顔見知りの刑事さんたち
「呪いってほんとにあるんだねえ」
チャラ男くんの死体を前にした私からそんな感想がこぼれ落ちた。
触れないように後ろで手を組んで死体を間近で観察していたミノが顔をしかめる。
「はあ? 何言ってんのあんた」
「昨日ミノ、チャラ男くんに呪いかけてたじゃん。わら人形奪ってさ」
「ただの偶然に決まってるじゃない、そんなの。それより、この傷口を見なさいよ」
ミノは嬉々として血に染まった死体の脇腹を指差した。
「見ないよ」
「あんた別に死体なんて怖いないでしょ?」
「怖いとかそんなんじゃなくてさ、死体を観察する趣味がないってだけだよ。……それに鉄臭いし」
アスマは呆れたようなため息を吐いた。
「つれないわねえ。……この傷口の直径から考えて凶器は果物ナイフとかじゃなくて、普通の三徳包丁とかその辺でしょう。うつ伏せだから身体の正面は調べられないけど、見たところ刺し傷はこれ一つ。心臓に届いてるとは思えないから失血死か失血性のショック死ってところね。さっき触れた感じ冷たかったから少なくとも死んでから一時間は経過してるはず。とすると死亡推定時刻は――私たちが発見したのは五時十二分だったから――放課後になった三時二十分ごろから四時までの間くらいってことになる」
よくそこまでわかるねえ。感心感心。
ミノは立ち上がって倉庫内を見回した。常に鍵が開いているだけあって何も置かれていない。いや、死体の正面から見て左側の壁にチャラ男くんのものと思われるバッグが置かれていた。
ミノはハンカチで自分の手をくるむと、そのバッグのファスナーを開けて中を見た。ファスナーを閉め、続いて外側のポケットを覗いた。こちらはボタンでとめるはずのポケットなのだが開いていたのでミノは手を使わずにすんだ。
ミノが顔を上げた。私は尋ねる。
「ミノ。どうするの、これから?」
「教員を呼んできて。それから警察に連絡ね。第一発見者だから帰るの遅くなるでしょうけど、今回は先に帰るの許さないから。室田のときは酷い目にあったから、今回はアスマも巻き添えね」
「うげえ」
◇◆◇
私が教頭先生に現場を見せたら、教頭先生は「またか」と悲しげに呻き、警察に連絡した。
警察はすぐに到着し、死体を発見した経緯を警察官の制服を着た男の人に説明し、第一発見者ということで県警がくるまで待機命令が出た。
私たちは生物部の部室に監視付きで一時間くらい閉じこめられ、異様なまでに暇な時間をすごしていた。
ミノの貧乏揺すりが一秒間に七回くらいの周期になったころ部室の引き戸が開き、鼠色のスーツを着た強面の中年男性と黒いスーツを着た青年が現れた。
「おっそいわよ二人とも」
開口一番にミノが吐き捨てた。
「あ、どうも。お久しぶりです」
私も挨拶しておく。
二人の男はとことん嫌そうな顔を浮かべ、
「まあたお前かよ桂川。死体に愛されてんだな」
「明日馬さん、だったっけ? は久しぶりですけどね」
この皮肉を言う中年と呆れている青年は県警の刑事さんだ。中年の方が明月弾次郎、青年の方が十束大我。ともに入学してすぐに遭遇した殺人事件で散々お世話――犯人と疑われた――になった方たちだ。私はそれ以来だったけど、ミノはこの間の室田さんの事件で再びお世話になったらしい。
「御託はいいからさっさと捜査情報を教えなさい」
「教えるか! お前らが俺たちに死体発見時の情報を教えるんだよ」
「もう下っ端から訊いてんでしょ」
ミノはうざったそうに呟くと、発見した経緯を再び話し始める。その話の間に十束さんが監視に付いていた制服警官を下がらせた。
「――ってな感じで堀田の死体を発見したってわけ。他に質問は?」
ミノは机に頬杖をついて大変不遜な態度を取る。
明月さんは眉をぴくぴくと怒りで震わせつつ、
「お前たちと被害者の関係は?」
「昨日初対面。料理研でクッキーをよばれてるときに現れて何かかんやほざいてきたから、あいつの持ってたわら人形にシャーペンぶっさして呪いをかけたわ」
