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エルフの山田さん(自称)~貰った盆栽を育ててたら、いつの間にやら世界を救っていたようだ~  作者: 長尾隆生@放逐貴族・ひとりぼっち等7月発売!!
第八章 世界はゆっくり変わっていくのです。

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もしかして借金地獄です?

 俺は今、自分の部屋で妙齢の女性と二人っきりの状況だが、すぐにでも逃げ出したくて仕方がない。

 実際にはミユも居るので三人なのだが、城之内先生には彼女はただの観葉植物にしか見えていないだろう。


 先程半ば強引に部屋に上がり込んできた城之内先生はクラスの福担任で、いつもと同じくきっちりとしたパンツルックのスーツを着込んでいる。

 まるで山田さん女性バージョンみたいだ。

 エルフじゃないけど。


 今日はなにやら俺の進路の事を話し合いたいと家庭訪問にやって来たらしい。


 なぜ担任じゃなく副担任である彼女がやって来たのかについては、いろいろと事情があるとしか言えない。


「でも俺まだ二年生ですよ。進路とか全然考えて無くて当たり前じゃないですか?」


 俺の返答は至極真っ当な物のはずだ。

 しかしその答えは彼女にとっては期待はずれのものだったらしく、眼鏡のツルを指で掴んで位置を調整するように動かすと、そのレンズの奥から俺の目を真っ直ぐににらみつける。

 いや、俺は知っている。

 これは決して睨んでいるわけではないのだ。

 彼女はちょっとだけ、本当にちょっとだけ(本人談)生まれつき目付きが悪いだけなのだ。


「田中くん、私はね貴方のお母様に頼まれたのよ。息子を頼みますって」


 担任ではなく副担任である彼女が俺の元を訪ねてきた理由はそれである。

 城之内先生は元教師だった俺の母親の教え子の一人で、昔から俺は彼女のことを知っていた。

 まさか彼女の務める高校に通う事になるとは思いもしなかったが。


「え? 結婚して俺を養ってくれるってことですか?」


 バチコーン!

 いつの間にやら彼女の手に握られていたプリントの束で頭を叩かれた。

 これは教師による体罰として教育委員会に訴えても良い案件なのでは?


「馬鹿なこと言ってないでこれを見なさい」


 彼女はそう言って、今さっき俺の頭を叩くのに使ったプリントをちゃぶ台の上に広げ話を続ける。


「これは?」

「貴方の出席日数とか進級に必要な項目一覧よ」

「げっ」


 てっきり来年就職するのか大学進学かを聞かれるものだと思っていたのに、どうやら違ったらしい。

 だが確かに俺は一年の時はギリギリだったけど、二年生の夏以降はそこまで出席率も成績も悪くなかったはずだろ?

 俺は彼女が並べたプリントを見る。


「たしかに夏以降の出席率は安定してるわ。けれどそれまでの出席日数が壊滅的だったのが響いているのよ」


 彼女はそう言いながらメガネの位置を、くいっと指で直すと出席日数が書かれた欄を指さしながらそう言った。


「でも補習とかでなんとかなるって聞いてましたよ」

「ええそうね、それでも現状だとギリギリなのよね」


 まじか。

 もう少し余裕があると思ってた。


 俺は担任から補習と課題をこなせば大丈夫と言われたから、時々行われる放課後の補習と、持ち帰っての課題を血反吐を吐くような思いでこなしているんだぞ。

 それを今になって無理だったとか言われたら『コノウラミハラサデオクベキカ』では済まされない。


 まぁ、時々逃げ出してしまった時に委員長が優しさのいっぱい詰まった課題を持ってきてくれるけど。

 あの担任、俺が委員長に弱いってことを知ってて利用しやがるのだ。

 何という卑劣漢。


 俺が担任の理不尽さに憤っていると、城之内先生が何やら来た時に持っていた手提げ袋に手をかける。


「というわけでコレ」


 どんっ! と彼女が今俺が覗き込んでいたプリントの上にその手提げ袋を置く。


 今目の前にある物はきっと危険なものに違いない。

 その紙袋から溢れ出す禍々しいオーラを感じた俺はしばし硬直してしまう。


 これは何なんだ。

 いや、既に俺の中では答えは出ている。

 だが、それを口にしたら全てが現実になってしまうではないか。

 一縷の望みを込め、紙袋から彼女の方に目を向けると、彼女は口元を邪悪な笑みの形に歪めながら無言で俺を眼鏡の奥のキツイ目で見返すだけであった。


 これは何か? この紙袋の中身を見ろということなのか?

