後は邪魔になるから捨てていった、と。


「うわあ、グロいね」


 アスマが垂直な感想を述べる。

 傷口を見る限り、あのキッチンバサミで喉を一突きされたようだ。調理室にあるものとは違う。柄が薄くて凹凸が少なく、全体的にスタイリッシュな形をしている。新品そうだ。


「第一発見者は!?」


 あたしは部屋の入り口からこちらを覗いている部員たちに尋ねた。そのうちの一人、一年生の男子部員が怯えながら手を上げた。


「じ、自分、です」

「そのときの状況を教えなさい」

「え、ええと、いいんですか、先生?」

「いいからさっさと教えなさい!」

「は、はいぃ!」


 有無を言わせない。


「え、えっと、自分は小道具を確認するためにこの部屋に入ったんですけど、躓いてこけてしまったんです。そしたら、張りぼての裏に川澄先輩が倒れているのを見て、悲鳴を上げました」

「その悲鳴で、みんな集まってきたんだ」


 部長が目を伏せて言葉を継いだ。

 あたしは死体を観察するが、特にめぼしい情報は得られない。

 アスマが耳に口を寄せてきた。


「ミノの予想外れちゃったね。発表会までは何も起きないって言ってたのに」

「みたいね。犯人の奴、相当堪え性がないみたい」


 あたしは訊くべきことを考える。


「死体を発見した時刻は?」


 二年生の男子が手を挙げた。


「憶えておいた方がいいと思って確認してた。四時二十分くらいだった」

「最後に川澄を見たのは?」


 一年生の女子が目に涙を浮かべながら答える。


「四時くらい、でした……。ここの向かいの部屋で一緒に台本の読み合わせをしてたんでけど、トイレにいくといって出ていってしまったんです……。帰ってくるのが遅いので、どうしたんだろうと思ってたら……」


 犯行時刻は四時から二十分の間、ということね。


「四時から二十分の間、ずっと誰かと二人以上でいた人は手を挙げて」


 ここで顧問がしゃしゃり出てきた。


「き、君は何をしてるんだ! こういうのは警察の仕事だろう! 遺体を前に不謹慎だぞ!」

「こういうことはあらかじめ確認しておいた方が警察も楽よ。それに不謹慎で言ったら、殺した相手を前に悲しむふりをして心中ほくそ笑んでいる人間がいる方が、よっぽど不謹慎でしょ」

「おっ、なんか名言っぽいのきたね」


 アスマがどうでもいいことを言う。


「で、二人以上でいた奴は?」


 七人の手が挙がった。女子六人と男子一人。手を挙げた中には先ほど川澄を最後に見た時間を証言した女子がいた。それから、男子以外の奴はA4サイズの台本らしきものを手にしている。


「あんたらは全員まとまっていたの?」


 手を挙げていた三年生の男子がこくりと頷いた。


「俺たちはずっといままで向かいの部屋にいた。誰もこなかったし、川澄以外誰も外には、出なかった」

「そう。じゃあ、あんたたちはアリバイ成立ね。他に、自分はアリバイがあるって主張できる奴はいる?」


 尋ねると、部長がおそるおそる手を挙げた。


「自分のことじゃないんだけど、中村なかむら先生にはアリバイがあると思う。私たちはひっきりなしに出入りを行き来してたんだけど、毎回出入り口付近で私たちを見てたから」

「出入り口付近で一時でも中村を見なかった奴は?」


 誰もいなかった。


「それじゃあまあ、アリバイ成立ね。殺人をする人間がそんな目立つ場所にずっと立ってるわけないもの」

「当たり前だ! だいたい部員が川澄を手にかけるわけがないだろう! もういいから部屋から出なさい!」

「犯人は部員よ。演劇部員が集まってる体育館に部外者が侵入して人を殺すわけないじゃない。だいいち、あんたが出入り口の近くにいたんなら、部員以外の誰かが入ってきたらわかるはずでしょう? 部外者は入ってきたの?」

「い、いや、きてないが……」

「じゃあ部員が犯人じゃない。川澄を脅迫していた奴が犯人の可能性が高いから、女子部員ね」


 女子部員たちが顔を強ばらせる。

 さあ、もっと尋問を……というところで制服警官が到着した。あたしとアスマは部屋から追い出され、警察官たちは死体を確認したり、発見時の状況を顧問の中村に尋ねたりし始めた。


 あたしは大浦に近づくと、


「あれから怪文書や脅迫文はきてたの?」

「う、ううん。きてなかったよ。嵐の前の静けさみたいで、ちょっと不気味だったんだけど、まさかこんな……」

「ということは、犯人はそれらを送ってた人と同一人物ってことなのかな?」


 アスマが空虚な声で言った。


「そうなるわね」

「ど、どうして?」


 アスマはあくびをして、


「朝顔の写真があったからね。これまでにきた写真は全部破いて捨てたって川澄さんが言ってたような気がしたからだけど、言ってたよね?」

「言ってたわ。写真は全部破かれて、それから新しい怪文書がこなかったってことは、写真もこなかったってこと。つまり誰かがその写真を利用して、脅迫者に罪を擦り付けることはできないのよ。ということは、犯人は写真をいつでも用意できる脅迫者ってこと」

「……桂川さんたちは、犯人を捜してくれるのるの?」

「ええ、もちろんよ。約束しちゃってるし、殺人事件の捜査は好きだから」

「私は捜さないよ。けど犯人がわかったら言うつもり。こんなことにいつまでも関わっていたくないし」


 何となく引かれているるのがわかった。当然のことだ。探偵役がこんな不真面目な連中だったら誰だってこうなるだろう。


 しかし不真面目は不真面目なりに事件を解決できる。なぜならあたしたちは他人に一切配慮をしない。訊き辛いことも平気で尋ねるからだ。

 女子部員は十三……いや、一人死んだから十二人か。アリバイがあるのは六人だから、容疑者も六人。それから、()()()()()わかっていることがある。しかし、まだ言う必要はないかな。解決編のためにとっておこう。さて、どうやって絞り込んでいくか。

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