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少女たちは青春を味わわない  作者: 赤羽 翼
演劇部のフーダニット
17/22

演劇部員からの依頼



 厄介事に首を突っ込みすぎるのはあまりよくない。なぜなら周囲の人間が「あいつなら巻き込んでもいいか」と厄介事を持ち込んでくるからだ。


 あたしはどうだろう。結構な数の事件のようなものに首を突っ込んでいる。報酬に釣られたものもあるけれど、自分から解きにいった謎もある。周囲からすれば『学校の名探偵』的な人物に見えるのではなかろうか。……おそらく、何人かはそう見ている。でなかったら、こんなことを頼みにくる人間がいるはずない。


「お願い桂川さん! 犯人を捕まえて!」


 長髪で顔立ちの整った女子生徒が頭を下げてきた。

 あたしは髪をかき上げてため息を吐いた。……めんどくさ。何でこんなことになったんだっけ?



 あたしはいつも通り部室にいた。アスマもいたけれど肝心の佐渡原がいなかったので、部室で待つことにしたのだ。あたしはスマホのゲームを始め、アスマは普段と同じように小説を読んでいた(ただし内容は頭に入れていないのをあたしは知っている)。


 それからは特にアスマとは話すことなく時間が経ち、十五分くらいが経過し、一向に現れない佐渡原に痺れを切らして帰ろうとしたところ、部室の戸がノックされたのだ。


 あたしとミノは顔を見合わせる。


「誰だろうね」


 アスマが小声で訊いてきた。あたしも小さい声で返すことにする。


「知らないわよ。だけど、この部活に用がある人間がいるとは思えないから、何か特殊な事情なんでしょう。応答したら百パー面倒なことになるのは目に見えてるわ」

「同感だね。じゃあ安定の無視ということで」


 アスマと意見が合うのは何となく嫌なのだが、おそらくこいつとは根本の根本の根本の部分が少しだけ似ているのだろう。

 示し合わせたあたしたちはあらゆる動きをとめて無音の状態を保った。しかし、


「失礼しまーす……」


 扉が開き、女子生徒二人が勝手に入ってきたのだ。その人物たちと目が合う。二人のうち一人は知った顔だった。


「あ、桂川さん。ノックしたんだから、返事くらいしてよー」


 クラスメイトの大浦おおうら綾子あやこが肩をすくめながら言ってきた。

 あたしは軽く舌打ちをし、


「聞こえなかったのよ」


 大浦のことはあまり好きではない(まあ好きな人間の方が少ないけど)。こいつはいちいち馴れ馴れしいので鬱陶しいのだ。


「で、何しにきたの?」


 あたしは憮然とした声で返す。

 大浦は神妙な面持ちになる。


「実は――」


 大浦は隣の長髪で顔立ちの整った女子に手を向けた。


「彼女のことで相談があるんだ」

「はじめまして。川澄かわすみ冬華ふゆかです。よろしく」

「よろしくはしないけど、そいつがどうかしたの?」


 大浦は頷いた。


「実は彼女、誰かに脅されてるんだよ」

「帰って」


 大方の用件を察したあたしはすぐさま吐き捨てた。


「いや、まだ殆ど何も話してないよ!?」

「どうせ、その脅迫者を見つけて欲しーなー、ってとこでしょ?」

「あ、うん。まあ、そうなんだけど」

「答えはNOよ。やるわけないじゃない、そんなこと。あたしは探偵じゃないのよ」


 ここでアスマが出張ってきた。


「この間のチャラ男くんの事件ではノリノリで推理してたじゃん」

「あれは殺人事件だったからよ」

「どうして殺人ならいいのさ」

「面白いもの」

「面白いかなあ。別に大したことじゃないと思うけど」


 殺人を大したことじゃないと言い切ることが凄い。


「とにかく。あたしは警察でも探偵でもないの。……そうね。川澄だったかしら? あんたが脅迫者に殺されたらいくらでも犯人を捕まえるのに協力してあげる」

「クズいなあ、ミノ」

「あんたに言われたくない」


 二人はぽかんと呆気に取られたような表情を浮かべていた。まあそうなるわよね。それこそがあたしの狙いだ。誰もこんなことをのたまう奴に頼みごとなどごめんだろう。


 しかし、大浦は苦笑した。


「あー、やっぱり話に聞いていた通りの人だなあ、桂川さんって」

「誰に聞いたのよ」

「寺島だよ」


 あの野郎か。そういえば、まだあいつから昼飯奢ってもらってないんだけど。

 アスマが首を傾げた。


「誰だっけ? 寺島って。聞き覚えがあるような……ないような。……ないかも」

「あるでしょ。トーテムポールが壊されたとかほざいてた奴よ」

「ああ、あの人ね」


 アスマは得心いったように頷いた。

 再び大浦が話し始める。


「桂川さんがこういうの得意だって寺島から聞いてさ。口が異常に悪いとも言ってたから」


 いらん情報を付けおって。事実だけども。


「もちろん、タダで依頼するわけじゃないよ。犯人を見つけてくれたら昼食を一週間奢る」


 い、一週間、だと!?

