Tの考察2
「ダイイングメッセージは『T』以外にも『十』の可能性が出てきた。このどちらかを容疑者に当てはめられるか……」
明月さんは無精髭をなぞりながら呻いた。
十束さんが天井を仰ぎ、
「容疑者に十字架のネックレスでも付けてる子がいたらわかりやすいんですけどね」
「私が知る限り、あの四人の誰かがそんなネックレスをしてるのは見たことないわ」
「じゃあ身体に十字の傷とかTの傷がある子が犯人とか。裸の付き合いがあったなら傷のことを知っててもおかしくないし」
「スマホの中にある写真で探してみなさいよ。そんな傷がある奴を」
「やっぱり違うかあ……」
『T』という曲者に三人は頭を悩ませる。頑張れー。
「『T』……『十』……『T』……全然わからん。何で死に際にこんな意味不明なメッセージを残すんだか……。ううむ。そうだ、『十』がオーケーなら他に『+』とも読めるな」
「『+』ねえ。それでも結局のところ意味わからないわよね」
「ダイイングメッセージは両手の間にあったから、左手足す右手……これが犯人に繋がるのかな……」
そう呟く十束さんはまったく本気ではなさそうだ。
「絶対有り得ないでしょうけど、一応考えましょうか。左手は開かれていた……つまりはじゃんけんのパーの形ね。そして右手はグー」
「パー+グー=……何だろうな。チョキとグーならカタツムリだが……」
明月さんは苦虫を噛み潰したような表情になった。
「一応、指の数で5+0とも言えますよ。まあだから何だって話ですけど」
十束さんは肩をすくめた。
確かにそれだと答えは5だけど、結局容疑者の名前は出てこない。それに5がメッセージなら最初から『5』と書けばいいだけだしね。
「意味不明だけど着眼点はいいかもしれないわね。血文字だけじゃなくて、堀田の手も含めてのメッセージっていうのは。開かれた左手は微妙だけど握られた右手は意味ありげだもの」
「『T』とグー……。グーをOと読めば『と』になるぞ。まあ『と』だとしても謎だがな」
「『と』って言いたいなら最初から『と』と書けばいいだけですもんね。『T』も『と』も大した手間じゃないですし」
ミノが唸り声を上げる。
「ううん……メッセージの読み方を考えるより、メッセージと容疑者を直接的結びつける考え方の方がいいわね。まず青井若菜から考えるわよ」
「青井若菜、ねえ。名前からは何も連想できないな」
「では見た目とかでしょうか。髪型はツーサイドアップでしたよね。アクセサリーとかも付けてなかったし……あ、でも家で外した可能性もあるのか」
「あいつがアクセサリー付けてたことは、あたしの知る限りないわね」
「青井若菜と『T』は結びつかないか……。それじゃあ上坂三由はどうだろう?」
「うーん……『T』って『下』って字の書きかけとも言えますよね? 上坂三由には『下』とは反対方向の『上』という漢字が使われています。これって偶然ですかね?」
「偶然だろ。どう考えても。偶然じゃないとしても『下』と書こうとする意味がわからん」
「上と書こうとして縦棒がズレて、しかも途中で力尽きてしまったのかもしれませんよ」
「握られていた手からあのダイイングメッセージに書きかけでも途中で力尽きたわけでもないって、さっき話したでしょ」
「そ、そうだった。三由の『三』をthreeに変えるというのは? 『T』が使われてるし」
「それなら最初から『三』ないし『3』と書けばいいだけでょう」
「上坂三由とも考えられねえか。……じゃあ桐山春香はどうだ?」
全員が黙り込む。
「一応、『桐』という字は『とう』と読めますよね。被害者がずっと『きりやま』ではなく『とうやま』だと思っていたら?」
「それも無茶があんな。それにさっき桂川も言っていたが、『T』は容疑者の名前を直接表してるものじゃねえ。『とうやま』だと思ってたなら『と』って書けばいいんだ。まあどの道、苗字の方を書かれても同じ苗字の双子が容疑者にいるからどっちにしろ犯人はわからん」
そのとき、ミノは何かに気づいたかのように呟いた。
「同じ苗字……双子……同じ顔……」
ミノが机をバンと叩いた。
「それよ!」
「何がだ?」
「どうしたの?」
弾かれたように大声を発したミノに刑事二人がビクッと肩を震わせた。
