私にいい考えがあるですです。
ユグドラシルカンパニーに行くのは初めてなので実は少しわくわくしている。
正直最初の頃は怪しいペーパーカンパニーじゃないのかと思っていたのだけど、謎の技術力を見せつけられ続けた今ではそんな疑いは持たなくなっていた。
むしろ、これだけの超技術を持った会社という物に興味を抱くなと言う方が嘘だろう。
バリアだの世界の衝突だのという話はいまいち実感がわかない。
というよりどこまでが本当の話でどこからが『設定』なのか未だによくわかっていないのだから仕方ない。
俺は助手席に座っている山田さんの横顔をそっと見る。
いつものエルフ耳が揺れているが本当に彼はエルフなのだろうか?
今まで一度もエルフらしいところは見たことが無いけど。
魔法もはぐらかされたままだし異世界へ連れて行ってくれるという約束も果たされては居ない。
一度VRマシンを使った仮想体験はさせてもらったが、あんなものでは到底信用に足る物じゃ無い。
俺は真実を知りたい。
今日、会社訪問についてきた理由の一つがそれでもある。
15分くらいタクシーに乗って移動したその場所はオフィス街から少し離れたところにあった。
思ったより近い場所で驚いたがそれ以上に予想外だったのはそのビル自体だ。
最先端技術を扱っている会社というイメージから想像していたビルとは全く違い、外見上はかなり古びた五階建てほどの建物である。
ビルについている看板に「ユグドラシルカンパニージャパン」と書かれて居なければ間違ったビルに到着したのだと言われても信じていただろう。
俺たちはビルの前の人通りすらまばらな歩道にタクシーから降りてビルを見上げた。
「思ったよりボロいでしょう?」
山田さんが俺の心を読んだかのように少し笑顔で俺に言う。
「もっと近代的なビルに入ってると思ってたけど、一応ビル一つまるごとユグドラシルカンパニーなんだね」
「我々の業務的にどうしてもビル一つをすべて借り受けたかったのでオフィス街の外れのこの物件が一番都合がよかったんですよ」
山田さんがビルの入り口の自動ドアを開け中に入っていくので俺たちはそれについて行く。
ビルに入ったところでミユが光学迷彩モードから通常モードに戻ると受付にいたお姉さんが少し驚いたような反応を見せた。
山田さんが受付嬢と何やら話をすると何やらカードのような物を受け取って戻ってきた。
「臨時社員証です。コレを首からかけておいてください」
おお、これがたまに見かける一流っぽい会社員が首から提げている社員証ってやつかと少し感動する。
「ミユのは?」とミユが山田さんに尋ねる。
「すみません、何分急なことでしたので用意してないんですよ。今度来るときまでにはミユさん専用社員証を作っておきますね」
ミユは少しがっかりしたようだが「約束なの」と山田さんと小さな手で指切りしてから俺の肩に戻る。
「では行きましょうか。そのエレベータで四階まで上がればすぐです」
見ると高橋さんがすでにエレベータの中で開ボタンを押しながら待っていたので俺たちは少し小走りで中に入った。
「遅いですです」
「高橋さんが速すぎるんだよ」
「速さは力ですです」
「ミユも今度ジェット装置をつけてもらうつもりなの」
まじか。
「危険そうだからその装備は却下」
『え~~~~』
ミユと高橋さんの声がハモったところでエレベータがちょうど四階に付きドアが開く。
目の前に広がるのは外観からは想像もつかないくらい綺麗で白く長い廊下があった。
左右の所々にドアがあり、そのうち一つの扉の上に赤いランプが点灯していた。
俺たちは山田さんの後に続いてその扉の中へ入る。
部屋の中では十人近くの社員と思われる人たちが、ある者は目の前に浮かぶホログラフィックに注視し、ある者は走り回って書類をそれぞれのデスクへ置いて回っていたりしていた。
それぞれの顔にあるのは緊張感と疲労感。
そしてエルフ耳だった。
俺がその光景にあっけにとられていると、その中の一人の男の人が山田さんを見つけ歩み寄ってきた。
「山田、やっと来てくれたか」
「事情は電話である程度は聞き及んでいます」
「こんなイレギュラーは初めてだからみんな混乱してるんだ。ところでそちらが例の?」
「ええ、ミニ世界樹の『ミユ』さんと、その契約者の田中さんです」
山田さんが俺たちを紹介するとその男の人が寄ってきて俺に握手を求めてきたので手を握り返す。
「初めまして田中と言います。山田さんにはいつもお世話……してます?」
「ミユがお世話してるの」
