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少女たちは青春を味わわない  作者: 赤羽 翼
トーテムポールの嘲笑
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アスマとミノ



 部活というものは面倒くさい。自分が好きで選んで入部した部だったら知らないけれど、校則により強制的に入部させられた別段興味のない部というものは、それはそれは面倒くさい。


 ただ、私の言う面倒くさいというのは部の活動に対してのことではなく、わざわざ部室に赴かなければならないという理不尽な部分を示している。遠いのです、部室が。二年生の教室は普通棟の三階にあり、部室にいくには渡り廊下を渡って部室棟に入り、階段を一階まで下がってさらに廊下を端から端まで移動しなけばならない。人によっては「え、それだけ?」と思うかもしれないが、運動不足の女子高生を舐めてもらっては困る。


 運動なんて体育と登下校でしかしないし。おまけに体育は適度に手を抜いている。つまり実質的に私は登下校でしか運動をしていないということなのです。登下校を運動と言うのかはなはだ疑問だけどね。


 じゃあ部活にいかなければいいんじゃない? と思ったそこのあなた(誰?)。それは甘い。この学校には必ず部活に入部しなけらばならないという理不尽な校則があることは先述したけれど、なんと部活出席日数という何じゃそりゃものの制度もあるのだ。卒業するには一定回数以上部活に参加なければならないのだ。酷い校則だよね。このこと知ってたら絶対こんな学校受験しなかったのに。家から近いからってだけで学校選ぶんじゃなかった。


 そんなこんなで、私は仕方なく部室に向かっているわけだ。部室で顧問の先生に挨拶すれば本日の――いつものことだが――部活終了である。まあ少ない体力を消費して部室にいくのだから、流石にちょっとは留まろうと思う(これもいつものこと)。


 私の所属する……というより所属させられている部活は生物部だ。何度も言うように無理やり入れられた部なのでそれほど――というか全然――好いていない。淡水魚や虫にサボテン、庭には鶏(語感がちょっと可笑しい)などの世話をするということになっている。更に実地研修として近くの川の生態系を調べたりもすることにもなっている。しかし基本的に人外の友達しかいない顧問の先生が全部やってくれているので、私たちは何もせずにすんでいる。ありがたいことです。


 卒業できないかもしれないけど、面倒だからまあいっか、と考えていた私は入部届を提出しなかった。そしたら部員がいない生物部に強制的に入部することになったのだ。


 私の他にいるもう一人の部員の入部理由もそんな感じ。ただ彼女は私と違って――どの部活にも興味を持てなかった点は同じだが――、「東大に入試一位で合格した誉れある生徒もそんな馬鹿みたいな校則を理由に卒業させないのか気になる」というなかなかに挑戦的な理由で入部届を出さなかった。


 生物部の部室へと到着した。鍵は開いているだろうか思いながら引き戸を引くとするりと開いてくれた。部室には先述した生き物の入った水槽やら何やら、ベランダ際には種類の違うサボテンが並んでいる。そして部屋中央の席に不機嫌そうに頬杖をついて不機嫌そうに貧乏揺すりをしている少女が一人。


 私は部室を見回し、


「ねぇミノ、佐渡原さどはら先生は?」

「いまあたし機嫌が悪いから話しかけないで。ぶん殴りたくなる」

「理不尽だなあ」


 とりあえず戸を閉めて、ミノの座ってる席から左に三歩ほど離れた場所にある席に座る。

 佐渡原先生は生物部の顧問だ。あの人に自分が部室にきたことを証明しなければ部活出席日数と認められない。面倒だなあ、ほんと。あんまり長くは居たくないんだよねぇ。


「ねぇミノ、佐渡原先生どこ?」

「ぶん殴るわよ」

「殴ったら教えてくれるなら別に殴ってもいいよ。あ、でもお腹はやめてね、痛みの他に気持ち悪さが持続するから」


 ミノは呆れたようなため息を吐いた。


「顔殴れってこと? アスマ……あんたほんとに女?」

「そんなに変なこと言った? 一発殴られたくらいじゃ痕とか残らないでしょ、たぶん。別に残ってもいいけど」

「……あーあ、ほんとあんたってナチュラルに頭おかしいわよね。そこが観察しがいがあるんだけどさ」


 さらっと酷いことを言われているがいつものことなので気にしない。


「殴って痕が残ったら治療費だか慰謝料だか請求されそうだから勘弁してあげる」

「ああ、まあミノ貧乏だもんね」

「一人暮らしだから、って理由をちゃんと付けなさい」

「あ、ごめん」

「相変わらず心のこもってない謝罪ね。そもそもあんたに心があるのか謎だけど」


 ミノはふんっと鼻を鳴らすとスマホをいじり始めた。……えー、結局、佐渡原先生がどこにいるかは教えてくれないの? まあいいか。


 私を人間扱いしていないこの少女は同じ生物部員のミノだ。一見小柄で童顔だから小動物のように可愛らしく見えるかもしれないが、実際にはあんな感じである。常に不機嫌そうな雰囲気をまとっているため――そして実際に常に不機嫌なので――近づく人は少ない、おそらく。


