大寧寺の変 安芸国
二週間という月日は、私の失われた血を補うにはあまりに短すぎた。
佐東銀山城攻めへ一緒に行けたらなんて何度思ったことか。
それでも、城内に響き渡る軍靴の音と、馬の鳴き声が、嫌応なしに大寧寺の変が史実通り来てしまうことを伝えているようだった。
……行ってしまう。あの日、あんなに泣き出しそうな声で未来を求めた人が。
思い出すのは隆元様。
心優しい彼が実際どんな思いでこの戦に参陣しているかと想像すると刀で体を貫かれたような痛みを感じる。
私は震える足で、城の門が見える廊下まで辿り着いた。
視界の端が白く霞み、鉄の匂いが鼻を突く。それは自分の中の貧血のせいか、それともこれから流される血の予感なのか。
眼下には、毛利の「一文字三つ星」の旗印が寒風に翻っている。
その中心に、一騎の武者がいた。
毛利隆元。
この前私の腕の中で未来について聞き、今の自分に絶望していた男の姿は、そこにはない。
「……隆元様」
声にならない呟きは、軍勢の地鳴りのような響きにかき消される。
隆元様は一度も振り返らなかった。
その背中には、敬愛する義隆公への情を一切断ち切ったような、恐ろしいほどの静寂が張り付いている。
父・元就の命に従い、陶の反乱に呼応して、まずは安芸の要衝・佐東銀山城を落とす。それは、彼が自らの手で「理想」を葬り去るための、最初の進軍だった。
「全軍、発て!」
隆元の鋭い下知が響き、黒い塊のような軍勢が動き出す。
私は、冷たくなった指先で、自分の胸元を強く押さえた。
あの日、彼が「預けておく」と言った心。
その重みだけが、今の私にとって、彼が生きて戻ってくるという唯一の証だった。
――戦の煙が、遠く山口の空を染めきるまであとわずか。