俺とミユの返答に男の人は少し苦笑気味に「私はこのユグドラシルカンパニージャパンを任されている長谷川といいます。今回はよろしくお願いします」と返してくれた。
「長谷川さん、早速ですが今回の世界間衝突は後二時間後くらいと聞いてますが変化はありましたか?」
山田さんが仕事モードの顔になる。
「いや、今のところ変更は無い。正確には一時間四十五分後だな。もう時間はあまりない」
「当初の計算ではまだ五日ほど先だったはずなのに一体何が」
「それは私たちにもわからんよ。山田にわからん事がわかるわけがないだろ?」
どこか自嘲的に長谷川さんは答えると俺たちを中央のデスクへ案内する。
「コレを見てくれ」
長谷川さんがデスクの上で何やら手を動かすとその前に大きくホログラフィック映像が浮かび上がる。
本当に未来物の映画を見ているかのようだ。
「吉田様の世界をA世界、こちらの世界をB世界とすると、昨日までのA世界の軌道は予想通りだった」
ホログラフィックに書かれた二つの円がそれぞれの世界を表すらしく、円の中にA・Bと書かれていた。
そしてA世界から引かれた曲線、あれがA世界の軌道なのだろう。
「それがなぜかこちらの世界に近づくにつれて急激に移動速度を増した」
長谷川さんの言葉に合わせるようにA世界の円がずずっとB世界の方へ移動する。
「このような現象は初めてみますね」
山田さんが真剣な表情でホログラフィックに浮かぶ図形を凝視しつつ首をかしげる。
「いったい何が原因でこのような加速が起こっているのでしょう?」
それは誰に問いかけるでも無い、自分自身への言葉だったのだろうが、以外にもその答えは俺の肩から発せられた。
「ミユにあの子が惹かれて来たの」
「どういうことだミユ?」俺は慌てて肩からミユを机の上に下ろして問いかけた。
「昨日からあの子の波動を感じるの。吉田に会いたがってる」
「ボクに?」
俺の後ろで心配そうに世界の図を眺めていた吉田さんがその言葉に反応する。
「契約者と世界樹は一心同体なのだから……ある程度成長した世界樹なら自分の世界を少しだけコントロール出来るようになるの」
「だから吉田様の世界の世界樹はミユさんの存在を検知して世界を動かしたと?」
「うん、ミユあの子の声に『吉田はここにいるよ』って答えたから」
「でもボクの世界にはボク以外に妹がもう一人の契約者として世話を続けているはずだよ?」
「契約者が二人って可能なの?」
確かにミユにも俺と研究員としての契約で高橋さんという二人の契約者がいるが吉田さんの言い方だとそういう物とは違うだろう。
「ええ、吉田様と妹様は双子の姉妹でして、契約するときに二人で一緒に儀式を行ったそうです」
「そして世界樹もそれを認めてくれたんだよ。そういう理由もあってボクはこちらの世界へやってくる時、妹に後は任せて来たから安心してたんだけどね」と吉田さん。
そういえばスズキさんの時は彼しか契約していないから早く帰らないといけないという話だったのを思い出す。
いつか彼のミニ世界樹にも会いたいな。
「ミユにもよくわかんないけど、あの子は吉田さんをずっと探してたの」
しばしの沈黙の後、話を切り出したのは長谷川さんだった。
「原因はわかりました。つまり吉田さんをなんとかA世界へ転送出来れば衝突は避けられるかもしれないということかな?」
その言葉を山田さんは即時に否定する。
「いいえ、たとえ吉田様を先に転移させても衝突コースが変わるわけではないでしょう」
「だったらどうすればいいんだ? たとえ今回の衝突をミユさんのエネルギーを使って弾いたとしてもまたすぐ戻ってきて同じ事が繰り返されるだけではないか?」
「ええ、そのたびに転移用として貯めてきた魔素を使い切ってしまうのではいつまでも吉田様を元の世界に帰すことは出来ない」
負の無限ループという訳か。
「そしていつかバリアのエネルギーが間に合わなくなった時に世界の穴が開いて事故が起こってしまう可能性すら……」
山田さんたちは悲痛そうな面持ちで頭を抱えている。
俺と吉田さん、そしてミユもそんな彼らを眺めていることしか出来なかった。
「いいことを思いついたですです!」
突然高橋さんが大声で叫んだので部屋中の視線が彼女に集まる。
自分に視線が集まっていることに気がついて少し怯んだものの、いつものように特に特徴も無い胸を張って高橋さんが自信満々に続けた。
「いっそのこと穴を開けてしまえばいいんですです!」
穴があいたら事故になるじゃないか。最悪人が吸い込まれて異世界転生……ん?
