ある人物の悲劇【解決編】
促されたので私は思いついたことを話すことにした。
「まず、ミノの推理は違うと思うんですよね。犯人が双子のどちらかなのかわからなかったから名前を書かなかったっていうの。この発想力は感心しましたけど」
「どうしてそう言えるのよ」
ミノが憮然とした声で訊いてきた。
「まずさ、『T』を連想できるものを犯人が身につけていたとするでしょ? それは一目で『T』と連想できなくちゃいけないよね。死ぬ間際だから凝ったことを考えることなんてできないし、犯人を第三者に伝えるためのダイイングメッセージなら尚更ね。だけど双子さんたちはそんなもの付けてなかったんですよね?」
刑事さんたちに尋ねると、二人は頷いた。
「帰宅してから外したのかもしれないじゃない」
「外される可能性のあるものをダイイングメッセージとして残すかな? 私ならとりあえず『き』ってメッセージを書くよ。名前はわからなくても苗字は絶対に正しいんだもん。警察としても『T』より『き』の方が絶対いいじゃん。容疑者が一気に二人に絞れるんだから。『T』なんてメッセージから双子のどっちかが犯人なんて思いつけるのはミノくらいだろうし」
一気に喋ったので息が切れた。一呼吸して、
「犯人を伝えたいなら犯人の名前の頭文字を書けばいい。犯人がいつ外してしまうかわからかい装飾品のことを最期に記すなんていうのも不自然。つまり『T』はダイイングメッセージとして機能してないということだよね」
「じゃあ結局『T』って何なのよ。意味があるからわさわざ死に際に書き残したんでしょ?」
「そうだね。意味はあるよ。けどそれは警察に犯人を知らせるものじゃない。あの『T』はダイイングメッセージじゃないんだよ」
その瞬間、三人の顔が唖然としたかのように固まった。……そんなにびっくりするようなことかな?
「な、何でそうなるんだ!?」
明月さんが当惑したように訊いてきた。
「さっきも言ったじゃないですか。『T』はダイイングメッセージとして機能してないんです。三人が必死に考えても意味がわからないものを、死ぬ数秒前の人間が思いつくと思いますか? 殺されかけたことがないので私には何とも言えませんけど、私が犯人を逮捕してほしいと思ったら犯人の名前を書きますよ。それをしていない時点でチャラ男くんは犯人を捕まえてほしいとは思ってないんです」
「じゃあ、被害者は一体何を思って『T』なんて文字を残したんだい?」
と十束さん。
「それを語るためにはチャラ男くんの呪いの書があった方がいいですね。持ってきてください」
「え、あれが関係してるの?」
「はい。だってチャラ男くんは犯人に呪いをかけようとしていたんですから」
この言葉に三人は再び固まった。
◇◆◇
チャラ男くんの遺留品を取りに戻った十束さんは三分ほどで戻ってきた。その三分の間にミノは『T』の意味に気づいたようで「ろくでもない男ね」と呟いていた。まあ確かにろくかろくじゃないかと聞かれたら、ろくでもないとしか言えない。
指紋を付けないようにと十束さんからもらった手袋をはめ、ルーズリーフを捲っていく。
「あったあった。これ見てください」
刑事二人にあるページを見せた。
明月さんは無精髭をなぞりながらそのページを食い入るように読んだ。
「『地図上の死んでほしい相手の家の近くに怨みを込めて掌紋を押すとその地点で相手が事故に合う』……何だこりゃ。『合う』って字が違えぞ。正しくは事故に『遭う』だろ」
「そこはどうでもいいです」
「これがどうかしたの?」
「どうかしたの、じゃなくて、チャラ男くんはこれをやろうとしたんです。『T』というのはアルファベットの『T』を表してたんじゃなくて、丁字路だかT字路だか知りませんけど、そちらの『T』だったんです。つまり文字じゃなくて地図の代わりだったということですね」
「なっ……! 地図代わりだと!?」
「はい。刺されたチャラ男くんは思ったはずです。自分がこういう目に合ったのは昨日ミノにかけられた呪いが影響しているのでは、と」
