赤川元保という男
夏の終わりの湿った風が吹き抜ける廊下。
少し歩くだけで心臓が太鼓のように打ち鳴り、視界がチカチカと白む。
穂井田元清が生まれたということは多分太寧寺の変が起きる頃のはず。
太寧寺の変で何が起きるか知っている私は少しでもその時は隆元様のそばにいたいと思っていた。
そのためにはなるべく早く小姓に戻りそばに居なければならない。
「……はぁ、……っ、あと、少し……」
壁に手を突き、肩を上下させて立ち止まった私の背後に、山のような大きな影が落ちる。
「――これ。小姓がそのようなところで果てていては、殿に示しがつかぬぞ。」
地響きのような、けれどどこか温もりのある低い声。
「赤川殿……。」
【赤川元保】
毛利隆元の最側近であり、赤川家の当主。
隆元が幼少期に大内家へ人質として送られた際も、影のように寄り添い、苦楽を共にした「兄」であり「父」のような存在。
岩のように頑強な肉体と、戦場を幾度も潜り抜けた鋭い眼光を持つが、その実、主君の繊細な心を誰よりも理解し、寡黙に、けれど命懸けで守り抜く、毛利家きっての忠義の士である。
元保殿は、膝をついて私と目線を合わせる。
私が隆元様に拾われた日、あの場に居た1人だ。
私のことを男として見ているのか、それとも女であることに気がついているのかは分からない。
でも私が小姓として出産前に業務や訓練をしていた時に何度も声をかけてもらって話をしたことがある。
ちょっと大きくて怖いけど、優しい人だと……思う。多分。
赤川殿は、私に大きな体で肩を貸してくれた。
「……雛殿。無理をなさるな。……あの日、お主は殿に拾われ、殿のために命をかけていることは知っておる。
どうやら大内方の出自らしいな。戦で記憶も体調もなかなか戻らないのだろう?先日まで大病で寝込んでおったと聞いておる。お主が思うより身体は強くないのだろうから無理は禁物であるぞ。」
元保殿は、私の背中を、落ち着かせるようにゆっくりと、大きく撫でるの。
「……少し、呼吸を整えよ。……殿が中でお待ちだ。……貴殿がその足で一歩ずつ歩む姿を、殿は、そしてこの元保は、何よりも誇らしく思っておる。……さあ、顔を上げよ。あの毛利隆元の小姓であろう?」
「ありがとうございます。」
「いいのじゃ。お主にまた何かあればあの優しい殿に心労をかけてしまう故。」
ほぼ赤川殿に寄りかかるようにして隆元様の部屋までたどり着く。
「ここからは一人で歩けるか?」
「はい。ありがとうございます。」
ニカッと笑って去っていく赤川殿を見送った後
「隆元様。雫です。今よろしいでしょうか。」
と声をかける
「お主、ここまで歩いてきたのか?今日は体は大丈夫なのか?」
飛び出すように出てきた隆元様に私は
「赤川殿に助けていただきました。」と答えると
「元保に?」と不思議そうな顔をする。
それが少し面白くて私はふふっと笑ってしまった。




