返品伝票は銘菓とともにです。
「ふふんっ。聞いて驚け、ワシはスペフィシュの世界樹様じゃ! さぁ敬うがいい」
ちっちゃな子が精一杯虚勢を張っているような姿は何やら微笑ましい姿だった。
だが今このちびっこは何と言った?
ちびっこが言い放った言葉を頭のなかで反芻する。
たしかこいつは自分事を世界樹だと言った。
それが事実だとすると目の前にいるのはミユと同じく世界樹の依代体なのだろう。
「しかし宅急便の箱の中は思った以上にきつかったのじゃー」
自称世界樹は、その小さな体をぐっと反らすように伸びをしたあと、ぐるぐると腕を回し始めた。
「なにやら関節の動きもおかしいのじゃー」
この「のじゃ子」が自己紹介した通りの世界樹だとしたら誰だ?
ティコライはまだ依代体に憑依できる状態ではないだろう。
だとしたらスズキさんのところの世界樹か?
いや、しかし今は彼の世界とこちらの世界は距離が離れていると山田さんが言っていた。
吉田さんがティコの力を使ってスズキさんの世界へ向かった理由の一つが、遠く離れすぎていて通信が不安定になっているのを中継して安定させるというものなのだと後で聞いた。
ティコの興味を満たす事も出来るし、世界の操作の練習も出来るということもあってこちらの世界とのランデブー後に急遽旅立ったらしい。
だとすると俺の目の前で何やらラジオ体操みたいなことを始めてるこの世界樹は何者か?
「ミユも運動するのー」
いつのまにかミユが『のじゃっ娘』の横に移動して一緒に運動を始めている。
本当に物おじしない子だな。
「キミ、さっきスペフィシュの世界樹って言ってたけど山田さんの世界のことでいいんだよね?」
俺は昨日山田さんとの会話で初めて存在を知った四番目のミニ世界樹が彼女ではないかと思いそう尋ねる。
「ん? 山田ってだれじゃ?」
予想外の返答に戸惑うが質問を言い換えることにする。
「じゃあ聞き方を変えるね。キミは高橋さんの世界のミニ世界樹だよね?」
「高橋? ああ、あのドワっ子の事かのう?」
「そう、そのドワっ子」
たぶん。
「そうなのじゃ。ワシは高橋とやらと同じ世界からやってきたのじゃー」
とやらって……。
「それで高橋さんにこの世界へ送ってもらったのか」
しかし、ミニ世界樹を依代とはいえ宅配便で送るとか何を考えているのやら。
「違うのじゃ」
「え?」
「その高橋とやらに送ってもらったわけではないと言っておるのじゃ」
俺はこの娘が何を言っているのかさっぱり意味がわからず混乱しだした。
「でも宅配便で送りつけられて……」
「ワシが勝手に荷物の中に紛れ込んできたのじゃ」
「ええっ!?」
「その高橋とやらが何やら楽しそうに色々なお菓子とかを箱に詰め込んでおったから、隙を見てその荷物の中にこっそりと忍び込んだのじゃ」
俺はその言葉を聞いて先程『のじゃっ娘』が出てきた箱の方を見る。
確かに緩衝材かと思っていたものは謎のお菓子類のようだ。
「それじゃ今頃高橋さんたちはキミが居なくなって大騒ぎになってるんじゃないの?」
「大丈夫なのじゃー。すでにワシの本体の近くで何やら探しものをしているようだったドワーフにさっき到着したと通達しておいたのじゃ」
微妙に大丈夫じゃない気がするのだが、たしかにミユもだが本体は世界樹のほうであってこちらは依代体にすぎない。
本体さえ無事であれば何の問題もないと言われればそうなのだろう。
ん? 依代体?
依代体って確か本体から百メートルくらいしか離れられないんじゃなかったか?
