チャラ男現る。そして死す!
ティータイムという名の女子トークに巻き込まれてしまった。私もミノも、まあ当然ながらイケメン俳優の話にもイケメンアイドルの話にも学校のイケメン生徒の話も付いていくことなどできない。
だからひたすらクッキーを食べ、紅茶を喉に流し込んでいた。食べる前は所詮高校生が趣味で作ったボロボロのクッキーと思っていたのだけれど、食べてみたら普通に美味しくてびっくりした。
それはミノも同様だったようで、一度口に放るなり山盛りになっているクッキーから二秒以上手を引っ込めていない。
「桂川さん、クッキー気に入ってくれた?」
ポニーテールさんが訊いた。
色々とはしたないことになっていたミノは手をとめて、紅茶を優雅に一口飲んだ。いい格好するの大分遅いよ。
「ええ、まあ、市販の安物よりかは、よっぽど美味しいわ」
誉めているのか微妙な表現だなあ。
双子A(Bかもしれない)がくすくすと笑い、
「桂川さんがそう言うってことは美味しいってことだね」
私はミノの肩を突っつき小声で尋ねる。
「ねえ、ミノっていつから夕飯たかってるの?」
「二週間くらい前からよ。あと、試食係ね」
「はいはい」
「えっと、あなたはどう?」
ポニーテールさんが今度は私に感想を求めてきた。
「結構美味しいよ」
「そっか、よかったよ」
「まあ、三由は流石パン屋の娘ってところよね」
ツーサイドさんが腕を組んで頷きながら言った。
ミノはクッキーを口に放り込み、
「そうだったの? どこのパン屋?」
「駅の左側の道をずっといった先のT字路? 丁字路? にあるよ」
あー、そういえばあったような気がする。お母さんがたまに買ってくるような、こないような。
「ふぅん。駅の近くってことはこの学校からも近いわね」
「うん。おかげで登下校が楽なんだ」
どうやら自宅も完備しているらしい。逆か。自宅がパン屋を完備してるのか。どっちでもいいか。
「いいよねえ三由は家が近くて。私たちなんて山の中だもんなあ」
「我が家は道はずれの小さな獣道の先にあるもんねえ」
双子さんたちが愚痴った。彼女の家も、それはそれで大分レアだと思う。
「しかも母親の仕事はランジェリーショップの店員だもんねえ」
「パン屋みたいな健全なのがいいよ。子供にしきりにTバックを勧めてくるもんねえ」
それは鬱陶しいね。
そして四人が家族への愚痴を語り始め、別に家族に愚痴も何もない私と自称一人暮らしのミノは再び会話から外れることになった。
二人で黙々とクッキーを食べていると、
ノックもなしに引き戸が開き、闖入者が入ってきた。
「いい匂いがすんねえ」
それは絵に描いたようなチャラ男だった。茶髪にピアス、ノリの軽そうな……要は手越くんみたいな雰囲気。けど手越くんの方が格好いいかな。
四人の雰囲気がピリつくのを肌で感じた。みんなあのチャラ男くんを警戒してるようだ。何にせよ私には関係ないね。
チャラ男くんがこちらに歩いてくる。
「おっ、クッキーの焼いたの? いいねえ。俺にもちょうだいよ。ま、勝手にもらうけどね」
言葉通りクッキーの山から一つを取って口に放った。
「んお、うめえじゃないの。やっぱ料理とかお菓子が作れる女子ってのは最高だねっ」
「堀田。何の用?」
ツーサイドさんが睨みながら訊く。
「いい匂いがしたからきただけだよ。え、なに? まさか自分たちに用があるって思っちゃった? それは流石に自意識過剰っしょ。でも、へへ、照れるぜ」
「用がないなら帰りなよ」
双子Aが強い口調で言った。しかしチャラ男くんはそれを無視し、
「あ、そういえば若菜引っ越したんだろ? いま家どこにあんの? 今週忙しいから来週いくよ」
「こなくていいわ」
「つれないねえ。そんなことばっか言ってると、呪っちゃうぜ?」
「あんた、まだそんなこと言ってんの?」
双子Bが苦々しく言った。
