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Tの考察



 ここからさらに一時間経ったので、その間に起こったできごとを簡潔にまとめちゃうよ。

 まず十束さんが料理研の顧問の濱野はまの幸雄ゆきお先生と調理室の包丁を確認したところ、一本なくなっていたらしい。二限目に調理実習をしたときはすべて揃っていたのに、と。


 調理室の鍵を借りていたのは授業で使用した濱野先生以外では、昼休みにツーサイドさんが借りただけで、昼休みが終わる直前に返されている。十束が確認のために調理室に入る際には鍵がかかっていたので、包丁を盗めたのは濱野先生と昼休みに調理室に入った者だけ(濱野先生曰わく、授業の後片付けのときに備品の確認をしたので授業に出ている生徒には盗めないそうな)。といっても濱野先生には動機がないし、料理研が昼休みに部室に集まるのが日課とはいえツーサイドさんが鍵を借りていなければ、包丁を持ち出したのが自分だと確定してしまうので、濱野先生が犯人だという可能性はおそろしく低い。


 警察は学校を通じて帰宅していた料理研の四人を学校に呼び戻させ、リベンジポルノの件はひとまず伏せた上でアリバイ等を尋ねた。そして事情聴取の最中に中庭の池をあさっていた捜査員が包丁を見つけ、調べたところルミノール反応とやらが出たので、それが凶器と特定された。その確認したところその包丁は調理室のもので間違いないらしい。


「つまり、あの料理研の四人の中に犯人がいるってことで間違いはない。全員アリバイがなさそうなのは何とも言えんがな」

「この短時間でそこまでやるなんて、凄いじゃないの」


 ミノが珍しく皮肉もお世辞も抜きで人を誉めた。これは嵐がくるぞお。

 凶器を調達したのが校内だということは、犯行を決意したのは今日ということなのかな。まあ家にある包丁を持ち出すのは家人にバレるかもしれないし、あらかじめ買っておくにしてもそのシーンが監視カメラに映ってたらまずいから、学校で凶器を調達するのは理にかなっているといえるかもしれない。


 それはそれとして……私は我が物顔で部室の椅子に座る刑事さんたちを見る。


「どうしてそのこと教えてくれるんですか?」

「もういまさらだからな。それに、ほっといてもお前ら勝手に調べるだろ。ちょこまかされるのは迷惑だからいま教えてやってんだ」

「お前らの()は余計ですよ」


 この人たちは私も事件の捜査が大好きだと思っているから困る。というか早く帰りたいんだけど。もう七時ですよー。いや、むしろここまできたらもう何時に帰ろうが一緒か。


 明月さんが頭を書いた。


「容疑者が特定できたのはいいんだが……容疑者にイニシャルがTの子がいないのは一体どういうことなんだ?」

「青井若菜。上坂三由。桐山春香。桐山美乃。イニシャルどころか誰も名前にTの字も持ってませんからね」

「あんたら、まさかあの『T』が犯人のイニシャルだと思ってたの?」


 ミノが呆れながら言った。……え、違うの?


「ダイイングメッセージってそういうものだろう?」


 十束さんが首を傾げる。


「そういうものよ。でもあれは犯人のイニシャルじゃないわ」

「何でだよ」

「ここは何国?」

「日本だ」

「公用語は?」

「日本語」

「被害者は何人?」

「日本人」


 ああ、そういうことか。


「普通日本語で犯人の名前の頭文字を書くってことだね」

「そういうこと。英語とかと違って日本語なら、犯人の苗字ないし名前の頭文字を、一文字で正確に伝えられる。Tだけだとタ行の何なのかわからないけれど、日本語ならそれが明らかなのよ? しかも慣れ親しんでいる。だったら普通は日本語で犯人の名前の頭文字を書くわ。海外生活が長かったとかなら知らないけど」

