ごちそうになります
「お前らさ、恐竜についてどう思う?」
放課後、いつものように仕方な~く部室にきて、図書室からてきと~に選んできた小説の文字に目を走らせていたら、顧問の佐渡原先生がど~でもいいことを訊いてきた。スルーしよっと。
「いきなりどうしたのよ」
ミノが律儀に返す。もう、ほっとけばそれで話題終了だったのに。わざわざ話広げなくていいじゃん。
と、考えていることをおくびにも出さず、読書に集中して聞こえていない風を装う。
「いや、昨日やっと『ジュラシック・ワールド』を見れてさ、熱が冷めやらないってわけだ」
「ふぅん」
へえ、ずっとその系統の映画のことジュラシックじゃなくてジェラシックだと思ってた。勉強になるなあ。質問に答える気はないけど。ね、ミノ?
「恐竜はまあ、化け物よね」
答えるのね。こういうどうでもいいところのノリはいいんだから。
「あんな巨大なモンスターが地球上を闊歩してたと想像したら恐ろしいわ」
「まあなあ。あの牙とかわけわかんねえもんな」
「あとフォルムが現代の生物では考えられないくらい格好いい。ステゴサウルスとか何よあの背中。オシャレすぎるわ。ティラノサウルスは言わずもがなだし」
「それな。俺、マンチェスター博物館でティーレックスの標本見たとき痺れたよ」
「ティラノサウルスのことをティーレックスって言うな。なんかイラっとする」
「別いいだろ何て呼ぼうが! 何でそんなことでキレられないといけないんだよ!」
ミノはいちいち一言多い。最後の言わなければ可愛い生徒でいられたのに。
「部員Bはどう思う、恐竜のこと」
ついに佐渡原先生が私に直接訊いてきた。無視に限る。
「読書に夢中なのか?」
「そう見せかけて無視しようとしてるだけよ」
やはりというかミノには見破られた。しかしめげない。私は無視を決め込んだ。そのとき、
「イッテQって超つまんないわよねー」
「何だとこらー!」
あ、反応しちゃた。
ミノが得意げに笑う。
「ま、あたしにかかればアスマなんて簡単に扱えるわ」
「そんなことよりイッテQがつまらないってのは嘘ってことでいいんだよね? 嘘じゃなかったらもうミノにお金貸してあげないから」
「あんたに借金したことなんてないわよ! 嘘だから安心しなさい」
「そっか。ならよかった」
私は本に視線を落とした。
「どうして普通に読書再開してるのよ。質問に答えなさいよ」
「……」
「今週のイッテQ面白かったわよねえ」
「今週だけじゃなくて毎週面白いよ! ……あ」
「あんたが小説の活字を目で追ってるだけってのはわかってるのよ」
「フフーン、フフーン、フフーン、フフーン」
「ごまかすならせめて鼻歌じゃなくて口笛を吹きなさい」
「口笛上手にできないもん」
「知らないわよ。というかいまの何の曲?」
「イッテQのお祭り男のテーマの候補に出てきた『あかん』って曲。ティーナカリーナって人が歌ってるよ」
あの曲はイッテQのために作られたわけではなく、もともとあった曲だったらしい。歌詞がぴったりすぎて全然気づかなかったけれど。
「で、質問の方はどうなんだ?」
佐渡原先生がやや呆れながら言った。
「先生、そこまで私の恐竜感を知りたいですか?」
「ぶっちゃけそこまででもない」
「じゃあ別に答えなくていいですよね。私もテキトーな答え考えるの面倒なので」
「テキトーな答えを考えるのが面倒、ってどんな日本語よ」
ミノが小さく呟くのが聞こえた。
私は読書を再開する。何となく文字を読む限り、これは海賊が主役の小説らしい。しきり黒髭とかって単語が出てくる。確か黒髭って海賊だよね? 玩具にもなってるし知っている。確か名前は、何とかティーチだったっけ。どうでもいいか。
ミノのスマホの着信音が鳴った。ミノはスマホをいじくるとバッグを持って立ち上がった。
「じゃああたしそろそろおいとまするわ」