「あたしは『T』の意味以上にずっと疑問だったことがあるのよ。それはどうして堀田は犯人の名前を書かなかったのか、ということよ。犯人にわからないようにダイイングメッセージを残した、なんてことは普通は考えられない。だってどんなメッセージだろうが犯人側からすれば怖くて残しておくことなんてできないもの」
ふむ、つまり今回ダイイングメッセージが残っていたということは、犯人は刺してすぐに逃走したことを表しているということだね。それなら犯人の名前の頭文字くらい書けただろうに、チャラ男くんはそれをしていなかった。ミノが疑問に思ったのはそういうことか。
「堀田はなぜダイイングメッセージに犯人の名前を残さなかったのか。倉庫で落ち合うことを持ちかけたのが堀田からなのか犯人からなのかはわからないけれど、スマホにそういう主旨の会話がないのなら約束は口頭でなされたはず。つまり堀田はもちろん犯人を知っていたはず。倉庫に犯人が入ってくるときも、顔を隠していたら警戒されるから、犯人は少なくとも倉庫に入るときは変装を解いたはず。つまり堀田は犯人の顔を見ていたはず。それなのにダイイングメッセージに犯人の名前を記さなかったのは、堀田は犯人が誰なのかわからなかったから……正確に言うならば、犯人の区別がつかなかったからよ。もちろん、呼び出すにあたって『お前は双子のどっちだ?』とは尋ねたかもしれないけれど、自分を殺すつもりだった相手が本当のことを言ったかはわからない」
「ということは犯人は桐山春香、もしくは桐山美乃のどちらかということかい?」
「おそらくは」
「じゃあ『T』が意味するのは結局何なんだ?」
「そこまではわからない。けれどはっきりしたことは、『T』から犯人の名前を連想することは不可能だということよ。堀田自身にも犯人の名前がわからなかったのだから。つまり『T』は犯人の見た目の何かを表しているのよ。もちろん顔や背格好は同じだから装飾品とかね」
おおー、凄いなあミノ。ダイイングメッセージの意味ではなく、ダイイングメッセージが書かれたシチュエーションから犯人を絞る推理を展開するなんて。
「あんたたち事情聴取したんでしょ? 『T』らしきものを身につけてなかった?」
「なかったな。二人とも髪留めくらいしか装飾品を付けていなかった」
「どんなだった?」
「確か春香の方が桜の髪留めで、美乃の方が星形の髪留めだったはずだよ。『T』や『十』とは関係なさそうだね。あ、でもバッグに付けてるストラップとは見てないよ。持ってきてなかったから」
「ストラップは付けてなかったはずよ。昨日の今日で付けるとは思えないから、ないでしょう」
三人が何度目かの唸り声を上げた。
「『T』……そういえばあの双子、昨日母親がTバックを履くよう勧めてくるって言ってたわ。堀田は刺されて倒れたとき、犯人の履いている下着を見た。それがTバックだったから『T』と書いた……とかはどう?」
刑事二人はこれまでにないくらい顔をしかめた。
「それはないと思うよ。双子が二人ともそれ履いてたら意味ないし」
「片方しかTバックを履いていないことを知っていたなら説明がつくわ」
「あらかじめ二人のパンツを見ていたっていうの? それはどうかなあ」
「それによ。警察としてはそんなダイイングメッセージを残されても困るんだよな。『現場にダイイングメッセージが残されていました。Tバックを表している可能性がありますので、つきましてはパンツを見せてください』なんて訊けるか?」
「冗談よ。そんな全力で否定しないでよ」
ミノが嘆息する。
「あーあ。もう全然わかんないわ」
こちらをちらりと見てきた。
「あんたもぼけっとしてないでちゃんと考えなさいよ」
「あ、もう言っていいの?」
「言っていいって、何をよ?」
「答えだよ」
「答えって?」
「『T』の意味のことに決まってるじゃん」
三人の顔が硬直した。
明月さんが机から身を乗り出す。
「は!? ちょっと待てよ嬢ちゃん。お前わかったのか?」
「はい」
「い、いつから!?」
十束さんが困惑しながら訊いてくる。
「結構前からです」
「アスマ……わかってるならどうしてもっと早く言わないのよ」
「みんな必死に考えてたからね。答えを教えるのは酷かなあ、って思って」
「クイズ番組見てるんじゃないんだからそんな気遣いすんなっつの!」
明月さんが吠えてきた。
えー……みんなのためを思って黙っていたのに。