「当たり前だろ。呪いは俺の商売だからな。お前は……春香? 美乃? どっち?」
「どっちでもいいでしょ」
「やれやれ……と、ん? いまさらだけどこの二人は誰? 新入部員?」
あーあ。ついに触れられちゃったか……。面倒だから無視しよ。
「ただの試食係だからお構いなく」
もう、ミノ。反応しないでよ。
「じゃあもう一人のこの可愛子ちゃんは?」
「え、誰か他にいる?」
「いるじゃんここに」
チャラ男くんが肩に手を乗っけてきた。ミノはきょとんとした顔になって、
「誰もいないわよ。何言ってるの? 頭大丈夫?」
どうやら私をいないものとして扱うらしい。私としてもそちらの方が都合がいいのでこのまま地蔵になっておく。
「おいおい、悪い冗談だろ?」
「ええ。冗談よ。そいつは私の連れ」
「もー、ミノったら。最後までいないものとして扱ってよね」
「やれやれ。まったくとんだ茶番だな。俺は堀田学。君たちは?」
「桂川美濃よ」
「内村あさこだよ」
「堂々と嘘つくんじゃない。こいつは明日馬薫子よ」
バラさないでよ。
「美濃ちゃんと薫子ちゃんね。なるほど。突然だけど君たちさ、呪い興味ない?」
「堀田!」
ツーサイドさんが声を荒げた。チャラ男くんはまったく意に介さず、
「俺、結構呪い知ってんだよ。昔ながらのものからオリジナルのものまでね。不幸になってほしい奴がいたら俺に相談するといいよ」
「ふぅん」
ミノは頬杖をつきチャラ男くんを見上げる。
「例えばどんな呪いがあるの?」
「ううむ。企業秘密なんだけど可愛い子猫ちゃん――いや見た目的には子犬かな――に頼まれちゃったら仕方がねえ。特別に教えてやるよ」
すごい興味ないんですけど。
チャラ男くんはバッグからルーズリーフを取り出した。
「わら人形に呪いたい相手の名前を書いた紙を貼って釘を打ち付けると、その相手が死んじまうんだ。大学の先輩がその効力は試したところ、まじだった」
右手でルーズリーフを捲り、
「他にもこっくりさんとかあるけど既存の呪いはネットで調べればいいだけだからな。こっからはオリジナルの呪いを特別に教えてやろ」
オリジナルの呪いとはなんぞや。
「色々あるぞ。呪いたい相手とその相手がどうなってほしいかを全ページ埋めるほど書いたノートを枕の下に置いて寝ると相手がノートに書いた通りになるとか。地図上の死んでほしい相手の家の近くに怨みを込めて掌紋を押すとその地点で相手が事故に遭うとか。呪いたい相手のTシャツの胸を刃物で刺すとそいつが心臓麻痺で死ぬとか。どれも実証済みだぜ?」
絶対嘘じゃん。
「色々やってるのねぇ……。わら人形、いまもってる? 本物って見たことないから見たいんだけど」
ミノがねだるように言った。
チャラ男くんも悪い気はしないようで、意気揚々とバッグから実物のわら人形を取り出した。常備してるんだ。
ミノはすかさず立ち上がってそのわら人形を奪い取るとテーブルに叩きつけるように置き、その上にいつの間にか用意していた『堀田学』と書かれた紙を乗せ、そこにシャーペンを突き刺した。
「はい。これであんた死ぬわね」
「おやおや……。いつその紙を?」
「あんたが呪いの説明をしてたときよ。ノートにあんたの名前を書いて破っておいたの。わら人形持ち歩いてなかったら意味なかったけどね。まあ、呪いなんてバカバカしすぎるけれど」
「まったく……。子犬だと思ったらとんだ狂犬だな。それじゃあ――」
チャラ男くんが私に視線を向けてきた。
「君は誰かを呪――」
「あ、紅茶のお代わりもらっていい?」
「え? あー……もうないの。ごめんね」
ポニーテールさんに謝られた。
「そっか。残念」
「ちょい。露骨に無視するのやめてくれない?」
「ミノ、そろそろ帰らない?」
「まあいいわよ。クッキーももうないし」
「おい話を――」
「よいしょっと」
私は立ち上がって伸びをする。
ミノが可笑しそうに笑った。