「何であたしが悪いみたいになってんのよ」
「別にミノが悪いわけじゃないよ。ややこしくしたのは確かだと思うけどね。……死にゆくチャラ男くんは思った。『俺が死んでもあいつは未成年だし情状酌量の余地もありやがる。だから捕まっても大した処分にはならないかもしれない。それは許せない』。普段彼が呪いに対してどんな風に思ってたのか知りませんし全然興味もありませんけど、そのときの彼は自分が刺されたことを呪いのせいだと考えても不思議じゃありません。昨日かけられたばかりですからね」
一度言葉を切って呼吸を整える。
「そして彼は思いつくわけです。『あいつにも死んでもらおう』と。彼は血で丁字路だかT字路だかを書いて地図代わりにすると、血に染まった左手で『T』に掌紋を打とうとしたんです。左手がパーのように開かれていましたよね? あれもグーのように握られていた右手と同じで、ただ死んだならああはならないと思うんです。パーにしようと思って指を開いていないと」
「た、確かにな」
「だけど掌紋を打つ前に息絶え、『T』の左側にべっとりと血を残すことになったんです」
新たに開陳された推理に刑事さんたちは呆然と黙り込んだが、いち早く我に返った明月さんが口を開いた。
「じ、じゃあ犯人は自宅付近に丁字路がある容疑者ということか?」
どうやらこの人は丁字路派らしい。
「そうなりますね。双子さんたちの家は本人たちの弁によると、山の中の小さな道はずれの獣道の先らしいのでまあないでしょう。小さな獣道なんて地図に載らないと思うし」
これを思い出すのに結構時間がかかった。人の話はちゃんと聞いておくべきだね。
「続いてツーサイドさん。彼女は刑事さんの話によると、国道沿いのマンションに住んでるんですよね。それなら国道を模した線を一本書いて、そこに掌紋を打てばよかったので、彼女も犯人じゃないです。仮にマンションの近くに丁字路だかT字路だかがあったとしても、車通りの多い国道の方が事故に遭う確率も高いから、国道の地図を書くと思う」
「それに」
ずっと黙っていたミノが口を挟む。
「昨日の感じだと青井は最近引っ越したばかりで堀田はまだ彼女の家を把握していないようだったわ。昨日の今日で知ったって可能性はあるけど、死に際に得たばかりの知識を振るうとはあんまり思えないわ」
「ということで犯人は駅の左側の丁字路だかT字路だかにあるパン屋に住んでいるポニーテールさんってことになります」
またもや刑事さんたちに沈黙が訪れた。もー、いちいちリアクションが豊か(?)な人たちだ。
「死に際に犯人を呪おうとするなんて、有り得るのか?」
十束さんが自問自答するように言う。
「他に案が出てこないでしょう」
ミノは屈辱そうに鼻を鳴らしながら吐き捨てる。
しばらくみんなで黙り込んでいると、突然明月さんのスマホが鳴った。この着信音は確かお父さんがよく見ている『刑事コロンボ』のオープニングだったっけ。電話だったようで、明月さんが私たちから距離を取った。
「どうした。……なに!? 上坂三由が死んだ!?」
私たち四人の視線が図らずも交錯した。
「どこで!? どうなった!? ……自宅付近で交通事故に……そうか、わかった」
先ほどよりも、もっと深い沈黙が私たちを包み込んだ。まるで神様に喋るな、と言われているかのような雰囲気だ。しかしそんな空気の中、私はどうしても言いたかったことを口にした。
「呪いって、ほんとにあるんだねえ」
ポニーテールさんが事故にあったのは丁字路だかT字路の横棒の左側を進んだ先だったらしい。つまりは血の掌紋が押されていた場所だ。あー怖い怖い。呪い怖い。
犯人も彼女で大方確定したようでもあった。聞き込みの末、現場の倉庫付近で彼女を目撃した人物も出てきたし、彼女が書いていた日記にもチャラ男くんの殺害を示唆するような内容が記されていたたらしい。
あ、そういえばすっかり忘れていた脱走したウサギのぴょんきちは捜査員の方が見つけていたらしく、無事飼育小屋へ戻ることになった。めでたしめでたし。