「呪いって、おい……」
「そういえば被害者の遺品に呪術書というタイトルのルーズリーフがありましたね」
「そうだったな。ってことは桂川、お前が犯人ってことか?」
「本気で言ってるならこのことネットに拡散するけど」
「はっ、冗談だよ」
「あたしは仮にも第一発見者、それも死体を見てショックを受けてるかもしれない女子高生よ? 配慮がないんじゃないの配慮が」
明月さんは一笑に付す。
「三回も死体を見といて何言ってんだ」
「回数は関係ないでしょ。コナンの蘭姉ちゃんだって何回も死体見てるけど毎回新鮮なリアクションを届けてくれるじゃない」
「お前は初めて死体を見たときからまったく動じてなかったろうが。そこの嬢ちゃんもな」
明月さんは私のことを嬢ちゃんと呼ぶ。
「そもそも最近の女子高生は死体なんかでショックなんて受けねえよ。『ハハ、ウケる』とか言って死体の写真をTwitterやらインスタやらにアップするだろうさ」
「あんた女子高生にどんなイメージ持ってんのよ」
ぶすっとしていたミノだったけれど、流石にこれには呆れたようだった。
十束さんが手を叩いた。
「話を戻そう。二人は被害者がどういう人なのか知ってる?」
「家族構成とか交友関係とか詳しいことは知らないけど――」
ミノは昨日私に話したチャラ男くんの情報を二人に教えた。
「呪いを餌に女を釣る、か。意味わかんねえな」
「まったくですね。それに付いていく女子も女子で変ですよね」
「女子高生には多かれ少なかれそういうのに惹かれる素養が備わってるのよ」
「そういうもんなのか? 俺がティーンエイジャーのころはそんなことなかったんだが」
明月さんが世を憂うように言う。
十束さんは悩ましげに腕を組み、
「でも、困りましたね。その話が本当なら恨んでる生徒は多そうですよね」
「だな。そこは地道に関係のある子を捜してくしかない」
ミノは待ってましたとばかりににやりと笑った。
「簡単に絞れるかもしれないわよ、容疑者」
「なに?」
明月さんが眉をひそめる。
「それ本当?」
十束さんも疑わしげだ。かくいうこの私も。
「当たり前じゃない。あたしの頭脳は二人とも知ってるでしょう? あの事件はあたしたちが犯人をつきとめたし、この間の室田のときもあたしのおかげで事がスムーズに運んだじゃない」
二人は顔をしかめた。生意気な娘だが事実故に反論できないのだろう。
「じゃあ、聞かせてもらおうか。どうせイニシャルが『T』の人間とかそんなだろ? それはこっちもわかってんだよ」
どっしりと腕を組み試すように言う明月さん。しかし相手はミノなので、
「そんな現場を見て誰でも考え得ることじゃないわ。……容疑者の絞り込み方を教えるから、代わり死体の状況を教えなさい」
刑事二人は目を合わせ、深いため息を吐いた。
二人が語ったことは殆どミノが推理したことと相違がなかった。ただ、死因が失血性のショック死ということが明らかになったようだ。
「なるほど。凶器はまだ見つかってないのね。……それじゃあ容疑者の絞り方を教えて上げる。けどその前に確認。堀田のスマホはあった?」
「あったよ」
「どこに?」
「バッグのポケットの……なんていうかな。ポケットの中のポケットというか。ぱっと見じゃあわかりにくいところにあったよ」
「データは調べた?」
「通話履歴やメールやLINEは見させてもらったけど、あの倉庫に呼び出したり呼び出されたりするような内容はなかった。電話は一週間前に母親としたくらいだったよ」
「そう。スマホがあるなら手っ取り早いわ。……堀田があんな辺鄙な場所にいた理由を考えてみて。目的もなく一人であそこにいたときに襲われたとは思えないから、誰かと人に聞かれたくない話をするために倉庫にいたとわかるわよね。その話は犯行動機と結びつけても不自然じゃない」
ミノです刑事二人に視線を向ける。一応納得したようで二人は頷いた。
