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日が昇る。
小鳥のさえずる声が聞こえ始める。
ゆっくりと意識が覚醒していくのを、海は感じていた。
ふわふわと漂っていた意識が、徐々に重りを付けられたように沈み込んでいくようだ。
瞬間、押し寄せてくる憂鬱。
海は布団の中で丸くなった。小さく、小さく、布団に包まる。
起きなければいけない時間までは、まだ時間があった。
押しつぶされそうな気持で、海はその時間を待った。
目覚まし時計が音を発する直前に海は起き上がり、着替えを始めた。
「海、おはよう」
階下に下りると、母親が洗濯機を回しながら声をかけてきた。
目をこすりながら自分の席に座り、テーブルに用意されていたトーストを頬張る。
「海、割烹着乾いてるから。ランドセルのところに置いておくからね」
洗濯機の前の母親から声が飛んだ。
海は小さく頷くと、食べ終えた食器を運び洗面台へ向かう。
蛇口を捻ると、冷たい水が出た。五月とはいえ、寝起きに冷水は少々沁みた。
改めて鏡に映る自分の顔を見た。
………酷い顔。
髪は肩にかかるくらいまで伸び、目にはクマができていた。
「…行ってきます」
ずっしりと重く感じるランドセルを緩慢な動作で背負うと、海は家を出た。
坂の多い町だった。
学校にたどり着くまでには、大きな坂を二つ越えなくてはならなず、二つ目の坂を登り切ったところに学校は建っていた。
毎日見る、変わらない風景。信号待ちをしている、見慣れた人々。
そんな風景に混じり、海は学校へ向かった。
学校へ続く緩やかな坂道を、海はぼんやりと登る。
朝特有の活気。登校する児童たちの明るい声。なぜ世界はこんなに楽しそうな声ばかりで溢れているのか、海は不思議だった。
海の通う小学校の向かいには、公立の中学校が併設されている。受験をしない者のほとんどが、そこに通うことになるのだろう。
海にとっても、それは比較的近い将来訪れるはずのイベントである。にもかかわらず、海はあまり実感することができないでいた。
校門を潜り抜け校舎に入ると、自分の教室に向かう。
教室内からは、楽しそうな声が漏れ出ていた。
追いかけっこをしている生徒が向かいから走って来て、海をスレスレでかわして走り去っていく。
楽しそうだなあ
漠然とそんなことを考えながら海は自分の教室に入り、席につく。
ほぼ同時に、始業を告げるチャイムが鳴った。
担任が朝の挨拶とともに教室に入ってくる。
いつもと変わらぬ朝の風景だったが、いつもと違うところが一つあった。
担任の後ろについて、女の子が歩いてくる。
「今日はみなさんに新しいお友達を紹介します!」
お面で顔を隠した女子が海のクラスに転入してきたのは、小学6年生になる4月の事だった。