この娘が依代体だとするとこの百メートル範囲内に本体である世界樹がないとおかしい。
「本当に世界樹の本体は元の世界にあるんでしょうね?」
「本当なのじゃー。そもそも世界樹の本体が別の世界樹が存在する世界にそのまま入れるわけがないのじゃー」
世界樹が存在する世界に別の世界樹が入れないとは初耳だ。
今度山田さんにでも詳しく聞いておこう。
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さて、となるとこの『のじゃっ娘』は一体何なのだろう。
「だったらどうやってキミはここに存在していられるのさ。 依代体と世界樹はそんな遠くまで繋がってられないはずだろう?」
俺のその当然の疑問に『のじゃっ娘』は生意気そうにない胸を張って腰に手を付け答えた。
「ふふん! そんなの研究所に放置してあった『移るんです』とかいう装置を使えば簡単なのじゃ」
ああっ、そういえばそんな装置があったことを言われて初めて思い出した。
確かあの時は山田さんの世界の海へバカンスに行ったんだっけ。
たしかにミユも一緒に『精神転移』出来てたからあの装置を使えば可能なのか。
いや、まてよ。でもあの装置は確か二時間程度しか使えないはず。
この『のじゃっ娘』はずっと宅配便のダンボールの中に居たとか言っていたが、異世界からの宅配便ってそんなに早いのか?
「『移るんです』ってたしか二時間程度しか使えなかっただろ?」
「ふふん! ふふん! そんな制限など我が世界樹の力を使えばどうとでもなるのじゃ」
世界樹の力って、そんなに万能なのか?
「ミニ世界樹の力でそんな事が出来るのか。凄いな、ミユも出来るのかな?」
俺がミユの方を見るとミユは頭を振って「ミユはまだ無理なの」と残念そうな顔をする。
山田さん曰く、現存するミニ世界樹の中でもトップクラスなミユには出来ないのに目の前の四番目には出来るというのは、ティコの例もあるように個体差というやつなのだろうか。
「何を言っておるのじゃ」
「ん?」
「ワシはミニ世界樹などではないぞ」
「え?」
「ワシはあの世界の世界樹様だと最初から言っておるじゃろ」
「ええっ。世界樹ってあの取説作ったり、ミユたちを枝分けしてくれたあの世界樹!?」
「そうじゃ。その世界樹じゃ」
大物が来ちゃったよおい。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「つまり数万歳のロリババアってわけか……」
俺が思わずつぶやいたその言葉を聞きとがめたのか、『のじゃっ娘』あらため『世界樹様』が俺の方に詰め寄ってくる。
「今なんといったのじゃ」
ひいっ。
「い、いいえ。世界樹様といえばミユの母親なのに若いなぁと思っただけですよ」
俺がしどろもどろに答えると世界樹様は「ふんっ」と鼻を鳴らして引き下がる。
「この体を作ったのは研究所のアホどもじゃからのう。それに今のワシではこのくらいの大きさの依代しか動かせぬ」
「それはまたどうして?」
「この世界に来るために使っておる『移るんです』とかいう装置がミニ世界樹サイズしか存在しておらぬのでな。今のワシは貴様らが四番目と呼んでいるワシの分身体を通してこの世界に来ておるのじゃ」
彼女いわく世界樹本体の力を生まれたてのミニ世界樹では全て受け入れることが出来ないので、本来の世界樹の力のうち極一部しか使用できない状態らしい。
そこまで話した所でなぜか突然のじゃっ娘世界樹が「はっ」とした表情になってから俺の方へ寄ってきた。
そしてそのまま腕を伝って俺の顔の横まで来ると小さな声で俺に話しかけてきた。
「開放感ですっかり忘れて負ったのじゃが、ワシが彼の世界の世界樹だということはくれぐれも内密にな」
「何故です?」
「あやつらにはお主らが四番目と呼んでいるミニ世界樹とワシが精神体が繋がっておるという事を伝えておらぬのじゃ」
「それこそ何故なんですか? 何か隠す必要でもあるんですか?」
「それはじゃの……」
耳元で世界樹様が何やら言い辛そうに逡巡する気配を見せる。
何か秘密にしなければならない重要な事があるのだろう。
だとしたら山田さんたちには軽々しく言う訳にはいかないな。
俺はその重大な秘密の共有者になる決意を固めると彼女の言葉の続きを神妙な顔をして待った。
ゴクリとつばを飲み込む音がやけに大きく聞こえる。
「それは……」
「そ、それは?」
「その方が面白そうだったからなのじゃー」
俺はその言葉を聞き終えた後、そっと優しく肩口に座る彼女を手で優しく包み込むと、そのまま元の段ボール箱の中に詰め込んだ。
返品だ!