 突如として眼前にぶら下げられたにんじんに手が伸びかけてしまう。だけど、なんかここでうんと頷いたら凄いチョロくて安い人間だと思われかねない。


「まあ、とりあえず話を聞くくらいなら、一向に構わないわ」


 さっきまでとまったく変わらない調子で言った。隣から小さく「チョロいなーミノ」という声が聞こえた。後で脛を蹴ろう。



 ◇◆◇



「ことの発端は、二週間前だった」


 川澄が目を伏せながら話し始めた。


「私が朝、いつものように登校して下駄箱を開けると、茶色い封筒が入っていたの。ラブレターには見えなかったから、一体何だろう、と思って開けてみたら――」

「これが入ってたの」


 大浦がスマホをあたしに差し出してきた。あたしと、それから――暇なのか――アスマが覗くように見た。


 ディスプレイにはA4サイズくらいの紙が写っており、その紙には新聞の切り抜きが貼られていた。


 『常』『に』『お』『前』『を』『見』

 『て』『い』『る』『次』『の』『劇』

 『が』『た』『の』『し』『み』『だ』


「時代錯誤ねえ」

「犯人は相当暇な人なんだろうね」


 それが最初に出たあたしとアスマの感想だった。文章より先に新聞の切り抜きというインパクト抜群の脅迫文(というか怪文書)についての言及だ。


「暇人なのは確かでしょうけど、愉快犯ではなさそうね」

「どうして?」


 アスマが訊いてきた。


「ただの悪戯目的で大量の新聞をあさって使える文字を探すなんて、いくら何でも手間がかかりすぎるわ。かなりの目的意識を持ってないとそんなこと苦痛でできやしない」

「確かにそうかも。これで犯人像がはっきりしたね。犯人は暇人で、こんな手間をかけるくらい黒ロングさん……じゃなくて川澄さんに執着しているってことだね」


 かなりテキトーなプロファイリングだけど、そこまで的外れではないと思う。

 あたしは次に文中で気になったことを尋ねる。


「この、劇ってのは何のこと?」

「私たち演劇部だから、そのことだと思う」


 大浦が補足してくる。


「冬華がこの文章を受け取った前日は市内の高校の演劇部が市民会館で劇をしていたんだよ。犯人はそれを見ていたってことなんじゃないかな」

「じゃあこの『次の劇』の『次』ってのは? 近いうちに演劇部で劇でもするの?」

「うん」


 川澄が頷いた。


「今週の土曜日に体育館で発表会があるわ」

「あー、なんかそんなような紙をもらったわ」


 確かこの学校の生徒とその家族は無料で、その他の人物からは金を取るんだったわよね。公立高校がそんなことしていいのかしら。


「それってさ、人集まるの? 所詮は高校の演劇部なんでしょ?」


 アスマが尤もなことを言う。


「うちの演劇部は何回か全国大会に出てるからね。去年も出たし」


 へぇ、結構強いのね。全然知らなかった。


「ふぅん。……これってさ、単にその発表会が楽しみですってだけじゃないの? 実はただのファンレターとか」

「なわけないでしょ。普通に口頭で言えばいいって話よ。こんな気味の悪いファンレターをもらって喜ぶ奴はいないわ」

「それもそっか」


 アスマはどこからどこまでが本気なのかわからない。


「それで、この怪文書はどうしたの?」

「捨ててしまったわ。怖くて」

「まあ、そうでしょうね。それで、これだけ?」

「いいえ。その週の金曜日までは毎日、下駄箱や机の中に同じ怪文書が入ってた」

「この写真と一緒にね」


 大浦がまたスマホを突きつけてきた。写っていたのは朝顔の写真だ。写真を写真で撮った、ということだ。


「なんだろうね、これ」


 アスマが呟く。


「たぶん模倣犯を防止するためのものね」


 あたしは朝顔の写真の右下に注目する。今年の六月の日付が入っていた。


「写真に日付が記されてる。たぶん、怪文書と一緒に送られてきた朝顔の写真の日付は、どれも異なっているはずよ。誰かが写真をくすねても、模倣犯として流用できないようにしたのね」

「なるほど……」


 川澄が納得したように頷いた。


「この写真はどうしたの?」

「全部破いて捨てたわ」


 犯人としても好都合な行動だろう。

 あたしは二人を見て、


「それで、他には? まさか、これだけで犯人を突き止めろとか言うんじゃないでしょうね」


 それはいくらなんでも無茶だ。

 大浦はかぶりを振った。


「まだあるんだよ。土曜日、演劇部の部活をする前に……」


 当事者である川澄が言葉を継いだ。


「演劇部が使ってる女子更衣室に入ったんだけど、私がいつも使ってるロッカーを開けたら……」


 大浦がバッグから茶色い封筒を取り出した。今回は現物があるらしい。

 封筒を受け取り、中から紙を引っ張り出した。二枚入っており、一枚は先ほどと同じアングルで撮られた朝顔の写真だった。予想通りさっき見たものと日付が違う。そしてもう一枚のB5サイズの紙には真っ赤な絵の具でこう殴り描かれていた。


『お邪魔してます

 ハムレット オセロー マクベス リア王 川澄冬華』



「何これ。暗号?」


 やっぱりというか、アスマは舞台のことを何も知らないようだ。


「川澄以外の四つはシェイクスピアの戯曲の名前よ。……そもそも、シェイクスピアは知ってるわよね?」

「馬鹿にしないでよ。それくらい知ってるってば。有名な偉人でしょ?」


 ざっくりしてんなあ。


「そのシェイクさんの戯曲の名前が書かれてると何かまずいの?」

「この四つはね、シェイクスピアの四大悲劇って言われてるのよ。最終的に登場人物たちが死んで終わってる。その中に川澄の名前があるっていうことは……」

「川澄さんが死ぬってこと?」


 どうやらアスマはあたしと同じで本人を前にしてもまったく気を遣わないスタイルらしい。わかりきっていたけれど。


「私はこの劇をどうしても成功させたいの」


 川澄が頭を下げてくる。


「お願い桂川さん! 犯人を捕まえて!」

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