叔父と姪の話
障子越しに差し込む光は柔らかく、部屋の中には何かの香の香りと、赤子の微かな寝息が満ちている。
私の意識は、温かな日だまりの中を漂うように、浮かんでは沈んでいた。
重い瞼を動かすことさえ億劫で、ただ耳に届く音だけが、自分がまだこの世に繋ぎ止められていることを教えてくれる。
「雫殿は…寝ておるか。」
「お義父上、雫様は今血が足りぬ身体。身体を回復させるために眠り続けております。」
「そうか。
息子の名前を伝えようと思い来たのだが…」
そう言いながら元就様は指で顔にかかっている髪の毛をそっと耳にかける。
「――少輔四郎と決まったぞ。」
深く、威厳のある声が響いた気がした。
少輔四郎。
毛利を支える四番目の柱。後の、穂井田元清。
ああ……良かった。ちゃんと歴史通りに穂井田元清が生まれた。
私は夢の中で、小さく安堵の溜息をつく。
あの子は大丈夫だ。偉大な父に認められ、誇り高き毛利の男として、強く、真っ直ぐに育っていく。
けれど、もうひとつの温もりが、私の指先に触れていた。
息子よりもひと回り小さく、頼りなげで、けれど懸命に生きようと脈打つ小さな命。
元就公からも、隆元様からも、まだ名の与えられていない存在しないはずの姫君。
薄らと目を開ける。
元就様と目が合う。
「……つ、……む……ぎ……」
私の乾いた唇から、零れるような微かな音が漏れた。
枕元で控えていた尾崎局が、はっとして身を乗り出す。
「雫様? 何か仰いましたか?」
私は、ぼんやりとした視界の中で、隣に座る尾崎を見つめた。
今にも消えてしまいそうな意識の淵で、再度名前を零した。
「……つむぎ……"紡"……と、呼んで……あげて、ください……」
「この娘の名前は、つむぎ……。糸をより合わせ、衣を織りなす、あの"紡"でございますか?」
尾崎の問いに、雫は力なく、けれど満足げに一度だけ頷いた。
「……バラバラの、心を……繋いで……。……この子の人生が……美しい、錦のように、なります、ように……」
未来の「津和野局」が歩む道。
それは決して平坦ではないかもしれない。けれど、この子が紡ぐ糸は、きっと多くの人を救い、この家を温かく包むはずだ。
「紡……つむぎ。良い名じゃの。」
元就様の穏やかな声が聞こえる。
深い眠気に負け目を開けてられずうとうとする。
尾崎様の温かい掌が、私の額に触れる。
その安心感に包まれ、私は再び深い眠りへと落ちていった。
夢の中で、少輔四郎と紡が、仲睦まじく手を繋いで笑っている姿を追いかけながら。
2人は叔父(元就4男)と姪(隆元長女)として生きていく。
だからきっとこの景色は叶わない夢みたいなものだ。
だけど、もし願いが叶うなら…
この子達が健やかで穏やかな幸せを得られますように。




