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01

「最近の梨乃ちゃん、凄くいきいきしているよね」

「えー? そう見える?」


 地区大会を一週間後に控えた帰り道、あたし、新庄 梨乃は奏ちゃんからの指摘を笑って誤魔化す。

 誉められ慣れていないあたしにとって最大限の喜び表現かな。


「うん、昔の梨乃ちゃんを思い出すよね」

「昔って、あたしそんなに年とった?」


 少し声を低く睨み上げると、奏ちゃんはあたしのもやもやを知ってか知らずか首を傾げながら微笑む。

 部員の中で最も付き合いが長いけど、こういう曖昧な態度には少々むっとなってしまう。

 でも、不思議と声に出そうとは思わない。

 絶妙な包容力にいつも救われている気がする。


「そういう意味じゃないよ。この二ヶ月、濃い日々だったなー、と浸っているだけだよ」

「確かに、監督さんが来てからの毎日。充実していたかな」

「うんうん」


 それぞれが、それぞれの為に存在していた有栖川学園女子硬式野球部。

 あたしもその一人。

 チームワークを諦め、少しでも未来へ繋げるために努力してきた最近までのあたし。

 プロとして野球を続ける為だけに野球をしていた感情も、今となってどれだけ自分勝手な理屈を並べていたと思うと恥ずかしい。


「正直、らいむーにお願いされた時は首を傾げたけどね。いきなりだよ、いきなり」


 新しい監督が見つからず、奏ちゃんと奔走していた最中の提案。


「まさか、お兄さんを推薦するとは私も意外だったよね。しかも、梨乃ちゃんの憧れの……」

「わぁーーー、それ言うの禁止だよ、禁止!」


 咄嗟に奏ちゃんの口を両手で塞ごうするが、小悪魔的な笑みと共に避けられる。

 私達以外人影は無いが、あたしは必死だ。

 

「ふふっ、大丈夫。誰にも口外しないから」

「うぅー。言ったら絶交だよ、絶交」


 頬を膨らまして怒ってますアピールをするが、奏ちゃんは口元に手を置いてにっこりしているだけだ。

 あたし、本気だよ? 本気で許さないからね、と念を送っても効果なし。

 ほんと味方で良かったと常々思う。

 

「でも梨乃ちゃんならもっと派手な選手に憧れているかなー、て思ったかな。例えば、西横浜高校の中柳くん。三打席連続ホームランは凄かったよね」

湘東しょうあずの後だよね? うーん、確かに凄いけど憧れはしないかったんだよね。スポーツマンとして」

「へぇー。やっぱ、梨乃ちゃんって形から入るタイプだよね」

「うーん。言われてみればそうかも。中柳くんって私生活がだらしないイメージだもん」

「ふふっ」


 今はプロで四番と活躍している彼だけど、どこか天狗になっている感じがしてあたしの心情に反する。

 でも、監督さんは違った、直接お会いして尚更違いを感じた。

 ちょっと雰囲気が重くなったかなー、って思っていたけどチーム問題を解決していく姿は思い描いていた監督さんの姿と一致した。

 あたしの練習にも嫌な顔しないでついてきてくれて、憧れた人は憧れのままだと安堵している。

 ……女装についてはコメントを控えたいけど、一緒ならどこまでも勝ち進められると思う。

 このまま何事も無ければだけど。

 

「……大丈夫、だよね」

「うん? 何が?」

「ごめん、ちょっと独り言」


 大丈夫だよね、うん。

 不意なマイナス思考に寒気を覚えつつ、あたし達は会話を続けた。

 


 



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