「堀田。あんたに忠告しとくけど、あたしが狂犬ならこいつは魔境に巣くうケルベロスだから。誘うならズタズタにされる覚悟くらいは抱いといた方がいいわよ」
ケルベロスは酷くない? 私なんてティーカッププードルくらいのものだよ。
◇◆◇
調理室から出ても、チャラ男くんは追ってはこなかった。
「あの人何だったの?」
何の気なしに尋ねる。
「堀田学。確かそこそこ有名人よ。悪名高いって意味でだけど」
「というと?」
「呪いだか何だか言ってたでしょ? ああやって興味本位だったり冗談だと思って近づいてきた女子で遊ぶのよ」
「へえ。だとすると、あの料理研の面々はその魔の手に引っかかっちゃったクチなのかな? なんか当たり強かったし」
「かもしれないわね。……絡まれると面倒そうなのと関わっちゃったわね」
「そうだね。あの調子だと見かけられたら話しかけられそうだし」
しかし、この心配は杞憂に終わることになる。
◇◆◇
翌日の放課後。私とミノは五時まで学校に残っていた。普段ならとっくに帰ってる時間なのだけど、生物部が裏庭で飼育しているウサギのぴょんきちが逃げ出してしまったので、佐渡原先生に『途中で帰ったらいままでの部活出席日数全部消すからな』と脅され、仕方なしに学校に留まっていたのだ。もちろんその間ぴょんきちを探したりせず、探してる風を装ってふらふら歩いていた。
トラックを走る陸上部員を眺めていたら後ろからミノの声が飛んできた。
「アスマ。ウサギちゃんと探してる?」
「んー、探してないよ」
「やっぱり。しっかり探しなさいよ。見つけないと佐渡原の奴、帰らせてくれそうにないわ」
「それは面倒だね」
しょうがないのでそこそこ真剣に探すことにする。
グラウンドのような見つけやすいところにいたらとっくに誰かが見つけているので、学校の隅っこを探すことにした。
草が生い茂る体育館裏にミノとともに赴き、軽く草をかき分けていくがウサギはいなかった。こんな私たちは体育館の周囲を探していくがウサギは見あたらなかった。これはもう学校の外に逃げちゃったんじゃないの?
もともとなかったやる気がさらになくなっていく。ぬぼーっと辺りを見回すと、古びた倉庫が目に入った。扉が少し開いていたからだ。
「ミノ、あの中にいるかも」
「ん? ああ旧倉庫ね」
ミノ曰く、既に使われなくなった倉庫らしい。鍵の戸締まりに厳しい我が校において、常に鍵が開いている数少ない倉庫だという。単に鍵が紛失したから使わなくなっただけらしいが。
二人で倉庫の前に立つ。ミノが扉の隙間に手を突っ込んで全開にした。暗闇に差し込んだいっぱいの光が、倉庫の真ん中でうつ伏せで倒れている男子生徒を照らしつけた。
私とミノは反応に戸惑う。その男子生徒はただ倒れているだけではなく、左の脇腹から多量の血が出ていたからだ。
ぴくりとも動かない男子生徒を見つめつつ私は口を開いた。
「ねえミノ」
「なに?」
「この人死んでない?」
「ぱっと見は。……というかこいつ堀田じゃない?」
「堀田……って昨日会ったチャラ男くん?」
「ええ」
私たちは男子生徒に近づき顔を確認した。
「やっぱ堀田ね」
「みたいだね。脈は?」
ないだろうなあ。
ミノがチャラ男くんの首に手を当てた。
「ないわね。死んでる」
「そっか。……ねえミノ。もう一つ訊きたいんだけどさ、これなあに?」
私は死体の頭上を指差した。
チャラ男くんは肘を曲げた万歳のような格好になっている。右手は握られており、よく見ると人差し指に血が付着している。左手は真っ赤に染まっていて、じゃんけんのパーのように開き切っていて、アスファルトの床にべっとりと血糊を残していた。そして、手と手の間に血で書かれた『T』の文字があるのだ。
ミノはにやりと笑った。
「ダイイングメッセージに決まってるじゃない」
うわあ……面倒なことに巻き込まれたよ。




