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鼓星  作者: 吉川元景
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使命の前に震える貴方へ

父上に用があってやっと雫殿が出産してから1ヶ(ひとつき)半経った頃に郡山へ来れた。

用は確かにあったが、本当は雫殿の顔を一目でも見たかっただけなのも自分で分かっている。

兄上(隆元)より貰った書簡には雫殿が一時期危なかったとあり、それを読んだ時は血の気が引いた。

その後血を補うものを送ったが、たまに来ていた彼女が拙い字で書いた手紙は来ることは無かった。

代わりにお手本のような綺麗な尾崎局の字で雫の容態についての書簡が来た。

床上げしたものの屋敷から出るのは厳しい身体のため1ヶ月ほど留まるとあった。

少しだけ少輔四郎と過ごせる時が長くなったというのはそれは雫殿の心として良かったのではないか。

そんなことを考えながら雫殿の部屋に行くと、寝ていると思っていた雫殿が木刀を杖に、荒い息をついていた。

そんな雫殿の肩を、強い力で抱きとめた。

そのまま崩れ落ちそうな彼女を支えながら、視線を落とし、低く、湿り気を帯びた声で呟く。

「……貴方は……本当に……自分を大切にされない方だ……」

その声は、自分から出たと想像もできないほど、切なく響いた。

雫殿が驚いて見上げてくる。

なんでそんなに驚いて不思議そうな顔をしているのだ。

「……己が倒れれば、誰が悲しむか、考えたことはないのですか。兄上が、父上が……そして貴方の産んだ子達が何と思うか…。貴方がいなければ、毛利の未来は、私の描く策などよりもずっと脆く、容易く崩れ去る。……雫殿。貴方の命は、もう貴方一人のものではないのですよ。お願いです……これ以上、自分を削り渡すようなことをしないでください。」

彼女の掌から、力なく木刀が転がり落ち、乾いた音を立てた。

「あの子たちにとっては、私は母ではないので……。居なくなっても、ちゃんと母親が居てくれますから。」

彼女は、支える自分の腕を拒むように、少しだけ身を引いた。その瞳には、深い闇の色が映っていた。

確かに育てるのは別の者だ。母と呼ばれることはないだろう。それでも貴方は自分も見守り続ける未来を想像してくれないのか。

「私は……私が居た“未来せかい”を、守らなきゃいけない。そのために、この命を使い切りたいのです。」

彼女のその言葉は、まるで自分自身に言い聞かせる呪文のようだった。

自分の幸せや命よりも、自分が知っている「毛利の輝かしい歴史」を優先する。それが自分の存在意義だと信じ込んでいる、危ういまでの使命感。

「……雫殿」

声が、一段と低く沈んだ。

「貴方は……賢すぎるゆえに、本当に愚かです。居なくなっても代わりがいる? 未来を守る? ……そんな、血の通わぬ理屈で、全てを飲み込もうとされているのか。」

逃げようとする彼女の肩を今度は逃がさぬよう、強く掴み直した。

「未来のことは分かりませぬ。だが、今、私の目の前で絶望している貴方の代わりなど、この世のどこを探してもいないのです。未来を守らなくても良いのです。未来へ帰る事さえ諦めなければ。」

雫の唇がかすかに震える。

「未来」という大きなものに自分を捧げることで、一人の女性としての、母としての「痛み」から目を逸らそうとしている彼女に、戻れるかも分からない未来へ帰る気持ちを持たせ続けるのは酷なのかもしれない。

だが春の桜のように淡く、夏の瀬戸内のように輝き、秋の紅葉のように美しく、冬の雪のように消えてしまいそうな貴方を失いたくないのだ。

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