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鼓星  作者: 吉川元景
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桔梗

雫殿は震える声でこう切り出した

「…もうすぐ毛利家を揺るがす大事件が起きます。戦になります。

私は隆元様の小姓。だから足手まといになるわけにはいかないのです。

早く回復しなければ。早く強くならなければ。」

「それは…。」

大内家のことだろう。未来から来た彼女が歴史に関わることを発言するのは初めてではないだろうか。

帰れるように諦めないでと何度伝えても彼女はとても頑固で真っ直ぐで帰りたい自分を押し殺してしまう。

どうしたら貴方に貴方を大切にしてもらえるのか。

「貴方を戦場(いくさば)には連れて行けませぬ。残った者にもやってもらうことがあります故。」

心配だから連れていけないと言えば納得しないだろう。

役割だと言えば飲んでもらえるのではと賭けに出た部分もある。

「そう…なんですか?」

ほっとした顔をし、信じ込んだようだ。

嘘では無い。だけど彼女の思い浮かべているものと自分が思い浮かべているものは違うのだ。

それでいい。知らなくて良い。

「まずは鍛錬ができるようになるまで血を補い、よく眠ってください。」

少しほっとしたのか少し眠そうな彼女に伝える。

大人しく布団に戻った彼女は、まるで日に当たった猫のようだ。

愛らしくて愛おしい。

睡魔に負けたのか寝息をたてはじめた彼女を置いて部屋を出ようとすると

するとそこには尾崎局と乃美の大方がいた。

「景様。ぜひ抱っこしてくださいませ。」

渡されたのは少輔四郎だ。

ここまで幼い赤子を抱くのは初めてだ。姉(五龍姫)のところに子が生まれた時ももう少し大きくなってから会った気がする。

「ふぎゃぁ…」腕の中でモゾモゾと動く少輔四郎は

「とても父上に似ておる。」

「元就様にそっくりですね。」と乃美大方も同意した。

「共にこの家を支えるのです。よろしく頼みます。少輔四郎。」

そう声をかけるとまたふぎゃと声を上げた。まるで分かりましたと言ってくれたようだ。

少輔四郎を乃美の大方に渡した後、尾崎局の手の中にある紡を抱く。

女の子だからか軽く今にでも飛んで行ってしまいそうな儚さと怖さがある。

紡は雫殿の生き写しのようにそっくりである。

「きゃっ!きゃっ!」と鈴が転がるような華やかな声をあげている。

「母君のような女性になるのですよ。」

その母君は雫殿でもあり、尾崎局でもある。


持参していた小さな竹筒を枕元に置く。そこには、来る途中の山道で見つけた、一輪の桔梗が活けられていた。

深い、深い、吸い込まれるような紫。

それは、胸の奥底に沈めている、決して表に出してはならない情念の色に似ていた。

……変わらぬ愛、か。

昔母上(妙玖)に教わった花言葉だ。

その花言葉を、雫殿は知っているだろうか。

未来から来た彼女なら、知っているかもしれない。

隆景は、眠る雫の穏やかな横顔を、食い入るように見つめる。

本当は、このまま連れ去りたい。

未来へも、戦場へも、どこへも行かせたくない。

自分の策で、自分の力で、彼女の周りをすべて埋め尽くし、守るために隠してしまいたい。

だが、それをしない。

彼女が守りたいと言った「未来」を、彼女の代わりに自分が守り抜くこと。

彼女がいつか「生きていて良かった」と笑える世を、自分が創り上げること。

それが、彼にできる唯一の、そして最大級の「執着」なのだ。

「……貴方がどこへ行こうと、私の魂は貴方を離さないのですね。死が二人を分かつまで……いや、分かった後もきっと。」

誰にも聞こえぬほど微かな声で呟き、背を向けた。

今の自分はどんな顔をしているのだろう。

一輪の桔梗だけが、自分の情熱の身代わりのように、静かに雫を見守り続けている。

少しでも彼女の身体が楽になりますように。そんな願いと執着の匂いを残して。

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