「何かあったのか?」
佐渡原先生が尋ねた。
「調理室にいくだけよ」
「調理室って、料理研究会に用でもあるのか?」
「ええ。準備できたってメールがきたのよ。料理食べにいってくるの。今日の夕飯代わりにね」
軽く衝撃的なことを言うミノに私たちは憐れみの目を向けた。
「流石の俺でも心配になるぞ。お前の先生として」
「名前も憶えてないくせに先生面すんなっての」
「ミノ、そこまでするほど切迫してるんだね。今日の夕飯の残り、明日タッパーに入れて持ってきてあげるね。安心して。タッパーは洗わなくていいから。水道代もったいないもんね」
「そこまで困窮してないわよ! 単なる節約よ節約! 一人暮らしは大変なの!」
「え、じゃあ夕飯の残りいらないの?」
「いらないとは言ってない。くれるならもらっといてやるわ」
もらうんだ。
「あたしは料理研に飯をたかってるんじゃなくて、試食係を請け負ってやってんのよ」
「物は言いようの極みだなおい」
「うっさい。とにかくあたしはいくから」
そう言ってミノは引き戸へ向かう。私は急いで本をバッグ閉まった。
「あ、待って。私もいくよ」
「はあ?」
ミノが振り返ってくる。
「イッテQ以外のことに何の興味も持ってないあんたが、どういう風の吹き回し?」
私はてへっと笑った。
「小腹空いちゃって」
◇◆◇
ミノは調理室の引き戸をノックした。中から返事がきたので、
「入るわよ」
と言って、ミノが引き戸を開けて調理室に入った。私もその背中に付いていく。
たくさんある水道とコンロの付属したテーブルに部員と思われる女子四人が固まって座っていた。ポニーテールの女子。ツーサイドアップの女子。双子の女子(そっくりすぎてどっちかドッペルゲンガーなんじゃないかと疑うレベル。髪型もセミロングで同じで髪留めだけ違う)。リボンの色から全員同学年だ。
「試食しにきてやったわ」
本人たちを前にしてもその態度なんだ。
こちらを注目していた女子四人が私を見て首を傾げた。
「桂川さん、その子は?」
ツーサイドさんが尋ねた。
「こいつは同じ部活の生物。小腹が空いてるみたいだから付いてきたの。残飯でもわけてやって」
酷い紹介の仕方だなあ。
「こんにちはー。名前は……別に名乗らなくていいよね。だから君たちも名乗らなくていいよ。どうせ憶えられないから」
「ってな感じでどうしようもない精神性の持ち主だから残飯で十分よ」
付け加えなくていいよ。ほら、ミノのせいで四人がドン引きしてるし。
いいと言ったのに四人は自己紹介をしてきた。ポニーテールさんが上坂三由。ツーサイドさんが青井若菜。双子さんたちが桐山春香と美乃。いっぺんに四人も憶えられないし憶える気もないので、今後も渾名で呼称していくことにする。
「それで上坂。今日の料理は何かしら?」
期待に目を輝かせるミノにポニーテールさんが答える。
「今日はクッキーを焼いたよ」
「ク、クッキー……?」
夕食代わりになりそうもない料理にミノは露骨にがっかりしたようだった。……もしかしてミノは本当に試食係を請け負っていたのだろうか。だからミノの狙いを知らない彼女らは主食になりそうもないものを出した、と。
「それじゃあティータイムにしよっか。春香、紅茶の準備して」
立ち上がった双子Aが食器棚を開けながらながら言った。すると双子Bが顎に指を当て、
「んー、美乃、ティーバッグってどこにあったっけ?」
「春香に頼んだ私が間違ってたわ。三由、お願いね」
「ほいほーい」
ポニーテールさんが部屋の右側にある戸棚から小さな箱を持ち出してきた。
「二人も座ったら?」
ツーサイドさんが笑いかけてきた。
悲しみくれるミノの背中を押しながら、私は四人のもとへと進む。
「クッキー、か……。まあいいわ。夕飯いらないくらい食いまくってやる」
「太るよ?」