「じゃあその話の内容は何か。片方がもう片方を殺すほどだから相当の動機よね。ここで堀田のキャラクターをおさらいするわ。堀田は人を食ったような性格のチャラ男で何人もの女と遊んでいた。…‥ここまで言えば大体想像つくでしょ?」
「リベンジポルノ?」
私が呟くとミノは頷いた。
「そう。おそらく堀田はそういう写真で遊んだ相手を脅して金を巻き上げていたのよ。犯人は堀田により倉庫に口頭で呼ばれていた。そこを刺したわけね。しかし人を殺して気が動転したからか、証拠写真が入っていると思しき堀田のスマホを持ち去るのを忘れてしまった。単純に捜しても見つからなかったっていう可能性もあるけど、冷静だったらしないようなミスをしてるし、実際に動揺はしてたんでしょう」
ミスというのは倉庫の扉を完全に締め切っていなかったことと、チャラ男くんにダイイングメッセージを残す余地を与えてしまったことかな。
「まあ、大事な写真をスマホだけにいれてるとは思えないし、もしスマホを持ち去って、その後パソコンから写真が出てきたら犯人がその写真に写っている人物と完全に特定されるから、盗まないのはある意味正解だったかもね」
ミノの推論に明月さんは頷いた。しかし、
「ふぅん。なるほどな。筋は通るが、被害者が脅迫していたという証拠がないわな」
「あんたは馬鹿か? 堀田のスマホを調べりゃいいだけでしょうが」
「あ……そ、そうか」
恥を晒した明月さんは咳払いをすると、十束さんにチャラ男くんのスマホを持ってくるように指示した。
三分ほどで十束さんは戻ってきた。手にはチャック付きの小袋に入れられた黒いスマホがある。
明月さんはそれを受け取ると起動させ、指をディスプレイにタッチしていく。
「うおっ」
画像ファイルを見たらしい明月さんが驚いたような声を出した。
「どうやら桂川の予想が的中したようだ。こいつはとんでもないクソ男だな。情報を集めるために婦人警官を連れてきた方がいいか」
「必要ないわ。あたしとアスマがいるじゃない。それを見せなさい。顔くらい見たことある奴かもしれないし」
「え、私も見なきゃいけないの?」
「当たり前よ」
私、この学校の生徒の顔なんて殆ど憶えてないんだけど。
明月さんがつっこみを入れてくる。
「いや当たり前じゃねえよ。見せられねえよ」
「じゃあ誰に見せるのよ。どの道この学校の関係者に見せて誰なのかを確認しなきゃならないでしょ。教員にバラすより交流関係が狭ーいあたしたちに見せた方が、当人たちへのダメージが小さいわ。教員にバラすと今後やりずらくなるでしょうし」
刑事二人は苦々しい顔つきで互いを見合った。
「明月さん。俺、凄い丸め込まれてる気がするんですけど」
「俺もだが……まあしょうがねえ。もう考えるのがめんどくせえ。おら見やがれ」
ヤケクソにもほどがあるよ。
ミノの小袋を受け取り、スマホをスワイプしていく。私がそれを覗き見ると、そういう行為をしている写真がどんどん流れてくる。複数人の脅迫対象がいたらしく、三人くらい別の女子が写っていた。しかし……その女子たちに見覚えがあった。
「ミノ、この子たちってさ……」
「料理研の部員たちね」
「何、知り合いなのか?」
「ええ」
まさか彼女たちの中に犯人がいる可能性が高いなんて。……あれ? 彼女たちの名前は憶えてないけど、イニシャルがTの子はいなかったような。
ミノはそのことに気づいているのかいないのか、
「……容疑者があいつらとすると、凶器の包丁が調理室から持ち出されたものだという可能性が出てきたわね。あいつらは確か昼休みは部室で昼食をとってるって話してたのをこの前聞いたわ。そのとき包丁を一本拝借していた可能性もゼロではない。すぐに確認してきて」
「何でお前が命令してんだよ。十束、いってこい」
「また俺っすか」
「調理室の鍵を借りたのは誰かもちゃんと訊いてきなさいよ。それから教師に料理研の部員を集めるよう指示を出して」
「はいはい」
十束さんは肩をすくめながら出ていった。