 おそらく、というのは私が彼女のことを詳しく知らないからに他ならないからなのだが、本人曰わく、昔は地元で名を馳せたヤンキーで高校入学の際に心機一転しようと誰も自分を知らない地にやってきたのだが高校デビューに失敗して諦めた、とのこと。本当にヤンキーだったのかも(言動と行動から察するに信憑性大)、どんな高校デビューを試みたのかもわからない。興味もない。


 ミノの漢字表記は美濃で、父親がその地方出身の人で思入れがあったからこの名前になったらしい。苗字の方は……苗字は……あれ、なんだっけ? 確か五文字くらいで呼ぶのが面倒だから名前で呼んでるんだけど、名前でしか呼ばないから忘れてしまった。佐渡原先生も私たちのことを部員A、部員Bとしか呼ばないしなあ(しかもどっちがAでどっちがBかは日に日に変わる。ややこしい)。しかしまあ卑下することはない。きっとミノも私の下の名前を忘れているに違いないからだ。おあいこである。


 ふと右を見ると、ミノが横目で私の顔を伺っていた。


「どうしたの?」

「あんた、いま失礼なこと考えてたわよね?」

「何でそう思ったの?」

「直感」


 私はかぶりを振る。


「別に思ってないよ。……そうだ。ミノって私の下の名前憶えてる?」


 ミノは眉をひそめ、


薫子かおるこでしょ。明日馬あすま薫子」

「あ、憶えてたんだ……びっくり」


 これじゃあ私が凄い失礼な人間みたいだ。ミノは同類だと思ったんだけどなあ。

 ミノは私の顔を睨め回すと、首を傾げた。


「何なの、いまの質問。あんたはあたしの苗字を忘れていたけど、きっとあたしもアスマの下の名前を忘れているだろうから、気にする必要もないか、とか考えてたの?」

「よくわかったね。凄いよ」


 心から言った。しかしミノは不快げに顔を歪め、


「あんたと一緒にしないでほしいわ。あたしも社会不適合者の自覚はあるけど、流石にあんたほどじゃないからね」

「まるで私が社会不適合者以下みたいな言い分だね」

「そうでしょ実際。社会不適合どころか人間不適合よ」


 やっぱり人間扱いしてくれない。いつもことだから何とも思わないけど。


「そういえば佐渡原先生はどこなの?」


 気を取り直して訊いてみた。


「このタイミングでそれ訊く? 普通はあたしの苗字を訊かない? まああんたに普通なんて概念が通じないのはとっくに知ってるけど」


 そこまで言うなら仕方ないので訊いておこう。


「苗字なに?」

桂川かつらがわよ」


 ふぅん……。桂川美濃ね。そういえばそんな感じだった。ふぅん……。


「佐渡原先生は?」


 ミノはもう諦めたようで、


「淡水魚の餌買いにいった」

「じゃあすぐに帰ってくるのかな?」


 近くにスーパーがあるし。

 しかしミノは首を振り、


「専門店で餌買ってるらしいから四十分くらいは帰ってこないって。置き手紙があったわ」

「そうなんだ。んー、じゃあもうちょっとしたら帰ろうかな。待つのも暇だし。……こういう理由があったからいつにも増して不機嫌だったんだね」

「そんな理由じゃないわよ。ソシャゲのガチャの提供割合にキレてただけ」


 欲しいの出ないんだね。どんまい。どうでもいいけど。……というか、私としてはそちらの方が『そんな理由』だと思う。


 数十秒の間、お互いに無言の時間が続いた。これもいつものことなので、特には気にしない。私たちは友達じゃないし仲良くもないのだ。ただしかし、流石に暇になってきた。さっきもうちょっとしたら帰ろうって言ったばかりだけど、もう帰ってしまおうかな、と思っていたら引き戸を何者かがノックしてきた。

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