「お前は何がいいたいんだ?」

「『T』は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ってことよ」

「別のものって何だよ?」

「そこまではまだわからないけど」


 ふむふむ。……そんな意地悪せずに素直に名前を書いてくれればよかったのに。


「名前以外のもの、か……。というかそもそもあの『T』を書いたのが被害者かどうかもわかりませんよね。犯人が捜査を攪乱するために書いた可能性もあります」

「流石にそんな面倒なことしねえだろ」


 明月さんがため息を吐き、


「犯人としちゃいち早く逃げたいだろうに、そんな手間をかける必要性がない。それにもし捜査を攪乱するつもりなら陥れたい人物のフルネームを残しておけばいいわけだしな」

「それもそうですね。じゃあ被害者が書いたダイイングメッセージに新しく書き加えたとか」

「それもないわよ」


 今度はミノが反論した。


「書き加えて『T』になったってことはもとの字は横棒か縦棒。結局わけがわからないわ。それに文字を『T』に変えることで他の誰かが疑われるというメリットが生まれるならまだしも、そんなことはない。それならメッセージを消してしまった方がずっと楽よ」

「そ、そっか」

「ついでに言っておくと、『T』以外の文字も書くつもりだったけど途中で力尽きた、ということもないわ」

「どうしてわかるの?」


 私は尋ねた。


「堀田は昨日右手でルーズリーフを捲っていたからそっちが利き手。ということは『T』を書いたのも右手と考えられるわ」

「あー、確かに人差し指が赤くなってたね」

「そう。そしてその右手は()()()()()。書いてる途中で力尽きたんならそうはならない。書き終わったからこそ、堀田は手を握ったのよ」


 色々考えてるね、ミノ。あっぱれ。


「料理研の連中、どういうアリバイを主張してるの? アリバイなさそうって言ってたけど」

「青井若菜は下校中だったそうだ。バスに乗り遅れたから歩いて帰ることにしたんだと。自宅は最近国道沿いできたティールブルーのマンションだ。割と距離がある」


 ティールブルーって確か青緑みたいな色だっけ? そんな色のマンションはきもいかなあ。


「上坂三由は教室に居残って自習した後下校。桐山春香は徒歩で下校、美乃の方はスーパーで買い物をした後遅れて帰宅したらしい。この二人の家は徒歩三十分とかなり遠い。いま調べている最中だが、全員犯行は可能だろう」


 警察も大変そうだなあ。もう容疑者全員犯人ってことでいいんじゃない? 証拠集めとか面倒くさそうくだし。


「アリバイとかから犯人を特定するのは厳しそうね……。じゃあダイイングメッセージの意味を解くしか……というかそもそも、ダイイングメッセージに証拠能力ってあるの?」

「ないな。はっきり名前が書いてあるならわからんが、今回は意味不明の『T』の字だけだからな。ただ、捜査の指針にはなるかもしれん」

「ふぅん。じゃあ解くことに意味はあるってことね。よし、じゃあ『T』について考えていきましょうか」

「何でお前が仕切ってんだよ」



 ◇◆◇



「とりあえずいまはっきりしているのは、メッセージは『T』で完結していること。それから『T』は犯人の名前のイニシャルではないということ。これを踏まえて考えていくわよ」


 とミノが宣言したはいいものの、すぐに沈黙が訪れた。誰も何も思いつかないということなのだろう。ちなみに私は考えていない。


「こういうことはありませんかね」


 十束さんが自信なさげに口を開いた。


「被害者は『T』と書こうとしたんじゃなくて『十』と書こうとしたけど、縦棒がずれて『T』になってしまった、というのは」


 他の二人は頷いた。


「なるほど。そういう可能性もあるわね」

「そうだな。つまり犯人はお前ということだな、十束?」

「ええ!? な、何でですか?」

「『とつか』の『と』は漢字の『十』だろうが」

「名前はそうですけども! 俺が犯人なわけないじゃないですか!」

「冗談に決まってんだろ」

「つまらないこと言わないでくださいよ」


 ため息をつきながら十束さんは嘆いた。

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