「ああっ、そうか」
俺は気がついてしまった。その高橋さんの言葉の意味に。
「その手がありましたか」山田さんも気がついたようだ。
そして目の前にあるホログラフィック映像に目を向けて計画を作り出す。
「吉田様の世界の世界樹の目的は吉田様をA世界へ取り戻すことです。
ですが現状まだ転移出来るだけの魔素が足りない状況で、転移させるためにはミユさんから魔素をもらわないといけません」
山田さんはホログラフィック上のA世界からB世界への矢印を引く。
「ですがたとえ吉田様の転移が成功したとしても世界の軌道が変わるわけでは無いので結局衝突してしまいます。
この際、転移に魔素を使い切った状況ではバリアは稼働できませんので世界間に穴が開いてしまいます」
次に山田さんはB世界をアップにし「計算上、今回世界間の穴が開く場所は人口密集地という最悪なパターンです。よってコレは必ず防がなければなりません」と言って振り返る。
「我々は吉田様をA世界に帰し、なおかつ世界間の穴の被害を押さえなければならないわけです」
山田さんはそこで一息区切ってから高橋さんを指さす。
「そこで今高橋さんが提案した案です」
「穴があいたら被害が出てしまうじゃ無いか」
長谷川さんが頭に疑問符を浮かべながら尋ねると今度は高橋さんがそれに答えた。
「そこでミユちゃんの力を使うですです」
「ミニ世界樹の力を?」
「ミユちゃんはさっき言ったですです。ある程度成長した世界樹なら自分の世界を少し動かせると」
その言葉を聞いて長谷川さんはやっと今回の計画について思い当たったようではっとした顔をして山田さんを見る。
「そうです、ミユさんの力を使いA世界とB世界の衝突する場所を変更させ、このビルの屋上に穴が開くように調整します」
「その穴にボクが飛び込めばいいわけだね?」
吉田さんが簡単に言うが危険は無いのだろうか。
俺が不安そうに吉田さんを見ていることに気がついたのか吉田さんは微笑んで教えてくれた。
「ボクは自分の世界にさえ入ることが出来たら女神の力であとは何とでもなるからね。空中だろうが水中だろうがもんだいないんだよ。あの世界ではボクは無敵だからね」
といって自信満々な表情でウインクする。
「時間がありません。早速ですが田中さん、ミユさんのケースをこちらに置いていただけますか?」
俺はミユの本体をリュックから取り出しデスクの上にいるミユの憑依体の横に置いた。
とたん、高橋さんと同じくらいの背丈の男女がどこからか数人現れてケースに謎のケーブル類を接続しはじめた。
「高橋さん、あの人たちは?」
俺は高橋さんの元に寄って尋ねる。
「あの人たちは我がドワドワ研究所のスタッフですです。私には及びませんが優秀なドワーフたちですです」
「高橋さんは何かしなくていいの?」
「私は今からミユちゃんと世界を動かす角度とかの最終調整をするですです」
それだけ言い残すと彼女もまたミユの方へ歩いて行く。
全員が忙しそうにしている中俺と、本番まで何をすることも無い吉田さんだけがぽつんと残されてしまった。
「田中くん、邪魔になるといけないからボクたちは屋上にでも行ってようか?」
「そうですね」
俺は彼女に誘われるままユグドラシルカンパニージャパンビルの屋上へ向かった。
俺たちは屋上の扉を開けすっかり暗くなったその場所へ足を踏み入れ、冬の空気に身を震わせる。
そしてここが吉田さんとの最後の別れの場になると、俺も吉田さんも理解していたのだった。
読んでいただきありがとうございます。
ついにこの回で合計20万文字突破しました。
読者の皆様の応援のおかげです。
今後の予定は活動報告にでも書かせていただくとして次回予告です。
50話かかってやっと異世界について理解しようとしだした田中くんに吉田さんが語る彼女の世界が世界樹を求めた真の理由とは。
次回「コン○イ司令の『いい考え』は大体失敗するフラグ」もとい「軽自動車に軽油いれたら動かない」をお楽しみに。
嘘予告に見えて実は正しい内容が含まれているパターン。
田中さんとはまた毛色の違う新作を投稿いたしましたのでよろしければ覗いてみてください。
一分間ブレイブ ~そしてボクは勇者になった~
http://ncode.syosetu.com/n1507ee/
勇気が無いボクが勇者になるまでのお話です。