『中に何も入っていませんよ』とかそういうパターンの可能性も無きにしもあらずだが、さっき机の上に置かれた時の音を思い出す限りそれはありえないだろう。


 俺は覚悟を決めて恐る恐るその紙袋に手を伸ばす。


 がさり。


 俺はその紙袋の中をゆっくりと覗き込む。

 何やら分厚い紙の束が目に飛び込んできた瞬間、俺の想像が全て『正解』だった事を知り絶望が押し寄せてくる。

 しかし俺は一縷の望みをかけて眼の前で歪んだ笑み(俺視点)を浮かべている彼女に尋ねる。


「これはいったい何でしょうか?」


 俺の震えるような声に彼女はたった一言だけ答えた。


「追加の補習プリントよ」


 この瞬間、俺の二年生最後の期末のスケジュールが全て埋まった。


 グッバイ青春。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



「それで間に合いそうかな?」


 俺は会社から帰ってきたばかりの高橋さんを捕まえて、ホワイトデーにミユにプレゼントする例のブツの進捗状況を尋ねていたのだが、高橋さんの反応はあまりよくは無い。

 それというのも現在彼女は山田さんと同じく、転移被害者の帰還計画を進めるために、壊れてしまったコノハの使っていた『移るんです』の改良を行っているからだ。

 実はあの『移るんです』は彼女がメインのチームで製作した物らしい。


 あの年末年始以来、彼女はこちらの世界とスペフィシュを行ったり来たりしていて、前までのように隣の部屋でゴロゴロしてる姿を見かけない。

 それくらい忙しいという事なのだが、先日帰ってきた時にミユが言う『赤い専用機』について本当に土下座しつつ頼み込んだら、渋々ながらOKをもらえた。


「お疲れでしょう? 肩でもお揉みしましょうか?」


 おれは揉み手をしながら彼女にすり寄る。


「けっこうですです」


 彼女はそんな俺を、何だか気持ち悪い物を見るような目で見ながら後退りつつ俺に向かって何やら一枚の紙を突き出した。

 どうやらその紙は何かの設計図らしい。


「ミユちゃんのアレの事ならもう設計図までは出来てるですです。後は空いた時間で十分間に合うですですから心配せず待ってて下さいですです」


 ほぅ、コレがその設計図なのね。

 俺はその紙を受け取って読んでみる。

 なるほど、わからん。


 そもそもドワーフ語かエルフ語か知らないが、書かれている文字が一切読めない。

 翻訳魔法である『言霊の息吹』を使えば読めるようになるだろうが、たとえ読めたとしても俺に理解できるはずもないだろう。


「それじゃあ私はもう寝るですです。三日ぶりの睡眠の邪魔をこれ以上するならその設計図を破ってから燃やすですですよ」


 高橋さんは少し血走った目で俺をにらみつつそんな事を言い放った。

 これはマジモンのやつだ。


「お、お邪魔しました。それじゃあお願いしますね」


 これ以上彼女を追い詰めると取り返しの付かないことになる。

 俺は例の赤いやつの設計図を一応高橋さんの手が届かないような場所に避難させてからそっと彼女の部屋を後にした。


 彼女からのチョコは色んな意味で貰えそうにないけど、ホワイトデーにはきっちりお礼を込めて彼女にもプレゼントを渡さなければいけないな。


 そんな事を考えながら、いま出てきたばかりのドアに向かって両手を合わせて「お願いします、高橋様」と一礼してから自分の部屋に向かって足を踏み出した瞬間にふと頭に浮かんだ疑問に顔を青くした。


 今回のミユへのプレゼントって、多分俺の自腹になるよな?

 今まではユグドラシルカンパニーが開発費も何もかも支払ってくれてたわけで……。

 え? まさか俺破産しちゃうんじゃ?


 まだ冬の気配が残る冷たい風に吹かれながら、俺は一人途方に暮れるのであった。



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